「えーとこれが急須でこれがカップとおーさーら、三つずつ三つずつ~っと」
桜の花枝の早くも下がる庭の一角で、ティーセットを独り言とともにガチャガチャと広げているのは大西由里子だ。それを手伝うのは友人の荒木比奈、神谷奈緒。テーフルクロスの端を整えたり、ガスコンロをチェックしたり、真鍮の猫脚がついたケーキスタンドにお菓子の配置をこだわったりと、思い思いにアフタヌーンティーの用意をする。
「由里子さんのお母さん、こんなすごいセット持ってたんだな」
丸テーブルに等しく配置された三客のカップとソーサーを、縁に手をついて奈緒がしげしげと見つめる。純白の半光沢のカップには、青と金で花が帯状にえがかれている。アラベスク模様だと、比奈が補足した。
「せっかく前(*1)に出てきた小道具だし使わなきゃもったいないよねえ」
「これってそんな設定拾ったりするようなやつだったんスか?」
「拾いたいときは拾うの」
「なんの話してんのかぜんぜんわかんないんだけどさ、それよりアフタヌーンティーって具体的にどうすりゃいいんだ?」
問われて由里子は胸を反らして爪先で回った。紫のドレスの裾がふわりと広がる。比奈ののんきな拍手を右手で軽く制して、怪訝な顔の奈緒に答えた。
「お嬢さまをします」
「動詞じゃないよなお嬢さま?」
「まあまあ、ごっこだじぇ、ごっこ。本気でお嬢さまなんて無理無理、ユリユリ昇龍拳も出せないもん。バレたらゲーセン出禁になっちゃう」
「えっ関係あるか昇龍拳!?」
「歩きながら波動拳でだれでもできるっスよ」
「歩きながら波動拳したら歩きながら波動拳が出ましてよ!」
「ちょっとやってみるっスよ!!」
いわれて由里子は正面へ数歩進み、身をかがめて前のめりになって、組み合わせた掌底を前へ突き出した。
「ほらあ!」
「かがむ前に歩くのやめてるのが原因っスね。シームレスにこう」
比奈が力強く足を踏み出し、身をかがめて前のめりになって、回転しながらこぶしを突き上げる。眉間に皺を刻んで目が淀む奈緒の隣で、由里子は素直に拍手をした。促されてふたたびおなじように動き、こんどは由里子も昇龍拳を成功させる。二人の格ゲーお嬢さまの視線は奈緒に突き刺さる。
「あたしもやんのかよ!?」
ひなゆり乙女の三人に否やはない。奈緒は硬く正面に歩き、身をかがめて前のめりになって、組み合わせた掌底を前へ突き出した。
「あれ!?」
「やっぱホラはじめは難しいんだじぇ」
「落ち着いてやればできるっスよ奈緒ちゃん!」
二人の先輩に励まされ、奈緒も再挑戦でみごとに回転しながら天を衝いた。由里子も比奈も諸手を挙げて喜び、三人仲良く昇龍裂破にふけった。
「……いや待てえええ! あたしたちなにしてんだあああ!?」
「ナイス銀魂ツッコミ。そろそろお湯が沸くので優雅なティータイムをはじめます」
水より尽きぬ奈緒の疑問はさておかれ、三人はようやく着席した。沸かしたての湯がカップに注がれて捨てられ、ふたたび満たしてティーポットに合わされる。淹れかたは習ってきたというだけはあり、てきぱきとした手つきの由里子である。
「お茶っ葉は三分半蒸らしますじぇ」
「それ知ってるっス。茶葉がお湯のなかで対流して味がよく出る……ホップ?」
にやけた視線を向けられて、奈緒は自信なげに応じた。
「……ステップ?」
「ジャンピング~」
ハイタッチで正三角形を作ってはしゃぐ三人である。
「だからなんだよ!?」
「新鮮な茶葉がお湯を吸ったりアブクにひっぱられたりして沈んだり浮き上がったりすることをジャンピングといいますじぇ」
年長の二人は奈緒のノリツッコミにもなれたものである。
「新鮮じゃないとジャンピングしないんスね」
「お湯も汲み置きじゃだめらしいじぇ」
「へぇー……。てかさ、モノだけじゃなくてかなり本格的? 言葉づかいとかちゃんとしたほうがいい……よろしくて?」
「午後ティーは肩肘張って無理するもんじゃないってガチのお嬢さまたちがいってたっスよ」
「そうそう、美味しく楽しくだってさ。だからほどほどにコシキユカシクしようじぇ」
「午後ティー……。いや、まあ、そういうもんなら助かるけど。古式?」
首を傾げる奈緒に、由里子は指を振ってみせる。
「まずは……」
↓
↓
↓
↓
↓
↓
↓
由里子「こんな感じ」
奈緒「わーッ!! なんだこれ!!!!」
比奈「うわぁ、う、うごっふ。な、なつかし……」
由里子「あ、色もつけてわかりやすくしなきゃね」
奈緒「色ってなんだああああぁあぁぁ!! うっわいつもより声がひびく……」
比奈「このフォーマットになると銀魂ツッコミ映えるっスね。フォントも変わらないっすかユリユリ」
由里子「できるじぇ。奈緒ちゃんもっかいなんか叫んで」
