猫、巫女、サンタ、あいのうた   作:久聖

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ハロウィン・パーティ1/7  由里子

 ハロウィン、それはケルトの大晦日。太陽が沈むとあの世とこの世の境目があいまいになり、魔女や妖怪が野にも街にもあふれるとされる。魔除けの火をカボチャに灯し、われわれ人間は悪いものたちに目をつけられないようにと、怪物の仮装で過ごす。

 

 当時から子供たちの娯楽だったのだろう。その伝統はキリスト教と混ざり、商業主義を受け容れて、いまや特大の年間行事だ。

 

「ご提示ありがとうございます。会場ではこちらの参加証を見えるようにしてお持ちください。お持ち帰りいただけますのでお好きなデザインをどうぞ」

 

 ゆえに、おれの勤める芸能事務所も、今夜は大ホールを開放してハロウィンパーティーを開催中である。ドレスコードは仮装をしていること。参加資格は自社の社員証か関係会社の本人名刺二枚の提示者、およびその家族。

 

 そんな簡単な受付を済ませ、参加証を提げて大扉をくぐると、さっそく全身仮装した三人組が現れた。

 

「トリック・オーア・トリーホー!」

「ハッピーハロウィン、ジャックブラザーズ」

 

 青い二本角のフード、襟巻きをしブーツを履いた雪だるま、ジャックフロスト。

 ランプ片手に緑のとんがり帽子と紺のマント姿のカボチャ、ジャックランタン。

 黒い山高帽とチェスターコートで巨大な剃刀を握るドクロ、ジャック・リパー。

 アトラスのゲームに登場するマスコットのトリオである。

 

「ヒホホー。俺たちを知ってるのはエライけど、お菓子をくれないならお偉いおじさんにイタズラされてもらうホ」

「……リパーの口調ってヒーホーだったか、由里子?」

「ほんとはちがうけど、いまはちょっとワケアリだホー」

 

 ジャック・リパーに扮した大西由里子は軽いトーンでいいはなつ。どんなワケなのか、まあ、ことさら追及しなくたっていいだろう。

 

「ていうか身内だからってアクセル踏みすぎホ。フロストはまだR指定NGホ」

 

 ランプを揺らして諫めるジャックランタンは由里子のオタク友達、荒木比奈のようだ。であれば、ジャックフロストの仮装をしているのはおなじく神谷奈緒か。

 

「“オカシ”のほうでイジらなかっただけ自重したと思ってほしいホ」

「そこまでいったら燃やしてやるホー。大炎上だホー!」

「高い買い物だったんだから勘弁しろホー!」

「自前なのか? がんばったなおい」

「放出衣裳には合うのがなかったんスよ」

 

 アイドルたちは会社で死蔵されている衣裳を好きに使っていいことになっている。二度も使い道がない衣裳やコンペ落ちした衣裳など、残すにせよ捨てるにせよコストがかかるわけで、会社としてはなんとか処分したいのだ。

 

 われわれ一般社員にその権利がないのは、ネットオークションに出品されることを警戒してのことである。アイドル当人たちならそんなことはしないはず、なんて甘い信頼があるらしい。

 

「剃刀と顔は自作だホ。コートとスーツとスカーフで五万……いやもっと……」

「この一瞬のためにそんなに費ったのかよ……」

 

 しかもメンズで揃えていて、着回しが利くように見えない。

 

「腐女子の金遣いを甘く見てはいけないホ……」

「セルフでマッカビーム食らって消沈してるホ……。まあランタンのこのランプもキャンプ用品でいい値段したっスけど……」

「フロストはほぼ手作りか?」

「既製品もありましたけど、首の継ぎ目をなくしたかったんで手作りっス。いちばん安上がりっスね。でも青くて丸いブーツなんて買うしかなくて……」

 

 このフットワークの軽いオタクたちは三人合わせていくらかけたのだろう。ひとの形も怪しい姿にぐにゃりとうなだれていたが、オーバーな動きと叫びでカラ元気を発揮して、カボチャの顔がこちらを向いた。

 

「ユリユリのプロデューサーさんもかなり気合いはいった軍服じゃないっスか。既存キャラじゃないみたいだしいい布で縫製もしっかりしてて、この魔法使いコスいい値段したんじゃないっ……ないホ?」

「でも杖の宝石がロコツに安物ホ。とんがり帽子もハンズで見たことあるホ。ミミズクもどきの毛束も安っ……あ、これは自前だったホー」

 

 “安っぽい”この頑固な毛束はもはやおれのアイコンになっていて、帽子を阿弥陀にかぶって出しておかないと気がつかないヤカラがたまにいる。べつに気づかれたいわけでもないが、“だれだっけ?”とかの小芝居に付き合う気にもならなければそうする時間的な余裕もない。なんたって一〇人の担当のようすを見て回りたいのだ。

 

「杖と帽子は由里子のいうとおりだけど、軍服はもらいもんだよ。よそさんでコンペ落ちしたやつ。ところどころきついけどね」

 

 肘と膝を曲げるとつっぱるし、肋骨のあたりはだいぶ苦しい。男とはいえ、アイドルは細くできてるんだなと思い知らされる。おれが太いわけじゃあない。

 

「よその男……きつきつ……」

 

