春の闇   作:カサブランカ

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0.9・非日常への誘蛾灯

 

 

 

小学校を卒業して、中学校に入学しました。前々から言っていたように、家から通える女子中学校、緑中だ。綱吉も我が子の輝かしい未来に夢いっぱいな奈々さんに半ば強制されて中学お受験をしたけれど、見事に惨敗したらしい。ドンマイ。けど綱吉には公立の並盛中学でちょうどいいんじゃなかろうか。受験をして入学するような子ばかりの中で綱吉がのびのび成長できるかというと疑問だったし。

 

「ど?最近学校は」

 

「別に…フツーだよ。燈の方はどうなんだよ。友達は?」

 

週末になって帰路の途中にある沢田家を覗くと、綱吉に部屋まで引き入れられた。顔中に不満が散りばめられているってことは、親の期待通りの輝かしい中学生活は過ごせていなさそうだ。

 

「んー…友達?っちゅーかめっちゃおもろい子はおるわ。なんややることすること全般的におもろいねん。そのうち裸踊りでもしそうな感じ」

 

この間なんて兜の被り物して登校してきたし。周りは苦笑するかドン引きしていたけど、私は元気いっぱいな女の子は好きだぞ!もちろんおとなしい女の子も大好きだけどな!幼稚園、小学校と周囲の幼稚な男の子たちを見ていたからか、女子中の子たちはみんなみんな可愛く見える。授業中にウンコとか言わないしスカートめくりとかクソみたいなことをしないし。天使かよ。

 

「え、緑中って女子中じゃなかった?」

 

「だからこそやん。調子乗った男子が裸踊りしたとこで大しておもんないわ。あ、綱吉がやったらウケんのちゃう?知らんけど」

 

適当なことを喋りつつ、数学の宿題を黙々とこなす。使うなと言われている電卓を叩く指は今日もプロのピアニストばりに軽やかだ。なんたって前世から修行してますから。

 

「おまっ…ハァー……昔からホント適当だよな…」

 

「あっ。そんなん言うんやったら勉強見たらんで」

 

「ごめんなさい」

 

謝罪とともにずいっと差し出されるプリントを取り上げて、首をひねった。これのどこが難しいんだ。普通の方程式だぞ。

 

「どこが分からんの?それとも最初から説明した方がええん?」

 

「最初からで」

 

「オッケ。えーとな、このXってのがあるやん?こいつな、ただの記号やねん。別にAでもBでもええねん。けどなんや謎なモンは世界基準でXって決まっとんねん。容疑者Xとか言うやろ?」

 

「うん」

 

「でな、数学っちゅうんは大抵が謎解きゲームやねん。せやなぁ…たとえばこの式、『7=X+3』。7にするためには3と何足したらええんやっちゅーやつや」

 

「え、4だろ?」

 

「当たり。今頭で何したん?」

 

「えっと、7から3引いた」

 

「そうそう、できとるやん。それを紙に書くと、イコールの右っ側の3を、イコールの左っ側に動かすねん。でもって、イコールを乗り越えたら、マイナスがくっつくか、マイナスがが消えんねん」

 

「…なんでだよ?」

 

「知らん。私数学の先生ちゃうし。イコールの反対側っちゅうんはゲームの反転世界みたいなもんなんとちゃう?」

 

「ふぅん」

 

(あかん!もう一次方程式に行っとんのに、マイナスの概念が置き去りになっとる!基礎抑えとかんと躓くん早なるやん…!)

 

徐々に目に見える形になってきた、綱吉の学力への不安。これはいよいよ奈々の言っていた家庭教師を雇う必要が出てきているんじゃなかろうか。ちなみに緑中ではもっと先まで教えられていて、長方形に引かれた2本の線の交わる点がどうこう、という問題が宿題で出ている。今さらこんなレベルで解く手に迷いが生じることなどはないが、綱吉やクラスメイトを見ていると、普通の子はこうなんだな、と改めて関心してしまう。ある意味、そもそもの土台自体が違うことに後ろめたさもある。だからこそこうやって罪悪感を紛らわせるように綱吉に勉強を教えているのかもしれないけれと。

