【習作】シャット・アッパー   作:黒の豚

1 / 1
アメコミを見て思いついた作品。
絶賛批評募集中です。感想もくだされば嬉しいです。




シャット・アッパー

 スーツを着た男が路地らの壁によりかかり、煙草を吸っている。

 よく見かける光景であろうが、少し違うのはその男の、少し離れた所にチンピラ風の男を殴っている男がいることだろうか。

 

 はぁ、スーツの男はため息を吐くと煙草を地面に落として靴裏で踏み消すと、向かいの壁を見ながら口を開いた。

 

 「よう、まだ元気か?」

 「俺? 俺は元気だ。こいつを殴ってるんだから元気に決まってるだろ?」

 

 とあるアメリカの街。その路地裏でガスマスクをかぶった男が一人の男を楽しげに殴っている。

 殴られている男の周りには、男たちが十数人呻いて転がっていた。傍から見ればその惨状を作ったのはガスマスクの男だと一目で分かるだろう。なにせ今も元気に一人の男を殴っているのだから。

 

 「俺は考えたんだ。何でこの街がこんなに治安が悪いのかって。で、ふと思いついた。お前らみたいなのがいるからだ。そうだろ? ミクセンメーカー」

 

 主張するように両手を離して横に広げる。手を離したため殴られていた男は頭から地面に落下し、鈍いうめき声を上げた。頭を抑えようとするが、もはや動くだけの力もないのか、腕が少し上に上がっただけだった。

 

 「おっと、すまん。手を離しちまった。悪いな。癖みたいでよ。なんてーの?こう……主張する時とかに腕広げるだろ? やらないか? 例えば、えーと……あーくそ! うまく説明できねぇな! クソが! 俺の語彙力どうなってやがる!」

 「そうなってんだよ」

 

 子供のように地団駄を踏んだ先は今まで殴っていた男の腹。踏まれた男は大きく咳き込んで、嘔吐したようだ。しかし仰向けに寝ているために吐瀉物が喉につまり、呼吸ができなくなっている。

 

 「おい、俺の目の前では殺すなよ」

 

 その言葉にガスマスクの男が気付くと、慌てて屈んで吐瀉物をつまらせている男を横に転がし、背中へと拳を叩き込んで吐瀉物を吐き出させた。

 

 「ごめんごめん! お前がいるのに気付かなかった! お前は今、石ころ並みに存在価値がないから忘れてた。道に小さい石ころがあって、それを気にして道を歩くやつがいるか? つまりそういうことだ。悪気はなかったんだ。本当に済まないと思ってる。だからほら、今看護してやってるだろ? それでチャラな」

 

 吐瀉物を吐き出し、ひゅーひゅーと、おかしな呼吸になっている男の背中を軽く叩きながら言う。そして、何かを思い出したように手を叩くと再び手を離し、男を仰向けにさせた。

 

 「大事なことを言うのを忘れてた。今後一切! 今後!一切! この街で悪いことをしようと思うなよ? もし、したらまた俺が来るからな? 這い寄るからな? サダコみてぇにてめぇのテレビからも這い出てくるからな。覚えとけ……サダコって怖くねぇか?元は日本のホラームービーからきてるらしいんだがこっちで上映されたリングのサダコも最強に怖いよな! どう思うよ」

 

 そう問いかけるものの意識はとうになく、おかしな呼吸を繰り返すのみで返事はない。それにガスマスクの男は肩を竦め立ち上がる。

 

 「お前無口って言われない? よう、警察に電話頼むよ刑事さん」

 「口も手も減らねぇ野郎だな。じゃあ、俺の目の前から消えてくれ」

 「電話かけるのを確認したらな」

 

 そうして、刑事と呼ばれたスーツ姿の男は徐に取り出したスマートフォンに911と入力。少し待った後オペレーターが通話を取った。

 

 「こちらバイロン刑事。今アミューズ通りで人が殴られていた。救急車と応援を頼む。殴ってる男の風貌はガスマスク、迷彩柄のコートに……ベスト。同じような迷彩のカーゴパンツにブーツ。 まぁ、シャットアッパーだ」

 

 了解の返事をよこしたオペレーターとの会話を切り、ポケットへとスマートフォンを戻すと、ため息を吐いた。

 

 「毎回コレやんの面倒なんだからな?」

 「ギャング達を一斉逮捕できていいだろ? 麻薬も全員のポケットに入れてるしよ」

 「この街で、麻薬程度は簡単に出てくるぞ。こいつら」

 「知ってるわそんなん。やることに意味があるんだろ? 俺のストレスも発散されるしな」

 「実際。犯罪率が下がってるからな。じゃ、さっさと行け」

 「そんなに急かすなよ。まったく」

 

 コートを翻し、少し歩こうと一歩踏み出した瞬間、他の転がっている男に躓いて前のめりに転ぶ羽目となる。

 男は立ち上がり、転けた原因の男の腹へと八つ当たりにつま先をめり込ませるように蹴り上げた。

 

 「俺はチャップリンか? ミスタービーンか? どっちでもねぇ! 007のショーンコネリーだ! くそったれが」

 「俺はダニエル・クレイグの方が良いと思うがな」

 「はん。ショーンのほうが良いね」

 

 そう言って唾を吐き捨てると、今度こそ路地裏から一瞬で消えた。瞬間移動したかのように。

 

 

 所変わって教会。そこには180近い身長でガタイもよい、20代後半と見られる白人の神父が説教を口にしていた。

 その神父は少しタレている目を笑むように細めさせ、眉毛も自然に整え、短く整えられている金髪も清潔感がある。目は少しタレ目で、綺麗な青色の目を笑むように細めていた。

 

 「悔い改めよ、と私はいいます。言い方を変えるならば、人の痛みと弱さをきちんと知り、理解し、そこに立ってみよということです。このような価値観の転換がなければ人は、いくら悔い改めたと言ってみても、何も変わっていないことと同じなのです。ですからこの街、キングスに住むあなた方がこのように変わっていかなければ、この街も変わらないということです。ご清聴ありがとうございました。神と子と精霊のみ名によって。アーメン」

 

 アーメン。続いて席から聞こえたその言葉を聞き遂げると、神父は説教席を降りようと一歩踏み出そうとしたが止まり、人差し指を上にして視線を席へと戻した。

 

 「……ああ、最後に一つ。この場にいる方々は価値観を転換しなくてもいいかもしれませんね。ここに来て、私のつまらない話を聞いてくださっているのですから」

 

 茶目っ気を見せるようにウィンクをすれば、席からは小さい笑い声がそこかしこから聞こえてくる。

 その笑いにつられるように神父もクスクスと上品に笑うと、今度こそ説教台を降りた。

 その時、年配の黒人婦人が神父へと近寄っていく。その婦人は嬉しそうな笑みを浮かべて神父へと握手をするために手を出していた。

 神父はそれを見ると、笑みを一層深めて握手に応じ、ハグをして離れた。

 

 「あぁ、アンバーさん。相変わらずお元気そうでよかったです。なにか困ったことなど心配事などありませんか?」

 「貴方も、グレイブ神父。元気にお過ごしになっていてよかった。私はなにもないわ、元気そのもの。最近ちょっと太ったのが心配かしら」

 「まさか、前と変わりありませんよ。お美しいレディのままです」

 「あら、ありがとう。貴方のような紳士はこのクソの掃き溜め……ごめんなさい。この街ではほとんどいないわ」

 「いえ、沢山いらっしゃいます。貴方の旦那様も。息子さん達だってそうでしょう?」

 「旦那は勿論だけど。息子たちね、紳士に育つようしたつもりなんだけど。電話をしても殆ど出ないし、出ても少ししか話してくれないし。心配だわ」

 「便りがないのは元気な証拠、とも言いますから。お忙しいのでしょう」

 「きっとそれは放任主義者の考えね。私だったら居ても立ってもいられないわ。もしかしたらって考えるもの。でも、貴方と話したら落ち着いたわ。ありがとうグレイブ神父。こんなに良い男を独り占めしてるのも悪いからもう行くわ。良い一日を」

