「ん...?」
背中からお燐の寝ぼけた声が聞こえる。どうやら目を覚ましたらしい。
「いくらなんでも寝すぎだ、お燐...」
「ここは...?」
「ここは旧地獄だよ」
地霊殿に続く長い長い一本道、そこを俺はお燐を背負いながらゆっくりと歩いていた。
「あれ?じゃあ小町たちとの勝負は...?」
「完敗だった。でもまあ、映姫は俺たちに情けをかけてくれたみたいでな、弾幕が非殺傷設定になってたとかなんとかで.....とりあえず許してくれた」
映姫いわく、幻想郷の新入りである俺の実力を試していたらしい。あれでも映姫は本気ではなかったらしいし、まだまだ俺も修行不足かな。
「そうですか...
映姫さんにもですけど、三月樹さんには本当に迷惑をかけてしまいました。ごめんなさい」
「別に気にしなくてもいいって。今回だって負けたのは俺の...」
話している途中だったが、これ以上言うのを止めた。背中でお燐が泣いていることに気づいたからである。
「...気にしますよ。今回の勝負だって、あたいが倒れたせいで三月樹さんは死ぬかもしれなかったんですよ?
どれだけ謝罪の言葉を述べても足りませんよ...」
なんというか...お燐はすぐ謝っちゃうんだよな。相手のことを考えすぎるせいか、例え自分が悪くなく
ても自分に非があったかのように謝ってしまう。
確かに今回は彼女に非があるが、このことを長く引きずってほしくはない。そしてなにより、笑顔で帰ってきた彼女の姿をさとり様には見てほしいのだ。
だから、俺はお燐に優しく声をかけた。
「迷惑かけたとか、そんなことはどうでもいいんだよ。地霊殿にお燐が帰ってきてくれた、それだけでもう十分なんだ。だから泣かないでくれ。笑っているお前を地霊殿へ連れて帰りたいんだよ」
こう言えば、お燐は笑うしかないはずである。そして彼女は笑ってくれた...のだが。
「...ぷっ。なんですかそれ。まさかそんなことを言えば笑ってくれるとでも?あたいの笑顔はそんなに安くありませんよ。
そんなことも分からないなんて、まったく三月樹さんはバカですね」
笑ったというか、どうやらバカにしているようだった。ってかバカはさすがいいすぎだろ。ちょっとイラッとしたぞ。
「まあいいですよ。そんなに見たいんなら、特別に笑ってあげます。これでいいですか?」
「...なんでそんな上から目線なんだよ」
お燐の言葉に多少イラッとしながらも俺は彼女の顔を見るため、後ろに振り返る。
そのとき、俺の目は彼女の表情に釘付けになった。
―――それは今まで見たことのないくらいの最高の笑顔だったのだ。
あまりに可愛くて、俺は思わず目線を逸らしてしまう。
「あっ、顔赤くなってます。やっぱり今の、可愛かったでしょ?」
「う、うるさい...さっさと帰るぞ!」
地霊殿はもうすぐそこだった。
「ただいま帰りましたー」
ギギィと音が鳴る古臭い扉を開けながら、俺はそう言った。でも、返事が返ってくる気配はない。
「...あれ?」
誰も迎えに来てくれないことを不思議に思っていると、ふと、此方に向かって全力疾走している人物が目に入った。どうせお空だろうと思っていたのだが、それは意外な人物だった。
「お燐ーー!!」
「さ、さとり様!?」
普段から温和で優しい姉のようなさとり様が、名前を叫びながら全力疾走で走ってくるなんて誰が想像できただろうか?
