猫、巫女、サンタ、あいのうた   作:久聖

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フレデリカ  フランスの鬼

 外回りから帰社すると、居室には宮本フレデリカが一人いるのみだった。おれに気づいて、ネズミの足音を聞く猫のように天井の隅へやっていた視線を向け、ひとなつっこく笑む。

 

「おかえりープロデューサ~」

「ただいま、フレちゃん」

 

 “のみ”といったが、正確ではない。この居室の雰囲気が尋常とはことなる。空調の乾いた風に乗って、パサパサしたにおいが飛んでいる。

 

「なあ、フレちゃん、部屋がきな粉くさいんだけどおれの気のせい?」

 

 部屋の中央に据えられたソファにくつろいだまま、フレデリカは黙って首を振った。ゴールドのマニキュアを塗った爪で、隅に佇む業務用シュレッダーを指す。

 

「シュレちゃんが大豆食べちゃった」

 

 ……きょうは節分。フレデリカは悪い友達や悪いというほどでもない友達と豆まきをして遊んだわけだ……この部屋で。

 

「もう少し詳しく」

「まいた豆は人間は食べらんないけどシュレちゃんが食べたそーに口開けてたからあげてみた!」

「アホの大学生か」

 

 いいさしてなんの喩えでもないことに気づいたのでとりやめ、おれは雑な返事をした。

 

「よく食えたな」

「ねー。フレちゃんもビックリ」

 

 席への道すがら、フレデリカの顔を背後からのぞきこむ。悪びれたふうでもなく、珊瑚色の唇は新情報を朗々とつむいだ。

 

「シキちゃんがきな粉のにおいをオカズにしておモチ食べてたんだけど、お腹痛くなって帰っちゃった」

「かわいそうに。ほかの子は?」

「かいさ~ん」

「きみはなにしてる?」

「プロデューサーと豆まきしようと思って待ってた!」

「そうかい、ありがとう。じゃあ企画書一冊レビューせねばならんから、少し待っててくれるか」

 

 金色の前髪がにっこりと振り返る。アイアンクローでもしてやりたいが、指の腹で顔のふちを叩くだけで我慢してやる。シュレッダーのメンテナンス、頼まないとならんよなあ。気が重いなあ。

 

 ……企画書には、イースターに合わせたカーニバル的なライブイベントをという内容がつづられていた。さいきんイースター市場も広がりだしてるというから、早めに乗っておくのはいいのかもしれない。キリスト教のお祭りなら、うちにはサンタのイヴもいることだ。それに春先はイメージと裏腹に神道系の催しが少なく、歌鈴が暇をしてしまうし……背後に気配がする。

 

「なにしようとしてる?」

 

 返答は物理的だった。灰色のものが視界をさえぎり、耳の裏にパチンと軽い衝撃が走る。

 

「プロデューサーと豆まき~!」

 

 はしゃぐフレデリカの声に振り向くのをさておいて、おれはディスプレイの電源を切った。黒くざらついた鏡面に映ったのは、鬼のお面だ。節分用の豆のおまけについてくる、コミカルなタッチの赤鬼である。

 

 このままレビューをつづけるほど意地っ張りではない。なるべくしかたない素振りを作って、おれは椅子を立ちフレデリカに向き直った。

 

 フレデリカも赤鬼のお面をつけている。のぞき穴のすぐ裏から、ライム色の目が楽しそうに光った。

 

「……」

「……」

「豆をまくのがいなくなったぞ」

「いるよ~」

 

 また背後に脳天気な声。上半身をひねると、豆を持ったフレデリカがいた。正面には依然、鬼のお面のフレデリカ。うしろには大枡の豆に手をつっこんだフレデリカ。なぜ増えた……。

 

 正面の鬼デリカが、志希かだれかの変装かもしれない。そう思い、鬼の面を額へ持ち上げてみる。

 

「やぁんエッチ」

 

 まじまじと見てもフレデリカはフレデリカだ。とすれば豆デリカかと思えば、見ても触れてもフレデリカである。

 

「次は舐めてみる? 噛んでみる?」

 

 これ以上どうしたものか。考えこむ背中にばらばらと細かい感触を覚えた。……豆まきがはじまったらしい。

 

