ロミーVer.1:第3部-回帰   作:松村順

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第4話

 秋も終わり頃の日曜日,

「晩秋は,色づいた木の葉が落ちる頃は,もの悲しい気持ちになる季節なんですかね」

ヒロコさんがポツリとつぶやいた。ボクは彼女に視線を投げる。彼女はちょっと寂しそうに笑っている。

「巣鴨から駒込の間,山手線は谷底を走るでしょう。線路脇のちょっと見上げるくらいの高さに道路があって,たまにそこで子供が電車に向かって手を振ってるんです。子供って,電車が好きですね。そんな子供を見ると,わたしも手を振るんですよ。その子に見えてるかどうかは分かりませんけどね。手を振りながら,涙ぐみそうになるんです。『無邪気に電車に手を振るこの子に,いったいどんな未来が待ち受けているんだろう。この子がこれから生きていかないといけない世界は,どんな世界なんだろう』と思うと・・・・ロミーさんはどう思う? 20年後,30年後,40年後の世界,バラ色の世界だと思う? 明るい未来を展望する?」

「急にどうしたんですか?」

ボクは,問いに答えず問い返した。ヒロコさんはうつむく。

「ほんとうに,どうしたんでしょうね・・・・いや,今ふと思いついたことじゃないんです。ふだんから思っていることです。ただ,それをなんで今ここでロミーさんに語ったんでしょうね・・・・やっぱり,秋だからかな・・・・」

ヒロコさんはそれっきり黙り込んだ。そして,ボクの方が話を蒸し返した。

「気候変動とか?」

彼女は寂しげに笑う。

「それもあります。でも,もっと緊急なのは水不足の方じゃないかな。アラル海が干上がったのは,ご存知ですよね?」

ボクはうなずく。

「世界のパン篭と言われるアメリカやオーストラリアの農業を支える地下水もいつかは汲み尽くされる。インドや中国も似たような事情らしいです。今の子供たちが大人になった頃,1杯の水,1個のパンを親子兄弟が奪い合う世界になっているかも」

「・・・・そうなった時,人間たちは乏しい資源を仲良く分かち合おうとはしないでしょうね。『自分だけは』と思って,各地で紛争が発生する・・・・」

「ロミーさんもそう思う? わたしもそう思うよ。昔ながらの愚かさを克服できないまま,原始の情動をコントロールする術を身に着けないまま,人類は巨大な力を手にしてしまった。自分たちを絶滅できるほどの力をね。その力を遺憾なく発揮して,乏しい水や食料を奪い合うんでしょうね」

 語り合いながら,ボクは自覚した。ボクも,この世界にバラ色の未来など思い描いてはいないということ。でも,だからといって,世界の破局をありありと思い描いて,子供の未来に涙ぐみはしない。ヒロコさんが敏感すぎるのかな? それともボクが鈍感なのかな? 「ガイジン」とはやし立てられ馬鹿にされた子供の頃から,この世界はボクにとって疎遠なのかな。・・・・ひょっとして自分の子供がいれば,あるいは子供を作りたいという気持ちがあるなら,その子供が生きていくはずの世界の未来にもっと心を揺すぶられるのかな。・・・・ヒロコさんは子供をほしいと思っているのかな,ほしいと思ったことがあるのかな? ヒカルは,どうなんだろう? こんなことを考えながら,ボクはヒロコさんに尋ねた。

「ヒロコさんは,子供をほしいと思ったことがあるの?」

「子供?・・・・わたしの子供を?・・・・」

彼女はそれだけ言って,はにかむようにうつむき,そのまま黙ってしまった。そんな彼女をボクは見つめる。すると,ふと顔を上げた彼女と目が合ってしまった。

「ロミーさん,そんな深刻な顔しないでください。まあ,わたしが深刻な話をしてしまったんですけどね。申し訳ありません。・・・・ロミーさんも飲みませんか? ワインくらいなら飲めると言ってましたよね。酒は『憂いを払う玉箒』ですから」

こうしているうちに,ほかのお客さんが入ってきた。

 