 「私も素敵なレディとお話できて幸せです。貴女も、よき一日を」

 

 婦人が帰っていくのを見送り、次々とやってくる人々と楽しげに話をしながら時間を過ごした。

 そして、皆を見送った後に神父はゆっくりと息を吐き出して、辺りを見渡すと一人まだ席に座っているのが見えた。どうしたのだろうかと近寄ってみると、一人の茶髪の少女が俯いて座っていた。

 それを見て取ると少女へと近づいていき、隣へと着くと、未だ俯いている少女へと、膝に手をついて声をかけた。

 

 「お家に帰る時間ですよ? お父さんとお母さんはどこですか?」

 「……神父様。私はこう見えても21です」

 

 そう言って顔を上げた少女の顔は可愛らしく、顔を上げた際に流れるセミロングの髪はさらりと頬を撫で、そこから覗く目は少し吊り上がっていて気の強そうな印象を与えるが、それよりも宝石のような青い目が印象的に見えた。モデルでもしていそうだ。今は不安そうにも見えるが。

 見惚れるようにその少女を見ていたが、少女が訝しげな視線に変わったのを見ると咳払いし、背筋を伸ばす。

 

 「……失礼しました。えーと、そろそろ夜ですので帰ったほうがよろしいかと。それで、この辺りでの女性の一人歩きはおすすめしません。狼の前に子羊を放り出すようなものです」

 「ですからここにいるのです神父様。教会は子羊を救ってくださるのでしょう?」

 「……たしかにそうです。では、近くまで送っていきましょう。非力な神父ですがいないよりま」 

 「神父様。私はキリスト教徒ではないのですが、告解をしてもよろしいでしょうか」

 

 言葉を遮られても神父は笑みを崩さず、むしろ、告解をしたいという言葉を聞くと笑みが嬉しそうなものに変わる。

 

 「……勿論構いませんよ。どの信仰であろうと、無神論者であろうと、告解の権利は等しく設けられているのです。この教会は、ですが」

 

 言われた少女は、少し安心したように息を吐き、不安そうに強張っていた表情も解れた。

 そして告解室。神父が椅子に座って待っていると、反対側のドアがノックされた。

 どうぞ、神父は返すと少女が入ってきて椅子に座る。が、少し落ち着かないようでもぞもぞとしていた。

 

 「どうかしましたか?」

 「初めてで緊張しているだけです。神父様」

 「緊張なさらず。自分の部屋だと思ってください。少し小さいですが」

 「……はい。私は、両親を見殺しにしてしまいました」

 「何が起きたのですか?」

 「二日前、私達家族はこの街に引っ越してきたのですが……その翌日……昨日、強盗に襲われました。両親は私を、万が一と作っておいたシェルターに入れました。両親も入ろうとしたのですがそのときには遅く。私だけを入れて強盗に立ち向かいました。父は殺され、母は犯されて殺されました……今でも、父の断末魔と母の悲鳴が頭から離れません。私は怖くて……出ていく勇気も持てずに、すべてが終わるまで隠れていました」

 「警察はどうしたのですか?」

 「すぐに来ました。私は出ていって事情を説明しましたが、なんでか取り合ってもらえませんでした。そして、事件現場だからと追い出されました。今でも信じられません。殺されたんですよ?人が……人がですよ!? しかも私の愛しい両親です! 普通はすぐに対応してくれるはずです! 探すはずです!犯人を! それなのに! 今日警察署に行ったら、そんな事件はないと! そんなはずはないのに! 確実に目の前で起こった! それなのに!なんで!」

 

 神父はもう笑みを浮かべておらず、告解室のドアを叩いて泣いて叫ぶ彼女の言葉を静かに聞いていた。

 

 「残ったのは……私が見殺しにしたという事実だけです」

 「今、貴女にどんな言葉をかけても慰めにはならないでしょう。ですが、これだけは言わせてください。貴女は見殺しになどしていません。両親に望まれて今、生きているのです。そこだけは、間違わないで欲しいのです」

 「じゃあ、私は見殺しにしていないと? 父が殺されている間も、母が……尊厳を踏みにじられている時に、震えてただ耳を塞いでいただけなのに? それでも!見殺しにしてないって!? ふざけないで! 見殺し以外に何があるのよ!」

 「……貴女の両親は、シェルターに貴女を入れる時なんと言っておりましたか?」

 

 神父が聞くと、身体を小さく震わせて顔を覆い、暫くした後に絞り出すように言葉を出した。

 

 「無事に生き延びてほしいって」

 「ならば見殺しではありません。貴女は両親からの期待を受けて生き延びているのです。ですから……いえ、今は、生きるのです」

 「でも、もう家もない。外にだって、私を狙ってるかもしれない人達がいるかも知れないのに出歩けない……どうすればいいってのよ」

 

 その言葉を聞くと神父は告解室を出て彼女の方へと周り、ドアを開け、涙を滲ませた顔を上げた彼女に笑みを浮かべて、手をを差し出した。

 

 「よろしければ、ここに住みませんか? 仕事も、その件が片付くまでここに修道女として私を手伝ってください」

 「……え? そんな事できない。もしかしたら、貴方に襲われるかもしれないのに。仕事だって、教会のことなんて何も知らないし」

 「ははは、私は神に仕えている身です。襲う心配はありません。そして、使うこのはこの教会の一人部屋ですよ? 私も家に帰りますので。教会のことに関しては、告解を知っていましたよね? それで十分です。後々覚えていけばいいのです。さ、行きましょう。キッチンも、シャワーだってあるんですよ?」

 「ここって教会よね?」

 「……見てわかりません?」

 

 その言葉にクスリと笑った彼女は神父の手を取った。神父は軽くその手を握ると教会の奥へと連れて行く。そこには扉があり、その中に入り、電気のスイッチを入れると一般的な生活空間が広がっていた。キッチンにベッドにテレビにパソコン、それと冷蔵庫。

 

 「……貴方、ここに住んでるの?」

 「まさか、たまに来るくらいです。秘密ですよ? あ、シャワーとトイレは別ですよ。そこの並んでるドア2つがそうです。右がトイレで左がシャワールームです」

 

 彼女の手を離すと部屋の中を案内し、彼女がすべて把握し、ベッドに腰掛けると出口へと歩き出す。

 

 「窓はありませんが、ここは安全ですのでそれで勘弁してください。それでは、おやすみなさい。また明日お会いしましょう。今日は安心してお休みください」

 

 そう言って出口から出ようとすると、彼女の口から待ったがかかり、神父は後ろを向いて首を傾げた。

 

 「どうしました?」

 「あの、ありがとう。本当に感謝してるわ。厚かましいかもしれないけど、暫く、居させてください」

 「厚かましいなんてとんでもありません。貴方さえ良ければずっと居てくださっても良いんですよ」

 「そこまで厚かましくなれないわよ。これが片付いたら出ていくわ……片付くかわからないけど」

 「大丈夫です。その犯人たちは報いを受けるでしょう。神は見ていてくださっていますので。あ、それと、お名前をお聞かせ願えたらと」

 「だといいけど……名前はアンナよ。アンナ・サワムラ」

 

 彼女が肩を竦めるのを見て神父はおかしげに笑うと、今度こそ出ていき、ドアをしっかりと閉めた。

 そして、ドアを出た神父は、笑みを消して冷たい光を目に灯し、その場から消えて、自分の部屋へと一瞬で移動する。

 神父服を脱ぎ、床の木を剥がすとそこには人間大の金庫。番号を入力し開けると、そこにはガスマスクと防弾チョッキ、そして迷彩柄の服に銃器。それをすばやく着込み、ガスマスクをつけると、金庫の一番下に入っていた拳銃――コルト ガバメントM1911――を取り出して、マガジンを入れてスライドも引き、レッグホルスターへと入れた。

 

 「はぁ……罪には罪を、罰には罰を」

 

 再び、神父だった男は消える。

 次に現れたのは誰かの部屋だった、電気は消され、部屋の主は居ないようだったが、男……グレイブは構わずに拳銃を引き抜きベッドの縁へと座り、部屋の主が帰ってくるのを待った。