 

「じゃ、後はさっき言うたんを元にしたら全部いけるはずやから」

 

「おー…ありがとう」

 

「いーえ。お礼は出世払いでええで」

 

「はいはい」

 

小学生の頃から毎回毎回言っているからか、割と本気で言っているというのに、だんだん流されるようになってしまった。そろそろネタを変えるか、と思いつつ炎を広げて自室へと飛んだ。

 

(学校までっちゅうんはまだ道的に怪しいんやけど、やっぱ綱吉の部屋と私の部屋は安定やな)

 

学校までの道のりは途中で工事をしているところや人通りが多いところもあって、不用意に炎で飛んでしまうと危険な目に合うからだ。いくら私が地図が読めて空間把握ができると言っても、突然ルートの途中に障害物が現れることは予測できない。それに対して部屋と部屋なら突貫工事をしていることもないし、比較的安全に行き来ができる。…綱吉が部屋をちゃんと片付けていて、足元にゲーム機を放っておくなんてことをしていなければ、だけど。

 

「…はよ大人になりたいわぁ」

 

学生はめんどくさい。憂鬱だ。何が悲しくて箸が転がっても笑う年頃の子どもたちにまみれながら第二の人生を送らねばいけないのか。

 

(あ、あかんあかん!明るい未来のためや!ファイオーッ!)

 

いざとなったらヴェルデからの小切手を換金して…質素に暮らせば死ぬまでいけそうな……いやいや、さすがにそれはやめておこう。最終手段にしよう。入学からわずか2ヶ月、周囲に対する気力疲れを感じつつ勉学に励みつつ時々綱吉の様子を見に行った。過保護というなかれ、単に心配性なだけだ。

 

(あんま面倒ばっか見るんもあかんねんけど、なんやろ、綱吉見とると子離れできない親的な目線になんねんよな。…うわっ、我ながらキショイわぁ)

 

せめて楽しげに学校の話でもするようになったら安心できるんだけど。そんなある日、玄関先でチラシを手に興奮している奈々に会った。とうとう怪しいセールスにひっかかったのか?

 

「奈々さん、こーんにーちはー」

 

「あっ、燈ちゃん!聞いて聞いてっ!ついにうちも家庭教師を雇うことになったのよ!」

 

「へ?家庭教師を?あの綱吉が?マジですのん?」

 

「うふふ、そうなの!格安でね、うちに住み込みで来てくださることになったの!あの子、最近学校もサボって帰ってくるでしょ?もう住み込みの家庭教師しかないなって思ったの!」

 

学校をサボって帰ってきていたとは。どうりで最近学校の話をしても濁すわけだ。格安。住み込み。飛び上がってやる気に満ちる奈々には悪いがそれはアウトだ、怪しさしか感じない。てかチラシのうたい文句も怪しさ満載。なんだ、次世代のニューリーダーって。

 

「………奈々さん、それ、怪し…」

 

「あと3時間ほどで来てくれるんですって!連絡したらすぐ対応してくれるなんて、さすがよね!」

 

(あかん!手遅れやった!)

 

これはもうどうしようもない。というか、家庭教師はともかく、住み込みとかそういうのは先に旦那に相談しなさいよ。浮かれた奈々さんよりあの人の方が判断力ありそうなのに。

 

(しゃーない…そいつが変なんやったら私が追っ払うしかないやん)

 

いつも世話になっている奈々のためだ、どこまでできるか分からないが沢田家のためにも頑張らせてもらおう。

 

「……家庭教師、どんなんか気になるんで、3時間後にまた来てええですか?」

 

「ええ、もちろんよ!お夕飯も食べて帰る?」

 

「や、うちの母親も用意してくれてはるんで。ほんならまた後で」

 

ニコニコと手を振って送り出してもらいながら、頭をフル回転させた。まずいぞ、まずい、まずすぎる。相手が犯罪者とかだったらどうするんだ。沢田家が一家皆殺しとか、そんなのニュースで見たくないぞ。今からなんとかして綱吉の父親に連絡を取れるだろうか。けれどそもそも連絡先など知らない。

 

(くっ……ティモッテオさんに連絡するか…?)