 この日は,10時半くらいにお客が帰った。

「ヒカル,もうかなり遅い時間だけどもう1杯コーヒーを飲む? それともワインがいい?」

「まあ,わたしはコーヒーを飲んでも眠れるけどね。たまにはワインもいいなかな」

ボクは2つのグラスにワインを少しずつ注いで,ヒカルの隣に座る。グラスとグラスを軽く触れあわせて,ゆっくりワインを口に含む。

「ロミー,お疲れさま。バーのママ役がだいぶ板に付いてきたよ」

「ありがとう」

それからしばらく,二人黙っていた。そして,ボクが尋ねた。

「ヒカルは,子供をほしいと思ったことある?」

ヒカルはびっくりしたようにボクを見る。〔急に,どうしてそんなこと訊くの?〕と言いたげな表情。ボクは,中尾先生の話と,それを聞いてボクが思ったことを説明する。ヒカルはしばらく考え込んでいる。

「わたしは,見ず知らずの子供の運命に涙するほど博愛主義者じゃないわ。ただ・・・・」

「ただ?」

「ただ・・・・そんな悲惨で残酷な世界にロミーが生きるのを見るのは辛い」

「自分が生きるのは,かまわないの?」

「わたしは,かまわない。でも,ロミーをそんな世界に生きさせたくない。そんなロミーを見るのは辛い。ロミーはピーターに,わたしがこの世のすべての悪からロミーを守ったって話したそうだけど,わたしはせいぜい小学校や中学校の悪ガキたちの悪意から守ってあげられるくらいよ。世界の悲惨からロミーを守ってあげるなんて,できない」

「大丈夫だよ。ボクはちゃんと生きていけるよ。心配しないで」

「心配してるわけじゃないの。分かってるわ。ロミーはか弱い小鳥じゃない。この世界がどんなになっても,たくましく,しかもエレガントに生きていける。それは分かっている。でも,それでも,ロミーがそんな世界に生きるのを見たくはないの。

“Mais toi, tu es né pour un jour limpide”『でもキミは,明澄な日のために生まれてきた』・・・・ロミーのためにあるような言葉よ。ロミーはきっとどんな世界でも生きていける。でもロミーは,美しく幸せな世界にこそ生きるべきなの」

ヒカルはうつむいてしばらく黙り込んだ。そしてまた話を続ける。

「ごめん,質問に答えてなかったね。自分の子供をほしいと思ったことはないわ・・・・と言うか,子供をきちんと育てる自信がない。子供を育てるって,たいへんなことなのよ」

ヒカルはここでちょっと間を入れる。

「ロミーが生まれて間もない頃,1歳,2歳,3歳の頃,ロミーは何の記憶もないでしょう。わたしはかすかな記憶がある。お母さん,たいへんだったなと思う。もちろん,わたしもその年頃にはお母さんにたいへんな思いをさせたはずだけどね。あれを自分がやれるかどうか,正直言って自信がない。・・・・でも,そんなふうに思いながら,たまにそれと真逆のことも考えるの。芸術品を作り上げるようにていねいに子供を育ててみたいって。自分のすべてを,知識も経験もモラルもすべてその子に注いで,宝石を磨き上げるように,その子を育て上げてみたい。そんなことを,ふと考えることもある」

「ヒカルは,ボクを育て上げたようなものだからね」

「うん。楽しかったわ。こんな素晴らしい弟を自分の手で守り,慈しみ,育てるのは,わたしの一番幸せなことだった」

「だった?」

「だって,もうロミーは子供じゃないもの」

「その幸せを,もう一度繰り返したい?」

「そうね,不可能なことなのに・・・・そもそも,ほんとうは『ロミーを育てた』なんて偉そうなことは言えないの。一番大変な仕事はお母さんがやってたんだから。授乳,おむつの取り替え,乳離れしたら三度の食事の支度,お洗濯・・・・そんな毎日の欠かせない育児の仕事をこなした上で,宝石を磨き上げるような芸術的な子育てをできるかどうか・・・・それに,そもそもロミーがロミーだからできたのよ。ロミーみたいなとびきり可愛くて,聞き分けがよくて,素直で,しかも頭のいい子供がほかにいるとは思えない」