 

 数時間後、部屋に帰ってきたのは疲れた様子の大柄で腹が出ている白人の男。その男は、部屋の電気を付けるとガスマスクの音がいるのに驚いてひっくり返った。

 

 「うおあぁ!? って、お前かよ! もうちょっと穏やかな登場の仕方できねぇのかよ! 心臓が止まるだろうが!」

 

 「よう。俺はサプライズが好きな男なんだよ。知ってるだろ? 第一、この姿でお前の部屋をノックしても良いのか? は~い、僕は汚職警官の裏切り者だよー! なんて言ってるようなもんだぞ? 俺の気遣いに感謝してほしいね。お前が今生きているってこともな」

 

 警官らしい男は、舌打ちをすると起き上がってバッグをテーブルへと置いた。そこには家族写真だろう、子供と妻と映っているのが見えた。

 

 「相変わらず接近禁止命令か? まぁ、正解だな。お前みたいな男には接近禁止命令が似合ってる。シャワーくらい浴びろ」

 「誰かのおかげでしばらく忙しいんだよ。おかげで食欲も無くなってきてる」

 「痩せるだろ? 良かったじゃないか!」

 「面白くない。てか、なんでそのマスク被ってるのに匂い分かるんだよ」

 「それだけ臭いんだ。察しろよ」

 

 グレイブが肩を竦めたら、男は頭が痛くなってきたのか目頭を押さえ、テーブルの前の椅子へと力なく座った。

 

 「お前の顔を見てるだけで死にたくなる。要件をさっさと言え」

 「顔って、ガスマスクだろうが。もしかしてガスでも浴びたのか? そりゃ大変だ」

 「良いから言えよ!」

 

 苛立ちから、男は叫ぶとグレイブは大げさに驚いたふりをし、ケラケラ笑う。

 

 「そうピリピリすんなよ。お前を更生させたのは誰だ? 俺だろ。感謝してほしいね」

 「はいはい、ありがとよ」

 「で、要件なんだがな? 2日前に家族が殺されなかったか?」

 「んなもんこの街じゃ日常だ。それだけじゃ分かんねぇよ」

 「アンナ・サワムラ。覚えはあるだろ? てめぇの身体に見合わねぇ脳みそでも」

 「いちいちうるせぇよ……はぁ、確かに知ってる。街のギャング共が襲ったって話だ。確か……グリップスの野郎どもだ」

 「そこは麻薬のやり取りだけのケチな野郎どもだろ。家に押し入るまではしなかったはずだが」

 「そこまではしらねぇよ。てめぇのカンフーで聞き出してこいよ」

 「カンフーだぁ? だっはっはっはっは! おいおい、格闘術は全部カンフーか? 世界をしれよアメリカン!」

 「はぁ……さっさと出てけ!」

 

 男がテーブルにあった時計を振り向きざまにベッドに投げると、そこにはもうグレイブはおらず、時計がベッドを跳ねるだけだった。 

 

 「また仕事が増える……そんなに臭いか?」

 

 

 

 地元の人間は近づかない区画。そこはスラム街、犯罪者が溜まる場所。そこにはアパートやマンションが乱立し、一つ一つがどこかのギャングの縄張りとなっている。店らしき影はあるが、そのどれもが廃墟と言った風情だ。そして、どのギャングもここでは表面上は静かに暮らしている。

 

 その中にあるアパートの5階、そのフロアは複数の部屋を取り払い、一つの部屋として独立させ、エレベーターで直接入るようになっている。その部屋のリビングのコの字型のソファ。そこに座る男たちは5人で、人種の違いも関係なくドラッグや大麻を上機嫌に使い、談笑していた。

 リーダー格らしき白人の男が、ソファの前のテーブルに置いてある札束を握り、ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべていた。

 テーブルには拳銃や散らばった金、ピザの箱などが置いてある。

 

 「この前の仕事は最高だった。殺すだけでこんな大金が手に入るんだからな。しかも女まで犯せた。ベッピンさんだったから殺すのは惜しかったがな」

 

 その言葉に、仲間であろう黒人の男が鷹揚に頷いた。

 

 「その通りだ。警察が来るのが若干早くてビビったが、見て見ぬふりで助かった。女に関しちゃ、指示だったからしょうがねぇだろ」

 「俺の言葉信じてなかったのかよ。サツもグルってよ」

 「お前はクスリのやりすぎで信用できねぇ時がある。あいつみてぇにな」

 

 黒人の男が顎で示した先には、ドラッグの使いすぎで潰れかけの男が一人、楽しそうに宙を眺め、俺は飛んでるぞ、等と言っていた。他の男達はそれに追従するように笑い頷き、食べかけのピザなどをその男に投げたりと、その男で遊んだ。

 

 「あいつよかましだ。お前ら笑ってんじゃねぇ。アイツのことお前らも笑えねぇだろうが」

 「お前は二番目ってとこだ」

 「はん。目くそ鼻くそを笑うってな」

 「逆じゃねぇのか?鼻くそ目くそを笑う。こっちだろ」

 「……どっちでも意味は変わんねぇよ」

 

 確かに。男二人が笑いあった時、潰れかけている男が腕を上げ、リーダー格の後ろを指さした。

 

 「おぉい。ガスマスクかぶってんのだれだよー シャットアッパーのまねごとかよ。あははははは」

 「こいつ、いよいよやばいな。誰があんなだせぇかっこするかよ。それにだ! いたとしても返り討ちにする」

 「そうかい。ぜひ返り討ちにしてもらいたいね」

 

 リーダー格の男は、クスリをやりすぎて幻聴が聞こえたか、これじゃあ笑えねぇな。等と考え、笑って周りを見ると、他の仲間達は夢でも見ているかのように目をまん丸にさせて後ろを見ていた。

 まさか、そう思い後ろを振り向こうとするが、後頭部に固い何かを押し付けられて動きが止まる。

 

 「よう、クズども。宿題はちゃんとしてたか? しないと金も数えられないからな」

 

 ゴリ、更に固いものを押し付けられてそれが金属であることが分かると、自ずとその正体にも察しがついた。

 流れ出てくる冷や汗を無視し、横においてある装飾過多な拳銃へと手を伸ばすが、発砲音と共に肩へと初めて味わった痛みが襲った。

 

 「があああああああああ!!」

 「言い忘れてた。動くな」

 

 発泡したばかりの銃口を後頭部へと押し付けると、焼ける音がしたが、悲鳴に紛れた。

 

 「こいつドレルを撃ちやがった! このクソ野郎!」

 

 怒りで顔を真っ赤にした男がテーブルに体ごと手を向けるが、その腕の肘を撃ち抜かれ、テーブルの下に潜るように倒れ、肘を抑え悲鳴をあげる。

 次には膝も撃ち抜かれて絶叫が室内を支配した。

 

 「聞こえなかったのか? 動くな。ああ、こいつの悲鳴がうるさいんだよな! 分かってる分かってる! 今黙らせてやるから待ってろ!」

 

 グレイブは大げさに大きな声で言うと、目の前の男の首を左腕で絞め、拳銃を持っている右腕を、転がっている男へと向け引き金を絞った。しかしそれは、他の無事な男たちが両手を上げたことで止まった。

 それを満足そうに頷いて見ると、左腕を離し、銃口をドレルと呼ばれた男の後頭部へと戻す。

 

 「言えば分かるんだな。やっぱり人間ってのは話せば分かる。獣じゃないからな。そうだろ?」

 「あ、ああ……その通りだ。俺たちは獣じゃねぇ。話せば分かる。だから撃たないでくれ」

 「それでいい。今から質問を言うが、答えなかったりはぐらかそうとするとケツ穴が増える。注意しろよ?」

 「分かってる。で、何が聞きたい?」

 

 傷を押さえて呻くドレルの代わりに、黒人の男が両手を上げながら頷く。

 

 「お前名前は?」

 「ボブだ」

 「よしボブ。2日前に男と女を殺したな? 女の方は犯してから」

 

