猫、巫女、サンタ、あいのうた   作:久聖

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ハロウィン・パーティ2/7  イヴ・フレデリカ

 パーティー会場にはお菓子や軽食で飾り立てられた丸テーブルが点在する。そして三々五々にそれをつまむ、あるいは談笑する、香水ふくよかな女性陣。色がつきそうなほど甘い空気をかきわけて壁際まで行くと、老吸血鬼の構えるドリンクコーナーがある。

 

 もらったレモンソーダの炭酸がはじけて、鼻の奥をリフレッシュしてくれる。かたくつむった目を開くと、向かいの壁際に、短く整えた深い瑠璃色の髪……留美の姿を見つけた。留美もいつもの三人で談笑しているようだ。服部瞳子と三船美優に遠慮しているわけではないが、声をかけるのはまだ先でいいだろう。

 

 広い会場をあらためて見渡せば、悪魔妖怪幽霊はもちろん、赤と緑の兄弟やカラフルな特撮ヒーロー、にじり動く鳩時計など、耳をふさいでもにぎやかだ。

 

「てやんでー! 御用だ御用だー! あっ、不審者かと思ったら親分だ」

「どうしたんだねフレちゃんや」

「本官はミニスカゾンビフレデリカであります!」

 

 モデルガンを片手に飛び出してきたのは宮本フレデリカだ。本人の名乗りからは半分こぼれているが、ゾンビと化した警官の仮装らしい。金のショートボブに雑に載せられた帽子くらいにしか警官らしさがないが……。

 

 ミニスカートにノースリーブの衣裳は、血糊とかぎ裂きが無数についている。外を歩いていたら警官が飛んでくるかもしれない。……なにしろフレデリカ本体はいっさいゾンビメイクを施していないから、乱暴されたといわれたら納得しかねない仕上がりだ。

 

「自慢の長いあんよを見せつけんのはいいが、フレちゃん、ちょいとスカートがきわどすぎやせんかい」

「驚きの三〇センチ丈! 気になるその中身は、ピラっ」

「おい!!」

「はーい競泳水着になっておりまーす」

 

 きゅっと食いこんだ水着の青いてかりは見て嬉しいものであるにはあるが、身の危険を考えなさいよと苦々しくもある。

 

「フレちゃんてモノマネ上手ネ」

 

 と、フレデリカのうしろから、ゾンビ警官に負けず劣らず血まみれの看護師が現れた。フレデリカいわく、このパーティーで見つけた“ヨーギシャ”、尤麗(ヨウリー)だそうだ。父が台湾人だといい、見たところ二〇歳くらいか。

 

「モノマネ?」

「トリビアの~……ヤシマさん? “メロンパンいれになっておりま~す”」

 

 フレデリカは“そんなのあったっけ?”とでもいいたげに、白い指を口元にやってキョトンとしている。ライム色の丸い目がぐるりとあたりを見回すと、おれの目に向けて直進してきた。

 

「プロデューサー気づいてた? リーちゃんの服もすごいんだよ~」

「きみより布は多そうだが」

「看護婦サンは袖と裾がちゃんとツイテないとネ~」

 

 言葉どおり、ゾンビ看護師の服は袖もあればスカートも膝まである。唯一布と肌の比率がフレデリカと逆なのは襟許で、寄せて上げた丸い胸を大きく露出させている。

 

 と、麗の衣裳に参加証がついていないことに気づいた。好きなデザインを選べるとはいえ、女の子のオシャレには邪魔とポケットにいれてしまうことは少なくない。そういういいわけでまぎれこむ一般人もいるから、確認は取っておかないと。

 

 そう、声をかけようと思った矢先だ。

 

「でもスケスケだよ」

 

 フレデリカの声のトーンがわずかに下がった。

 

「看護婦サン透けないヨ~。フレちゃんやらしぃ~」

 