ヒカルは黙り込んだ。それから,ふと笑みを漏らした。

「どうしたの?」

「今,ふと〔ロミーの子供なら〕って思ったの。ロミーの子供なら,ロミーと同じように可愛くて,素直で,お利口さんかなって」

「ボクの子供?」

ヒカルは笑う。

「ぜったい,不可能なことなのにね。だって,そのためにはロミーがほかの誰かとセックスしないといけない。そんなこと,わたしには耐えられないんだから。この世にロミーの子供が存在するという現実,存在するための現実を受け入れられないはずなのに,それでも,ロミーの子供って,どんな素晴らしい子供だろうと想像してしまった。そして,その子をわたしの手で磨き上げたいと妄想してしまった」

またしばらくの沈黙。そしてボクは思い切って語りかける。

「ボクとヒカルの子供なら?」

ヒカルは驚いたようにボクを見る。そして首を振る。

「それも,考えてみた。でも,やめておいた。怖いから」

「タブーを犯すのが?」

ヒカルは首を振る。

「そんなものは怖くないわ。そもそも,兄弟姉妹婚は古代のペルシアやエジプトの王家ではごく普通のことだったし。クレオパトラ7世とプトレマイオス13世みたいに」

「じゃあ,何が?」

ヒカルはボクの目を見て答える。

「結果に責任を負えるか自信がないの。天使のようなすばらしい子供であればこそ,わたしがその子をちゃんと育てられるかどうか。お母さんがやっていたこと果たして自分がやれるのかどうか,自信がない。そもそも,芸術作品って,作りたいと思うだけで作れるような生やさしいものではないからね」

そして,ヒカルはボクから目をそらし,うつむいた。

「・・・・それともう1つ,わたしが怖いのは,セックスが人間関係を変えることなの。性は愛を変質させる。支配欲,独占欲,嫉妬,猜疑心,そんなほの暗い情念をかき立てるの・・・・まあ,愛そのものの中に支配欲や独占欲は潜んでいるけど,セックスはそれを何倍も何十倍も増幅するの。精神科の仕事でたくさん見てきた。いや,精神科の仕事をする前から,学生の頃から見てきた。セックスは劇薬よ。たまには,無上の幸せをもたらすかもしれない。でもたくさんの不幸や悲劇も生み出すの。だから,ロミーとそんなこと,したくない・・・・」

そう言って,ヒカルはボクの肩を抱き寄せた。

「自己矛盾は自覚してるよ。ふだん『ヒトって生き物は,なんで性欲や性行に余計な意味を盛り込んで,年から年中,性に振り回されているんだろうね』と語っているのに,自分のことになると,ロミーのことになると,生殖のための行為と割り切れないで,そこにいろんな感情を持ち込んでしまう。自己矛盾そのものよね。でも,やっぱり怖いの」

 

 歳が暮れ,歳が明ける。ボクたちは学生時代そうしていたように,元日の朝,新幹線で父のもとに帰省した。二人がけのシート,ボクは体をヒカルに預けるように傾ける。ヒカルはそんなボクの肩に腕を回し,髪をくしけずるように撫でる。そして,ボクに話しかけた。

「お父さんに,お母さんのこといろいろ話してもらおうと思うんだ」

ボクはヒカルの方に顔を向ける。

「急に,どうして?」

「1ヶ月くらい前,子供のことを語り合ったでしょう。子供を育てる自信はないけど,でも宝石を磨き上げるように子供を育ててみたいという気持ちもあるって。あの話をしながら,お母さんのことを思い出したの」

ここでヒカルはちょっと間をおく。

「ロミーはお母さんについて,何か印象に残ってることがある?」

「お母さんのこと?」

 ボクは,ちょっと考え込んだ。あまり印象に残っている思い出はない。

「あまり覚えていない。ボクには,ヒカル以外の人は印象が薄いんだ・・・・でも,そうだね,一番印象に残っているのは,正式に離婚が決まってお母さんの持ち物を処分する時にダンス衣装が出てきたことかな」

「ああ,あれはわたしも印象的だった。わたしはロミーと違ってお母さんについての記憶もいろいろあるけど,それまでは,仕事も頑張ってるけど,わたしたち子供も心から愛している良妻賢母のキャリアウーマン,言ってみればスーパーウーマンってイメージを持ってたから,ダンスしてた,それもドレスだけじゃなくて男装してダンスしてたって知って,意外だった。だから,わたしが知らない若い頃のお母さんがどんな人だったのか,わたしはちょっと興味があったんだ。それに,この前の話もあって,この機会に直接お父さんに訊いてみようと思ってる」

