猫、巫女、サンタ、あいのうた   作:久聖

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ハロウィン・パーティ3/7  歌鈴・柑奈

 気分転換に甘いものを口に放りこみつつ、広い会場にほかの担当アイドルの姿を探す。気のせいか、アイスクリームやショートケーキ、クレープといった、お菓子のかぶりものがやたら目につく。

 

 その甘い海をすばやく横切る影が二つ。人波にまぎれこみ、見失っておやと思うやいなや、背中に小さい感触が四つ、歓声とともにぶつかってきた。

 

「おっと、なんだ、柑奈と歌鈴か」

 

 有浦柑奈と道明寺歌鈴。やはり仮装をした二人はハロウィンの決まり文句で口を揃える。手近なテーブルからマカロンを、給仕の女吸血鬼から紅茶をもらって、おれは二人の次なるトリックからのがれた。

 

 甘味を流しこみ、空いたカップをおれに差し出すと、柑奈はにやにや笑った。金のアラベスク模様で縁取った暗紫色のマントを整え、白いブーケのような袖を翻して気取ってみせる。

 

「プロデューサーさんの反応は塩でしたねー。もしかして気づいとらしたと?」

「わざとでも驚いてほしかったですよ」

 

 対して歌鈴は口をへの字に結ぶ。翻りやすいよう薄手に作られた空色のロングコートには、こちらも金色で魔除けの文様を織り交ぜた縁取りがある。おれにぶつかってずれた帽子をなおし、“迫力が足りないのかなあ”となにやらずれたことを反省しはじめた。

 

 二人とも、今月のはじめごろに封切りした怪物映画の衣裳である。柑奈扮する吸血鬼二世がいがみあう人間たちを血の力で操り、古城の周りに“愛にあふれた平和な”領地を築く。主人公である歌鈴のダンピールは、愛も平和も自由意志が導いてこそ尊いと、自己を奪って笑顔を貼りつけた人形遊びを否定する。歌鈴の説くそれに興味の湧いた柑奈は、彼女の影に潜んで人間見物の旅に出る。その行く手には狂気の科学者が生み出した怪物が……とか、そんな筋書きだ。締めは悪くいえば投げっぱなし、良くいえばいくらでもつづきが作れる、ありがちなやつである。もうちょっとマシな脚本家をつかまえてやりたかった。

 

 まあ、ともかく、いま二人の不満は映画のことではない。

 

「いやあすまん、おれのビックリはちょっと品切れ中だ」

 

 柑奈が苦笑いして、歌鈴は小首をかしげて顔を見合わせた。うしろから来て驚かしたところで、聞き馴染んだ声ではいくら作っても安心感のほうが強い。とくにこれは、そんな二人なのだ。

 

「買い占めたのは志希ちゃんですか、フレちゃんですか」

「強いていうならイヴかな……」

 

 なおさら不思議がる歌鈴を、おれはあいまいに笑ってごまかした。なんでも正直ならいいってもんでもないはずだ。きょうは楽しいハロウィンパーティー、いるかいないかの亡霊のために、仮装を怖がらせるのもナンセンスだ。たんに思い出したくないだけともいう。

 

「ん? あのメイドさん……」

 

 イヴの姿を捜したらしい歌鈴が、二つ先のテーブルを指差した。うつむいた栗色の髪のメイドが、お菓子を積んだバスケットをだいじに持って佇んでいる。

 

「友達っぽいか?」

「うーん、そんな気も……。いえ、気になったのは変な動きかたしてたような気がしたからで」

「変?」

 

 ハロウィンだし多少の変さは当たり前だろうと、柑奈と声が揃ってしまった。おれたちが話題にしているのに気づいたか、栗毛のメイドは体の向きを変えた。こちらとは正反対に。

 

「たしかに、足運びがぎこちないな」

 

 見たままを口にし終える前に、おれの台詞はまぬけな叫びに変わった。背を向けたままで、メイドがこちらに走ってきたのだ。周りに聞かれなかったのは、それ以上のボリュームで歌鈴が“ぎゃあ”と叫んだからである。

 

