猫、巫女、サンタ、あいのうた   作:久聖

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「伝奇公演 しあわせの呪文(https://syosetu.org/novel/208407/)」のメイキング的なお話です。


歌鈴・柑奈  銀幕の裏側

 アルプスの山裾から、真夏の太陽が濃い色の光を投げかけ、白亜の古城を黄金色に染めている。はるか崖下の農地を深く貫くのは、この古城のシンボルである尖塔の影だ。

 

「ちょーっと肌寒かとですね~」

 

 真っ赤な花の咲き乱れる中庭の端、折りたたみ机とパイプ椅子の簡素なスペースで、有浦柑奈がふとももをさすった。スーツ姿のおれも、夏物のスラックスの薄い生地を抜けてくる涼気で脚に冷えを感じる。上にはベストも外套も身に着けているが、下は黒のショートパンツ姿の柑奈にとっては冷気に近いだろう。

 

「ウィーンの夏が東京の秋くらいらしいからなあ」

「このへんは高地ですし、もうちょっと先行っとっとですね」

 

 スタッフから受け取ったブランケットを、パイプ椅子の柑奈に渡す。

 

「すいません、お待たせして。もうちょっとで道明寺さんの撮影、終わるみたいですから」

 

 頭をかくそのスタッフに、柑奈は“お気づかいなく”と笑顔を見せた。

 

「次のシーン、日が沈んでからでしょう? のんびりやってますから平気ですよ」

 

 ……このオーストリアの古城には観光に来ているのではない。道明寺歌鈴と有浦柑奈、おれの担当する二人を主役にした、アクション映画の撮影である。我が社にはありがちなことで、配役ありきの書き下ろし脚本、いわゆる当て書きというやつだ。おれが“二人をメインにした映画を作ればいくら儲かる”といった書類を上に投げて、降ってきたのが吸血鬼とハンターの怪物退治モノだったのだ。

 

 柑奈演じる吸血鬼が待つ古城に歌鈴演じるハンターがたどりつくシーンで、映像ならではの一手間が必要になった。地の文が一言で済ませた“苦労して森を踏破する”ようすを三秒程度のダイジェスト映像で挟まねばならない。監督の苦み走っていわく、“原作の手抜き”である。いまはそれを待っている、というわけだ。

 

「はーいお待たせ。歌鈴ちゃんのおもどりよ」

 

 柑奈が“私が用意したんじゃないですけど”と勧めるお菓子をつまもうとした矢先、森のほうからハスキーな女性の声が聞こえた。

 

「お、噂をすれば」

「いつ聞いても女のひとやと思っちゃいますね、監督の声」

 

 柑奈の冗談めかすように、監督は男性だ。当人の弁では“喉だけ女”。元モデルらしく颯爽と階段を上がってくる。もどかしげな足運びの歌鈴と、まだ疲れを見せぬスタッフたちを引き連れて。

 

「お疲れさまです」

「どーでした、歌鈴ちゃん。足挫いたりしてませんか」

「あはは、大丈夫です。転びましたけど……」

「派手にステーンといっといて無事なんだから大したもんよ。あたしなら一回で粉々になっちゃう」

 

 一回で、ということは歌鈴は何度も転んだのだろう。手首、足首のたしかに無事なことを確かめ、歌鈴にもパイプ椅子とブランケットを用意した。監督は“日が沈むまで休んでて”といいおいて、古城内の機材のようすを見に行った。

 

「はー、なんか冷えちゃいました」

「お茶を淹れよう。緑茶かほうじ茶か、どっちにする?」

 

 歌鈴もまたショートパンツ姿だ。上は裾の長い服を来ていても、ショー用のチャイナドレスのようにスリットが腰まであり、防寒の用途には心許ない。“寒いですよねー”とブランケットの下に脚を揉む二人の横で、おれは注文されたほうじ茶を用意する。魔法瓶から熱々のものを、大きい紙コップに半分ばかり。それを三割ほどの水でぬるめにして渡す。これは二人が猫舌だからではない。

 

「はー、あったかい」

「助かりますね~。熱々やと汗かいちゃいますし」

「これからアクションシーン撮るんだしな」

 

 この噴水の広場で吸血鬼とハンターは遭遇し、古城の壁の上の通路や塔の階段、建物のなかを走り回って戦う。戦うといっても取っ組み合いは、おれの読んだかぎり一瞬だけだ。

 

「えーっと、満月をバックに戦うって書いてありましたよね」

 

 歌鈴はあらためて台本を開いた。

 

「でも、きょうって新月だったような?」

「おや、月齢見てんのかい」

「いちおう神社の子ですから」

 

 そういってはにかみ、いまいちど満月が撮れないことを気にかける。しかし、心配無用である。あとからフィルムの夜空に満月を合成すればいいからだ。

 