「そんなことして,大丈夫かな?」

「訊くべきか訊かざるべきか,ウジウジ悩んでいるよりは,さっさと訊いてしまうのよ。それで仮にお父さんを怒らせても,それはそれで仕方ないじゃない」

「そうだね・・・・それに,このところお父さんも円くなったから,怒らずに話してくれるかも」

「うん。もともと,お父さんはお母さんのこと,憎んではいないと思うんだ。そんな気がしてるの」

 

 新幹線の中でこんなことを話していても,さすがに着いてすぐには訊けず,3日目の夕食後,つまり翌日は東京に戻るという日の夕方,ヒカルが話を切り出した。

「お母さんは,どんな人だったの? お父さんはお母さんのこと,どう思っているの? ありのままを話して。どんな話でも受け止める心の準備はしているから」

「どうしたんだ,今さら急にそんなこと」

「今になって,訊ける心境になったの。もともと知りたかったんだ,わたしが知らない若い頃のお母さんのこと。まあ,これはわたしの方の都合だけど」

ボクも,言葉を添えた。

「ボクから見ると,お父さんとお母さん,そんなに険悪な仲じゃなかった。子供には仲の悪いところを見せなかったんだと言われればそれまでだけど,それでも,子供心にも感じるでしょう,ほんとうに仲が悪ければ」

それを聞いて,父は心なしか微笑んだ。

「ああ,もちろん,仲は良かったよ」

父は,遠くを見るような眼差しになった。

「彰子(しょうこ)さんとは,学生時代に知り合った。かっこいい人だったよ。姿形だけでなく,生き方が」

ここで,父は一息入れる。

「医学部の女子がまだ物珍しがられる時代だったけど,医者として認められることを望み,望むにふさわしい力量を備え,望みを叶えるために努力していた。かと言って,ギスギスした感じじゃない。お前たちの母親にふさわしい,エレガンスを持ちあわせていた。そんな彼女を,わたしは好きだったよ。わたしだけじゃない。同級生の誰からも,男子学生ばかりか女子学生からも好かれていた」

「ヒカルみたいだね」

とボクがつぶやくと,ヒカルは笑った。父も笑った。

「そうだな。母娘で似ているよ。そんな人気者の彼女がどうしてわたしを選んだのか,その理由は聞きそびれてしまった」

ここで父はまたちょっと笑った。

「それはともかく,結婚してからも彼女の生き方は変わらなかった。わたしより仕事熱心なくらいだった。家事は家政婦に任せっきりだった・・・・だけどヒカルが生まれると,心から愛し,自分で世話をすると言い張った。食事も彼女が作るようになった。でも,仕事も手を抜かなかった。そしてヒロミが生まれ,ヒロミも同じように心から愛し,慈しみ,世話をした。そのため,過労がたたって寝込んだことがある」

「わたし,覚えている。わたしが3つか4つの時よね」

「ボクは知らない」

「ロミーはまだ2歳くらいだったから,記憶にないでしょう」

「寝込んだのは1週間くらいだが,お前たちへの愛情と,仕事への情熱に引き裂かれて悩んでいるのが,わたしにも分かった。育児の負担を減らすために家政婦とか家庭教師を雇うのも,仕事の負担を減らすために診療時間を削るのも,どちらも彼女にとっては受入れたくないことだった。だけど,それまでと同じことをすれば,また過労で倒れることは目に見えている。わたしは,この時は彼女に対して自分の意見を強く主張したよ。仕事の負担を減らすか,育児の負担を減らすか,どちらかを選ぶべきだと。結果として,彼女は仕事を減らすことに同意した」

