猫、巫女、サンタ、あいのうた   作:久聖

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ハロウィン・パーティ6/7  芽衣子

 まばゆい会場をおれはふたたびさまよう。ようすを見ておきたいのは、あとは並木芽衣子ただ一人。ファンの視線や男ウケなどどこ吹く風のハロウィンパーティーで、あいつはどんな仮装をしているのだろうか。

 

 と、絨毯の上に、長い羽根が一本落ちているのを見つけた。拾いあげてすがめてみると、長さは三〇センチばかり、全体的にはクリーム色で、暗褐色の三角形の模様が並んでいる。見憶えのある羽根だ。たしかシマフクロウの翼から抜け落ちた羽根だ。

 

 ……北海道・羅臼の取材の折、芽衣子が土産にしたいというので、面倒な書類を書いて持ち帰ってきたものだ。天然記念物は体の一部であっても管理が厳重なのである。

 

「あーあった! さすがプロデューサー、目ざといね~」

 

 噂をすれば影が差す。よもぎ色のとんがり帽子にポンチョとズボン、黄色のスカーフを巻いた芽衣子が、歯を見せて笑う。

 

「帽子に挿してたらいつの間にかなくてさ、いやーありがとありがと」

「スナフキンがものに執着していいのかい」

「私は並木芽衣子さんですんでね~」

 

 環境省まで上がっていく書類を作らされてやっと持って帰れた羽根なので、大事にしてくれるのは、まあ、嬉しい。態度はともかく。胸を反らして帽子に羽根を立てたスナフキン芽衣子のうしろから、もう一人スナフキンが現れた。帽子と鼻は赤く、ポンチョは少し濃い色合いをしている。

 

「おや、そっちのスナフキンは」

「氏家むつみです。は、はじめまして」

 

 帽子を取って頭を下げると、束ねた長い黒髪が暴れる。そそくさとかぶり直すとき、とんがった部分へぐるぐると丸めて押しこんだ。

 

「はじめまして、芽衣子がお世話になってるかな?」

「いえっ、ちゃんとわたしがお世話になってますっ」

「そうだよー、お世話してるよー」

 

 芽衣子の得意顔を横にすると、赤いスナフキンの初々しさがかわいらしい。

 

「あと、このキャラはスナフキンではなくって、お父さんのヨクサルです」

 

 控えめに、しかしこれはだいじなことだといった調子で、むつみは主張した。

 

 ……スナフキンもヨクサルも、ムーミンシリーズの登場人物だ。ヨクサルはムーミンパパの友人で、怠け者の冒険好き、規則を破るのも大好きな男。彼がミムラ一族の女性とのあいだにもうけた子供、それこそがムーミンの友人であり、旅と自由と音楽を愛する男、スナフキンである。……らしい。

 

「一〇歳差で親子が逆かい」

「失礼妖怪バケミミズクめ、九歳差だよ!」

「わたしたちの好きなもの的にこうなっちゃうんです」

 

 旅に生きる芽衣子と冒険に憧れるむつみということか。二人がどう接点を持ったか聞いてみたい気もするし、なんとなくわかるような気もする。

 

「あとかな子ちゃんがいたら一家揃えられたんだけどね」

「そんなダジャレで巻きこんでやるなよな」

 

 巻きこまなかった結果がさっきの恐怖体験ではある。芽衣子たちも遭遇したらしく、“巻きこんでいれば何人が泣かずにすんだとこか”と偉そうにいう。

 

「あのかな子さんはほんっとに怖かったですね……。遺跡で追いかけられたら心が折れます」

「私もベガスの路地裏でやられたら泣くよ。プロデューサーはここで見たってひとたまりもないんじゃない?」

「もう出くわしたよ。まあフタタマリくらいはあったかな」

「羅臼の森で立ちすくんでたくせに?」

「きみはもっと酷かったぞ」

 

 雲がちな真夜中の森のなかは、自分の肩さえ見えなくなる。いまでこそからかっている芽衣子など、おれの背中に力のかぎりしがみついて“楽しい歌を歌え”なんて悲鳴をあげていたほどである。

 

「ちょっとは頼りにしてたんだよ、ミミズクだから。夜には強いと思ってたら地蔵になっちゃってさ」

「ほー、そういうのはもっと素直な言葉でいっていいんだぞ」

「いまのは調子に乗ったときの鳴き声なんだよ」

「ほー……」

「で、いまのが威嚇の鳴き声だよ。縄張りを主張するときには、二キロ先にもひびくんだよ」

 

 シマフクロウ取材の知識をここぞとばかりに使いやがる。

 

「ケンカはやめれな~。秋田名物ババヘラでも()ぇ」

 

 芽衣子をにらんでいると、横合いからしわがれた声がやわらかく飛んできた。小柄で柔和な表情のおばあさんが、金属の桶とパラソルを載せたカートを脇に立っている。言葉のとおり、一般的なババヘラ売りの出で立ちだ。

 