 

悶々と悩みながら家まで歩いていた。その時だ。

 

「ちゃおっス!」

 

「っ!?」

 

突然かけられた声に、しかも気配もなく思いもしないような低い位置からの声に驚いて、言葉も出せずびょんと飛び跳ねてしまった。怖っ!心臓が口から飛び出るかと思った!

 

「お前が沢田綱吉の幼馴染の夜野燈だな。オレは家庭教師のリボーンだ」

 

「か、家庭教師!?」

 

「よろしくな」

 

まるで心を読んだかのような、タイムリーすぎる『家庭教師』を名乗る存在の出現。あまりに良いタイミングすぎる。そして外国人の面影と流暢に日本語を喋ること、スーツを着てブレなく直立する不気味な赤ん坊姿、そのどれもが記憶の一部に引っかかった。決定打は胸元の黄色のおしゃぶりだった。

 

「……黄色いおしゃぶり…ああ、なるほど」

 

謎が解けて、胸に渦巻いた気持ち悪さが信用へと昇華する。なんだ、ヴェルデたちと同じ、呪われて赤ん坊になった人か。世の中には不思議が詰まっている。今回現れた彼は黄色の炎の人なんだろう。おしゃぶりが黄色だし。

 

「はじめまして、夜野燈です」

 

「……お前、黒い炎が出せるんだってな?」

 

目が、怖い。帽子の影から無機質な目に全身をスキャンされているような気持ちになる。やはり、彼も只者ではない。理性的で理知的な成人の雰囲気を感じる。見た目は普通に赤ん坊だけど。

 

「ああ、まあ。っちゅーかヴェルデさんらから聞いてへんの?」

 

「…ヴェルデと、誰だって?」

 

「え、誰ってバイパーさんやけど」

 

「…なるほどな。あいつら隠してやがったのか」

 

「はあ…?」

 

どうやらヴェルデたちから話を聞いていなかったらしい。微かに舌打ちが聞こえた。バイパーといい、赤ん坊の姿だというのに舌打ちできるなんてすごいな。私は前世の記憶を取り戻した時はまだ舌の筋肉が発達していなかったのか言葉が拙くて、体の動きもフニャフニャだったぞ。

 

(ってか呪いかけられた同士、やっぱ顔見知りやねんな)

 

でもって情報共有はしてなさそうだ。個人主義というか、各々の個性が強すぎるというか。せっかく同じ境遇の仲間がいるのなら仲良くすればいいものを。

 

「ま、ええわ。ちゃんとした家庭教師やったらええねん」

 

「ちゃんとした家庭教師な。まあ、オレにかかればどんなダメダメも立派なボスに仕上げてやるぞ」

 

「もう社長決定かい」

 

すごいな。中学の勉強、その先を見越した家庭教師をするということか。ヴェルデやバイパーの例からして、頭の中身は一流なんだろうし、本当に綱吉を社長に仕立ててくれそうだ。

 

「期待しときます。綱吉がホワイト会社設立したらぜひ就職したいんで」

 

真顔で宣言しておいた。綱吉なら我が身を犠牲にしてでも、部下に仕事の押し付けをするようなクソブラック上司にはならないだろう。むしろそんなことをするようなら、幼馴染の特権でその考えを叩きのめせる。社長だけど顔見知りで、給料払ってくださいとか無駄に頭を下げなくてもいい社長。リストラやセクハラ、パワハラに怯えて顔色を伺う必要もなく、こちらの考えを堂々と言える社長。なんて使い勝手のいい社長だろうか。内部事情をろくに知らない大手の会社に就職するよりずっとホワイト会社らしいホワイト会社にしてくれそうだ。

 

「綱吉のことよろしゅう頼んます。普段はあんなやけど優しいええ子やし、持ち味活かした教育をしたってください」

 

「ああ、まかせろ」

 

この時、ニヤリと怪しげに笑う顔をろくに見なかったのは、私の失敗だったとしか言えない。この時の私は奈々のことをどうこう思うことなんてできないくらい、自分たちの輝かしい未来の夢に溺れていたのである。

 

 

 


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