猫、巫女、サンタ、あいのうた   作:久聖

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イヴ  何派?

 メープル材の間仕切りに挟まれた四人がけの半個室に、イチゴのジャムと紅茶の香りが漂う。スズランのランプから落ちる明かりに湯気を浮かべるティーカップで、おれは冷えた指先に感覚をとりもどした。隣に座るイヴはおなじものを、桃の花色をした口へ運んでいる。

 

「うーん、ふつうの紅茶ですねえ」

 

 雪色の髪が揺れ、金の瞳がこちらを向いた。絹糸のような髪の振り合う音につい誘われる指先を、おれはこらえる。

 

「日本のロシアンティーは混ぜて飲むんだよイヴ」

「へ~、最後に残ったジャムを食べるとかじゃないんですねえ」

 

 ティースプーンと陶器のぶつかる音がいくつかあり、イチゴジャムが溶けて赤色を深くした紅茶に、イヴの喜ぶ声がした。毒味をさせたわけではないが、それを聞いておれもロシアンティーをかき混ぜ、腹のなかをあたためる。

 

 しみじみと息を吐き出すと、イヴがさもおかしそうに笑った。

 

「外は寒かったですね~」

「おれがコート着てても冷えるのに、その恰好でよく“寒い”で済むな……」

「これもいただきものですけど、だめですかね?」

 

 体型を隠すほどゆったりしたセーターは襟も大きく、ほんのり色づいた肩をのぞかせている。下はといえばホットパンツとブーツで、そのあいだを埋める肌の白さが、おれの視線の先である。センスはともかく、自分のものまで手の回らないサンタを助けてくれる仲間がいるのは頼もしいかぎりだ。細めた目に、張りのあるふとももの肌がランプの明かりにつやを放つ。

 

「きれいな脚が見られるのはありがたいし、イヴが平気ならいいことだよ」

 

 脚のラインの鑑賞にふけりそうな目を、正面へ転じさせる。静かなカフェは外とおなじく、ひと月と待たずに来るクリスマス一色だ。

 

「でも寒そうで、おれのほうが鳥肌立ちそう」

「鳥肌が。それはいけませんねえ、私がこれを着てるとプロデューサーさんの変化が解けちゃいますか……」

 

 ……おれの額の両端には頑固に跳ね上がった癖毛があり、ミミズクの羽角に見立てて化けミミズクと呼ばれている。このイヴ……サンタクロースの娘も、人間でないのが自分だけでは寂しいなどと抜かし、おれの妖怪扱いにすすんで加担する始末である。

 

 イヴがサンタだと素直に諒解してくれた子供たちは、“サンタのお姉さんまでもがいうのだから、あのひとはほんとうに化けミミズクなんだ”と思ってしまっている。怖がるばかりでも困るが、なかには勇気のあるのがいて、和久井留美とおれの仲をどこかで知り、彼女に“ミミズクと仲良くなる方法”を訊きに行ったとか。なにかでミミズク役をやるにあたりフクロウカフェで本物を知る、そのためにより効率的にやりたいと、まあ熱心なことだ。

 

 そういえば、留美がどんな返事をしたのかは、けっきょく教えてもらえなかったっけ。

 

「……それで、相談ってのはなんだい」

 

 おれに羽毛が出てないことを確かめていた細い指が離れ、イヴはいずまいをなおした。

 

「そうでした、すみませんわざわざ外で~……」

 

 そもそもここへ来たのは、内密に相談したいとイヴからいわれたからである。社内の会議スペースをイヴがやけに渋ったため、駅で合流し、“密談”向きの店を探したわけだ。相談の内容は、この時期だから、クリスマスプレセントのことだろう。子供たちにとっては包装を解く楽しみもあるので、過剰なほど秘密にはこびたいのはよくわかる。

 

「事務所はいま真っ二つなのでそっとしておこうと思いまして」

「どういう……ああいや、留美に訊くか」

 

 留美はレッスンを終えてくつろいでいるころあいだろう。スマートフォンを取り出すと、白い指がそれをつまんでテーブルの端へやってしまった。

 