 ドクロの奥で怪しく光る目にランタンもフロストも気づいたようで、無言でそれをのぞきこんで威圧している。いいもんだな友達って。たまにこっち来て抑止力になってくれないかな。

 

「ところで、そんないい服もらったんなら、素直に活かせばよくないっスか? 適当にメイクしてゾンビ軍人とか」

「男にそんな技術を期待せんでくれ」

「フリースのミミズクの着ぐるみだったら動きやすかったと思うじぇ」

 

 ちびっ子や女性がパジャマにするようなやつのことである。以前イヴに買ってやったことが、あったような気がする。

 

「そんなかわいいもん着ておれが大人気になったらどうすんだよ」

「女子は全員追っ払ってやるから安心してほしいじぇ。ふかふかでもこもこの……おっと、ふかふかでもほもほの」

「由里子」

「どうしたホ? ただのヒーホー弁だホ」

 

 無表情のドクロ面が妙に腹立たしい。

 

「まあいい、とにかくことしは魔法使いにしたかったのさ」

「あ、なんかわかった」

 

 ふざけたやつだが、さすがに由里子はおれの思うところに気がついたようだ。

 

「でもその服で~だったらライドウコスのが色々ちょうどよくない?」

「おれはあそこまで若くない」

「トンガリモミアゲはひとを選ぶしね~」

「キャラ選びのこだわりもあるんスよねきっと」

 

 ランタンとリパーがヒホホホホと笑う。

 

「そういう話なら由里子、きみはリリスにしたらよかったろ」

「三人でジャックブラザーズしたかったしー」

「女子はオソロっスね~」

 

 ふたたび、フロストも一緒に体を揺すって笑うが……。

 

「なあ、さっきからフロストがしゃべらんが、中身ははいってるんだよな?」

「ぎくーっ!」

「ああ、はいってるな……」

 

 というか、声に出すものなのかそれ。

 

「フロストは語尾が恥ずかしいみたいだホ」

 

 そういってランタンがカボチャ頭をかく。フロストは動かないが、オロオロしているのは顔の角度でわかった。

 

「べつに恥ずかしいことじゃないのにホー。“ス”も“じぇ”も語尾みたいなもんだしホー」

「代わってやらんのか由里子」

「くじで決まったのをひっくり返すわけにはいかないホー」

 

 ……これについては三人の共通見解らしい。ランタンもフロストも頷いた。

 

「まあそれでリパーもヒーホーしたり、彼女作ってノーマルぶってるけどじつは総受けな三十路人間に化けたミミズクの妖怪がさらにコスプレまでしてるのを見せてあげればもうヒーホーくらい軽いものに思えるんじゃないかと……目が怖いホ」

「かってにホモ扱いするのはマンガのキャラだけにしなさい」

「ゲームとアニメと小説も赦して欲しいホ……。あと童話とドラマと特撮とお」

「細かいやつだな」

「だいたい留美さんに好かれてるんだからネコに決まってると思うホ」

「しばくぞジャック・リパー」

「アクマを殺して平気なの?」

 

 留美……和久井留美はおれのパートナーだ。猫が好きなのに猫アレルギーで、子供好きだが生来のシャープな雰囲気で怖がられ、難儀していて気づかわしい。くわえてパートナーとはいっても、いまはあちらはアイドル、こちらはそれを監督する立場で、関係は進められなくなってしまった。“働いてない私なんて想像できないでしょう”と寂しそうに笑うので、あのときは止められなかった。

 

 後悔はともかく、この外道悪魔にはちょっと痛い目を見せてやらねばならん。どうしてくれようか。

 

 杖と大剃刀で威嚇しあいにらみあっていると、気ぜわしい衣摺れに混じってモソモソとなにかが聞こえた。そちらへ気の逸れたところへリパーが大剃刀を大上段に振りかぶる。

 

「おい由里子、それじゃあ脳天割りできないじゃあないか」

「攻撃は最大の防御だホー」

「け、けんかはやめろ……やめるほー……」

 

 モソモソとしたなにかがようやく、言語として聞き取れた。

 

「リパーは本気で怒られないとおもってふざけすぎだ……ホー……。最低限の礼儀……みたいなのは、ちゃんとあるとおもう、ホー……」

「その調子っスよ奈緒ちゃん!」

「ヒホホー。ようやくフロストがしゃべったホー。もっと元気よく!」

 

 飛びつかん勢いで向き返ったリパーに、フロストは大仰に驚いてみせた。

 

「げ……元気!?」

「ヒーホー!」

 

 リパーが大声とともに両手を天井へ突き上げると、ランタンもそれに倣ってはしゃぎだす。フロストの表情は見えないが、戸惑いきりつつもついていく。

 

「ひ……ヒーホー!」

「ヒーホー!!」

 

 置いてけぼりになったおれは、がら空きのリパーの後頭部をアクリルの塊で小突いた。振り向いたドクロ面にはとくにこたえた様子も悪びれたふうもない。

 

「奈緒ちゃんのいじられキャラとしての正義感に訴えることによって羞恥心を克服する作戦はうまくいったようだじぇ……」

「きさまの調子のよさはホントすげえと思うよ」

 

 すごくムダ話をした気分で、おれはジャックブラザーズの前を辞した。

 

 

 

(続)

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