 そんな理由ではけっしてなく、おれは歌鈴を背にかばった。柑奈は自分から隠れに来たが。

 

「トリック・アンド・トリート!」

 

 はげしい足音と奇怪な走りのメイドはおれの目の前で急停止すると、片手でバスケットを突き出し、もう片手でうしろ髪をかきあげた。

 

「おお、かな子ちゃんでしたか」

 

 柑奈が背後から余裕ぶった声を出す。驚きはしたけれど、背中のはずなのにはずんでるものがあるのに気づき、前後逆に着ているだけだとわかったという。

 

「揺れるだけ胸あって羨ましかとね~」

「冷静……」

 

 歌鈴がなかばあきれ気味に感心するのも道理で、かな子は爪先立ちになって靴まで前後逆にし、手も隠す徹底ぶりだったのだ。胸くらいご愛嬌だろう。

 

「名だたるブラッディ・ハンターさんを驚かせただけでも大成功です」

 

 化けミミズクの魔法使いは物の数にはいらないらしい。不満がおれの顔に出ていたか、ただの年功序列か、かな子はバスケットから手のひら大のセロハン包みをまずおれに差し出した。

 

「変わったパウンドケーキですね?」

 

 丁寧に個包装されて“ラブを感じる”これは、クグロフというお菓子らしい。バターと卵と砂糖と小麦粉、それにハロウィンなのでカボチャをほぼ同量ずつ混ぜ、ハチミツとラム酒で味を整え……。バスケットのおれの腕にも抱えきれないほどの量、いったいどれだけかけて焼き上げたのか。

 

 おれたちに一つずつ配り、あべこべメイドかな子は次の獲物に駆けて行った。一難(?)は去ったが、さて、柑奈はいっそうニヤニヤしている。かな子には驚いたことをつつく気だ。

 

「品切れやなかったとね?」

「緊急入荷だ」

「私たちのがお得意さまでしょう?」

「きみらはむしろ癒しだよ」

「かつがれてもいいですけど、プロデューサーさん、歌鈴ちゃんがらみでよく叫んでません?」

 

 それは歌鈴が、どうしてそこでという場所で滑ったり転んだりするからだ。“なにもない場所で転ぶ”よりももう少し難しい特技である。柑奈がおなじようなことをしたら、おなじようにおれも驚くにちがいない。

 

「心配くらいさせてくれ」

「さっきもかばってくれましたもんね」

 

 クグロフの甘さに胸も落ち着いたか、歌鈴ははにかんでお礼をいってくれた。

 

「まあね」

 

 男とか大人とか上司とか、立場論を投げ棄ててもそりゃあそうするもんだ。とくに今回、イヴがよけいな真実を教えてくれたからなおさらだ。

 

「つまりラブですね」

 

 ラブアンドピースの伝道師を目指す柑奈の、これはお得意の結論である。

 

「なんでも理由をつけるのはよくないと思うぞ」

「いえいえ、美しいものの根っこにはラブが必ずあるんです」

 

 柑奈は薄い胸を昂然と反らした。

 

「料理やお菓子が美味しくなるのは美味しいものを食べさせてあげたいというラブが、いい材料を選ばせて適切な調理をさせるからです。アイドルの輝きもファンに感動を届けたいというラブで磨かれるからですよ。小鳥のさえずりに心がなごむのは、どちらの心もラブを秘めているからです。海の底にはラブを出しつづける挽き臼が沈んでますし、美しい桜の下にはラブの死体が埋まっているんです。ラブはあまねく存在しているんですよ」

 

 だめだ、いいこといってんのかアホかきみはなのかわからなくなってきた。

 

「それより、さっきまで二人はなにしてたんだ? ひとを驚かして回ってた?」

「そこまでやんちゃじゃありませんよ。プロデューサーさんが遠目に見えたので、回りこんで驚かそうって」

「その前は愛を語らってただけです」

「ほう?」

 

 肩を抱く柑奈の手から、歌鈴はくるりとのがれる。

 

「変な意味じゃないですから!」

「変な意味ならお兄さん赦しませんよ」

「けちですね義兄さんは」

「なんだその字は」

 

