【悲報】氷属性はかませが多いらしい。 作:ブルーな気持ちのハシビロコウ
暖かい目で見てください。
まずは、自己紹介をしよう。
俺の名前はアイス。世界を束ねる六魔王の一人で『冷徹にして冷血』と恐れられており、氷魔術における最高位の使い手だと自負している。
見た目は白い肌に薄い透明度のある青い瞳と髪。
才能にかまけずに日々鍛えた肉体と磨き抜かれた魔術の練度、子供の頃から神童と畏れられていた。
そんな俺だが、最近―――困っている事がある。
「…………アイス様?考え事ですか?」
「フローズか」
同じく氷の使い手であり俺の秘書であるフローズは俺の様子に小首を傾げた。
「フローズ、現在の勇者の動向を教えろ」
「はい。現在六魔王の二人、ファイア様とサンダー様がやられました……ここに来るのも時間の問題でしょう」
俺の言葉に、フローズはキリッと凛とした真剣な顔で答えた。
俺の悩みの原因である。
人族の中で、勇者という輩が俺達六魔王の打倒を企てているらしい。既に俺の氷魔術同様に炎と雷に長けた二人の魔王がやられたという報告を受けている。
「そう、か」
「ですがアイス様なら問題ありませんよ。それに城に来るためには『氷結の迷宮』を通る必要があります」
どこか誇らしげに、フローズは言葉を紡ぐ。
「迷宮は地図がない限り突破も難しい上に、その場にいるだけで低温に耐性の無いものは衰弱します。それにアイス様は部下の強化にも力を入れているでしょう?負けるはずがありません」
「違う、違うぞフローズ。俺はそんな事を気にしてなどいない。確かに難解な迷宮、多彩な罠、さらにそこには俺が手塩にかけて育てた部下達がいる」
「……では、一体?」
「俺はな、前に全王様からある言葉を聞いてしまったのだ」
ちなみに全王様とは、すべての魔術に適性がありこの世を統べている色々規格外なお方である。
俺達六人の魔王はその下で分割して国を治めながら、同時に結界を張って全王様を守っていた。
恐らく人族の代表、勇者の本当の狙いは全王様なのだろう。そのために我々六魔王を倒す必要があるのだ。
――――――特に俺には思い入れのあるのだが、それは置いておこう。
「全王様から……?その、言葉とは?」
神妙な顔をするフローズに俺はフッと意味深に笑い、窓の外に視線を移す。
そしていい吹雪日和だなと場違いなことを思いながら、俺は言った。
「―――――氷属性って、かませが多いらしい」
俺、既に敗北を約束されているかもしれない。
◆◇◆
「はい?」
「ちなみに俺はあの言葉を聞いてから……眠っていない程に悩んでいる」
「全王様の会談って二週間前でしたよね?最近やけに目付きが悪いのはまさか……?」
俺の部下がとんでもない顔で見てきやがる。
目付きが悪いのは生まれつきだ。だが最近部下は挨拶をしたらそそくさと消えていくが。
「どうかご自愛ください、アイス様」
―――――只でさえ忙しい中、二人の柱を失って加速する激務に加えての寝不足。
腹心の助言は悲しくも届かず、氷の魔王は嘆く。
というか、それどころじゃないのだ。
「あぁ………くそ!これでは勇者に倒されるのも時間の問題なのか……っ!!」
「勇者に負ける前に過労で倒れますよアイス様」
小さくため息を溢し、フローズは考える素振りをする。
「それに、何を根拠にそんなことを?素晴らしいではありませんか、氷属性は」
「……気休めはよしてくれ」
(そんな状態で勇者に来られたらこっちもたまらないのですが…………)
「氷はどんな形にもなりますので武器になります。壁にして盾代わりにもなりますし、それに過去には無くなった手足を氷で補った者もいると聞きますよ?それに漂う冷気はあるだけで人には凶器ではありませんか」
さらに、と人差し指をたてる。
「それにアイス様の奥の手である『
その言葉に、俺は小さく頷く。
膨大な魔力を出し続ける限り、俺を起点として周囲を限りなく低温にさせて凍らせる、動くものは俺以外に存在しなくなるという技だ。