「なにしろ本物の満月は、フィクションの画作りに必要なサイズには足りんからね」

「けど、たまに月のふとか写真ありますよね?」

 

 柑奈も一緒になって首を傾げる。たしかに夜の草原に立つ人物の背景に巨大な満月、なんて写真はおれも見たことがある。

 

「ああいうのは一〇〇メートルとか一キロとか離れたとこから、超望遠で撮ってるんだとさ」

「なるほど……。映画のカメラだと無理ですね」

「ついでに、合成なら撮るときの方角を気にすることもないし」

「便利やね~」

 

 そして歌鈴はもう一つ合点がいったらしい。夜のシーンとはいえ、日が暮れてすぐに撮影をはじめることだ。満月が照らす明るさには、薄暮くらいがちょうどいい。フィルムのなかの時間と、それを撮る時間とは、往々にして一致しないものである。

 

「さっきお城ば探検したり仲良くご飯食べたりしたばっかりなのに、こんどは初対面で戦うって、こんがらがっとですねえ」

「ロケ地のスケジュールもあるし、シーンの時間帯の都合もあるからね。撮れるときに撮れる場所でのシーンをぜんぶやっちゃうわけさ」

「司教のおじいちゃん役のひとなんて、こっちに来られないから別撮り合成ですしね」

「いっそ私たちもぜんぶブルーバックでもやれたかもしれませんね」

「ハリウッドじゃあないんだから」

 

 いいさして、おれは跳び上がった。重要なことを……撮影とはまるで関係ないが、忘れていた。西の空を二人に指差してみせる。

 

「それに、ほら、こんな夕焼けはここに来なけりゃあ見られんぜ」

 

 濃い青の空が西へ下がっていくにつれ白くかすみ、やがて黄金の輝きを経て朱色になると、黒くギザギザしたアルプスの山嶺の上を、右にも左にも細く細く広がっていく。振り向けば夜が顔を出した平地のきわまで、すべてがオレンジゴールドになって光る。髪を揺らす程度の風は爽やかで、二人の歓声を古城の外まで連れ出した。

 

「写真! 撮っててもいいですか!?」

「もちろん。おれも撮らせてもらうよ、二人のを」

「高かとよ~?」

「会社にツケといてくれ」

 

 あのポーズ、この角度、何度もシャッターを切っているうち、あたりのオレンジ色が濃くなった。もう日が沈む。手を止めて西を見はるかせば、アルプスの峰の、わずかな凹みを赤橙色に瞬かせて、太陽がきょう一日の仕事を終えるところだった。二人の感嘆が横に聞こえる。

 

「なんか、はじめてちゃんと見たかもしれないです。太陽が沈む瞬間って」

「海に沈むのより寂しげですね。チラチラっと光って、抵抗してるみたい」

 

 潤沢とはいえぬ制作費でこうして弾丸海外ロケをやったのは、ひとえに歳若い二人に多くのものを見せたいからである。その点では目論見以上の成果がありそうだ。餅は餅屋、映画の出来は監督に託した。

 

「夕焼け消えましたー! そろそろ始めまーす!」

 

 スタッフの声が反響した。歌鈴も柑奈もそれぞれ群青と濃紫の上着に宝飾を身に着け、化粧の確認をする。まずは夜更け、古城にたどり着いた歌鈴のシーンから撮影ははじまった。

 

「ねえ、柑奈ちゃん、なんとか名乗りをいれられないかしら」

「はい、名乗り?」

 

 さてその監督、柑奈演じる吸血鬼の登場シーンの前に、なにやら相談をはじめた。

 

「ほら、脚本のままやると決着するまでずーっと、柑奈ちゃんの役名だれも知らないのよ。観る上でやっぱり、“だれだ?”って気になっちゃうと思うのね」

 

 我が社の映画や舞台の多くは、役名は演者とおなじだ。一〇年そこらの歴史ですでに伝統を名乗っている。理由は定かでないが、演者のネームバリューが強いとどうせ演者の名前でしか呼ばれないとか、ドルオタはキャラ名が演者とちがうと混乱するとか、市場のほうに原因があるようないいかたばかりである。

 

 今回の映画では柑奈の吸血鬼はカンパネラ、歌鈴のヴァンパイアハンターはカーテローゼ。カーテローゼの省略形がカリン、カンパネラの名をカリンが噛んでカンナ、という具合に“伝統”に寄せてきてはいる。しかしカーテローゼ略してカリンと冒頭で説明した以上、“どういう名前でどう略してカンナなのか”と気にされるだろう。

 

 ついでにいうなら、カーテローゼをカリンと呼ぶのは、往年の名著・銀河英雄伝説のほかにおれは知らない。

 

「ここはこのカンパネラの家ですからね、えーと、立入禁止です。()()()()