 麗は胸を強調してくねりながら笑う。フレデリカは笑わない。妙な感じを覚えると同時に一つ、余計なことが気になった。なんでおれよりずっと若いこの子が看護師を“看護婦”といっているのだろう。

 

「体が」

「ん?」

「スケスケ」

「……」

 

 しげしげと見ればたしかに、麗の体はその服ごと、床や壁を透かしている。白い生地が赤い絨毯を透かしていまひとつ目立たなかった血の染みが、うしろをとおったミイラ男の包帯の白で鮮やかな赤を呈した。

 

 背筋を冷たいものが伝って落ちると、クスクスと笑うのも気になってくる。なんで笑ってるんだったっけ? フレデリカの指摘が変だといっているんだったかな? まったくおかしくはなかったが。正面から聞こえるはずの声は冷たくそこかしこからひびくようだ。

 

「なあフレちゃん、いったいどういうことなんだい」

「プロデューサーもスケスケ気になる?」

 

 フレデリカが遠回しに麗に触れるたび、周りの気温が下がっていくようだ。背中から首筋へ鳥肌が駆け抜ける。

 

「あ、それともこっちかな?」

 

 服のボタンを一つ外して、桃色の丸みを二つ、腕で挟んで寄せる。張りと弾力のあいだから薔薇の香りが立ち昇ってきた。香水を垂らしておいたのだろう。正直、そっちに現実逃避したい気分ではある。いやいや、ここを離れさえすれば済む話のはずだ。

 

「いやあ、スカートの短さが気になるかなあ。もうちょっと長いの探しに行こうか」

「本官をブジョクするのか! フレちゃんは平気であります!」

 

 含み笑いはすでにやみ、顔の濃い影の奥から赤い二つの眼光が、滴るようにフレデリカとおれに注がれていた。冗談めかしていたフレデリカさえ息を飲んだ、その音が片耳に聞こえる。

 

 目許冷え冷えと険しくなった麗の昏い影の奥から、もう一つ、黒いローブをすっぽりかぶったなにかが近づいて来る。白い両手で抱くように、猛禽類のクチバシと似た短い刃の鎌を持って。

 

「早く逃げなさいって!」

 

 ローブは捧げるように短い刃先をまっすぐに上げ、翳るフードの奥に金色の光を鋭くした。銀の薄いクチバシが静かに頭をついばむ。ナースキャップごと。……鎌を突き立てられた看護師はわずかなほこりを残し、かき消えてしまった。

 

「すべりこみセーフです~」

 

 黒いフードがめくられ、雪の色の長い髪があふれた。それはおれもよく知る、サンタクロースの少女・イヴだ。

 

「もードキドキしちゃったあ。心臓触ってみる?」

「せ、説明。説明してくれ、イヴ」

 

 消えた尤麗の正体、イヴのしていること、フレデリカがどこまで把握してるのか……なにから訊いたらいいんだろう。

 

「あさっては万霊節ですから~。うちとしてはうっかりでもわざとでも下界に来ちゃったひとたちに、煉獄にもどっててほしいんですよ~」

「説明してくれイヴ」

「ご本人が煉獄にいてくれないと、遺族のみなさんがお祈りしても生前の罪が軽減されないんで~」

「イヴ」

「あっ、煉獄に行くのはもともと煉獄にいたひとだけで、冥府とか地獄とか、よそのそういうところから来ちゃったひとたちはちゃんとそっちに帰れてますから~」

 

 本当にかわいい顔と性格してるな。

 

「その恰好はどうしたんだい」

「ハロウィンはうちのイベントじゃありませんけど、せっかくなのでよくある死神の仮装ですよ~」

 

 得意げにその場でくるりと回り、長い黒のローブと白の髪をはためかせた。似合ってるよと褒めればうふふーと照れ笑いが返ってくる。声色から気持ちを読み取ってほしい。

 

「……その鎌は?」

「これは天の国の貸与品でーす。生きてるかたが刺さると天の国の門の前まで飛んでっちゃいますから気をつけてくださいね~」

 