「留美さんはいままさにその真っ二つに加担してますので~」

「深刻なのか放っといていいのか判断させてくれる?」

「放っといて大丈夫ですよお」

「判断させてくれる?」

 

 とくに淀むこともなくイヴの話すところでは、真にかわいいのは犬か猫かとアイドルも職員もなく騒いでいるそうだ。魚だの爬虫類だの自分だのといった少数民族をも“じゃあ二番目は?”という具合に取りこんだようで、自分から一枚岩でなくなりにいくあたり、派閥争いというよりはペット動画の上映会と思えば正しかろう。

 

 ……であれば、留美がかわいい子猫の映像を楽しんでいるのを邪魔するのはよしておこう。でも、どうせなら一緒に見たいもんだなあ。

 

「イヴはどっちにもつかなかったわけか」

「私はひとの子のみなさんが大好きですし、とくべつなのはトナカイですね~」

 

 中指と薬指を折り曲げた、I Love Youのハンドサインをひらひらと揺らす。

 

「そりゃあサンタクロースらしいや」

「あっ、でも鳥も大好きですから安心してください」

「……きみに好いてもらえて嬉しいよ」

 

 ILYサインが二つに増えて、楽しそうに踊った。寒風のなかにも咲く花はあるものだな。

 

「でも喜んでる場合じゃないんですよ~。留美さん、猫のつぎはミミズクだと思ったら、鷹らしいんです。ミミズク三位以下ですよ? 留美さんの気持ちをちゃんと引き留めないと~」

「……それ、対立候補が鳩じゃあないか?」

「はい。クラリスさんや聖ちゃんは鳩さんがいいそうで」

 

 まあそうだろうなあ。

 

「でも二人とも鳩の写真も動画も持ってなかったんですよ~」

 

 まあ、そうだろうなあ。

 

「それで鳩といえばライラちゃんが鳩によくなつかれてるじゃないですか」

「そうなんだ……」

「ご存じありませんでした? 私が公園で良い子を眺めながらお昼寝してると、たまに近くのベンチに来るんです。それで仲良くなって~。社内ではぜんぜん会えないのに不思議ですよねえ」

「見てないところでずいぶん器用なまねをしてるな」

「鳩まみれになってる写真も撮ったんですよ、ほら」

 

 イヴのスマートフォンの画面では、腰から下を鳩に埋めて腕にも肩にも鳩を乗せた少女が、熱砂の色の顔と南国の海色の目をこちらに向けている。頭上に止まった白い鳩と一緒の、きょとんとした表情で。その奥に座る女性、おそらくは彼女の世話をしているというメイドの、やけに遠い目のほうがむしろおれの笑いを引き出した。ただし、苦笑いである。

 

「さっきクラリスさんと聖ちゃんに送ったら二人ともすごく笑ってくれて」

 

 シスター・クラリスといえば、いつも目を閉じていることが印象的な子だ。台本も覚えるし物にぶつかりもしないので、どうやってか見てはいるらしい。それを、せっかくなのでイヴに訊いてみた。

 

「なにをおっしゃいますかプロデューサーさん。クラリスさんの目はいつでも開かれておりますよ~」

「椅子にもたれてるだけでやたら毛布かけられるあの子の目が!?」

 

 おれもそうやって、かえって気をつかわれたことがある。嬉しそうにしつつ恐縮するようすは器用なものだった。イヴとちがい、それが博愛の精神だとか自分の気持ちを放り出したことをいわなかったので安心したまではよかった。

 

「人間よりも人間らしゅうございますね」

 

 なんて褒めかたが飛び出したわけで、つまりはあの敬虔なシスターもおれを化けミミズクだと騙されきっていたのである。

 

 ともかく、一瞥のもとにあの子の起きているか眠っているか判別するのは、イヴのような神秘のものか担当のものでもないと無理なのだろう。さいきんは露骨に背筋を伸ばして座るようになったそうで、少し不憫に思う。

 

 それと“聖ちゃん”、望月聖というと、黄金の髪に紅玉の瞳ときらびやかな容姿だが、おとなしい性質のためか、それらはぶ厚いヴェールで隠れたようになっている。あまり会話をしたことがないので判然としないが、年端もいかぬうえイヴたちと仲がいいのだから、やはりおれが妖怪だと騙されているのだろう。そういえばよくイヴやクラリスのうしろに隠れているが、ひょっとしておれが近くに行ったときだけか?