 フレデリカの豆打ちは強烈だった。“うわー、やられた”だとか鬼の演技をする余裕もなく、炒った大豆がたたきつけられる。そういう趣味があるのかと疑ってしまうほどに鼻息を荒く楽しげに、ばたばたと狂乱する自分とおれとをひたすら打ちすえた。せめて“鬼は外、福は内”くらいはいってほしい。

 

 三分と耐えずに居室を飛び出し、廊下を小走りに進んで、角を一つ曲がったところでフレデリカとおれは足を止めた。鬼の面を取り、額の汗を拭く。

 

「これで鬼は出てったな」

「おー、これでアタシたちハッピー! プロデューサーはハッピー?」

「ハッピーハッピー」

 

 笑いながら、部屋へフレデリカを促す。あのきな粉くさいのをどう始末したものか、シュレッダーのことで飛んでくる白い目にどう耐えるか、考えるとあまりハッピーではないが……。フレデリカを部屋に一人で放っておくわけにもいかない。

 

 フレデリカの即興詩、ババロアの歌なるものを聴きながら居室の扉を開ける。きな粉のにおいに眉をひそめたのも一瞬のこと、皺は眉間から額に移った。

 

「ラウンドツゥー!」

 

 黒と黄色のストライプのレオタードを着たフレデリカが、“2”と書かれた看板を両手で掲げて二回戦を高らかに宣言する。やにわにその両脇からフレデリカが起き上がり、豆の散弾を浴びせてきた。

 

「アタシが三人!」

「四人!!」

 

 豆と泡を食って、半歩だけ踏みこんでいた部屋から逃れた。フレデリカはといえば、楽しそうにけらけらと笑っている。

 

「ポケットのなかにはフレデリカが一人~」

 

 だれかがたたいて増やしたのか、これを。そのうえ工事現場の看板みたいながらのレオタードを着せたのか。見まちがいでなければ“立入禁止”とも書いてあった。

 

「……きみはポケットにはいる大きさじゃあないだろ」

「エアポケットかも」

 

 エアポケットは局所的な下降気流で飛行機が揚力を喪う危険地帯、もしくは転覆した船のなかにできた空気溜まり。どちらにしても事故との双児である。状況にじつに即した冗談だ……笑えないが。

 

「さて、フレちゃんよ、ドア開けたらまた増えてたりせんだろうな」

「フレちゃん多いと嬉しい?」

「一人だけいてくれたらじゅうぶんだよ」

 

 恐る恐る扉を開くと、さっきとおなじ三人のフレデリカがくつろいでいた。おれの気持ちを汲んで増えずにいたのだろうか。どうせなら減っててくれたらよかったのに。

 

「いーれーてー!」

「いーよ~」

 

 フレデリカがおれの脇をすり抜けて三人に駆け寄っていく。投げ捨てられた鬼の面が床のほこりにまみれる。あのフレデリカはいい子だったのに、やはりフレデリカはフレデリカ同士のほうが楽しいのか。

 

 おまえには悲しむ暇も与えぬとばかりに、ソファやテーブルの陰からさらなるフレデリカたちがその身を起こした。

 

「なに!?」

 

 おれは叫んだ。気持ちがつうじたなどというのは幻想だったのか。あるいは、フレデリカは本人の意志さえ無視して増えつづけるのか。

 

「ラウンドスリー!」

「待った! 豆まき飽きたー」

「多数決しよ、飽きたフレちゃーん!」

 

 ラウンドカウントをしたレオタードを含む、全フレデリカ(数える気にならない)が挙手をした。

 

「まだやるフレちゃん!」

 

 飽きたと発言したフレデリカ(どれだかわからない)を含む、やはり全員が挙手をした。なんなんだ。

 

「頼むからおとなしくしててくれよ! 企画書さえ見終わったら晩飯くらいはおごってやるから!」

「鬼ごっこしよ~」

 

 聞いちゃあいない。

 

「鬼のまねごとも鬼の所業ももうさんざんやっただろ」

「じゃープロデューサーが鬼ね」

 

 なにが“じゃあ”だ。睨むより早く、十数人のフレデリカたちは我先に扉に群がり、わちゃわちゃと引き開けると廊下の左右へ、蜘蛛の子を散らすように逃げ去った。

 