何度か発動した時の俺の経験と見立てでは、生物や物体には例外なく、低温に限界があるのだ。
生物をその温度にまで下げてしまえば、なんであろうと、例え全王様であろうと活動が停止する。
確かに聞くだけなら最強な技である。
だが。頷いた後に、俺は俯いた。
「―――――派手さがないだろ」
「…………はい?」
大分間を置いて、フローズは唖然とした顔で言った。
「派手さが無いんだ。それに比べて、負けたとしても派手な奴等だったなアイツら。雷なら見映え良いし速さは魔王一だし、炎なら見ての通りだし身近だから親近感も湧きやすい」
「し、親近感?派手さも関係ないのでは……?」
「見た目はそれだけで威嚇の効果を示す事があるだろ………氷には色がない、派手さもない。どんなに派手にしようとしても視認ではわからないじゃないか」
わかっていない、何もわかってはいないぞフローズ。
まぁ、俺も全王様に言われるまで気付かなかったのだから、仕方ないと言えるがな。
なんやかんや、一番ショックな発言だったな。
「それに、順番もあるらしいぞ」
「順、番ですか?」
「あぁ。勇者はその順に添って俺達を倒しているらしい」
「なる、ほど………強さや相性順ということですね?人間にしては知恵が回りますが、確かに理にかなっているのでしょう」
「違うぞ?」
「えっ」
「なんか、炎とかは最初らしい」
「は、はいぃ?」
「そして、氷は四番目らしい」
「ど、どういうことなんですか?」
「つまり……勇者の順番的に来るのは四番目らしいぞ」
「四、番ですか?アイス様が?」
「そんな反応だろう?なんか微妙すぎないか?最後とも言えず、言うまでもなく最初でもない。かといって折り返しかと言われたら三番目には劣る辺り、なんというか『半分まで来たからいっちょ気を張り直すか~』的な勢いで来られるんだぞ?なんかウザくないか」
「先程から実は意外と余裕ですよねアイス様?というか既に三番目の魔王様はやられる前提なのですね?」
「勇者たちは着実に力をつけてきていると聞くからな、闘う覚悟はしておくべきだろう」
「ですが順番の傾向がわかるのであれば他にもやりようがあると思うのですが……」
「正々堂々一対一だろう。それはフェアじゃない」
「勇者一行八人いますよ?」
――――――えっ?
「………なん、だとっ?」
「はい。勇者一行の人数は八人、今回は増えたことも報告しようかと思いましたが…………」
「………そう、なのか?あの侍らせている女達って頭数に入っていたのか?」
「まぁ、一応。聞けば名門の武術家の娘や、賢者の孫なんて話はありますが………」
「容姿だけじゃなくて才能にも恵まれていたのか………てっきり勇者の見栄えを良くするための人員だと思っていた」
「しかも最近になって二人増えたという報告もあります」
その言葉に俺は驚愕する。
「一対十って十倍じゃないか………!?いや八人の時点でリンチだろうが……!」
思わず力んでグッと歯噛みする。
「情報を掴んだのはごく最近ですしアイス様は部下の指導に勤しんでいたので知らないのは当然と言えば当然かと………ちなみに、増えた二人は負けた魔王の副官でした」
「しかも寝取られてんじゃねぇかアイツらぁ……!」
殺された上に腹心に裏切られるという鬼畜の所業。弱肉強食の世界とはいえ流石に負けた魔王に同情する。
「報告によれば元々扱いが雑だったこともあり、かなり嫌われていたので、優しくしてくれた勇者にコロッとだそうです。恐らく魔王様の弱点や情報もそこから」
「もはや誰が敵かわかんねぇなそれ」
「それに、今までの情報をまとめますと、万一勇者達がここに来るときには一人増えますよね」
「一対十一か……他の魔王に警告しておくか?」
しかしなぁ、部下の裏切りは恐らく積み重なったもの、警告なんてしても無意味だろうか。
「優しくするべきか、しかしやり過ぎは舐められたりクーデターに繋がるか……難しいところだな」