 

「……いや、待て、なんの話だった?」

 

 イヴのアルファ波の波浪に流されてだいぶ遠くへ来たが、たしかもともとは鳩とか鷹とか……。

 

「そうだ、留美がミミズクより鷹が好きとかいってたな」

「はい、ここは挽回しませんと~」

「そいつはね、心配しなくていいんだよサンタのイヴちゃんよ。それよりもさ、きみはニュースを見たり新聞読んだりするようにしような」

 

 イヴは不思議そうに白絹の長い髪を揺らしたが、すぐに素直な返事をした。まったくかわいらしい笑顔である。性格も本当にかわいいと思う。

 

 あきれ半分で頭を撫でていると、テーブルの端でスマートフォンが鳴った。留美のほうから電話をかけてきたのだ。

 

「どうかした?」

「あなた、猫ちゃん派よね」

 

 あえてとぼけてみれば、思ったよりも単刀直入にしかけてきた。

 

「そうだね、猫は好きだよ」

「信じてたわ、ありがとう」

「まあ一番は留美だけどね」

「……」

 

 単純でない溜息が聞こえて通話は切れた。犬猫……いや猫犬論争はどうやら、数競べという少し真剣なフェーズに移ったらしい。苦笑いでスマートフォンを鞄へしまうと、隣のイヴの、なんともいえぬ表情があった。

 

「たしかに留美さんにやさしく的なことはいいましたが~……。とってつけたようなのではなく~……」

「きみにそういう指摘をされるとはなあ」

「ふっふっふっ、恋愛はできない身ですがオンナゴコロはわかります」

 

 反らした胸の丸さがゆるいセーターの襟許からのぞいた。肩のところで襟を絞ってやってから、おれは返事をする。

 

「そいつは、……」

 

 あまりいい言葉が浮かばず、紅茶を一口すすった。湯気の立たない紅茶は、イチゴジャムの風味の奥にかすかに香るばかりだ。

 

「……頼もしいよ」

 

 芝居がかった苦りかたも気にせず、イヴは嬉しそうである。ふたたび張った胸は、セーターの布地をわずかに持ち上げた。上向いた金の両目に、天井までとどくツリーの、ベツレヘムの星が光る。

 

「これからしばらくは忙しいだろうから、頼らんようにはするけどね」

「あっ」

 

 イヴの手許で深い赤色の液体が踊った。

 

「そうそう、そのことでご相談があったんですよ」

「よかった、ようやく本筋にもどってきたな」

 

 明るい色の間仕切りを背もたれのように、イヴはあらたまって座りなおした。

 

「ごらんのとおりクリスマスが近くなりまして、プレゼントの用意も大詰め、一二月に出る商品を予約しないといけません」

 

 サンタクロースのプレゼントも、親が贈るのとおなじく実費で購入したものらしい。そのためにイヴは生活を切り詰めているわけで、服でも食事でも、自分自身を維持できぬことのなかれとおれもそうとう世話を焼かせてもらっている。

 

「ですが、なかには一人一つしか買えないものもあるんです。私もあちこちのお店を回ったんですが、予約を受けてくれるところも少なくてですね……」

「なるほど、おれもそれを予約したり発売日に並んだりすればいいと」

「はい、早起きしたり徹夜で並んだりしなきゃいけないそうで恐縮ですが……。いずれはお子さんのために先着何名さまなどという邪悪なおもちゃの争奪戦に身を投じるでしょうし、練習だと思ってお気軽に~」

「すごいいいかたをするな……」

「あれ? ご予定にないですか、お子さん」

「おれのご予定にはあるよ、そりゃああるよ。でも現実としてそれだけじゃあ成り立たな……いや、ちがう、おれがいってんのはそこじゃあなくて、うーん」

 

 ほかには指摘されるようなことをいった憶えがないというように、白い髪が肩口から流れる。

 

「まあいい、ちびっ子へのプレゼントの調達、手伝わせてもらうよ」

 

