一応ホラーですので、苦手な方はご注意ください。
無き柄
騒々しいエンジン音をかき鳴らしながら、私は車を走らせていた。
人気も他の車もなく、あるのは寂れた道路標識とガードレールのみで暗闇の中を私の車のヘッドライトが照らす道は、ただ灯りの無い道を歩むよりも恐怖を駆り立てる。
事の発端は私の友人の失踪から始まった。彼とは高校時代から親しくしていて、一目見た時から彼と私はよい関係を結べる確信が湧き、二十歳を超えて互いに職を持ち離れ離れになっても私と彼はインターネットのオンライン通話やチャット、夏休みには互いの住む土地に行きよく遊んでいた。
だが、少し前からパッタリと彼からの連絡が途絶えたのだ。彼は返事や約束の時間に遅れようとも、必ず連絡をくれるのだが、三日四日と経っても彼からの連絡はなく、私は彼のご両親に連絡を取った。
驚く事に彼は両親にもどこかに行ってくるだとか、しばらく連絡が取れないといった連絡はなく、彼からの連絡がない事を私から知る事になった。ご両親も私と彼が親密な間柄であるという事は知っているから、私の言葉に不安になり自分達も連絡してみると言い、その日は一日を終えた。
朝を迎えご両親に再度連絡を取ったが、やはり彼からの返事はない様で、今どきのインターネットチャットでは連絡を見た際には「既読」と連絡が相手に届いたという知らせが入るのだが、それすらもない。
私もご両親も一層不安になり、ご両親は彼の勤め先に連絡を取ることにした。
残念ながら私よりもご両親の方が血縁と言うことがあり、私は結果がどうなったかを教えてもらう事を約束してもらい、一度通話を切った。その後、10分もせず携帯が鳴りある事が分かった。
彼は仕事を辞めていたのだ。彼の仕事は彼が長年夢見てきた仕事であり、彼からの話でも仕事が辛いと思っても、辞めようとは思わないと聞いていた私は衝撃を受けた。
ご両親は居ても立っても居られない様で、警察に捜索願を出すと言い連絡を切ってしまい、私は一人の部屋でしばらく立ち尽くしていた。
私は我に返り、事態を手帳に書き記し今後の計画を考え始めた。
彼がなぜ消えたのか、何処へ行ってしまったのだろうか、私は彼に会いたい一心で行動を起こした。
都合よく仕事も長期休みに入るため、私は数日分の衣類とアメニティと財布を鞄に入れ込み、車を走らせた。
一日車を走らせ続け、彼が住むアパートに辿り着いた私は彼の家のドアを強く叩いたが返事はなく、ポストを見れば新聞がいくつか溜まっていて、しばらく彼が家に帰ってない事がわかり、私は彼のお隣のドアを叩いた。中から出てきた男性に私は事情を説明すると、訝し気な顔で話を聞いていた男性は、話が進むにつれ、男性も彼が帰ってきた気配がない事を話し始めた。彼は五日以上前から帰ってきておらず、最後に見たのも男性が仕事に行く際にドアが偶然同じタイミングで開いたので、挨拶をしたその時だけらしい。
その時に彼がスーツ姿だったらしく、男性は彼が仕事にいくのだなと思ったらしい。数日間帰ってきてないと思うから、出張だと思う。確かにスーツ姿のまま出張というのもなくはない話だ。だが、それでは連絡がない理由の説明がつかず、私は男性に大家を呼んで貰うように頼み込み彼の部屋の前で待っていた。
30分程たった頃、大家らしき人がやってきて私は事情を説明をした。もしかしたら彼への手がかりがどこかにあるかもしれないと思い、私は彼のご両親にも連絡をとり、大家の監視付きで彼の部屋を捜索する許可を貰い彼の部屋に入る事が出来た。部屋の中は2か月前私が遊びに来た時同様に物の配置も変わっておらず、彼が倒れている等という最悪な事もなかった。
少し安心した私は、手がかりを探し求め彼の部屋を見渡すと、彼のノートパソコンの上に乱雑に置かれていた紙束を目にした。彼は几帳面と言う言わけではないが、書類や本などはちゃんとまとめておく人なのに乱雑におかれたそれはみるからに彼らしくないものだと思い、私はその紙の束を手に取る。
それはある村に関する資料の様で、資料には一見特に変だと思うような事は書いておらず、続けて読んでいると、一つの伝承の項目にたどり着いた。