 放置してこちらが乗り気でないことに気づかせればおとなしくなってくれる子ではあるはずだが、きょうにかぎってはイヤな予感がする。おれは鬼の面を外して、居室をあとにした。

 

 

 

 捜すことと捕まえること、フレデリカにおいてこの二つはさして難しくない。問題は一ヶ所に留めておくことで、縛り上げてでもおかないと……それさえもどこまで効果があるか疑わしい……すぐに逃げ出してしまうのだ。

 

 一人捕まえても二人目を捕まえてもどるともぬけの殻。それを繰り返すこと五回か六回か……。疲れてきた。

 

「どうしたもんかな、一人にまとまれないのかきみは」

 

 通算七人目と思われる逃げデリカは、苦り声も手首をつかまれていることもどこ吹く風という顔で、元気に腕を振っている。

 

「おーてーてー つーないでー ぬぉ~う!」

 

 突如、フレデリカ七号はおれの手をふりほどき、きびすを返して廊下の奥へ消えてしまった。

 

「おや? いまのはフレデリカ殿……?」

 

 ひとりごちて曲がり角から現れたのは浜口あやめだ。梅の着物を襷がけにし、紺袴とブーツをあわせた女学生の出で立ちは、節分の豆まきに気合いをいれてきたといったところか。

 

「フレデリカが珍しいかい」

「兄上殿」

 

 兄上殿とは、“友人である道明寺歌鈴の担当を務めていて兄代わりとして甘い顔をしているよその部署のプロデューサー殿”を、忍者アイドルたるあやめらしく縮めたものだ。重要な情報をバッサリやっているあたりも含めてこの子らしい。一人っ子としては兄や姉に甘えてみたい思いがあるそうで、それなら自分の担当者に甘えてやれといったのだが、あれはあれでまたちがう枠であるらしい。おれとしても悪い気はしないので、文句はない。

 

「いえいえ、むしろよく見かけますので。先ほども休憩コーナーに……」

「いたの?」

「三人ほど」

 

 堂々としたもんだ。苦り顔にあやめが首を傾げたので、おれはこの三〇分のうちに起きたことを説明した。

 

「その増えてるフレちゃんをぜんぶ回収したいんだよ」

「なるほど……。LiPPSのみなさんが化物の術で遊んでいると思いましたが」

 

 化物の術というのは、くノ一あやめの語彙、いわゆる忍者語で変装のことだ。

 

 あやめの歩いてきた廊下の奥を、フレデリカの悪いというほどでもない友達の一人、城ヶ崎美嘉が足音激しく駆け抜けていく。離れているので表情は見えないが、必死の形相だろう。六人ものフレデリカにたかられているのだから。

 

「どうやらフレデリカ殿はほんとうに分身なさっているもよう! これが音に聞こえしガリア忍法ですか……!」

「ルシタニア忍法とかカレドニア忍法もあるのかい」

「あります」

 

 笹色の瞳に迷いはない。……ともかく、やる気満点のくノ一あやめと、フレデリカをよく惹きつけるカリスマギャル美嘉との協力で、エントランスの吹き抜けにフレデリカたちを集めることに成功した。

 

 あやめの影分身がじわじわと取り囲む輪を狭めていくと、フレデリカたちは押し合いへし合い、ときおり上へ飛び跳ねる。美嘉は柱にもたれて座りこみ、額を両手で抑えている。かわいそうだがフォローしているとフレデリカを取り逃がす。あしたになったら菓子折りでも持って行くとしよう。

 

「兄上殿、そろそろ」

 

 隣でタイミングを計っていたあやめが合図し、おれたちは床に仕掛けていた網を一息に引き揚げた。天井から吊った滑車はきしみながら回転する。やがてごつんと網の口金と滑車がぶつかり、おれは手繰る縄を手すりにきつく縛った。

 

「捕まっちゃった~」

「うわーもうおしまいだー」

「手も足も出なーい」

「煮るなり焼くなり好きにしろ~」

「煮ても焼いても食えないぞ~」

「生なら食べれるフレデリカ~」

「生はいけませんよ兄上殿」

「なぜそこに食いつく?」

 

 目を逸らすあやめは捨て置いて、おれは吊るしたロープを叩いた。

 

