猫、巫女、サンタ、あいのうた   作:久聖

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実験的に地の文大幅削減。


留美・フレデリカ  きまわし

「よろしければサイズお出ししましょうかー」

 

 背後からの言葉に、和久井留美は服屋の棚を斬りつけていた目の鋭さをおだやかにして振り向いた。

 

「いえ、まだ決めかねて……」

 

 答えかけて、切れ長の目は紡錘形に丸くなる。想定とことなる人物を、そこに認めたからだ。

 

「……フレデリカちゃん」

「そーだよー」

 

 ライム色の瞳が、淡い桃色の顔でにっこりと笑った。留美の“同僚”、宮本フレデリカである。明るいベージュのハンドバッグがVサインの手首で揺れている。

 

 解けた緊張を口から吐き出して、留美は目をもとどおり刀のシルエット、自然体のかたちにもどした。

 

「どうしたの、こんなところで」

「アルバイト!」

 

 フレデリカは黒いバックレースアップのブラウスに胸のシルエットを浮かせ、長い脚でポピーレッドのフレアスカートを広げる。

 

「ああ……ごっこね」

 

 言葉の後半を留美は飲みこんだ。

 

 ハンドバッグを持って勤務する店員はいないだろうし、反らされた胸に社員証が見当たらない。それでも返事をあいまいにしたのは、フレデリカの表情が、いたずら猫のそれではなくまじめそうに見えたからだ。

 

「それじゃあ、ちょっと助けてくれません、店員さん」

「ウイ、マダ~ム」

 

 白い歯で答えるや、フレデリカはスタンドミラーをさらってきた。カイゼル髭を撫でるまねをしながら、ライムの目で銀鉄色の瞳をのぞきこむ。

 

「このこんちぇるじゅにお任せあ~れ」

「コンシェルジュね」

「コンしぇるジェル」

「コン・シェル・ジュ」

「コンコンスココンコンスココン」

「……」

「コンシェルジュっていいにくいからフレちゃんって呼んでね」

「わかったわ、フレちゃん」

 

 苦笑いを隠すのは上手なほうの留美であった。

 

 フレデリカはアルカイック・スマイルを鏡越しに見ながら、さっそく仕事をはじめる。

 

「さーてお客さま~。本日はなにをお探し? 着るやつ? 脱ぐやつ? いま着てる服に似合うカラダ?」

「そんな体があったら便利でしょうね」

「なんと本日は一つだけご用意がございます!」

 

 フレデリカが両手の指で示すのは、自分自身の体である。

 

「でも昔フレちゃんが買っちゃったからもう品切れなんだあ」

「あら、残念ね」

「ユーズドでいいならそのうち買えるかも」

「その表現はやめない?」

「まえにプロデューサーも買ってた」

「どういうこと?」

 

 眼光の切っ先を突きつけられて、フレデリカは棚のたたまれた服へ逃げた。

 

 そういえばルミさんと二人になるのははじめてだった……。冗談の目盛りを少し小さくしながら、手はすでに派手な配色のTシャツを留美の肩へ広げている。

 

「ん~こちらのシャツは……おーうハデハデ。メイクがんばらないとお顔が見えなくなっちゃうやーつ」

「そう……。やっぱりこういうのは合わないわよね」

「おっとさてはすでに持ちし者」

 

 こんどの苦笑いは隠さず、留美はわずかに頷いた。“さすがに着なかったけど”と。

 

「思い切って買っても、店員さんと相談しても、どうしてかイマイチなのよ」

 

 蛾眉を困らせて、棚に積まれた原色の布に指を滑らせる。

 

「カジュアルは難しいわ」

 

 秘書という前職のおかげで、ビジネスカジュアルより堅いものはじゅうぶんに揃っていた。いまも白のブラウスに膝下丈の黒いタイトスカートである。首の赤いエスニック模様のスカーフは、カジュアルに寄せようとしたものらしい。

 

 それを聞きながら、フレデリカはかっちりとした襟の白シャツに手を伸ばしていた。

 

「フレちゃんがこれ着たらすごいかしこくならないかな?」

「着なくてもフレちゃんはかしこい子だと思うわよ」

「じゃあ脱ぐ?」

「裸はだめよ。自信はあるでしょうけど」

「うん」

 