その項目には「無き柄」と書いてあり、赤いペンでいくつもの丸やメモが、彼の字で書かれていた。彼はその「無き柄」について熱心に調べていた事がわかり、他の紙にもその「無き柄」の事に関する資料がプリントアウトしてあったり、走り書きでメモが残してある。プリントアウトされた資料の日付を見ると、6日前という事が分かった。恐らく彼は6日前に失踪したのだろう。
この時私は6日前に彼はこの村に行き、「無き柄」について調べているのだろうと分かり、その村に行く事を決意したのだ。行き先が分かればその事を警察やご両親に連絡すればいいのだろうが、何故かこの時、私は恐怖を感じた。
それは「無き柄」について書かれていた事が原因なのだろう。それはまるで西洋のゾンビの伝承に似ており、死んだ人の名前を呼び続け、蘇らせて奴隷の様に扱う様な事が書かれている。何故彼がこんな事を調べていたのかは分からないが、私にはどうしてもわからなかった。
彼にオカルトの趣味はなく、肝試しに行くような人間でもないのに、彼がこんな知名度の低い村を調べる理由もわからない。まさか彼が奴隷を欲しているわけでもあるまいし、ゾンビが好きな人というわけでもないし、ヴードゥー教を信仰しているという話も聞いた事がない。
私はどうしても彼に会いたい、無事を確かめたい。何より、彼がこんなものを調べていた理由を私は知りたいと思い、私は資料の村に向かった。
一般道路から徐々に舗装されていない道になり、私は車では通れない程細い畦道にたどり着いた。暗く湿った空気の中で車を降り、後部座席からリュックサックを取って背負い、懐中電灯で足元を照らしながら畦道を歩き始める。
数分程歩き続け遂に私は彼が消えた原因があるであろう村に到着した。古びた電柱が幾つか点在しボロボロのポスターが張り付けてあるが、何と書かれていいるのか分からなかった。この村の情報は彼の机に置いてあった資料の情報のみで詳しい事は分からず、資料にも突出したところは「無き柄」の事のみだった。
死んだ人間の名前を呼び続け、呼ばれた人の魂は壺の中に封じ込め、言う事を聞かねばこれを割り、地獄へ落とすぞと脅すらしい。だが、ここから先はインターネット等で調べられるゾンビとは違うようなのだが、何が違うのかは記載されておらず、私はその得体のしれない不安に駆られていた。正直のところ、彼が本当にこの村にいるという確証はなく、いるならいるで早く彼を連れ出してこんな処早く出ていきたいが、いないならいないで彼への手がかりがなくなるのも困る。彼がこんな村にいないで欲しいが、同時にこの村にいてほしいという矛盾した気持ちで、私はいっぱいになっていた。
畦道を抜けて、私は資料でみた村らしき場所に辿り着いた。街灯すらない道が続き、点在するどの家にも灯りは灯っておらず、人が住んでいるのかすら分からない。彼の事を訪ねようにも夜更けに戸を叩くのも気が引けてるし、この村自体をとても不気味に思い、私は村の周りを歩く事にした。ふと懐中電灯の光が民家の門口の柱を照らした。照らされた柱には薄肉彫りの人の様なものが彫ってあった。それは確かに人の形に彫られていて、髪の毛も服も手も足もあるが、顔だけは彫られていなかった。鼻がなく、目、口、があるべき場所には小指が入りそうな程の穴が掘られており、それ以外の場所には細い線が輪郭に沿う様に彫られていた。薄肉彫りのそれは引き戸の左右の門柱に棒立ちで彫られていて、狛犬の様な捉え方なのか、他の民家の門柱にも彫られており、私は気味が悪くなり民家から離れ逃げる様に歩いた。
しばらく歩き続けていると、どこかの山の入山口にたどり着いた。千葉県の伊予ヶ岳程の標高の山で、古びた石階段が敷き詰められており、一段毎に灯篭がありその一つ一つにも、民家の門柱でみた人の様な浮彫が彫られていて、刳り貫かれた目の部分の穴が影になり、真っ黒な瞳でこちらを見つめているかの様に見えて気持ちが悪くなる。懐中電灯を階段の方へ向け直し一歩一歩踏み外さない様慎重に階段を上がる。時たま立ち止まり灯篭の方へ光を向けるが、やはり薄肉彫りの暗い目は私を見つめ続けていて、まるで私を監視している様に思える。じっと捉えて逃がさないと訴えられている気分だ。