「さあおとなしく一人にもどれ!」

「あ、兄上殿、一人くらいわたくしに譲っていただけませんか? ガリア式の影分身について語っていただきたく……」

「一人にしておれが独り占めしようってんじゃあないんだからさ……」

 

 視線をあやめへ転じかけた瞬間だ。ぽん、と音がした。薄い紙袋が破裂するような、気の抜けた、しかしひびく音である。視界の横半分で、吊るした網のなかのフレデリカたちがいっせいに、煙となって消えるのを見た。

 

「ニンと!?」

「消えた!? いや、逃げた!?」

「いえ、エントランスホールにもほかの階にも、逃げたものはありません」

 

 階下から跳び上がってきたあやめの分身が、フレデリカたちの文字どおりの雲散霧消を裏づけてはあやめの影に溶けていく。

 

「よもや自決とは……これがガリア忍者の潔さ……!」

 

 あやめが手すりを叩くと、おもりを喪ったロープが音もなく揺れた。破けたその網をおれは睨んだ。どうもあの増えるフレデリカには、腑に落ちきらないものがある。……増えることそれ自体はおいておいて。

 

「どうか?」

 

 いぶかりは声にも出ていたらしく、あやめが吹き抜けに身を乗り出して顔をのぞきこんでくる。そのお団子にした黒髪ごしに空っぽの網を見やったままでおれは答えた。

 

「あれはほんとにフレデリカだったのかなって。なんか違和感がね」

「わたくしには真物に見えましたが、兄上……いえ、プロデューサーとしての直感ですね。声音とか身の運びとかほくろの位置とかがちがったとかですか」

「ううむ、いつものフレデリカならもっとやるはずのことがあるというか……。しかしどういうところ気にしてんだきみは」

「や、やや、なにか落ちてますよ」

 

 怪訝な視線を転じられたあやめはエントランスホールを指差した。なにかはどうも服のように見える。それも、見覚えのある……。

 

「回収に参りましょう!」

 

 いうやあやめはさっさと飛び降りて、広いホールからおれを呼ぶ。

 

「おれはきみみたいに身軽じゃあないんだ!」

「兄上殿は飛べるでしょう? ミミズク変化の妖術で! さあ! さあさあ!!」

「飛べないし化けない!!」

 

 前髪の癖毛から化けミミズクと呼ばれてきたおれを怖がる子供も面白がるやつも色々といるが、期待に輝く目で見てくるのはこのあやめくらいである。しかしどれだけ妖怪変化を楽しみにされても、おれには鉤縄でもたもた降りるのが精一杯なのだ。

 

「きな粉のにおいがする……」

「お餅が食べたくなります」

 

 口の端を濡らしたあやめから、落ちていた服を受け取る。きな粉まみれだ。砕けた大豆というほうが正しいか。広げてみると見覚えがあるのもとうぜんで、これはフレデリカの服である。

 

「むう……。よもやあの分身、フレデリカ殿の姿を借りた大豆の化生では」

「大豆が活躍する日にそんな……」

 

 しかし架空の鬼を討ったか討たぬかわからないうちに文明の力でゴミと化したのは怨みに値するものかもしれない。そうなら、雪ぎかたにおおいに文句があるが。

 

「あれが偽デリカなら真デリカはどうなったんだ」

「フンフンフフーンフンフフー」

 

 ホンキィトンクな鼻歌によって、考えごとは永遠に中断された。唖然としてあやめが、鼻歌の主の名をつぶやく。

 

「フレデリカ殿……!?」

「恥ずかしがりながら帰ってまいりました!」

 

 屈託のない笑みで幅広のファーがついたコートの袖を大きく振るのは、宮本フレデリカそのひとである。

 

「あ、ああ、おかえりフレデリカ。……どこから?」

「シキちゃんの家から」

 

 フレデリカは餅の食べすぎで具合の悪くなった志希を家に送り、薬を飲ませ寝かしつけてきたという。

 

 そうだ、先の違和感はこれだ。

 

 ひとをプールに突き落として悪びれぬいっぽう、井戸に落ちそうな赤ん坊は進んで助けるはずの子だった。目の前でぐったりしている志希をほったらかし、悪ふざけをつづけたりぼんやりしていたりというのはありえなかったのだ。

 