奈緒「いきなりいわれてもツッコむものないし……」
比奈「そうっスよねえ。女の子には生えてないっスからね」
奈緒「おいいいいいいい!!!! 下品だろ比奈さん!!!! ってなんだこれぇ!?」
由里子「黒薔薇ゴシック」
比奈「江戸勘亭流はないんスか?」
由里子「なかったー」
比奈「そりゃ残念~。いやーしかしこれいいっスね。中学のころを思い出すゾワゾワ感とやっぱみんなやってんじゃんって安心感が」
由里子「比奈せんせーはマゾなの?」
奈緒「中学……いたなやってる子……。いや、この台詞もなんかおかしい気がする……」
比奈「アイコンOKでも三人だと厳しいっスよ」
由里子「あーたしかに苦しいや。アイコンはね、著作権とかあるからね、奈緒ちゃんはお気になさらず」
比奈「こんなのやっといてなにをいまさらっスけどね~」
奈緒「あとさっきから台詞の強弱がおかしい!」
由里子「これはオネーサマがたから教わったテキストサイトという古代文明の作法だじぇ」
奈緒「由里子さんのオネーサマ、って先輩か……腐女子の」
由里子「いえーす。妙齢のかたから奈緒ちゃんくらいの子供がいるおかたまで幅広いラインナップがございます」
比奈「それよか奈緒ちゃん、せっかくいい銀魂ツッコミができるようになったんスからこのフチ無し眼鏡を」
由里子「前髪もちょっとバラつかせよう」
奈緒「えっ待って待って髪うしろで団子にする」
比奈「それくらいやってあげるっスよ、ほいほいほいっと。ああー、アイコン出せないのが惜しいっスね~~!」
奈緒「ま、前だけな。前だけから見て!」
由里子「おお……これはとう見ても本人……」
比奈「ぱっつぁん本人降臨したわ……」
奈緒「いまはパッチーナだからァァァアアアア!!!!」
二人「アハハハハハハハハハハハ!!!!」
奈緒「慣れたらけっこう楽しいなこれ……」
比奈「あーヤバいテンション上がってきたっスよ。呼んじゃいます?」
奈緒「な、なにを」
比奈「作者!!」
由里子「優雅なティーパーティーが一瞬で地獄の底めいた文字列に!!」
奈緒「えッ!? 作者ってなに!?」
由里子「気にしない気にしない」
奈緒「気にするよ! さっきからあたし微妙においてかれてないか!?」
比奈「このへんはね、んー、大人になればわかるっスよ」
奈緒「え……大人怖……」
由里子「大人はぜんぜん怖くな……っとっと、ああっ」
「んん?」
奈緒が目をしばたたかせた。風船からガスの抜けるごとく由里子がテーブルに、比奈は椅子の背に、それぞれ息をついて上半身を倒した。
「ああー、効果ぎれ」
「あの形式のいいとこ悪いとこ語りたかったっスけど、まあしょうがないっスね」
「きょうは紅茶飲みに来たんだしな」
自分の言葉に奈緒は目を見開いた。腕時計を見る。集まった時間から三〇分近くが過ぎている。ティーポットにお湯を注いでからの時間も三分半どころではないだろう。
「すっげー放置してたけどいいのか!?」
「濃いめぬるめになっちゃってまスかね」
「そんなラーメンみたいな~」
「いいのか!?!?!?」
「後遺症重いっスね奈緒ちゃん」
「濃いのはぜんぜんいいんだってー。お湯でほどよく割って飲めばオッケー」
親指と人差指とで作った輪から、由里子が奈緒をのぞく。太い眉を片方上げて、奈緒もおなじように由里子をのぞき返した。右、左と二人のようすを見た比奈が両手で眼鏡を作ったのは、とくに触れられることはなかった。
「そんなんでいいのか、伝統的な作法……」
紅茶の伝統的な作法については触れた憶えのない由里子だが、ここでは黙っておくことにした。常温にすっかりもどってしまったティーカップをお湯であたためなおし、ティーポットから金茶色の液体を半分ほど注ぐ。
「美味しく楽しくできればよし、だじぇ。コイメヌルメの原液にお湯~」
「スープかな?」
「二人とも勘弁してくれよ、なんか口がしょっぱいものの気分になってきた」
「じゃあ先に甘いお菓子で整える?」
いうが早いかケーキスタンドの上からレーズンサンドをつまみ上げる。狙ってたな、と奈緒も下段のフルーツサンドを取った。中空をつまんで、比奈が首を傾げる。
「あれ、ケーキスタンドって下から順番じゃ?」
「いーのいーの、美味しく楽しく、だじぇ」
「よーやくティーパーティーだな!」
「あー、うん、でももう四〇〇〇字見えてきたからそろそろ終わりっスかね……」
「字!?」
「だいじょぶだいじょぶ、お茶会はやるから。オワリってしなきゃなだけだから」
「オワリ!? それも……大人にしか見えないなにか……?」
二人の二〇歳が揃って深く頷き、奈緒は青い空を仰いでうめいた。
「大人って怖……」
(了)