石階段を上り終えると懐中電灯の光の先には黒い色の鳥居があった。所々塗料が剥げていて、塗装前の木の色が顔を覗かせており、鳥居の笠木には黒く細い注連縄がもやい結びで垂れ下がっていて、額束は建てられているのだが今にも崩れ落ちそうなほど風化していて、書かれている文字は読めない。鳥居の先の地面には石畳が敷かれていて、奥に懐中電灯を向けると神社の本殿らしき建築物があり、漆特有の艶が懐中電灯の光に反射していた。
先程の鳥居とは違い塗料が剥がれておらず、その黒々とした様は暗闇が形を成して、そこに存在するのが当然であると言わんばかりの佇まいを感じ、私は息を飲み込む。
本殿の漆の艶やかさが私に美しさを感じさせると同時に、その黒さは恐怖も感じさせる。私は建築芸術に造詣は深くないが、今私の目の前にあるこの本殿は外観こそ普通の神社と同じで、その美しさ以外はこれといった特徴は無く、どのような神様を祀っているのかわからないのに、本殿の黒い美しさと石階段の灯篭に彫られた奇妙な浮彫達が恐怖を以て諭してくれる。
ここは普通ではない、異常だ。
一刻も早くここを離れるべきだと私に伝えている気がする。
突然の吐き気と共に得も言えぬ何かを感じ、その場を出ようと私は踵を返して、石階段を下りる。
上って来た時よりも足を早め、こんな処早く出ていきたい一心で石階段を降りる。
ざっ……
突然、私の上後で音がした。砂と石を踏んで足で擦る音だ。ここには私しかおらず、誰かがいた気配も無かった。けれど、誰か、いや何かが私の上後にいる。
何かは私が石階段を一段下りる度、足並みを揃えて砂を踏み擦る音を鳴らしながら一段下りてくる。私は後ろを振り向かぬように、乱れて噎せ返りそうになりながら息を殺し、嗚咽と吐き気を堪える。早く、早くと思いながらも、涙で滲んだ目の前を蹌踉く足で一段ずつゆっくりと焦らない様に慎重に、石階段を踏み外さない様に下りる。
この石階段はそれ程長くない筈なのに、私には最下段に下りるまでとてつもない時間が掛かった様な気がして生きた心地がせず、ようやっと私は入山口まで戻る事が出来た。
入山口を出て私は、早くこの場から離れようと数歩歩いた時、不意に後ろから聞こえていた足音が途絶えた。最早私は耐えきれず最初の畦道まで走っていた。怖さのあまり何処を走ったのかすら覚えておらず、ただ泣きながら走り抜けていた。
車を止めた畦道まで戻ってくる頃には意識もハッキリしていて、乱れて苦しい息を整えながら車に乗り、震える手でエンジンを掛ける。ヘッドライドと車内の光が辺りを照らして安心を覚えた私は、力なくハンドルを掴み下を向いて深呼吸をする。一度落ち着きを取り戻すと、早くこの村から出なければ、彼がこんな処にいる筈がない、早く彼を探さねばという考えで一杯になり、ヘッドライトで照らされた畦道に顔を向ける。
そこには人がいた。いや、違う。あれは何かだ。私を追いかけていた「ナニカ」。
ヘッドライトで照らされたその顔は額、頬、顎が人の肌色ではなく、神社で見た漆の様な艶がある黒色で、鼻が存在せず目と口があるべき場所には暗い空洞があり、一目でそこには底が無いと分かってしまった。
明らかに人ではない「ナニカ」は、私が取り戻した落ち着きを奪い、耐えきれなくなった私は車を走らせ逃げ出した。
あれだ。あれが、そうなのだ。あれが彼が調べていたもの。
「無き柄」なんだ。
何故彼はあんな恐ろしいものを調べていたのか、こんな恐ろしいものをどこで知ったのか。
何より私を恐怖させたのはあの「ナニカ」の姿だ。
あの服装、あの髪型、あの靴。
私は泣きながら車を走らせた。早くこんな事忘れてしまいたい一心だった。
きっとあれはこの世に存在してはいけないものなんだ、私はこの事を手帳に書き記す。震えた手でペンを持つ。
「無き柄はこの世に存在してはいけない」
二度と彼の様に誰かを「無き柄」にさせない為に。
著者不明
「無き柄について」
はじめに
昔書いたもので、どうせならと投稿しました。