 ただ、しかし、増えデリカの語った豆まきの顛末は正しいらしい。そのあと、フレデリカは社内にいなかったこともほんとうだ。ならばあれはなんなのか。あやめの直感どおりだろうか。

 

「……もう鬼ごっこはいいのか」

「もういいよ~」

 

 “もういらない”ではなく“準備ができた”というトーンで、フレデリカが答える。ライム色の目は不明なこの状況を楽しむように輝いた。

 

「捕まえないの?」

「……」

 

 コートの肩にぽんと触れる。目の光から、いぶかしむ翳が消えた。

 

「じゃーフレちゃんが猫~。猫や~めた」

 

 はずみをつけて、手袋の手がおれの肩に触れる。あやめが“猫?”と片眉を上げた。フランスでは鬼ごっこで追う役は猫なので、フレデリカは変なことをいったわけではない。猫やめたとはつまり、捕まえてみろといったところだ。

 

 さりとて動きもせずに円い両眼でこちらを見つめているから、腕を伸ばせばまたすぐに猫に逆もどりだ。

 

「にゃーん」

 

 逃げる気もないおれの肩へ、フレデリカの猫の手がまた触れる。またすぐにフレデリカは捕まる。おれも逃げない。……。

 

「なにをなさってるんですか」

「アヤメちゃんは?」

 

 苦言を朗らかにオウム返しにされてあやめは言葉を失った。それと同時に、猫デリカの手はおれの肩ではなく、手許へと伸びた。正確には、おれがずっとつかんだままの、フレデリカの服である。

 

「……大捕物を少々」

「やっとこいつをとりもどしたってとこだ」

「フレちゃんの脱ぎたておベベが狙われた~?」

 

 事態を飲みこめているような表情には、およそ見えない。

 

「脱ぎたてって、いまどうなってんだフレデリカ」

「いやんエッチ」

 

 問えばためらう色もなく、フレデリカは足許まであるコートの前を開いた。露わになったのは、腰骨まで深く切れ上がったツートンカラーのレオタード。黄色地にひっかいたような黒い模様がランダムに走る、伝統的な鬼のパンツのがらである。

 

「さっきのよりはましだな」

「さっきの?」

「工事現場みたいなトラのストライプで、立入禁止と書いてあって……」

「工事現場はふつう安全第一では……」

 

 あやめの指摘もっともだが、おれが考えたわけでも作ったわけでもなければ無難な顔で返すほかなかった。

 

「それフレちゃんが卒業制作で作ろうと思ってたやつだ~! アタシきょうのセットーヒガイ二件めー!」

「盗ませとけそんなもん」

「じゃあパンツで作る」

「それなら使い途はありそうですね」

「パンツ見せるとこまでいってたら立入禁止なんか通じないだろ……」

 

 本気の度合いをまるで読ませぬ二人は、反論の代わりに腹の虫を鳴かせた。そういえば、もうすっかり夕飯どきだ。

 

「おっと、もういい時間でしたね」

「夕飯食べてくかい、さっきのお礼といったらなんだが、おごるよ。ちょっと待ってもらえるなら」

「いえ、わたくしもプロデューサー殿と夕餉の約束をしておりますので!」

 

 一礼すると、あやめは空きっ腹をさすりながらいそいそと引き揚げていった。

 

「担当思いだねえ」

 

 鳥肌の脚とレオタードをのぞかせるコートを閉じてやりながら、おれは少し大きい声で独り言をいった。

 

「フレちゃんだってちゃーんとプロデューサーのことも考えてるよ」

「ほーう、そうかい? ありがとうね」

「でもねー、脳ミソは一個だからいつも多数決で負けるんだあ」

 

 多数派のうねるような勝鬨が、フレデリカの口によらずおれの耳に届いた。もう少数派もそれに迎合したようで、フレデリカは小きざみに羽ばたきながら呪文を唱えはじめる。

 

「熱々とろとろジューシーぷるぷる~……でもコッテリはノンノン」

「おれの頭はまだ仕事のこと考えにゃあならんから、三〇分くらい待っててな」

「じゃあプロデューサーのこと考えてるね。煮ようかな~、焼こうかな~」

 

 居室へと足を向ける。フレデリカは手を掴まずともついてきた。

 

 

(了)




※シュレッダーに豆は入らないし裁断もされないと思いますが真似をしてはいけません。
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