「つまり,ボクたちがお母さんの足を引っ張ったの?」

「ヒロミ,そんなふうに考えちゃいけない。それは,ほかの誰より,彰子さんに対して失礼だよ」

そう言われて,ボクはうつむいた。しばらく,3人とも黙っていた。それからまた父が話し始めた。

「ともかく,そういうことになったのだが,彼女が仕事への情熱を持て余していることは,わたしにもよく分かった。それで,ヒロミが中学生になる年,アメリカ行きを勧めたんだ。アメリカの病院で働きながら研究するレジデントの募集があって,彼女は年齢制限ぎりぎりだった。子供が中学生になって,手も掛からなくなるから,ぜひ行くといいと勧めた。彰子さんはためらっていたけど,結局,これが最後のチャンスかもしれないということで,行くことに決めた。お前たちとの別れを悲しんでいたけど,アメリカの病院で働き始めたら,自分のすべての時間を仕事に捧げる幸福にのめり込んでしまったらしい。『もう,以前の生活には戻れない』とか『わたしは母親失格です』と手紙に書いてきた」

「そんなことない。お母さんが母親失格なんて」

ヒカルが激しい口調で語る。父はうなずく。

「わたしも,そう書き送った。だが,彼女の気持ちを変えることはできなかった。離婚も,彼女から申し出てきた。わたしは,何もそこまでしなくてもと思ったが,彼女はきちんと決着を付けたがった。わたしの周りもそれを勧めた。離婚すれば,再婚できるという理由で。もちろん,わたしは再婚などする気はなかったし,今もない」

父はきっぱり言い切った。それからまたしばし黙っていた後,

「あれからも,時々連絡を取り合っているんだよ」

「えっ?・・・・お母さん,今どうしてるの?」

「血液内科の専門医になっている。去年の春,北関東のがんセンターの血液内科長になったよ。お前たち,この記事を見なかったか?」

医学専門誌に掲載されたがんセンターの紹介記事の切り抜き

《血液内科長:藤原彰子(ふじわら・しょうこ)》

と写真入りで載っている。

「どうして,わたしたちに教えてくれなかったの?」

「彼女がそれを望まなかった。『あの子たちは,自分たちを見捨てた母を怨んでいるだろう,連絡しないでくれ』と言われて」

「ボク,お母さんを怨んでなんかいないよ」

「わたしも,怨んだことはないわ。今の話を聞いて,むしろ気の毒に思うくらい」

「そうか」

「お母さんの連絡先を教えて」

父は,母の連絡先をメモしようとして,

「・・・・いや,わたしから彼女に,お前たちの気持ちを伝えよう。お前たちの住所も。それで気持ちが整理できたら,彼女の方から連絡してくるはずだ。それまで,待ってなさい」

父との話は,ここで終わりかけたけど,ヒカルがもう1つ質問した。

「わたしたちの名前,ヒカルとヒロミはお母さんの発案だと聞いたことがあるけど,ほんとう?」

「ああ,そうだよ。彰子さんが考えた名前だ」

「どんな意図で付けたのか,分かる?」

「いや,詳しいことは聞いてない・・・・気に入らないのか?」

「とんでもない。とても気に入ってるよ」

「ああ,それはよかった」

 

 ヒカルの部屋で,ボクたちはしばし黙って見つめあう。沈黙を破ったのはボク。

「・・・・でも,やっぱり,ボクたちがお母さんの足を引っ張ったのかなと思ってしまうよ」

「ロミーの気持ちは分かるけど,でもやっぱり,そんなこと言うべきじゃないよ。お母さんの気持ちも分かるから。わたしだって,『ロミーの子供って,どんなすばらしい子供だろう』と夢見たことはあるし,その子供を,宝石を磨き上げるように念入りに育ててみたいと思ったこともあるから・・・・それに・・・・もし,仮に,ロミーが事故か病気で障害を負って,わたしがずっとケアしないといけないようなことになったら,わたしは,自分の仕事を捨ててもロミーをケアするよ。だからといって,ロミーに足を引っ張られてるなんて,夢にも思ったりしない。わたしにとって,仕事よりロミーの方が価値があるから,ずっとずっと価値があるから,ロミーを選ぶ。ただそれだけのことよ」

そう言われて,ボクはうつむきながら,反論する。

「でも,もしそんなことになったら,ボクはヒカルに,『ボクのために自分の仕事を諦めたりしないで』と言うよ」

ヒカルは,フーっと深く息をついた。そして,またしばらく黙っていた後に,

「ともかく,お母さんから連絡が来るのを待っていよう」

とつぶやいた。

 

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