猫、巫女、サンタ、あいのうた   作:久聖

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イヴ  やさしいことば

 空の青、木々の緑が日ごとに濃くなる日曜日。教会堂の裏の原っぱに、四人の子供たちが集まっていた。

 

「一二時の鐘が鳴ったらもどってきてくださいね~」

 

 背もまちまちな四人に微笑み、鐘を鳴らす仕草をするのはイヴだ。手首を返すのにあわせて雪白色の長い髪がさらさらと揺れる。

 

「イースターエッグは二つともお庭のなかにありますから、あまり遠くまで行ってしまわないよう」

 

 イヴと並んで立つクラリスが一語一語をていねいにいいきかせる。子供たちが返事をし終えると、いつも絶やさぬ笑顔をひときわ明るくした。一歩、明るい色の髪を短く揃えた少女が進み出て鼻息を荒くする。

 

「シスター・クラリスのはぜったいアタシが見つけるから!」

「えっ……そんな、甜葉(あまは)ちゃん」

 

 その隣で色白の少年が声を上ずらせた。厚い眼鏡の奥で目が険しい。それを横目に昂然としたまま甜葉は“べつにいいでしょ”と答える。

 

「欲張っちゃだめでしょ紗唯(きぬただ)。あんたはだってシスター・クラリスにさ」

「あ、甜葉ちゃん、それはいっちゃ……」

 

 焦りながらもおずおずと、長い髪の少女が甜葉の主張を遮った。紗唯が顔を背けて眼鏡の位置をなおす。クラリスとイヴははてと顔を見合わせた。彼にとくべつすることはないはずである。この孤児院の小学生四人に別け隔てなく接してき、またこれからもそのつもりの二聖職者である。

 

「サヤえらい! マッハはすっげー口滑るからな!」

利舵(としかじ)、マッハはやめて。清和(さやの)ありがとね、危なかったわ」

「紗唯くんもクラリスさんのイースターエッグ、遠慮せずに探してあげてください~」

 

 それこそ遠慮がちにイヴがわりこむと、甜葉は意味ありげに口の端を引き、清和は小さく何度も頷いてみせた。紗唯は耳を赤くして、右足の外に咲くタンポポを睨めつけている。

 

「えんっ……遠慮なんかしてませんよボクは。子供じゃないんだから、べつにそんな、卵なんて」

「そお? オレすっげー探すぅー! イヴ姉ちゃんのはオレが見つけるから! マッハより先に持ってくるから!」

 

 四人の子供たちはそれぞれに視線を眼鏡の奥に隠し、火花を散らし、困ったようにさまよわせる。それを一か所に集めたのは、クラリスの鳴らした手であった。ふだんどおりにこやかに、四人へおだやかな言葉を与える。

 

「さあ、一二時の鐘は待ってくれませんよ。イヴさん、お願いします」

「は~い、イースターエッグハント、はじまりで~す!」

 

 ハンドベルが青空高く鳴らされた。やる気に満ちた二人が駆け出す。紗唯もそわそわした背中を向けて木立へ歩いていく。

 

「清和ちゃんも行かないと~。意外とお兄ちゃんたちが気づかない場所にあるかもしれませんよ~?」

「あ、あの、シスター、イヴちゃん、あの……紗唯お兄ちゃんも、シスターの隠したエッグ、見つけたいって思ってるよ。でもね……あの、えっと、それだけ!」

「はい、みなさんの想いはこのクラリスの胸にちゃんと届いておりますよ」

 

 白い手に頭を撫でてもらった少女は、年長の二人を追って走っていった。長い髪が風になびくと、真昼の陽射しに浮かんだ艶がわずかなあいだ、天使の輪のように宙空にとどまっていた。

 

「やっぱり四つ隠しとけばよかったですかね?」

「二つで、とはあの子たちの提案でしたから。おかげで例年よりよくデコれました」

「クラリスさん器用ですよねぇ。私なんて指の跡がどうしてもついちゃって~」

「お褒めいただいて光栄ですイヴさん。……イヴさんのエッグも、たしか指紋もなく仕上がっていたと思いますが」

 

 わかっちゃいましたか、とイヴははにかんだ。

 

「ふふ、騙すつもりはございませんが、見ていないようで見ておりますので。……三本ですね」

 

 クラリスの顔の前で振ったILYの三本指を開いて、イヴは素直に拍手をする。

 

「指紋つけずにやるの難しくって、浮かせて塗ったんですよ~。みんなには内緒でおねがいしますねえ」

 