 なんの仮装もしてないように見受けられるが、秋も深まる時節に路上のアイス売の恰好は、なるほど仮装といえるかもしれない。

 

「ばばへら……? ババロアの方言ですか?」

「ピンクと黄色のかわいいアイスだよ。私たちにはぜったい作れないやつ」

 

 驚くむつみに、アイス売りのおばあさんはおだやかに首肯してみせた。

 

「そのうち作れるようになるだろ」

「へいへいそのうちね。プロデューサーには死んでも無理だけどね」

 

 おばあさんがからからと笑い、むつみは疑問の色に焦りを加えた。

 

「おれが作ったらオニヘラだしな」

「え? ジジヘラでしょ?」

「……ひょっとして、ババヘラって」

 

 短い言葉遊びでピンときたようだ。ただ口にしていいものか、迷っていると見える。いい子だなあ、芽衣子に染まらないことを祈る。

 

「ばばあがヘラでこさえるアイスよお。んだもの、おめだらオジヘラでねか」

 

 いっぽうでご本人はしれっといいはなって、慣れた手つきで二色のアイスをバラの花形にヘラで整えていく。

 

「おれはまだ三〇ですよ!」

 

 ばばあで遠慮したむつみがクスッとするのが見えた。いかん、手遅れか。

 

「おらの六つ下けえ」

「〇が足りなかないですかおばあちゃん」

「やんね」

 

 受け取りかけていたアイスは老人とは思えぬ力で奪い去られ、ストッカーに行ってしまった。

 

「おれのアイスー!」

 

 笑うのがおばあさんだけならわかるが、もう一つ悪魔のせせら笑いがひびく。

 

「見てごらん、あれが大人子供だよ。たかがアイスで泣き叫ぶような情けない大人になっちゃいけないよ」

「おめもだ」

「私のアイスー!!」

 

 かわいそうなのはむつみである。受け取ったババヘラを片手におろおろと、恰好悪い大人二人と厳しくやさしいおばあさんに視線を迷わせている。

 

「えっと……。お、お二人とも、私のでよろしければ……」

「ありがとうむつみちゃん。でも大丈夫だよ、冗談だって……ねえ」

「ん?」

 

 おばあさんはすっとぼけている……。

 

「おーばちゃん! トリック・オア・トリート!」

「ひゃあ~、勘弁してけれ~」

 

 さっきのはナシとばかりに、芽衣子はしれっとアイスを手にした。没収したものをそのまま渡し直すあたり、おばあさんも役者である。棒読みでも。それならと気取ってつづけば、半瞬の差でおばあさんは取り上げたアイスを自分で食べてしまった。それ売り物……いや金は取ってないなそういえば……。

 

「ちょっとおばちゃん、それじゃあトリックのほういきますよ? いいの?」

「どーんどご~い」

 

 意気軒昂に笑うと、おばあさんは不知火型に構えた。……魔法使いの仮装と決めた手前、ちびっ子にせがまれるのを予期して、手品のタネをしこみはした。まさかおばあさんに使うことになるとは。でもこれ以外の“トリック”なんておばあさん相手には思いつかないぞ。素直にアイスくれたらよかったのに……。もうなにがなんだか。

 

 おれはとんがり帽子を脱ぎ、裏側をおばあさんに向けた。そこへ魔法の杖で円をえがいて呪文を唱える。

 

「ビビディ・バビディ・ブー!」

 

 するととんがり帽子から白いウサギが一羽、ふわりと飛び出してパラソルのなかへ飛びこんだ。余裕の表情だったおばあさんも、むつみとおなじ程度には驚いてくれたようだ。

 

 タネと一緒に用意していたタコ糸を、パラソルに飛びこんだきりのウサギにくくりつける。リアクションを楽しんでいるあいだに抜けたガスはを足すのを忘れてはいけない。……さすがに本物のウサギをしこむのは無理なので、ヘリウムガスを使ったバルーンというわけである。

 

「これは記念にどうぞ」

「あ~、おぎになあ」

 

 またからからと笑って、おばあさんはウサギのタコ糸をパラソルに結わいた。

 

「なかなかやるではないか」

「そうであろうそうであろう」

 

 素直でない芽衣子と憎まれ口をたたき合っているうちに、おばあさんは桶に蓋をしていた。うんせとカートを転がすと、パラソルのウサギが跳ねる。

 

「へばなあ」

 

 けっきょくアイスはもらえなかったが、まあいいか。目を細めて見送ると、ばたばたと茶色いものがおばあさんの足許に転げ出る。イヴの相棒、トナカイのブリッツェンだ。うしろ足で立ち上がってなにやら必死にジェスチャーをおばあさんに見せる。こちらもなにやら得心したようすで、おばあさんはブリッツェンについて行った。……ブリッツェンはうっかり現世に迷い出てきた霊を天国に案内しているとかイヴがいってたような。

 

 顔色を帽子で隠していると、見かねたのだろう、むつみがコーンの尻を折ってアイスを少しこそぎ、差し出してくれた。アイスに未練があったわけではないが、少女のやさしさは素直に嬉しい。アイスがおいしかったことで、ひとまず安心もできた。