 ドレルが首を振るのがわかったので、手を上げている二人の内、ボブでない方の男の膝へと発泡し、もう一人転がす。絶叫が再び室内に響く。その中、まだ熱い銃口を再びドレルの後頭部へと押し当てた。

 

 「ドレル。お前に聞いてない。分からなかったか? よし、じゃあ馬鹿のお前のために言っておく。俺の質問は今からボブにするからお前は動くず喋るな。一切。動いたら、今度は……誰にするかな」

 「分かった! 分かったから俺と話をしろ!」

 「ボーブゥ……お前は仲間想いでいいやつだな。感動した。で、質問の続きだ。二日前、男と女を殺しただろ? 女を犯して」

 「殺した。女も犯した」

 「犯したのは?」

 「……」

 「はぁ」

 「ドレルだ! お前が銃を突きつけてる男! そいつだ!」

  

 グレイブが腕を動かした瞬間、ボブが叫ぶように質問に答えた。ドレルは、痛みで支配される頭の中で、怒りが反逆を起こし叫び声を上げた。

 

 「ボブてめぇ! チクりやがったな! こいつが消えたら覚えて」

 

 そこまで言った後、ドレルは局部から激痛を超えた痛みを覚え、局部を抑えながらコンクリートの床へと頭から落ち、断末魔のような悲鳴をあげながら転る。

 

 「おおう。痛そうだ……死んでなきゃ良いがな。質問の続きだが……このやり取り何回目だ? いい加減にしてほしいんだがよ」

 

 何もなかったように両腕を軽く広げたグレイブが、銃口をボブへと向ける。ボブは、転がっている仲間たちを見て、次は自分ではないかと体を震わせて。それを悟られまいと深呼吸をした。

 

 「で、誰に金をもらった? あるいは、誰に頼まれた?」

 「サツだ! 74分署のタップって奴から頼まれた! 大金だったから受けたんだよ! それだけだ!」

 「タップねぇ……あの野郎が?」

 「間違いない! 何度も金を渡した腐れデカだ! 顔も見た! 念のために録音もした!」

 

 グレイブは、息が荒いボブを観察するように見据える。嘘をついていないかと。ボブは、真実を言っているので信じてほしかった。身体に穴が空くのはごめんだったからだ。

 暫しの沈黙の後に、グレイブが歓喜の声を上げハグを求めるように腕を開いた。

 

 「脳がないくせそんな事ができるのか! それで? そのデータは?」

 

 震える手でポケットに手を入れ、ボイスレコーダーを取り出してグレイブへと投げた。それをグレイブは左手で受け取り、再生して確認する。

 再生し終わった後、頷くとボイスデコーダーをポケットに仕舞う。

 

 「確かにそうだな。ボブ、お前には飴ちゃんをやろう」

 

 「じゃ、じゃあ。警察を呼んでもいいか? このままだと死んじまう」

 

 「ん? ああ、このゴミどもか。さっさと警察でもなんでも呼べ。俺はどうでもいいけどな。ゴミが減ってせいせいする」

 

 銃を上下に揺らすようにして急かされたボブは、急いで携帯を取り出し場所を知らせて、撃たれたことも告げると電話を切った。

 

 「まぁ、警察が来たらタップに、俺に喋ったと言うかもしれんがいいぞ。どうなっても知らんが。それと自白しろよ?」

 「お、お前が俺たちを消しに来るってことか?」

 「好きに取れ。あ、そうだボブ。忘れ物があった」

 「何だ?」

 

 開放されるという安心感で、笑みを浮かべながら頷くと、引き金を絞っているのが見えて、笑みが消えた。

 ボブの局部へと銃弾を撃ち込んだグレイブは、悲鳴を上げて気絶したボブに肩を竦め、残り全員の局部にも銃弾を撃ち込んだ。その際、意識があった男は首をブルブルと振り「更生する。やり直す」と言っていたが無視して撃った。勿論、未だトリップしている男にも。

 そして最後に、リーダー格の男の頭へと一発。一つの悲鳴が消えた。

 

 「連帯責任だ。次までに反省しておくように。先生からの忠告だぞ?」

 

 グレイブを除く全員が床に血をぶちまけ、スプラッタな様相を見せている中で、茶目っ気を見せるように銃口で額を叩く。ガスマスクに当たって硬い音を鳴らしたが。そのポーズのままグレイブは消えた。

 

 その日の早朝。教会の裏の部屋にノックの音が響く。

 

 「サワムラさん。起きてください。お仕事の時間です」

 

 アンナは未だ寝ているらしく反応はない。暫し待ってグレイブは再びノック。まだ起きないので、起きるまでノックを続けること10分。ようやっとアンナは寝ぼけ眼で覚醒し、眠りを妨げている原因のドアを睨む。

 

 「うるさいわよ! 何時だと思ってんの!?」

 

 「5時30分ですね。それと、おはようございます。お仕事の時間ですよ。ああ、それと……修道服に着替えてくださいね? クローゼットに入ってますので」

 

 グレイブの言葉にアンナは、少しボケッとしていたが、ここが自分の家ではないと思いだしたようで、慌ててベッドから降りて着替え始める。

 

 「ご、ごめんなさい。ここが教会だって忘れてて……怒鳴ってしまってごめんなさい。折角仕事を頂いて、起こしてもらったのに」

 

 着替えながらも、少し落ち込んだ声でグレイブへと謝罪を口にする。呆れか、怒りの声が飛んでくると覚悟していたがそんなことはなく。むしろ可笑しそうに笑っていたので、焦りは消えて安堵の息がこぼれた。

 

 「ははは、構いませんよ。5時30分は早いですよね。私も最初はよく叩き起こされました。厳しいのなら今日はゆっくりしていてもらって構いません」

 

 「いいえ! 仕事をもらったのですからちゃんと働きます! あたぁ!?」

 

 慌てて着替えていて、しかも慣れない修道服の裾を踏んづけて転んでしまう。その音を聞いたグレイブは、クスクスと忍び笑いを漏らした。

 

 「そんなに気張らなくても平気ですよ。気張りすぎると今みたいになってしまいますので」

 

 アンナを起こした神父は冗談を含めた声色で告げると、踵を返し教会の掃除に取り掛かる。

 

 どうにか修道服に袖を通したアンナは、風呂場にある鏡の前で軽い化粧をして部屋を出る。と、コードレスのサイクロン掃除機を手に掃除をしている神父を見つけ、軽く脱力した。

 

 「神父様。あの、それ」

 「え? ああ、これですか? 便利ですよね。フィルターを交換する必要もありませんので」

 「あの、フィルター交換とかそういう問題ではなく」

 「あ、足元に中止してくださいね? 小さなお手伝いさんもおりますので」

 「……はい?」

 

 言われたアンナは教会の床へと視線を落としてみると、円形状の機械が床をゆっくりと這うように移動していた。

 

 「……何でもありね。ここが家だって言われても信じるわ」

 「神の家ですよ?」

 「そうだけど、そうじゃないわよ! あ、ごめんなさい」

 「あはは、二人の時は畏まらなくても構いませんよ。今のようにしていてもらえると嬉しいです。名前も、神父様ではなくグレイブ、と」

 「……私は口が悪いとよく言われますので。止めておきます」

 「問題ありません。二人のときだけですから。それに、神もそこまで狭量ではありませんよ。とと、お祈りの時間も迫ってますので、掃除機を取って手伝ってください」

 「はぁ、分かったわよグレイブ。そこのロッカーに入ってるのね?」

 「はい、その調子です。あ、それの左です」

 

 2つあるロッカーのうち、右の方を開けようとするとグレイブが反対だと言うので、左のロッカーを開けると、グレイブが使っている同じ型の掃除機が入っていた。充電中の。

 それを取り出し、掃除機のスイッチを入れて掃除を始める。

 

 「有難うございます。助かります」

 「仕事だもの。きっちりやるわよ」

 「そっちのほうが素敵ですよ。修道服も」

 「ねぇ、もしかして口説いてる?」

 「何をですか?」

 