 金のまつげと薄桃の唇の、思わず開きそうになるのをクラリスはぐっとこらえた。こらえても、皓歯の見えぬ程度には口は開いてしまったが。……イヴはサンタクロース。ものを浮かせるくらいの()()を起こすくらいはできるのだ。なにしろ自身が空を飛べるのだから。

 

「ちょっとズルかな~とは思ったんですけどね~」

「素敵なエッグに仕上がったのですからよいのではありませんか? でも、来年はご一緒に作りましょうね」

「はい、作りかた教えてください~」

「来年は、あたしも一緒にやりたいな」

 

 二人のうしろから若い声がした。二人とおなじくらいの歳の、浅黒い肌の少女である。大きい目にぼさぼさの髪、快活そうな風体をしかし、飾り気のない服と足首丈のスカートに包んでいる。

 

「まあ、冷華(れいか)さん。ごきげんよう、ひと月ぶりですね」

「うん、ごきげんようシスター……と」

「はじめまして~。イヴです。クラリスさんには仲良くしていただいてます~」

「冷華です。ウワサはかねがね聞いてますよ。先月までこの施設にいたけど、大学行かせてもらえることになって、いま寮暮らし。将来はシスターかな」

 

 敬語を使い慣れぬようすで差し出された右手をイヴはとった。

 

「寮、いいですよねぇ。私もいまお世話になってますけど、おっきい家族みたいで」

「わかる。学生寮もここも、あたしはすごく好きだな」

「冷華さんは体力もありますし、頼れるシスターになれますね」

「サンタ向きの手ですしねぇ~」

 

 自分の手を一瞬見つめて首をひねった冷華は、それで自分の髪を音をたてて掻いた。

 

「乱暴者だったからなぁー……。シスター・クラリスに諭されて、弟妹がたくさんできてさ、これがあたしの生きる道かなってさ」

「面倒見もいいですし、手芸はとにかくお上手ですからね」

「ちょっ、シスター、なんで? あたしシスターの前で刺繍とか繕いとかしたことなくね!?」

「クラリスさんてば見てないようで見てるんですよ~。さっきも間髪をいれずに答えられちゃって」

 

 目の前で揺らされたILYサインに、冷華は首をひねる。あさってのほうに飛んでいきそうだった三人の会話は、林から飛び出してきた元気な声で中断された。

 

「シスターっ!! エッグ見つけたよーっ!!」

 

 甜葉が掲げて駆けてきたのは、ジュエルと金細工を配された空色のイースターエッグだった。三人の拍手で迎えられ、自分が一等なのをたしかめると、少女は跳んで喜んだ。

 

「これはクラリスさんのですね~。甜葉ちゃん、宣言どおり~」

「やっぱシスターの手芸はすごいよ。かなわないって」

「ですよねえ。こんなに細かいしぜんぶきれいに塗ってるのに、指紋もぜんぜんついてなくて」

「えっ、指紋ってそうそうつかない……」

「まあまあ、冷華さん、甜葉さんとお会いするのも久しぶりでしょう。お話をしてあげてくださいな」

「……うんっ、そうだね!」

 

 強引に頭を切り替えるような顔をして、()()は旧交を温める。

 

「ひ、久しぶり甜葉。元気だった?」

「え? 久しぶりって……あっ、うんうんうん、ずっと元気してたよ!」

「もう一五分もすれば鐘が鳴りますね。利舵くんたちももうもどってきていいはずですけれど」

「見回ってるブリッツェンがなにもいってこないですから、迷子とかではないですね~」

「あー……甜葉はシスターの狙って探してたんだ?」

「うん、シスター・クラリス大好きだもん。もちろん冷華ちゃんもイヴちゃんも、みーんな大好きだよ!」

「うんうん、気持ちがこもってるよね」

「みんなでいっぱいこめたよ!」

「楽しみだ」

「一回り探してきましょうか~?」

「信じて待ちましょう。いまは子供たちのための時間ですから」

 

 一〇分が過ぎ、冷華と甜葉はどこか上の空。クラリスは泰然と林に顔を向け、イヴは心配そうにルルドからつづく流れを見つめている。それからの五分はそれまでの一〇分よりも長く四人には感じられた。クラリスが赤いブローチを人差し指で撫でる。……と、木立からよろよろと長ズボンが歩いてきた。長ズボンの上には大きいダンボールが乗っている。いや、大ぶりのダンボールを両手で抱え上げた少年らしかった。冷華が“ありゃあ”と声を洩らした。