 聞くが早いか、白目までかがやかせてイヴは飛びついてきた。絞っておいた襟がその拍子にほどけ、上気した肩と胸がのぞく。前髪は刷毛のように喉許をくすぐり、ヤマユリの香りをさせている。髪ごと抱き支えた背中はしなやかな弾力にとみ、肩はつかもうとした指先を滑らせた。

 

「イヴちゃんよ、嬉しいのはわかったからそろそろ離れなさい。こういうとこひとに見られちゃあ困るだろ」

「おっと」

 

 とたんにまじめな顔になり、イヴは跳ね起きた。博愛と浮気性をまぜこぜにされてはたまらないのが彼女らキリスト教の一側面である。とくに教える側のイヴとしては、誤解でも片棒を担ぐわけにいかぬことだろう。

 

「しかし、クリスマス前は毎年こんなたいへんなのか」

 

 だいぶ冷めたであろう紅茶を一口、イヴはもともとの困り眉をさらに下げ、めずらしくいいづらそうな表情で答えた。

 

「ことしはちょっとサンタ全体で自主的に遠慮をしてまして……。いつもならおもちゃ工場のラインを増やしたり夜中に動かしたりしてたんですが」

「それは……工場のひと知ってるやつ?」

「いえ、主のご加護とかサンタの奇蹟を使ってうまくやってましたあ」

「……」

「睨まないでください~。ちゃんと材料とかかかったお金は補填してましたよ。さいきんは機械で管理されてて、細かいところまで正確だからたいへんだそうですが」

「とんでもないことしてるな……」

「でも去年はクリスマス商戦の内容にまで干渉してしまいまして~。ことしはその反省といいますか、奇蹟なしで、と」

「まあ、ともかく」

 

 なんといったものやら、おれはティーカップの中身をぐっと飲みこんだ。

 

「サンタの活動に人間の手が必要になるとは因果だな」

「にんげん」

 

 きょとんと首をかしげれば、白い髪がさやかな音を奏でる。あらわになった耳朶をなぞって、おれは細い顎のラインに指をかけた。

 

「人間だよ~? イヴちゃん」

「あ、はあい。そうでしたそうでした。プロデューサーさんは人間、人間~」

 

 首絞めてやろうかこいつ……。

 

「そういう態度でいるときみのぶんは買ってやらんぞ」

「約束を反故にするのはなしですよ~!」

 

 クリスマスプレゼントの調達にはしんじつ困っているのだろう。気色ばんでしがみついてくる。

 

「きみのぶんっていったろ。きみの誕生日のだよ、誕生日」

「たんじょうび」

 

 さらさらと鳴る髪におれは指をくぐらせ、一束をつまみあげた。毛先に頬を撫でられたイヴが、くすぐったがって笑う。

 

「一二月二四日」

「はい。サンタもプレゼントがいただけるんですか~?」

「差し上げますとも、うちの子にはね」

 

 事務所のだれにでも配るほど、おれの懐は広くもあたたかくもない。だが“うちの子”にかぎれば、じゅうぶんできるのだ。

 

「ただ、きみのばあい、情けない話だが欲しいものかわからん。リクエストがあれば教えてくれ」

 

 必要そうなものは、金で買えるもの買えないもの、どちらも枚挙にいとまがない。サンタクロースに物欲がないなら、そこから手ごろなものを買えばいい。だがどうせなら、単純に“ほしい”というだけのものをあげたいものだ。

 

 金の瞳を右へ左へ頭ごと揺らし、爪の光沢を唇に寄せて、喉から鼻へ吐息を洩らすこと五分ばかり、はたしてイヴは結論にたどり着いた。

 

「パジャマが欲しいです」

「ほう」

「ふかふかの、フクロウのきぐるみパジャマを」

 

 返事のしかたを後悔しつつ、おれはスマートフォンのブラウザを立ち上げた。どうせなら本人に選ばせてしまおう。……というより、おれが選んでしまうとミミズクという漠然としたジャンル名から、具体的な種の名前に絞りこまれる危険がある。やっと化けミミズク扱いにも慣れてきたのに、またひねられてはたまらない。

 

