猫、巫女、サンタ、あいのうた   作:久聖

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ハロウィン・パーティ7/7  留美

 九人の顔をひととおり見終えたおれは、壁にかけられた鏡で身なりを整えた。鏡に映ったパーティー会場は実際よりもなんだかひとが少なく見える。気のせい、気のせい……。かぶりを振ってずれた帽子を直し、足早に鏡を離れる。このパーティーを締めくくるべき場所へ行くときだ。

 

 するすると仮装の賓客の波を抜けた先では、猫と犬と魚が談笑していた。もう一時間近く前になるだろうか、先に見かけたときとおなじ位置だ。

 

「留美、そろそろいいかな」

 

 整えた声で呼べば、瑠璃色の髪の黒猫がキャットスーツをひねって振り返る。いつかの仕事で着た黒のレザー製の服はいまも変わらず留美の体型を浮かべて、腰の金具にはビロウドの黒い尻尾が新たに揺れる。耳は留美本人の髪に似せた毛束で隠して、大きめの猫耳が頭に主張している。以前のものはただの猫耳のカチューシャだったから、これは新調したのだろう。

 

「あら、早かったわね」

 

 鼻を頭だけ黒くして三本ずつのヒゲを引いた猫メイクの顔で、留美は微笑む。

 

「早かった?」

「これ以上ほったらかしにするようならなにしてやろうかって、三人で悪巧みしていたんですよ」

 

 赤い薄衣を何枚も重ねた、熱帯魚のベタのようなドレスの服部瞳子が補う。顔の輪郭から中心へのグラデーションに鱗のメイクが凝っている。

 

「留美さんの担当さんがいちばんに来るとは思いませんでしたけど……」

 

 残念そうな三船美優は白くした口許に大きい舌をえがき、薄金色のフェイクファーで全身をもこもこにした、大型犬の出で立ちだ。

 

「こっちを見てたくせにほかの娘と遊び回って……。予想より早くたってだめ。時間切れよ」

「刑が定まる前の罪は問わないのが司法じゃあなかったっけかな」

「遅刻罪に与える罰はあとから好きに決めていいのよ」

 

 それが開闢以来のルールでしょ、と三人は愉快そうに頷きあった。おれは酌量を求めることにする。

 

「連れ回したら悪いし、会って離れるのも寂しいじゃあないか」

 

 切れ長の目がいいわけはそれだけかと銀色に光る。

 

「先にみんなの顔見ておけば、あとは心置きなく留美ちゃんといられるし、ね?」

「私もみんながどんな恰好してるか見たがってるとは、思わなかった?」

「留美さん、もうお迎えがいらしたんですから一抜けてください」

 

 やけに強気な服部瞳子に背中を押され、留美とおれはその場を離れた。壁は意外と人気のスポットのようで、男女問わずもたれておしゃべりをしている。

 

「テラスに出ましょうか」

「その恰好で寒くないか?」

 

 短いマントを肩から外してかけようとするのを、留美は片手で制した。

 

「ありがとう、でもちゃんとコートを持ってきてるわよ」

 

 ベロア地のロングコートはおだやかな黒い光沢を放って、レザーがえがくボディラインを隠しきってしまう。気づかいを断られたことをではなく残念そうにしていると、黒猫は挑発的な笑みを閃かせた。

 

「見たい?」

「もちろん」

「じゃあ、あとでね」

 

 おれも男なので、こんな短い言葉でかんたんに気を良くしてしまう。晩秋の夜風冷たいテラスに出て、自分は手すりによりかかり、留美を肩に支えた。

 

「瞳子サンはおとなしいひとだと思ってたけど、なかなか強いな」

「ベタの恰好なんてしてるから、気が立っちゃってるのかもしれないわね」

 

 ……ベタは見た目は華麗だが、闘魚なんて異名を取るほど気性が荒い魚だ。おなじ水槽に二匹以上飼うと、ケンカして美麗なヒレをボロボロにしてしまう。なのでケンカにならない種類の魚と飼うか、いっそ小鉢で一匹ずつ飼うか、となるそうだ。

 

 おしゃべりにどんな花が咲こうと待ちぼうけは待ちぼうけ。そこへ待ちぼうけ仲間に先に迎えが来たうえに目の前ではしゃがれては気も立とうというものか。

 

「なるほど、今宵ばかりはご愁傷さまだな、あいつは」

「女を待たせっきりにした罰よ、“そいつ”も、こいつもね」

 