 言いながらグレイブを見ると、キョトンとした顔でアンナを見てくるので、アンナは呆れたように肩を竦めて掃除に集中する。

 

 「え、なにかしました?」

 

 グレイブの問いかけも無視して掃除に集中し始めたアンナを見て、グレイブは不思議そうにしながらも掃除を進めた。

 

 ロボット掃除機が役割を終えたと、充電器に自分からはまった頃。二人がかりの掃除も終わっていて、朝のお祈りも終えた。お祈りの最中、アンナはグレイブの所作を真似て少し挙動不審だったが。

 今は、椅子へと座り、ゆっくりとしていた。

 

 「お疲れ様です。これから朝食を作りますので、ゆっくりしていてください」

 「私も手伝うわ。何を作るの?」

 「オムレツにベーコン。サラダに……それとステーキ。ステーキは食べますか?」

 「……質素かと思ったら全然質素じゃないのね。ステーキはやめておくわ」

 「質素なところもあるでしょうが、私のところは普通の食事です。あ、それとお祈りですが、アンナさんの好きにお祈りしてもらって構いませんよ? 教会だからと合わせる必要はありません」

 「え? いいの? じゃあグレイブがお祈りしている間、料理を作ってもいいかしら。そっちのほうが効率的でしょう?」

 「えっと……それがお祈りに繋がるのなら」

 

 その言葉を聞いたアンナは吹き出して笑い、口元を抑えながらグレイブへと視線を合わせた。

 

 「あはは……そう、そうね。これが私のお祈りね。お世話になっている人へのお祈り」

 「神道はそういうお祈りの方法なのですか?」

 「ぷふ、あははは……違うわよ。私なりのお祈りの仕方ってやつ」

 「それなら良いのですが。あの、有難うございます。気を使っていただいて」

 「いいのよ。貴方のためだもの」

 

 ふ、と自然にでた台詞にアンナは自分で驚いた。貴方のため、とはまるでグレイブに恋しているみたいではないか、と。しかし、アンナは軽く首を振り思い直す。この親切な神父に恩を返すための義務感で今の言葉が出たのだ、と。

 

 「どうかしました? 慣れない早起きで疲れてしまいましたか? であればアンナさんは休んでいただいて貰って」

 「疲れてないわよ。ちょっと考えごとしてただけ。というかグレイブ。貴方って心配性なのね。母親みたいよ?」

 「それなら良いのですが……疲れたら無理せず休んでくださいね? それと、母親のよう、とはよく言われます。何故でしょうか、私は男なのに」

 

 皮肉を言っても通じないこの男に、良い感情を懐きながら、知らないわよと笑って返すとアンナは立ち上がり、自分の部屋となっている教会の裏部屋へと足を向けた。

 そして料理を終えて、食事も洗い物も終えてゆったりとした空気の中、のんびりとした表情のグレイブが口を開いた。

 

 「本当は朝のミサがあるのですが。ここでは土日に行うようにしています」

 「なんで?」

 「平日もやっていると疲れるので」

 「……グレイブって神父っぽくないわよね。破戒僧みたい」

 「ふふ、自覚はありますが。背教者ではありませんよ」

 「あら、"破戒僧"って言葉わかるのね」

 「勿論です。日本のことは色々と調べていますから。片言ですが日本語も喋れますよ? えーと、"ゴチソウサマデシタ" ほら」

 「一般的な言葉じゃない」

 

 得意げなグレイブを見て、呆れたように笑うアンナ。それにつられたように笑うグレイブ。二人で少しの間笑いあった後。グレイブが腰を上げた。

 

 「さて、次のお仕事に行きます。ちなみに、子供は好きですか?」

 「好きだけど。なんで?」

 

 良かった。そう言ってニッコリと笑うグレイブにアンナは訝しんだ。

 

 

 そして、幼稚園。そこでアンナは子どもたちと遊んでいた。その幼稚園は大きく、普通の幼稚園より大きく、まるで小学校だ。

 その中、グラウンドで元気いっぱいな子どもたちに囲まれながら精一杯の笑顔を浮かべ、色々な遊びへと参加する。

 それを、事務仕事の片手間で眺めていたグレイブだったが、職員の白人女性に声をかけられて謝罪し、手元の書類へと集中する。

 

 「お手伝いのシスター?」

 「ええ、まぁ」

 「貴方がシスターを連れているのを始めてみたわ。どういう心境の変化?」

 「あはは、上から押し付けられましてね。でも、最高のシスターです。気が利く上に料理上手」

 「それに可愛い?」

 「あはは、そうですね。彼女はとても可愛らしいです」

 「あら、そ。春が来てよかったわね? きっと、いつも頑張ってるご褒美ね」

 「私は神父ですよ? 彼女をそういう目で見ていません」

 「あら、上から押し付けられたものも跳ね返す貴方が受け入れたのに? そういう目で見てない? 嘘はやめなさい。貴方神父でしょ?」

 「仕事に集中しましょう。時間内に終わりませんよ?」

 「私はどうせ残業だから良いのよ。それに、夕のミサで皆に言われるんだから慣れときなさい。で、彼女のどこが良いの?」

 

 しつこく聞いてくる女性と、それに便乗した職員たちにいじられて困ったような笑みを浮かべながらも応対し。次の業務の時間になると話を切り上げ、準備を始める。

 グレイブに、一度戻るようにと言われたアンナは少しホッとしながら、幼稚園の事務所へと入って、呼んだ本人を探すが姿が見当たらずに職員へと声をかけた。

 

 「あれ、グレイブ……神父はどこに?」

 「神父ならトイレよ。すぐ戻ってくるわ。で、貴方グレイブ神父のことはどこまで知ってるの?」

 「えっと、殆ど知りません。来て間もないので」

 「それもそうね」

 

 先程、グレイブに話しかけていた女性が頷き、ニコニコしながらアンナへと近づく。

 

 「あの神父、グレイブは優良物件よ? ものにするならしておきなさい」

 「え……と、彼とは出会ったばかりなので」

 「それでも、彼って中々イケてるでしょ? 性格もバッチリ。この幼稚園だってあの人のおかげで成り立ってるし、あの人の人柄か。このクソみたいな街で……失礼。この治安の悪い街の中、この幼稚園の半径5マイルでは犯罪がないのよ? 凄いでしょ」

 

 自慢げに言う職員に、当たり前ではないのかと思ったが口に出さなかった。しかし、表情に出たのか職員はなにか納得したように頷き、神妙な表情を作り口を開く。

 

 「そう言えば貴方、別のところから来たのよね。……この街では殺人に強盗、強姦まで普通の物事よ。むしろ1分ですら犯罪がなかったら私は神を信じるわ。そのくらい治安が悪いの。銃声を聞かない日はないし。銃の所持は義務とすら言えるわ。そんな街で半径5マイルでも犯罪がないっていうのは凄いのよ?」

 「……たしかにすごいですね。でも何でこの幼稚園の周りだけ犯罪がないんですか?」

 「グレイブ神父が運営してるからよ」

 「……え? グレイブ神父にそんな影響力があるんですか?」

 「さぁ、そこは知らないわ。でも、あの人に皆感謝してるわ。だから無いんじゃないかしら」

 

 アバウトすぎる。とアンナは胸中でため息を漏らした。しかし、職員全員が頷いているのを見ると、今ここにいる職員全員は信じているのが分かる。

 

 「だから、モノにできるならモノにしなさい。ここを一人で経営してるだけあって、お金もあるみたいだし」

 「え、それって」

 「何かありました?」

 

 驚いて、本当かと問おうとすれば、事務所の入口にグレイブが顔を出したので口を閉じた。

 

 「新しく来たみたいだから、この街のことを教えてたのよ。でも、この街によく来たわね」

 「ほんとね、島流しみたいなものよ?」

 

 職員の黒人女性が冗談交じりに言うのを聞くと、周りの職員達が可笑しそうに笑う。

 その中、グレイブはまた困ったように笑みながら口を開く。

 