 それはふつうの凶器なのでは。

 

「臨死体験とちがって直行ですからねぇ、地上でいう不法入国みたいなもので、刺さったかたも大変ですし、刺しちゃった私とか私に任せた天使の皆さんも責任問題になって始末書を書いたり前後の状況を詳しく書いてラジエルさんにチェックしてもらったり目が回るんですよ~」

「やけに具体的だけどもしかしてやらかしたことある?」

 

 黒いローブごと金の視線が逸れる。おれは回りこもうとしてフレデリカに遮られた。

 

「ママが“魂は神さまが管理してるから幽霊なんていない”っていってたけど、ほんとはいるんだね~。神さまもけっこうテキトー?」

「そうですね~。最後に作ったジャハンナムには監視役を一九人置いてるそうなんですが、煉獄はとくになにもしてないみたいで……」

 

 ……煉獄やら地獄やら、“現世のほうがマシ”な場所にいる魂が、あの世とこの世のつながりやすいハロウィンの夜、こっそり霧に紛れて逃げてくる。それは現世にとって迷惑なので、こうして送り返す必要があり、イヴはそのアルバイトをしているそうだ。

 

「フレデリカさんは迷える魂探しを手伝っていただいてるんですよ~」

「フレちゃん怪しいひと見つけるの得意だからね~! プロデューサーもパッと見つけちゃったし」

「おれは怪しくない!」

 

 なぜこんなアルバイトをしているのか、という根本的なところの答えはこうだ。地獄の獄卒(だとか、それに相当する者たち)だけでは連れもどす手が足りず、例年この時期はまだ暇なサンタクロースに依頼が来るのだ。もちろん面倒なのでみんな理由をつけて断ったり、渋ったり……イヴの場合はこのパーティーのあいだだけという超時短で引き受けたらしい。

 

 バイト代の交渉をしているのを聞いたフレデリカが首をつっこみ、幽霊がいるなら見てみたいと手伝いを決めた。かくして、フレデリカが探し、気を引き、イヴがこっそり始末する。そんな段取りができたそうだが致命的な欠陥があった。

 

「イヴちゃんなかなか来ないからオバケじゃないのかと思ったよ~」

「すみません~。完全に見失っちゃってて~……」

 

 バラバラに行動した挙げ句、連絡方法を決めていなかったのである。

 

「いろいろいいたいことはあるが、そうだな……。イヴ、今後は副業するなら事前におれに連絡しなさい」

「はあい」

「素直でよろしい」

 

 頭を撫でると、“うっふっふー”と得意げにイヴは笑った。白い絹の長い髪は、かき回してもまるで乱れず、乾いた砂のように指の間からあふれてこぼれていく。ほんの五分足らずだと思うが、あらためて超常の存在だということを思い知らされた。

 

「フレちゃんもよろしいよろしい」

「はいはい、巻きこんでくれてありがとうな」

 

 ショートボブの金髪がふんぞり返ると、薔薇の香をこぼす襟許に、桃色の丸みを汗が伝っていくのが見えた。フレデリカなりにハラハラドキドキはしていたようである。

 

「……まあ、なんかあったらすぐおれを呼ぶんだぞ。スマートフォンって便利なもんがあるだろ。イヴもフレデリカも、自分の安全を最優先にな」

「はあい」

「ういむっしゅー」

「……ところでイヴ、ブリッツェンはどうした? あいつこそ頼りになりそうなのに」

「うっかり迷い出てきて帰り道がわからなくなったかたがたをお送りしてますよ~」

 

 呆れと感心を半々の溜息とともに、おれはホールの天井を見上げた。動物(?)なのに、たいした勤労の精神である。こんどブラッシングでもしてやるか……。

 

「むむむっ。フレデレーダーに感あり! 御用だ御用だー!」

 

 あの二人も無事にきょうを終えてくれるだろうか。けっきょく“やめろ”とはいえぬまま、おれはまたパーティーの人波に紛れた。

 

 

 

(続)

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