 苦笑いで逸した視線の先に、はじめに出くわしたジャックブラザーズが見えた。ゾンビの群れを相手どって、リパーが巨大な剃刀を振り回している。相手のゾンビ軍団の中で時折フレデリカが跳ね、大立ち回りに紛れてイヴの持っていた鎌が何人かを消していく。離れたところで歌鈴と柑奈が番宣の余興をしているおかげか、堂々と起こる超常現象はあまり注目されていない。さらにべつな場所では緑のとんがり帽子がミムラ一族かニョロニョロのような群れになって、キャベツとりんごを取り囲んでいる。

 

 みんなそれぞれにこのパーティーを楽しめているらしい。そろそろおれも、と留美のほうへ身を起こした。

 

「……それじゃあ、ここのこいつへの罰とは?」

「そうねえ、痛い目にあってもらってもいいけど……」

 

 留美の手がひたひたと頬に触れた。猫のように尖らせた爪は大窓からの光を白く反射する。下のまぶたを持ち上げて細まる目のなかで、星明かり色の瞳が縦に鋭くなったように見えた。

 

「まず余罪の検分をしましょうか」

「よざい?」

「猫のウワサは速いのよ」

 

 にゃあと鳴いた猫の手がおれの鼻先を叩いた。爪に淡く三日月が浮かんでいる。どうやら、志希とはちがって自前を研いだらしい。

 

「あかりちゃんを脱がせてたって聞いたわよ」

「客観的事実に誤解はないけども」

 

 若葉が扱いあぐねて留美に泣きついたと見える。

 

「脱がせて処置しないとあかりが茹で上がるから……。そこはわかってくれてると思う」

 

 留美は苦笑いで頷く。どうやら事実をおおむね推定できているようだ。

 

「心配するようなことはなにもなかったよ。あかりはおれを鳥の妖怪だと思ってるから気にも留めてない、おれはおれで見たい裸でもないからおなじくなんともない……と」

「あとでっていったでしょ」

 

 ロシアンブルーのようなコートの襟をつまもうと伸ばした手は、ぴしゃりと音を立てて落とされた。検事さんはお堅い性分で……。

 

「いまはいいけど、あなたが人間だって知ったらあかりちゃんどうするのかしらね」

「そのときまでには忘れててほしいね」

 

 少し眉を困らせてから、留美は“それじゃ、あかりちゃんの件はここまで”といった。獲物を狙う猫の目のままで。つまり、ほかにも追及されるわけだ。ぜんぶで何件あるのか、先に教えてほしい。

 

「つぎは、志希ちゃんをどこに連れて行ったのか、白状してもらおうかしら。肩を抱いて出ていったでしょ」

「どこにってほど遠くじゃあないよ。上のソファで寝るっていうから支えて押してって……。あんがい素直にころっと寝てくれた」

「そうね、おねむなのは伝わってきた」

 

 夜風の色を帯びた声で、留美はスマートフォンをおれに見せた。志希と二人だけのトーク画面に、つい先程“ちゆまーされた”と一言だけ表示されている。

 

「被告人は弁解を求めます」

「どうぞ」

 

 そう長い弁解でもなかったが、冷たい風が何度か吹きつけてきた。真冬のとはいわず、秋口に不意に吹くような。どこか楽しそうな秋風の波濤だ。銀の星の光が正面から見上げてくる。

 

「そんな感じで、アメリカ風のお父さん役をやってたんだよ」

「あらあら、お母さんはだれなのかしら。あんな大きい娘がいるなんて」

「そりゃあ留美しかいないさ。歳のことは心配ないよ、役の上なら何歳にでもなれる」

 

 留美は小さく肩を揺すると横を向いた。……並んで立っているので、留美としては体の正面を向いただけである。夜風にさらされた頬はうっすら赤みざしている。

 

「娘ばっかり甘やかして困ったお父さんね」

「留美にはまだしばらく起きててほしいから、おやすみのキスはしないよ」

 

 秋波を含んでいた切れ長の横目が細く鋭くなる。

 

「だからこっち向いて」

 

 触れた短いうしろ髪は芯を感じさせてやわらかく、おれの指を沈めていく。細い腕がおれの肩をつかんで、二人の距離に限界を作る。

 

「お客さんも来てるのよ」

「テラスにはだれもいないよ。それに、せっかく大きい帽子があるんだし」

 

 帽子を盾に取った手で肩に触れれば、締めていた腋が開く。二人の間から冷えた空気が逐い出され、厚手のベロアのコートの、ボタン一つ外れた胸許から熱を帯びた花の香水が広がる。それをきちんと嗅いだのは、しばらく白粉と口紅の匂いを堪能してからだったが。

 

「肩を支えただけなのね」

「ん? ああ、抱きかかえるほどじゃあなかったよ」

 

 細い腕の感触が、マントの下へ背中を滑ってくる。厚手の服での仮装なんてよせばよかったなと、胸に密着した熱に思った。

 