 「彼女の勇気に拍手を送りましょう。さて、次の仕事ですよ」

 「何をするんですか?」

 「絵本の読み聞かせです」

 

 表情が固まったアンナを連れて読み聞かせを行った後に、園児たちとお昼寝の時間まで遊ぶ。その後はお昼のお祈りの後にやっと昼食となった。今は職員用の食堂の隅に二人昼食を食べていた。と言ってもアンナはテーブルに垂れていたが。

 

 「あぁ……疲れた。可愛いのはいいけど元気ありすぎだわ」

 「元気がないのは少し問題があるかと思うのですが」

 「なに、私の事バカにしてる?」

 「……今は元気なようでよかったです」

 「で、この後の予定は何? お散歩? 砂遊び? かけっこ? もうなんでもこいよ」

 「あはは、慣れていただいたようで何よりです。ですが、もう遊びませんよ。後は事務仕事をこなして幼稚園は終わりです」

 「は、てなによ。まだ何かあるの?」

 「勿論です。神父は忙しくなさそうに見えて、実は忙しいんですよ?」

 「知ってるわよ。今体験してるもの」

 

 ため息を吐くアンナに忍び笑いを零たら、食事を再開する。アンナも気を取り直したのか、ぽつぽつと神父に話しかけながら昼食を終えた。

 そして、事務仕事も終えると二人で車に乗り込み、教会に来れない信者の家を尋ねて回る。それも終わると教会へと戻る。もう日はすっかりと暮れて月が顔を出していた。

 

 「何で皆グレイブに、おめでとう、て言うわけ? しかも微笑ましそうに見てくるし。全員よ?」

 「さぁ、何ででしょう。私にはわかりかねます」

 「アンタにおめでとうって言ってるんでしょ!? 何でわかんないのよ!」

 

 アンナがグレイブへと詰め寄るが、グレイブはいつもの笑みを浮かべたまま肩を竦めた。

 

 「そんなに興奮しないでください。可愛い顔が台無しですよ」

 「……サラッと褒めてくるのね。まぁ、事実だけど?」

 「さて、お祈りをするので部屋で休んでいてください。19時には夕のミサが始まりますので」

 「分かったわよ。じゃあ夕食の下ごしらえだけやっとく……まさかこの後も仕事あるんじゃないんでしょうね?」

 「ありますよ?」

 「ああ、良かった。まだあるって言われたら腹痛になってたわ……は?」

 「ホームレスの方たちに炊き出しをします。あ、ボランティアの方々もいますよ?」

 

 グレイブは申し訳なさそうに言った後、お祈りを始めたのでアンナは肩を落としながら部屋へと戻る。アンナは部屋へと戻ると、背を伸ばしパソコンを立ち上げ自分に起こった惨劇について調べるが、何もヒットはなく。アンナは再び肩を落とすが、拳は怒りで握りしめられていた。

 

 「絶対、犯人を見つけてやる」

 

 見つけたらどうしようか。そこまで考えた時、ドアがノックされて顔を上げた。

 

 「今行く……あ、下ごしらえ」

 

 どこかで買うか、と諦めて立ち上がるとドアを開いて出て、後ろ手に閉めると。グレイブの顔を見上げる。

 

 「ミサよね。何をするのか教えて」

 「開祭の儀、ことばの典礼、感謝の典礼、交わりの儀、閉祭の儀、この5つです」

 「えっと……ごめんなさい。今の言葉の8割分かんなかった。どこの言葉?」

 「ようするに、周りに合わせてそれっぽくしておけばいいんです」

 「ああ、それなら分かるわ。任せておいて」

 

 アンナが気合を入れて言うと、教会の扉が開かれ、信者たちが続々と入ってきた。そっちに視線を移したアンナは顔をこわばらせるが、グレイブがアンナを落ち着かせるように、肩に手を当てる。

 それも一瞬で、グレイブは手をすぐに離して踵を返し、信者の前へと歩いていく。

 

 

 夕のミサも終わり、聖歌隊も雑談をしながら帰り支度をしている中、色々な人がグレイブへと挨拶を交わす。時にはハグも交えて。

 今は、老夫婦とにこやかに話をしている。夫の方は笑みを浮かべていないが。

 

 「グレイブ、いい加減に献金皿を置け。それと献金を受け入れろ。お前が神父になってから一回も献金したことがない。これじゃあ天国に行けるかわからん」

 「ダラースさん。行いと心が大事なんです。献金は免罪符ではありませんから。だから献金などしなくても貴方は天国にいけますよ」

 「神様からいただいている恵みと祝福に対する感謝の応答としてささげるもの、とも言うだろうに」

 「そういう輩はお金がほしいだけです。恵みと祝福には行動で返すのが一番なのです」

 「献金という行動もその一つだろう」

 「ははは、この教会では推奨致しません」

 「あなた、グレイブさんがこう言っているのだから諦めなさい。教会に来なくても祝福はある、という素敵な神父さんなのよ?」

 「それも問題な気がするがな」

 「あら、スケジュールが圧迫されなくていいわ」

 

 おっとりとした婦人が夫の肩に手を置くと、ダラーズと呼ばれた夫は諦めたのか、ため息を吐いた。

 

 「はぁ、分かった。しかし、この教会以外でその考えを口にするんじゃないぞ?」

 「分かってますとも。異端審問をされてしまいますから」

 「もう無いだろうが。全くお前は……面白い神父だ。良く寝ろよ。それと、春が来てよかったな」

 「ええ、ダラーズさんこそいい夜を。それと、私は神に仕えし身ですよ」

 

 二人して肩を竦めた老夫婦を見送ると、人は全員いなくなり、長椅子の端で座っていたアンナが長いため息を吐いた。

 それを横目にグレイブは教会の中を片付けている。

 

 「はぁー……疲れた。賛美歌はダンスパーティみたいだったし……実際グレイブと踊ったし。パンはパンでもハンバーガーだったし……毎日こんな感じ?」

 「ええ、そうですよ。犯罪が多いこんな街で神を信仰している時点で奇跡ですからね。できるだけ楽しくやりたいんです」

 「それを貴方が言っても大丈夫なの?」

 「……オフレコでお願いしますね」

 

 ウィンクを飛ばすグレイブにアンナは手を広げ、呆れたように肩を竦めた。

 

 「いいわよ。じゃあ、炊き出しに行きましょ」

 「ええ、そうですね。それと、そこで貴方の事件の事が分かるかもしれません」

 

 グレイブのその言葉を聞いたアンナは驚きで目を見開いて神父へと詰め寄り、胸元を掴んだ。

 

 「それほんと!? パパとママを殺した犯人がわかるの!?」

 

 胸元を掴みながら前後に揺らすので、グレイブは苦しそうにしつつアンナを落ち着かせようと肩をそっと掴む。

 それに気づいたアンナは揺さぶっていた手を離し、頭を下げた。

 

 「ご、ごめんなさい。かも、よね。私ったら……本当にごめんなさい」

 「けほっ……構いませんよ。貴女の反応も当然です……厳しいことを言うようですが、情報が手に入らない確率のほうが高いです」

 「分かってる。大丈夫よ。じゃあ早速行きましょう」

 

 顔を上げたアンナの目には、落ち込んでいるような気配はなく、何かを灯した火が宿っていた。

 

 

 車で着いた先は5階建てのビルにある地下駐車場。そこは他に停めてある車があるだけで、炊き出しをしている様子はない。

 

 「えっと、ここから歩くのよね?」

 「はい、そうです。ここらへんは治安が悪いので路上に駐車はしません」

 「そんなとこで炊き出しなんてやるのね」

 

 なんでこんな街に引っ越してきたのかしら、内心ため息を付きながら考えているとグレイブがドアを開けたので、アンナもつられるようにドアを開け外を出た。

 そして、地上に上がるとそのビルから離れて路地裏を歩く。路地裏は、大人二人が通れるほどの広さで、両隣のビルには窓が所々ついてある。道には空き缶やゴミが転がっていて、明かりも窓から溢れる光と、前に見える光。