「意外にかわいい注文だね」

「かわいいし実用的ですよきぐるみパジャマ~。お布団が薄くてもあったかく眠れます」

「……やっぱりこの脚、無理してんじゃあないのか!?」

「おしゃれは我慢ですよお」

 

 ホットパンツの白いふとももは艶もなめらかだが、そういえばそうだ、ここは暖房のきいた屋内である。

 

「えーと、アビシニアンワシミミズク、スピックスコノハズク、スズメフクロウ。ウサギフクロウってミミズクとどうちがうんですかね~? 絶滅しちゃったワライフクロウもありますよ~」

 

 フクロウ図鑑でも眺めているのかと思ったら、イヴが見ているのはきぐるみパジャマの通販サイトだった。まちがい探しのような膨大なリストを、白磁の指先が撫でていく。

 

「よくそんなサイト見つけたな」

「あ、これサンタのお姉さんがプレゼント代のためにやってるんです。ビアピケっていうんですけど」

「……ジェラピケじゃあなくて?」

 

 ジェラピケはジェラートピケの略称で、かわいらしいきぐるみパジャマや部屋着の販売で有名なブランドだ。おれだって知っているくらいの。

 

「ビアードピケ、略してビアピケです。おヒゲのビアードです。サンタなので」

「それさ……まあいいやもう」

 

 ピケってなんだよと訊きたいが、訊いてよかったとなる気がしないのでおれは黙ることにした。

 

「で、プロデューサーさんはどれなんですか?」

「どれとは?」

 

 不意に寄せられた端正な顔が小さい声でほざく。おれは首ごと顔を近づけ、うなり声で返した。

 

「種類ですよ~、正体の。あ、もちろんだれにもいいませんから」

「きょうはやけに食い下がるな?」

「すみません、そろそろ新情報があるといいなと思っていたもので……」

「人間が正体だ。ほら、そんなことより好きなの選びなさい」

「はあい」

 

 いい返事でスマートフォンに向かう横顔は、ショッピングを楽しむ歳ごろの人間の少女だ。よくわからぬ差異にこだわって吟味するところなど、まったく人間と変わらない。それが微笑ましくもあり、なんとも不思議でもある。

 

「あらー、ここでもハバツアラソイが……」

「どうしたね」

「目移りしてしまったので、リピーターのかたのご意見でもとコミュニティをのぞいてみたんですが~。耳あり派となし派でずーっと論争してるんです」

「そんなどうでもいいことを……」

 

 つい思ったまま声に出してしまったが、そんなところにこそこだわりというものはあって、すぐ意地につながるから戦いが止まらなくなるものだ。みんな耳がなかったなら、おれは人間でいられただろうことを思うと耳なし派を応援したい気持ちがちょっと湧いてくる。

 

 そんな、それこそどうでもいいことを考えてイヴから視線を外していると、真横でシャッター音が一つした。

 

「あ、すみません。驚かせてしまいましたー。初心者向けのトピックがあって、顔写真をアップロードすると似てる順で並べ替えられるから使うといいと」

「そういうのはひとが集まってないところでやんなさい、おれより驚くひとがいるかもしれんよ」

 

 イヴが素直な返事をするあいだに、通販サイトはイヴに似ているフクロウをリストアップしていた。一位はシロフクロウ、類似度四三パーセント。金眼に白い髪、白い肌ときたらまあ、ほかにはあるまい。二位以降はのきなみ一桁の数字が並んでいた。

 

「意外にこの類似度ってのは低く出たな」

「われわれサンタはひとの子が原型ですので~。プロデューサーさんもやって」

「みません」

 

 向けられた機械の一つ眼を指でふさぎ、歯を剥いてみせる。不服そうにしてイヴは、おれの指を支えにスマートフォンを操作する。

 

「むう、カートにいれるだけしておきますね」

「うん、じゃあカードで買うから返して」

「でもやっぱり」

 

 すばやく横へ逃げるレンズを、こんどは本体ごと鷲掴みにとらえる。なにかいいたそうな形に口を開いて眉を寄せるイヴの顔は、たしかにシロフクロウに似ているかもしれない……どことなく。

 

「シロフクロウでLサイズを一着、えーと来月の……二二日にしとくか」

 