 

 柑奈が無難にアドリブを効かせ、撮影は進んでいく。城壁上の通路で、胸壁の上を飛び跳ねるシーンはおなじ衣裳のスタントマンがやるのを見守る。短いアクション指導を聞き、歌鈴が拳銃を撃ち、柑奈がその弾丸を外套ではじく。

 

「あっ、柑奈ちゃん、もう外套は動かさないで」

「弾丸かってに逸れてく感じですか?」

「ううん、上着がかってに動いてはじいてくれるの。二人のアクションに、ファンタジーなパワーがだんだん乗ってくるふうに見せてくの」

「はーい」

「あ、じゃあわたしも、照準見ずに撃つほうがいいですか?」

「うーん……そうね! それいいわね、やってみてちょうだい」

 

 壁を走ったり落ちたりするカットは、命綱が張れないのであとで合成となる。

 

「高さとか風の感じとか、イメージ掴んでおいてね」

 

 監督の言葉に頷き、二人は見下ろした壁下の闇に震えた。怖い怖いとはしゃぐ暇もなく、フィルムのなか以上のどたばたを裏に隠して撮影は進んでいく。二人は通路を走り、階段を駆け登って窓から身を翻し、壁を飛び跳ね、やがて工程としてもシーンとしてもラストの場所、礼拝堂にやってきた。

 

 ハンターが吸血鬼を床に打ち倒す。体重をかけて抑えこむ。ペンダントトップにしていた銀の弾丸を装填する。リボルバーをつきつける。このシーンにかぎらないが、フィルムでは五秒たらず、撮影には一〇分以上の密度である。二人は汗を拭き、散りそうな目をぐっとこらえながら演じつづける。

 

 さて二人はなぜだか(といってはいけないが)歩み寄りを見せる。バーサスものの定番というのか、観客から見て両者がおなじ側に立つ必要があるらしい。両方とも善玉なヒーローもの、両方ともはた迷惑な異星人もの、などなど。

 

「……ダンピールのわたしが受け容れられているんです。吸血鬼だって、害がにゃっ……くて、気持ちが通じるってわかれば」

「んー、カット。歌鈴ちゃーん、そこもっと自然に噛んでぇ!」

 

 歌鈴扮するカーテローゼは凛とした雰囲気を持つ少女だが、本人のキャラクターが加味されている。すなわち気がゆるみだすとセリフを噛む。ここではそれがはじめて発露して、緊張が一気に解けるくだりということになる。

 

「わざと噛むに゛ょって難し……あうう」

 

 テイク2もうまく噛めず、歌鈴は頭を抱えてしゃがみこむ。柑奈が笑いながら、膝をついて励ましている。細面にダブルのスーツを着た監督が、訝しげにおれの脇をつついた。

 

「噛み噛みキャラなのよね、あの子?」

「芝居だと平気なんですよ」

「平気じゃ困るの。化けミミちゃん、なんとかして?」

 

 男に甘えられてもなんら思うことはないが、なるほど、ここは歌鈴のプロデューサーたるおれがなんとかすべき状況である。独りセリフを繰り返す歌鈴におれは近づいた。

 

「このさいだ、歌鈴、自分なりに喋ってみよう。台本どおりじゃあなくても、大筋合ってれば大丈夫さ」

「え、いいんですか?」

「演じるよりもなりきったほうがいいこともあるよ。緊張の糸は切れちゃったけど、ここは一つの見せ場で、恰好よくキメなきゃいけないと気負って……とかさ」

「うーん、はい……」

 

 歌鈴の不安そうなのは、主役のキャラクターを取りこめていないとかアドリブに自信がないとかではなく、脚本家に遠慮しているかららしかった。

 

「いいのいいの、現場の都合で変えるなんてよくあるわよ。ぜんぶ原作どおりがいいなら原作だけでいいじゃない。これは映画っていうべつの作品なんだから!」

 

 媒体がちがえば表現できることも変わる。ルビでちがう読みを振れる(こんなことができる)のは文字媒体の特権だし、音楽や抑揚で雰囲気を作れるのは映像の強みだ。持ち味を活かせないメディアミックスに価値はない。監督の言葉に歌鈴と柑奈は表情を引き締めた。衣裳と髪型を整えなおすと、またカメラが回りだす。

 

「……ダンピールのわたしが受け容れられているんです。吸血鬼だって、ぎゃいっ……害がなくて、気持ちがちゅう……じるってわかれば」

 

 みごとな天然の噛みぶりに、吸血鬼のみならずスタッフからも笑いが洩れる。笑い声がマイクにはいらないよう、反射的に気をつけながら。かわいく思ってもらえるのはいいが、歌鈴当人はまだ恥ずかしいと捉えているらしく、保護者のおれは表情の選択が悩ましい。