 

「あれは~……紗唯くん?」

 

 イヴが首を傾ける。白く長い髪が真砂の音をたてて重力に従った。手伝いに行こうとするクラリスを冷華がおしとどめる。それぞれの心配の色を浮かべる四人の前に、紗唯はダンボールを置いた。汗を拭ってかけなおした眼鏡の奥の目は、意外そうに丸くなっている。

 

「トシと清和がまだよ」

「もうみんな揃ってると思ったのに」

「あー、ごめんなキヌ、遊んでる途中に用事おしつけちゃって。これはその、んー、あたしのさ、えー……」

「冷華ちゃん嘘ヘタなんだからよしなよ……」

「そこになにかあるのですか?」

 

 クラリスの言葉に孤児院の三人が目を丸くし、イヴはきょとんとして彼女を見た。

 

「紗唯くんがもどってきてくれたようですが、わたくしにはそれ以外まるで……」

「クラリスさんちょっと無理ないですか?」

「ないです」

「ないならいいですけど~」

「いやあるだろ!? アイドルになるとボケちゃうのか!? 引きずりもどすぞ芸能界から!!」

「うるせーと思ったら冷華姉ちゃん来てたのか」

 

 騒ぐ正直者たちのところへ、呆れ顔の利舵としょげ顔の清和が、いつのまにか帰ってきていた。そのうしろからはブリッツェンも、ひと仕事終えた顔でぽくぽくと歩いてくる。赤と緑で彩られ、金の星を散らしたイースターエッグが清和の両手に包まれていた。

 

「あー、私のエッグ見つけてくれたんですねぇ~!」

「う、うん……」

 

 顔色をうかがうような清和の視線から、利舵は顔を空にそむけて逃げた。

 

「なにかあったのですか?」

「こ、これ、拾ったのはトシお兄ちゃんだから」

「見っけたのは清和だから、それは清和の!」

 

 ……イヴのイースターエッグはルルドからつづく小川のなかにあった。清和はそれを見つけはしたが靴を濡らすのをためらい、岸にうずくまっていた。そして彼女に気づいた利舵がわけを聞き、膝まで浸かって取ってきたというしだいである。

 

「川……? 岸のお花のところに置いたんですけどねぇ~……。風に吹かれちゃったんでしょうか」

「風で転がるか、エッグ?」

「ずっと浮かせてたせいで浮きやすくなってたのかも~」

「浮……?」

「冷華さん、それはまあともかく。清和さん、利舵くん、お二人は力を合わせてイースターエッグを持ち帰りました。それはとても尊いことです。たがいに相手のおかげといえる、あなたたちが良い子たちでわたくしは嬉しいです」

 

 涙ぐむクラリスとイヴとブリッツェン、抱きしめられてこそばゆそうな二人、ホッとした顔の三人。一同の頭上で鐘が鳴った。一二時である。教会堂のほうから、年長の子供たちの、昼食に呼ぶ声がする。

 

「開けよう開けよう、キヌ!」

「ああっ、はい!」

 

 テーブを剥がす勢いのいい音とともに、存在をウヤムヤにされていたダンボールが開け放たれた。少年二人が取り出したのはイースターバニーのぬいぐるみだ。白百合を抱いた鮮やかな青のウサギと、星とサンタ帽の白いウサギ。どちらもていねいなパッチワークでできた、手縫いのものだった。

 

「いつも……いっぱい助けてもらってるから、お礼がしたくて……。みんなで作ったの」

「冷華ちゃんが手伝ってくれたんだよ!」

「甜葉、もうバラすやつがあるか」

「はい、これはイヴ姉ちゃんに!」

「し、シスター・クラリス……さん! ど、どうぞ」

 

 七つの笑顔の花が咲く。蹄で拍手をしていたブリッツェンにも、不意打ちでイースターボンネットが贈られた。笑顔に包まれ、あたたかいプレゼントを抱いて、片手を引かれて、イヴもクラリスも教会堂へ歩みだす。……イヴの手を引く清和は、ふと片手の重くなったのを感じて振り向いた。

 

「ごめんね、清和ちゃん。エッグ見つけて利梶くんが来るまで、つらかったですよね」

「イヴお姉ちゃん……。平気だよ、きっとね、“独りじゃないって気づきなさい”って、神さまが教えてくれたの」

「そうですねぇ。……来年は落っこちたりしないエッグを作りますから、期待しててくださいね」

「……う、うん。ん……?」

 

 

 

(了)

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