 個人情報とカード番号を入力する指を、おれは止めた。カードを忘れたとか住所を思い出せないとかではなく、真横でふたたびシャッター音がしたからだ。

 

「イヴちゃん」

「音はおさえました~」

「そうじゃあなくて、なんで撮った?」

 

 訊くまでもないが。

 

「好きなひとの写真がほしいのは悪いことですか?」

「……そういう雑な嘘は堕天のもとじゃあないのかい」

「好きなのはほんとうです」

「きみのいってる好きってのはさ……」

 

 細い顎をつまんで引き寄せる。二、三秒の未来が見えないのかわざとなのか、なめらかな肌の下の薄い筋肉はゆるんでいた。鼻と鼻が触れそうになるまでは。

 

「おっと」

 

 反動もなくやわらかい感触が指から離れ、代わりに熱を帯びた手が包みこむようにおれの手を押し下げる。

 

「そういうのはだめでーす」

「写真を持っときたい関係ってのはそういうのなの! まったく、ほんとうの目的いってみい」

「……」

 

 イヴは観念したようすを無表情ににじませ、自分のスマートフォンの画面をおれに向けた。さっきの通販サイトが、おれの横顔の写真とミミズクを較べてリストアップしている。

 

「ファラオワシミミズク、八七パーセント……」

「一〇位でも六一パーセントですよ~」

「こいつ、おれのこと嫌いなんじゃあないの?」

「まさか。私のお姉さんたちの作るものにかぎってそれはありませんよ~」

 

 とうに反省を終えたらしいイヴの能天気な台詞は、“機械の正確さはすごいですねえ”とつづく。

 

「興味には抗えず、すみません。この結果は私の胸にしまっておきますから、それでお赦しを~」

「……」

「もしも私の胸からこぼれることがあったら、私のことを化けシロフクロウと呼んでいただいてもかまいませんから~」

 

 鼻先で拝む指の左右から、金の瞳が見上げる。媚びた色を浮かべてでもいればまだ叱りようもあったのだが。

 

「それがなんになるよ」

 

 口のなかの苦さに取り上げたティーカップの、中身はすでに空になっていた。

 

 

 

(了)




フクロウひとくちメモ。

◆シロフクロウ
北極圏に生息する大型のフクロウです。
真っ白いのはオス、黒い模様がびっしりあるのはメス。
オスでも若い個体はところどころ黒い斑点があります。
神崎蘭子が「華蕾夢ミル狂詩曲~魂ノ導~」のジャケットで持っている子は若いオスとみられます。

◆ファラオワシミミズク
北アフリカから中東の砂漠に住む大型のミミズクで、クリーム色の羽毛と赤っぽいオレンジの虹彩が特徴です。
獲物は主にスナネズミで、フェネック、ときには蛇やサソリも。
毒針が通らない程度には羽毛が厚いようです。

◆アビシニアンワシミミズク
北アフリカに生息するやや小型のミミズクで、灰がちで横縞の羽毛と茶色の虹彩が特徴です。
フェルトで作ったような丸い羽角とボサボサの顔が印象的。

◆スピックスコノハズク
スピックコノハズクとも。
中央~南アメリカの森に分布する小型のミミズクで、茶色い羽毛と黄色の虹彩が特徴です。
野生下では警戒しているのかスマートな姿の写真が多いですが、飼育下ではまるまるコロコロしたようすがとてもかわいい種類です。

◆スズメフクロウ
ユーラシア大陸の針葉樹林に生息する極小のフクロウで、名前どおり見た目もサイズもスズメのよう。
しかし猛禽類であることに変わりはなく、自分のサイズを超える鳥を仕留めることもあります。

◆ウサギフクロウ
タテジマフクロウが正式な呼びかた。
羽角がありながらミミズクと呼ばれない、ネーミングの例外の一つ。
中央~南アメリカの草地など開けたところにいるやや小型のミミズクで、はっきり大きい羽角とお腹の黒い縦縞のおかげでまず見間違えないでしょう。

◆ワライフクロウ
ニュージーランドに生息していた中型のフクロウ。
残っている写真やイラストでは顔があまり丸くないようなので、聴力よりも視力を使った狩りをしていたのでしょうか。
20世紀初頭に絶滅。
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