 

「あらためてよろしく。わたしはカーテローゼ」

「私はカンパネラ。よろしく」

 

 “満足げな顔”を選んでいるあいだにシーンは進んでいた。歌鈴演じる吸血鬼狩り・カーテローゼが手を貸して柑奈演じる吸血鬼・カンパネラを立たせる。それと同時に鋭くスポットライトが水平に差してくる。曙光である。

 

「朝……。あっ、ど、どうするの? 吸血鬼は陽の光の許にはいられない!」

 

 カットがかかる。柑奈がカメラの前から抜け、歌鈴一人のシーンをロングで撮影する。

 

「あれっ!? いない、まさかもう日光で……」

「ご心配ありがとう」

 

 間を測るため、場外から柑奈が台詞を読む。フィルムにはあとでアフレコをして、声の出どころを考えたひびかせかたをするのだ。カンパネラの声はカーテローゼの足許から。歌鈴が瞠目して下へ、勢いよく視線を転じる。ふたたびカット。歌鈴がポーズを固定していられるうちにカメラを頭上とすぐ横とに持っていき、影を見つめる一人芝居だ。

 

「かっ、かんにゃにぇ……かんなねな?」

 

 カンパネラの噴き出す声。ひとしきり笑い終えると、吸血鬼は姿を現す。カーテローゼの影のなかから、煙のように立ち上る。……とは脚本の指定で、実際にはずっと歌鈴の一人芝居である。あとでセリを使うなどして別撮りした柑奈と合成するのだ。

 

 カンナという呼びかたを気にいった吸血鬼は、それで呼ばれるまでわざとらしく無視を決めこむ。柑奈は“答えてあげない”という小憎たらしい顔芸をしているが、影から半身だけ出したカンナに話しかける歌鈴の視界にははいらない。はいっていたらいたで、笑ってしまって撮り直しになるだろうけど。

 

 カリンが折れると、さらにカンナの注文はつづく。渾名で呼び合いたいと。こんどは歌鈴が顔で答える番である。飄々としたカンナとちがい、真面目なカーテローゼは渋面を作るのみではあるが。この歌鈴の表情は、ほんとうに嫌そう、照れくささをごまかす、嬉しいのを隠す、と何パターンか撮影された。その微妙な差異を演じ分ける歌鈴は、まさに神がかりだ。

 

「カットー! 二人ともお疲れさま、撤収準備はじめて!」

「定点カメラの固定とバリケード、忘れるなよ!」

 

 歌鈴と柑奈が安堵の息を大きく吐き出す。その横でまたスタッフたちは慌ただしく動きはじめている。メイクを落として普段着に着替えてきた二人に、おれはこんどは熱々のお茶を差し出した。

 

「お疲れさま。あしたも早いから、ゆっくり休んでくれ」

「はー、お疲れさまです」

「お宿につくまでもうひと疲れしますけどね~」

 

 さすがの柑奈も表情に疲れをにじませている。分身するシーンがあるせいで、ふだんの倍動いたからだろう。体力が柑奈に比するべくもない歌鈴は、ほうじ茶の熱さでどうにか意識を保っているといったようすだ。

 

「お宿はここだよ、この城に泊まるんだ。この人数が泊まれるの、ほかにないからね」

「ほんとうですか!?」

 

 かわいい働き者二人は途端に元気になって、瞳を月灯りに輝かせる。ちょうどよくやって来た管理人から見取り図をもらい、部屋の場所を教わり、注意点を聞くや連れ立って探検に繰り出した。

 

「もう遅い時間だけど夕飯も出るから、ちゃんと食堂に来るんだぞー!」

 

 まさに視界から消えんとする二つの背に呼びかけると、石造りの廊下からかすかに、明るい返事が反響した。

 

「ついててあげなくていいの?」

「二人とも小さい子じゃあないですよ、いちいちついてこられたら窮屈だと……」

「時と場合によるとですねー」

 

 含み笑いの声に振り向けば、いつの間にやら二人がもどってきていた。眉を八の字に下げて頭をかきかきいうには、二一時を回り暗闇のわだかまる、どころか夜闇に浸りきった山の古城はさすがに怖く、しかし興味も抑えきれぬとか。要するに、

 

「ついてきてくれると心強いです」

 

 ……ということである。

 

「さっきまでの頼もしさはどこへやったんだい」

「お芝居はお芝居とよ」

「わたしがカーテローゼでいられるのは台本の範囲だけですもん」

「女の子が困ってるときに意地悪いわないのよ!」

 

 女心がわかる順に男を並べたら前から数えたほうが圧倒的に早かろう監督に叱られ、おれは両手に花で古城探検に出かけた。

 

 

 

(了)




2019/12/07 23:45 誤字修正
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