 そんな道をおっかなびっくりと歩くアンナは、少し前を堂々と歩くグレイブに眉を顰めた。

 

 「治安が悪い場所の路地裏でよくそんな堂々と歩いてられるわね。ていうか本当にこの先なの?」

 「この辺りは安全ですよ。ほら、そこの窓を見てください。それと、前に見える光のところです」

 

 脇のビルにある窓に向けてグレイブが手を振ると、強面のスキンヘッドの男がサブマシンガンを持ち、手を振り返しながら見下ろしているのが室内の光で分かる。

 それを見たアンナは小さい悲鳴を上げ、グレイブにピッタリとくっつき、小さい声で抗議する。

 

 「ちょっと! 銃持ってるじゃない! しかもこっちみてるし!」

 「ええ、守ってくれています。ボランティアの友達が自警団をしているので」

 

 胡散臭いものでも見るようにグレイブを見上げるが、グレイブは常に浮かべている笑顔を崩さないので、諦めたように嘆息した。

 ビルの窓を一つ一つ見てみると、銃を持った男が必ず一人は路地裏を見下ろしている。

 

 「あ、そ。色々バカバカしくなってきた。自警団と友達の神父なんか聞いたことない」

 「あはは、そうですか? 銃を持つ神父もいるのですから、珍しいものではありませんよ」

 「それはまた別でしょ!」

 

 先程の恐怖心も忘れて突っ込んでいると、道の先に見えていた光が近づくに連れて、笑い声や喋る声も聞こえてくる。

 更に近づくと、道の先を遮るように一人の男が出てきた。

 

 その男は拳銃を持ち、持つ手を前に組んでいた。年の頃は40代くらいに見え、頭はスキンヘッドで髭面の身長は190はあろうかという軍服らしき服を着た筋骨隆々の白人の男だった。

 その男がしかめっ面でアンナ達に近づいてくるので、アンナはグレイブに更に密着する。そして、グレイブたちが数メートルの距離まで近づくと、その男が人懐こそうな笑みを浮かべて口を開いた。

 

 「よう! グレイブ! 最近顔を見せてくれないから寂しかったぜ。元気にしてたか?」

 「こんばんは、ジャニス。私は元気いっぱいですよ。あなた方のおかげです。食材を教会に送ってくださっているので。感謝しています」

 「そんなに固くなるなよ! 俺とお前の仲だろう! 食材のことも礼を言われる覚えはねぇよ。こうして元気に生きてるのはお前のおかげだからな。恩返しだ。他の奴らだってそうさ」

 「あなた方は私がいなくても立派に生きていけました」

 「まさか、あんたがいなけりゃ野たれ死んでたよ。ゴミみてぇにな。さ、ハグしようぜ」

 

 ジャニスが両腕を開いて近づいてくると、ジャニスは、ようやっとアンナに気付いたのか腕をおろし、顔をアンナに近づけて髭を扱きながら眺める。

 アンナはその視線に睨みで応える。それが数秒続くと、ジャニスが胸をそらし大きく笑い始めた。

 

 「がっはっはっは! シスターがいらぁ! グレイブもついに春が来たか! 式には呼んでくれよ! 全員で行くからよ!」

 

 その大声に、背後からどよめきが起き、人の足音が複数聞こえてくる。

 それを聞いたグレイブは頭を抑えた。

 

 「何故みなさんは、シスターがいると言うだけでそんなに大騒ぎするのですか。理解できないのですが」

 「そらぁそうよ! お前のそばにシスターがいた事が一回でもあったか? まさか! いねぇよ!」

 

 だから騒ぐのだと言うジャニスの背後では、ジャニスと同じく軍服に身を包んでいる男たちや、スーツ姿の男もいた。その男たちは一様に口笛を吹いたり、祝いの言葉を言ったりと、勝手に祝福していた。

 アンナは混乱しているのか、グレイブにしっかりと掴みながら目をウロウロとさせたいる。

 

 グレイブは大きく息を吸い込むと、その騒ぎを切り裂くように大声を出す。

 

 「皆さん! 実を言いますとこの女性はシスターではありません! アンナ・サワムラという人です! 事件で両親を失ってしまったので手伝ってもらっているだけです!」

 

 それを聞いた面々は、数瞬、ぽかんとした後に「始まったか」「ジャニスの早とちりか」等と、好き勝手に残念そうにしながら戻っていく。

 ジャニスはと言うと、目をパチクリとさせた後に拳銃をレッグホルスターにしまい、腰に手を当てた。

 

 「成る程な。あの事件の生存者か……可哀想に」

 

 その言葉を聞いたアンナはグレイブから離れると、ジャニスへと一気に詰め寄り服を掴んで引き寄せた。ジャニスの身体は動かなかったが。

 

 「知ってるの!? 新聞もテレビでもやってなかったのに! 犯人は!? だれがやったの!? 知ってるなら全部教えて!」

 

 アンナの勢いに押されたジャニスは、「待て待て」といいながらアンナの肩をそっと押した。

 

 「俺も全部知ってるわけじゃない。聞くならボスだ、今から連れて行く」

 「じゃあ早く案内しなさい!」

 

 ジャニスは、グレイブへと視線を移し、納得したように頷くとアンナの手が離れるのを待って踵を返した。

 それにアンナはついていく、グレイブもその後を追うが、広場になっている炊き出し場の知り合いたちに歓迎されて動けなくなってしまう。広場には、炊き出し待ちの人々と、警備らしき銃を持った人々がそれを笑いながら眺めていた。

 

 アンナはジャニスという男の後についていき、広場の壁となっていたビルの扉の中に入る。と、フロア全体にはテーブルがそこかしこに置いてあり、そこには食材を調理している人々がいた。そして、出来た物を外へと持っていく人もいる。

 その奥に、調理している風景とは場違いのソファとテレビが置かれている。テレビはニュースを流し、ソファには男が背を向けて座っている。

 ジャニスはそのソファに近づいていき、ソファの男へと声を掛ける。と、話しかけられた男はゆっくりと立ち上がる。それをアンナは近くでじっと見つめていた。

 

 「なんだ、お迎えがきたかと思ったよ。まぁ、お迎えはおまえさんみたいなムサイ男じゃなく妻に来てほしいがな」

 「俺だって同じだよ。シュガー、お客さんだ」

 「客だぁ? 妻と天使以外は断ってるんだがな」

 「グレイブの連れだ」

 

 その名を聞くと、ゆっくりとソファから立ち上がりアンナの方へと振り向く。

 振り向いた男は大柄で黒人の老人で、顔には年季が入った皺がいくつも刻まれており、上等そうなスーツをきっちりと着ていた。

 その男がアンナを見ると、その瞳に宿る剣呑な光と意思の強さにアンナは気圧された。上から下までアンナを値踏みするように見ると、眉を顰めた。

 

 「グレイブの連れのはずなのに、グレイブのやつがいないな。どうした」

 「外の連中に歓迎されてるよ。で、この子の名前はアンナ。アンナ・サワムラ」

 

 「ああ」納得して頷いた老人はアンナへと近づき、目元を和らげた。

 

 「あの事件の被害者だね。今はどんな言葉も慰みにはならないだろうが……言わせて欲しい。お悔やみを」

 

 目の中の危ない光は消え、今は真逆の、慈愛さえ感じるような目になったのに気付くと、アンナは感謝の言葉を告げると、息を吐いた。

 

 「貴方が私に起きた事件について知っていると聞きました。教えてもらえないでしょうか」

 「ああ、勿論構わないとも。君には知る権利がある。と言っても、事件は解決したようなものだがね」

 

 解決した。その言葉を聞いたアンナは驚愕し、目を見開いた。

 

 「そんなはずない! まだ犯人はのうのうと生きてる! テレビにも新聞にも乗らないで!」

 「じゃあ、進展があったようだ。これを見るといい」

 

 シュガーと呼ばれた男は道を譲るように半身になり、手をテレビへと向けた。そこには、ニュースキャスターが映っていた。

 ニュースキャスターは、とある男がサワムラ一家を殺害したことを自白したと言えば、早々に次のニュースへと移った。

 それを呆然と眺めていたアンナは、床へと膝を落とす。

 