 

「大人な芽衣子さんはわけてくれないのかい」

「私もう全体舐めちゃったし」

「それでもいいっていったら?」

「引く」

 

 乾いた笑いの数秒と、コーンのパリパリした音のやむまでを待ち、むつみが口を開いた。

 

「それにしても意外です」

 

 緑色の広いつばの下から、丸い目は芽衣子へ向いている。

 

「芽衣子さん、担当のかたの前だと、……」

「子供みたいだろう。下手するときみより歳下の」

 

 言葉を選びそこねていたようで、むつみは苦笑いで小さく頷いた。芽衣子に表情を隠して。

 

「大人っていうのはある意味、子供よりずっと子供になることがあるんだよ。ばーいスナフキーン」

 

 ……そういえば、こいつはいまスナフキンの恰好をしているんだったな。しかしこのセリフ、こういう文脈だっただろうか。いや本当にあるセリフなのかもわからないが。

 

「よ、よく旅のお話をしてくれて、お姉ちゃんみたいですてきなんですよ」

「いい子だねほんとうに」

「ふっふっふー、聞いたかねミミズクくん」

 

 すてきなお姉ちゃんが鼻の穴を広げておれの肩をたたく。

 

「聞いた聞いた立派立派」

「むつみちゃんは気の回る子だし芽衣子さんは立派だし、なのにおやおやー?」

「わざとらしいこと……」

 

 こうくだらないことをしているときの芽衣子は、それこそむつみよりも幼く見える。かわいいかと問われると悩むところである。

 

「芽衣子さん、ミミズクさんの逸話たくさん教えてくれたじゃないですか」

 

 呼びかたはともかく、にわかには信じがたい話だ。疑いの眼差しを向けると、むつみの信頼の視線にも押され、芽衣子はスナフキンの帽子を目深にしてから語りだした。

 

「見てないところじゃ私、プロデューサーのこと評価してるんだからねー? ツンデレ芽衣子さんのデレをとくと味わえ?」

 

 ぶっきらぼうないいかただが、まあいい。聞きましょう。

 

「まずはこれかな、やっぱ。この羽根さ、天然記念物の体の一部だからって、採集許可のために手間かけてくれたの、感謝してるよ、ホントだよ?」

 

 ……想像してたよりもむず痒い。三つ四つ、もはや省くが、いっそ居心地が悪くなるほどに過去のエピソードに感謝の言葉を寄せられた。問題は、ある種落ち着きもするのだが、そのあとだ。

 

「プロデューサーはすごいよ、うん。昔はどーだったか知らないけど、いまは留美さん一筋でほかの誘惑をバッサリやってるしさ。モーションかけると目を見開いて首かしげるから、あれはぜったいミミズクだって噂なの知ってる?」

「マジかよ」

「ねえ、ミミズクみたいな耳も生えてるし」

 

 耳ではない。癖のつきすぎた前髪で、ミミズクのは飾り毛である。木の枝に擬態するためのパーツで、狩りのときにはたたむという話も聞く。まあ人間であるおれには関係ない話だ。まったく関係ない話だ。

 

「首もまうしろまで回るし」

「回らねえよ!」

「二七〇度だったねごめんごめん」

「そんなに首動くんですか、ミミズクって」

 

 そこに感心するのか。

 

「社長に呼び止められて首だけぐるっと振り返ったせいで、“あいつはなにかでかいことを企んでる”って警戒されてるんだよね」

「それ司馬懿じゃあないか?」

「アホのふりしてダメ上司を油断させて始末したり」

「してない!」

 

 むつみは丸めた下唇を噛み頬を力んでいる。アイラインを持ち上げんとする表情筋を抑えようとしているんだろう。

 

「戦えるときは戦い、守れるかぎりは守る。無理なら逃げて、窮すれば降伏だ。その降伏をしないものには死しかない! ってかっこいいよね」

「少しはこじつける努力をしろ! 完全に司馬懿の話になってるだろ!」

「あと防御キャラだと思われてるけど電撃戦が得意だよね」

「だからそれも!! そんなに司馬懿が好きか!?」

「お芝居大好きー」

 

 いつの間にか浅くなった帽子の下で、まぶしい笑顔がはじけて両腕を広げる。

 

「しばくぞ」

「“くぞ”ってだれだろうね」

 

 耳打ちされたむつみはついに噴き出した。

 

「芽衣子よ、きみはおれをなんだと思ってる?」

「友達だよ」

 

 即答しやがる。

 

「一応な、社会的には上司と部下なんだぜ」

「そうやって知り合いばっかりでさ、友達がいなかったら寂しいじゃない」

 

 いまいちスナフキンになりきれていないセリフを残して、芽衣子はむつみを連れて会場へ紛れていった。そこは一人で消えてくところだろうに、ああいうところがあいつなのかもしれない。

 

 

 

(続)

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