キャラ崩壊もいいところである。
さとり様は押し倒す勢いでお燐に抱きついた。
「大丈夫お燐!?ああっ!こんなに怪我して...今、救急セット持ってくるから!」
「だ、大丈夫ですよさとり様!だから少し落ち着いてください」
そう言ってお燐はさとり様を落ち着かせた。まあ、落ち着けないさとり様の気持ちも分かるけどな。
「あんなこと言ってしまって本当にごめんなさい。だから...」
「...分かってますよ。口に出さなくても大丈夫です」
お燐も強くさとり様を抱きしめる。家族の絆がより強く結ばれた瞬間だった。これでお燐も自分が愛されていたことを実感できただろう。
この状況に自分は必要ないかなと、俺が黙って去ろうとしたときだった。
「あぁ三月樹、後で私の部屋に来てもらえるかしら」
「.....はい」
...忘れていると思ったんだけどなぁ。
こんこんと俺はさとり様の部屋をノックした。
「入っていいわよ」
許可をもらったので、俺は扉を開け中に入る。
さとり様は椅子に座り、此方を正面から見据えていた。
「.....」
「.....」
やばいってその無言の圧力!なかなかに辛いよ。
確かに命令違反をしてしまったのは俺だ。でも俺が自分から謝るのを待つとか、ちょっと鬼畜すぎやしませんかねぇ...
しばらく経って、この無言の時間に耐えるのも限界が近づいていた。とうとう自分から謝ろうと覚悟を決めたとき、突然さとり様は口を開いた。
「こ、今回あなたを呼んだのは...あ、ありがとうを伝えるためよ...」
「へ?」
予想していなかった言葉に、素っ頓狂な声を上げてしまった。
「さとり様の命令を無視してしまったこと、怒らないんですか...?」
「確かにそうだけど...それでも、お燐を助けてくれたじゃない。それに...」
そう言うと、さとり様は顔を横に逸らしてしまった。顔も少し赤くなっている。
「私の気持ちも...代弁してくれたみたいだし」
「お燐を愛しているってことですか?」
「っ!!」
さとり様の顔はみるみると真っ赤に変わっていった。
まったく、この人はなんて純情な反応をするんだろう。可愛すぎてたまらん。
「愛しているくらい本人に直接伝えられれば、お燐は家出なんてしなかったんですよ?」
「で、でも.....恥ずかしかったし仕方ないじゃない!」
しかしだ、恥ずかしいからといって突き放すかな普通。なんでここでツンデレキャラを演じてしまったのか...
ん、待てよ?もしかしてさとり様って本当にツンデレ...?
「ツンデレじゃないわよっ!!」
「心を読まれた!?でも、ツンデレキャラって基本そう言いますよね!」
「私に喧嘩を売っているのかしら!?」
なんか本当にツンデレキャラみたいに見えてきたな...でもそんなこと考えている場合じゃなかった。早く逃げないとやばい。でもまあすでに逃げているし、結構余裕なんだけど。
「脳符 ブレインフィンガープリント!」
「ちょ、さとり様!さすがにスペカは聞いてn...」
まさに油断大敵だった。その後、地霊殿に俺の悲鳴が響き渡ったことは言うまでも無い。
「三月樹、反省した?」
「はい...すみませんでした」
スペカを使うとは、よほどツンデレと言われるのが嫌だったようである。さとり様へのこの言葉は禁句なようだ。
さとり様は咳払いをして、再び話し始める。
「話を戻すけど、お燐を連れて帰ってきてくれて本当に感謝しているわ。だからその...お礼というか...」
そう言うと、再びさとり様は顔を赤くして視線を逸らしてしまった。でも、今の会話のどこに恥ずかしい要素があるのかまったく分からない。
「お礼って?」
「や、やっぱりなんでもないっ」
何も分からないまま、俺は部屋から追い出されてしまった。うーん、一体どうしたんだろうか...?
まあ考えても分からんし、俺に感謝してくれてるみたいだしそれでいいか。
俺は悩むのを止め、さとり様の部屋を後にした。
このやりとりを影から見ていた人物がいた。
彼女は自身の能力のおかげで、誰からも気づかれることはない。そして彼女が呟いた独り言も、誰にも聞こえることはなかった。
「お兄ちゃんは渡さない、たとえお姉ちゃんであっても...」
フラグをビンビンに立てて、今回は終了です。
まあ番外編挟むのでかなり後になっちゃいますけどw