 どちらを肯定したのやら。留美のシャープな顔に何度目かの苦笑いが浮かんだ。

 

「OLフレちゃん!」

 

 白シャツを胸に広げ、変装用のピンクの額縁眼鏡を光らせる。

 

「まだ高校生でも通じそうね」

 

 といわれれば、さっとグレーのジャケットを羽織ってみせる。

 

「あら、初々しい」

「メールシ~。そしてこちらがご希望の高校フレちゃんです」

 

 セーラー服ふうの大きい襟をしたシャツを当てて、鏡越しにライム色の視線を送る。留美が首にしていたスカーフを襟にくぐらせてやると、目をひときわ大きくして口の端を上げた。

 

「タイを外しちゃだめよ」

 

 フレデリカの横顔へ、じかに留美は微笑んだ。桃色の唇のあいだに並んだ白い歯がそれに応える。

 

「は~い、委員長」

 

 挙げた手で偽セーラー服を外すと、こんどはスカーフを三角巾にし、白のエプロンでメイドを名乗る。

 

 オレンジのダウンベストの襟を隠せば工事現場の作業員に化け、青いアッパッパーでは外科医になりきる。

 

 と思えば、スカーフを額烏帽子にして両手の甲を見せる。

 

「お墓に出るひと」

「七変化はいいけど、それはあんまり感心しないわ」

「からの砂漠にいるひと」

 

 とっさにスカーフのねじれを直し、鼻から下を隠してみせる。どうツッコんだものか留美が悩んでいる隙にもとの“フレちゃん”にもどったフレデリカは、黒いジレを留美にうしろからかけた。

 

「ルミさんも化けよ~。はいこれ」

「……」

 

 振り向けば三〇センチばかりの距離を光学的に一〇倍にして、留美はライム色の目をのぞいた。丸く二つ並ぶそれは、春の水面のようにきらきらしている。

 

「これはバーテンダーかバリスタね」

 

 スカーフで首許にリボンタイを作ろうとして、留美は諦めた。

 

「いいなー。マスター、フレちゃんにあちらのお客さまから一杯!」

「つぎの誕生日が来たらおごるわよ」

「わーい」

 

 二着、三着と変化を繰り返すうちに服選びが楽しくなってきた留美である。

 

 “ときめかないものは捨てる”という整理術は聞きかじったが、なるほど、買うときにも楽しいものを選べばうまくいくのかもしれない。

 

 だが、同時に一つの疑念が脳裏にひらめく。

 

「……どうしてこの辺ってこんなに雑多に物があるの?」

「ヴィレヴァンなのかも」

 

 自分の言葉もフレデリカの冗談も聞き流して、留美の手は濃い山吹色のトレンチスカートを鏡で合わせていた。

 

「ダース・ベイダーのマスクもあったよ~」

 

 かぶって呼吸音を真似するフレデリカへ視線をやれば、その横におなじマスクの積まれた棚と、金属の筒がひしめくワゴンがある。

 

「ライトセーバーまで売ってるのね……。懐中電灯なのかしら」

 

 スイッチを押すと硬質な振動音が起こり、先端から飛び出した緑の光が一メートルほどの刃を形作った。

 

「あっ、メロン味だ。フレちゃんメロン好き~。ルミさんは?」

「……メロンは好きよ、私も」

 

 想像とはことなる挙動をされて留美は少しいいよどんだ。光剣を持った手首を返すと、空気を裂く重い音がする。

 

「お客さま、危険ですのでライトセーバーの起動はご遠慮ください」

 

 見咎めて店員が小走りに寄ってきたので、留美はあわててそれをワゴンへもどした。

 

「怒られちゃった」

「そろそろまじめに探しましょう」

 

 さっきのトレンチスカートをもういちど腰許に広げ、こんどはフレデリカに見せる。

 

「これ、似合わない?」

 

 やわらかな光を銀色に反射する切れ長の目をのぞいて、フレデリカも丸いライムの目を細めた。

 

「ん~? んふふ、ルミさん楽しそう」

「ええ。いい服が選べる気がするわ。……はじめてね」

 

 

 

(了)


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