 「それだけ? たったそれだけ? 犯人の顔写真や詳細は? 何なのよこれ!」

 

 そう叫んで床を叩くアンナをいたましそうに見る二人は、暫し口を開かなかったが、シュガーが徐に口を開いた。

 

 「どうやら大きい組織に狙われたようだ。顔が広く権力を持っている。その組織はよっぽどこの件を内密にしたいらしい。君はグレイブの所で隠れていたほうがいい」

 「そんなこと知らない! こうなったら私が出てやるわよ! 見たことを喋ってやる!」

 「止めておいたほうがいい。精神の病気と言われるのが落ちだ。最悪は殺される」

 「そんなの通るはずがない! ここはアメリカよ!? どっかの独裁国家じゃないのよ!」

 「……残念ながら。通る。私も巻き込まれここにいる。グレイブの父のおかげで生きているが」

 

 シュガーがそう言えば、グレイブがようやっと顔を出した。少し疲れたような表情を浮かべていたが、膝をついているアンナを見ると血相を変えて走り、アンナのそばに膝をついた。

 

 「どうしました? なにか情報は聞いたのですか?」

 

 そう問うが、アンナは喋らずに床を見つめている。

 それを見て首を振ったシュガーはグレイブへと視線を向け、口を開く。

 

 「グレイブ。どっかの組織が関わっているようだ。しかも大きい」

 「……またですか」

 「ああ、まただ。おそらくはアンナさんも狙われているだろう。お前の所でこのままかくまっていて欲しい」

 「勿論です。幼稚園の警護で迷惑をかけていますが、もう一つ迷惑をかけてもいいでしょうか」

 「何でも言え。お前さんの家族には皆が助けられていた。今はお前だが」

 「教会の周囲を見張って欲しいのです。アンナさんの護衛もお願いしていいですか」

 「任せろ。お安い御用だ。ジャニス」

 

 呼ばれたジャニスは、しっかりと頷き。任せてほしいと頷く。

 

 「俺たち退役軍人に居場所をくれたあんたのためなら何だってしてやる」

 「有難うございます。恩に着ます」

 「借りを返しているだけだ。でっかい借りをな」

 

 シュガーがそう言うと、アンナの前へと膝を付き、肩に手を置いて意志の強い瞳で俯いているアンナを見据えた。

 

 「シャットアッパーを呼ぶ。あの犯人共を自白させたのもおそらくシャットアッパーだ。やつは気に入らんが、この状況では一番最適だ」

 

 アンナは顔を上げたが、グレイブは目を見開いてシュガーを見つめ。口調を荒げた。

 

 「それは駄目です! あいつは快楽殺人者ですよ!?」

 

 その激しい声にシュガーはグレイブへと静かに視線を移す。

 

 「だが、悪人しか手にかけんだろう。それに、俺達だけでは対処出来んかもしれん」

 「だからといって……! あいつに頼るのは間違いです!」

 「ではどうする? お得意の説教で悪人どもを改心させるか? それとも十字架を突きつけ降参を乞うか? どちらにしろ効かんだろうがな。若造」

 「それは……!」

 「シュガー。グレイブを侮辱するのはシュガーとて許さんぞ」

 

 ジャニスが剣呑とした声でシュガーへと告げると、シュガーは肩を竦め、口が過ぎたと返す。それを聞いたジャニスは満足したように頷いた。が、ジャニスもシュガーの案に賛成なようで、モゴモゴと喋りだした。

 

 「だがグレイブ。ここはシュガーの案が一番だ。別にシュガーの肩を持っているわけではないが。現実的に考えるとアンナを救えるのはあいつだけだ。俺だってシャットアッパーは気に食わない。ほんとだぞ?」

 

 そう言ってジャニスが口を閉じると、顔を上げたアンナが決意したように口を開いた。

 

 「シャットアッパーってやつを呼んで。快楽殺人者かなんだかしらないけど、頼る」

 「アンナ!」

 「神父は黙ってて! 匿ってくれて感謝してるけどこれは私の問題なの! 決める権利は私にあるわ!」

 

 アンナがグレイブを睨み強い口調で言い放つと、グレイブはそれ以上言葉を紡げずに、小さく頷いた。

 

 「……それもそうですね。でしゃばってしまいすみません」

 

 小さくなったその姿にアンナは罪悪感は抱くが、それを振り払うようにシュガーへと視線を向けた。

 

 「そいつを呼んで頂戴。直々に頼んでやるわ」

 「分かった。だが、あいつは気まぐれだからいつ来るかわからんし、頷くかも分からん。それでもいいか?」

 「ええ、いいわ。私の事に首を突っ込んだんだから嫌とは言わせない」

 「分かった。連絡しておく。ではこれで失礼するよ。ジャニス。後は頼んだ」

 「わかりました」

 

 そう言ってシュガーは立ち上がると、フロアの端に行きエレベータを呼ぶと、中へと入り、上へと登った。

 残された三人の間には少しの間沈黙が流れたが、アンナが立ち上がると、グレイブも立ち上がった。

 

 「アンナ。あいつを頼るのは気に食いませんが。私の教会で、まだ手伝ってもらえますか?」

 「……さっきはごめんなさい。貴方にキツイこと言った。駆け込んだのは私なのに……私からも、まだ住まわせてもらっていい? 手伝ってもいい?」

 「勿論です。いくらでも居てください。それに、今日教え始めたばかりです。だから、炊き出しを手伝ってもらえますか?」

 

 グレイブの言葉を聞けば、アンナは嬉しそうに笑って勿論と頷き、外へと一人で向かった。それを見送ったグレイブとジャニスはその後をゆっくりと追う。

 

 「ジャニスもすみません。迷惑をかけてしまって」

 「グレイブ。さっきも言っただろう。恩を返しているだけだ。それに、この街で甘いレモネードを飲む気でいる奴らは許せん」

 「……ふふ、その正義感で死にかけたのを忘れたんですか?」

 「その正義感のおかげでここにいる。この正義感に感謝だ」

 

 そう言って二人は笑い合うと、外へと出て炊き出しを手伝い始めた。

 

 炊き出しが終わり、アンナと一緒に教会に戻ったグレイブはアンナを部屋まで見送っていた。

 

 「今日はお疲れ様です。明日もお願いしますね」

 「ええ、任せておいて。家事や子育て、何でも来いってもんよ」

 「あはは、頼もしいですね。では、おやすみなさい」

 「おやすみなさい……あの、今日は本当にごめんなさい。両親のことになると私」

 

 そう言って少し俯いたアンナを、笑みを浮かべたまま眺めているグレイブは小さく首を振った。

 

 「気にしていませんよ。アンナさんの気持ちはわかりますし、激情に駆られるのも当然です」

 「それでも、人に当たるなんて……まだ子供ね」

 「誰しも失敗はします。それを認めて次に行くことが重要なんです。ですから……ああ、すみません。偉そうでしたね」

 

 俯いていたアンナは、その言葉に吹き出してしまい、続く笑いを抑えるように口元に手を当てる。

 

 「ぷ、あはは……はぁ、気にしてないわよ。職業病でしょ?」

 「次までには治しておきます……これが失敗を認めて次に行くことです」

 「はいはい。分かったわよ。じゃ、明日も早いから寝るわね」

 「そうですね。では、また明日」

 

 グレイブはそう言うと、アンナの返しの言葉を聞いてから扉を閉めた。そして、教会内の電気をすべて消すと外へと出て鍵をかけ、車に乗って家へと戻った。

 

 

 家に戻りベッドへと座った瞬間。ベッドに置いていたプリペイド携帯がなり始めたる。グレイブはなっている携帯を眺め、ゆっくりと息をつくと、携帯を手にとった。

 

 「よう老いぼれ! なにか用か」

 




アメコミの葛藤シーンは好きですが、たまにヤキモキすることがあります。

パニッシャーを期待しながら見たら少し物足りない感を感じました。面白かったんですけどね!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(必須:50文字~500文字)
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。