 さて実際のところでは、歌鈴も歳ごろ、恋愛について悩むこともあるという次第である。歌鈴のお父上に知れればまだ早いと渋面を作り、ファンが聞けば絶望のオブジェと化すだろうが、おれはだんぜん応援する。

 

「そうか、映画が映画だったから不安になったが」

 

 ……吸血鬼は圧倒的な強さのバランス取りで、パワーダウンの仕掛けがやまほど用意されている。二人の映画においても吸血鬼二世の柑奈は長いあいだ血を飲んでおらず、本来の力をまったく出せない。ダンピールの銀弾も人造の怪物にはむしろやわな弾丸に過ぎず、追い詰められた二人はダンピールの血を吸血鬼に与えることにする……。というあたりの描写がやけに濃かったのである。

 

「で、相手はどんなやつだ。同級生か、よそのタレントか」

「えっ、恋愛反対派ですか!?」

「歌鈴ちゃん、留美さんとイチャイチャしといてそんなダブスタするひとじゃないでしょう。あれは肉親の目ですよ」

 

 最後に“めんどくさ”とつぶやいたようだったが、見逃してやることにした。歌鈴は表情をゆるめたのも一瞬、言葉を噛み噛み、上半身すべて使って弁解をはじめる。

 

「あの、まだだれが好きとかじゃなくってですね!? 留美さんとお兄ちゃんが羨ましいなって、ちょっと……」

「そうか……。それもそれでなんかちょっと心配なんだけどなあ。寂しくなくていいといえばいいか。で、柑奈は?」

「お相手に私をおすすめしとっと?」

「え? そういう……? え、でもわたし、女のひとはちょっと……」

「ちがう! 柑奈の頭の上のハエの話をしてるんだ!」

「その言い回しはじっちゃんもしてませんでしたよ。冗談は置いとくと、私のラブは世界中に向いとっとですよ~。イヴちゃんも太鼓判~」

 

 曲げた指を口許にあて、しなを作ってニヤリとする姿はいかにも賢そうだ。写真にしたら会報の表紙にも使えるかな。歌鈴もおれも、あきれ顔で見ているが。

 

「話ずらした自覚はあるんですね」

「フフフいいますね歌鈴ちゃん」

「で、どうなんだ柑奈。博愛は置いといて、個人的なラブは」

 

 大きい口をひときわ大きく横に引くと、柑奈はさっきの三村かな子のようにうしろ向きで逃げ出した。恥ずかしいってことならいいが、うしろ暗いことがあるんじゃあなかろうな。

 

 溜息をつくと、歌鈴に肩をはたかれた。

 

「しょうがないですよ、セクハラっていわれたらかばえない話でしたし……」

 

 いわれてみればそうである。

 

「うん……。いやしかし、歌鈴を置いてくとはな。どうする、一緒に回るか」

 

 バツの悪さをごまかしついでに手を差し出すと、歌鈴はきれいな緋色の瞳を丸くして、そして困ったように笑った。

 

「でも、お邪魔虫になっちゃいますし」

 

 おれが会場を渡り歩いて最終的に留美のところに行くつもりでいることは、とっくに見透かされていたようだ。確認の言葉もなしにこれなのだから。

 

「パーティー会場じゃああんまりベタベタしないよ」

 

 それでも間近で見てると羨ましさで、とか刺激が、とか、挙句には“歌鈴はまだ一七なので~”といいだした。そんなセリフを吐くとずっと一七歳でいる羽目になるぞ。

 

「それじゃあ、やさしい歌鈴のお言葉に甘えさせてもらうが……」

 

 好きな男ができたときには遠慮なんかするもんじゃあないぞ、といいかけておれは言葉を濁した。前もってあれこれ吹きこむと気にして足を取られるのが歌鈴だろうから。

 

「うんうん、それがいいです。柑奈さんは私で捜しておきますね。吸血鬼がダンピールから、逃げられるはずがありませんっ」

 

 がんばれよ、と拳をぶつけておれはまたパーティーのにぎわいに進む。……このパーティー、給仕役がみんな吸血鬼なのだが、歌鈴はちゃんと柑奈を見つけられるだろうか。

 

 

 

(続)

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