「まあいいわ、赦してあげる。……ここは私だけの場所だからね」

「ありがとう。ほかのやつには使わせないようにするよ」

 

 ……過去、歌鈴やイヴがどちらの意志でもなく飛びこんできたことはあった気がする。時効ということにしておこう……。

 

「ちょっと。気が早い」

 

 腰のくびれで休んでいた手のその甲へ、白魚の指が食いついた。擦り上がり、脇のあばらを撫でると留美はくすぐったそうに笑った。

 

「ごめんごめん。自分でやったことだけど、留美と話すの待ちわびてたもんだから」

「まったく、隠れてこんなことするためにこんな帽子を用意してたの?」

「この用途はアドリブだけど、留美ならきっと黒猫だと思って合わせたかったんだよ。予想よりセクシーで嬉しいな」

「それはよかったわ。私たち相手がいる組は、ちょっとは喜ばせてやろうって意識があるものよ。したい恰好をするばかりじゃなくって、ね」

「おみそれしました。……コートだけは残念だけど、ある意味安心もしちゃってなんかフクザツだな」

「安心?」

「ほかの男に見られなくてすむ」

 

 留美は目を伏して、笑う声を溜息にのせた。照れているな。

 

「いまさらでしょ、アイドルなんだから」

「いまさらだね。……この際だから白状するけど、留美、おれはずっときみを独り占めしたいって思ってるんだよ」

 

 首筋に落ちかかってきた熱っぽい重みに、おれは頬を寄せた。

 

「魔法でどうにかしてみせて、魔法使いさん」

「どうにかしません」

「どうしてよ」

「そういうのは自力でやるのがいいんだよ」

 

 目の前の、作り物の猫耳を撫でた。神経がかよっているかのように、留美は胸許に甘えてくる。

 

「それに魔法が使えるなら、もっとこう……。ほかの男どもの目より、きみの猫アレルギーを」

 

 指が一本、おれの口の前に添えられた。とがった爪が鼻の頭に刺さりかけて、おれは少しのけぞった。

 

「魔法なんてあるわけないでしょう」

 

 重い空気が、留美の口からおれの胸へ吐き出されてきた。かすかな震えも。背中に回しあった両腕に力がこもる。

 

「でも、せめて代わってあげたいよ留美。好きなものを我慢するしんどさは、ここしばらくで思い知ったつもりだし……」

 

 冗談めかせば、留美の背中がぴくりと跳ねる。

 

「だめよそんなことしたら。猫とあなたのどっちを取るか悩んじゃうじゃない」

「嬉しいね。もっとあとで、また聞かせてほしいな」

「じゃあいまは、嬉しくない判決を聞かせてあげる」

 

 桃色の唇の間に白い歯をのぞかせて、留美は身体を離した。笑い返すおれの頭からとんがり帽子を取り上げて、自分の頭にかぶせる。サイズが合わず斜めになったつばが片目を翳らせ、妖しさを醸し出した。

 

「裁判、つづいてたのね……」

「半端なことはしない女だって知ってるでしょ。はい、両手は下ろして、ちょっと広げて?」

 

 留美がおれの袖や背中をいじりながら、ぐるっとひとめぐりして正面にもどってくる。魔法の杖も差し出させられたとき、腕がつっぱるのを感じた。……マントが袖と一体化させられている。

 

「これは?」

「仮装変更の刑よ。魔女と手下のミミズクね」

「これ、マントが羽ぇ? 安っぽくなってない、おれ?」

「私をほったらかした罰」

 

 それを理由に取られるとなにもいえない。この調子で、少なくとも今夜いっぱい、おれの全言論が弾圧されるかもしれない。

 

「ミミズクだったらあかりちゃんの夢も壊さないでしょ」

「そうかなあ」

「それから、小さい子たちに挨拶しに行きましょうか」

 

 いまや魔女のものになった杖が、まばゆくにぎやかな会場を指した。

 

「怖がられないかい」

「怖がられるでしょうね」

「えー」

 

 子供っぽく返事をすると、奈辺かにあるちびっこ軍団を指していた杖の柄がおれの胸をたたいた。

 

「だから、いい機会でしょ。私が監督してるから安全よって、アピールしやすいじゃない、今夜だけは」

「はーい、ミミズク尻に敷かれますホ〜」

「そんなに拗ねないで。いまだけよ、いまだけ」

「ほんとかなぁーホ〜」

 

 敷かれようと掛けられようと、まあ、構いやしないけど。留美の上機嫌な横顔がおれにそう思わせる。シャンデリアの光が、その頬に面積を広げていく。おれは黒い翼を広げ、コートで見えないご主人さまのお尻についていった。

 

 

 

(了)

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