「アイス様なら問題ないと思いますが……そういえばアイス様、最近珍しく部下をお叱りになったそうで」
「ん?」
そういや、そんな事もあったな。
「俺の城削ってシャーベット作ってんだから流石に怒らねぇとしまらないだろ」
「はい、そしてそのあと散々怒った後に万能薬渡したそうですね」
「城の材料は永久凍土だからな、何が起こるかわかんだろ」
「しかも一緒に食べてみたとも」
「なっ、黙ってろって言ったのにアイツら………っまさか俺も既に裏切られていたというのか!?」
「それはないかと………変わってるけど気が利くから人望あるんだろうなぁこの魔王様」
「どうせ耐性を持つ魔術か防具でも揃えてやって来るんだろう……滑る床や全方向から氷柱が出てくる罠だって仕掛けたが恐らく抜けられる。クソ……このままではかませ犬確定だ……だがどうせハプニングで一人くらい寒さにやられて勇者と体温と共に愛情を共有しあうんだろうクソが!」
「それは嫉妬ですか?それとも勇者の仲間数を削れなかった悔しさですか?」
俺の溢れんばかりの発想力に半目で睨むようにこちらを見てくるフローズ。照れるじゃないか。
まぁその発想力に潰されかけているんだが。
背もたれに体重を預け、空を仰ぐように上を向く。
「………思えば、ここまで長かったな」
「最初は威力だけで、魔術が扱えず恐れられ孤独になり、生きるため必死に扱えるようになれば神童と呼ばれ掌返し。そんな奴等に呆れて人を辞めた先でこんな事になるとはな.....」
目を丸くするフローズの顔を見て俺は小さく笑った。
「なっ……!?アイス様は元は人間だったのですか?」
「元な。もう全王様の力を借りて人を辞め名前も捨てた。誰も怖がって引き止めはしなかったよ」
「名前も、捨てたのですね」
「あぁ………前は『レクス』という名前だったが、人を辞めると同時に断ち切りたくてな。さっきも言ったが、止める奴なんか―――」
回想していると、一人の少女が頭に浮かんだ。
「あぁ、いや。一人だけいたな?俺を止めてくれようとした奴が」
「っ人の身で、アイス様をですか?」
「その頃は俺も人だったがな。俺とソイツは口論になり奴の片腕を消し飛ばした………防げる威力の筈だった。威嚇のつもりだったんだがな、奴の腕はそれで使えなくなった。きっとあえて抵抗しなかったのだろうな。俺を止めるために」
「片腕を、ですか?そこまでして………」
「あぁ。結局こっちに来たんだから、奴の努力は無駄だったんだがな」
少し鋭くなった視線に、フローズはどこか複雑な顔で聞いた。
「後悔は、していないのですか?」
「………後悔だと?する訳ないだろ。俺は現に人だった時よりも生き生きとしている、部下に地位に名誉。自分の器を超えた『だけの』存在を敵とする人間と共にいた頃とは比べ物にならない力を与えられた。結局世の中弱肉強食、強いものが得て弱いものが奪われる、それが真理だ」
だが、それでも。
「――――――でも、今までの積み重ねを一蹴されるかもしれないというのは、やはり怖いものだな」
思わず拳に力が入る。
「…………アイス様」
「昔は奪われるのが当たり前だったが、今は違う。俺には責任があり、部下がいる」
他の魔王だって実力者揃いだ、その上で既に二人が負けているのだから、俺だって負ける可能性は十分にある。
「では、私からも一言よろしいですか?」
「どうした?改まって」
「―――――案外、アイス様は間抜けですよね」
「っ」
「冷徹にして冷血というのは嘘です。アイス様は非常に天然で、独断的で、鈍感で、顔だけが取り柄ではないだろうかと思うほどにエゴイストです」
「…………言い過ぎじゃないか?」
冷たい、氷の様に冷たい言葉に流石にショックを受ける。
「ですが」
「それでいて、日々
「……フローズ」
「私も心からお慕いしております………なのでどうか、かませ犬などと言わないでください」
感情の起伏をあまり見せないフローズが、俺に優しく微笑んだ。
「………フッ。ハッハッハッハッ!!そうだな!俺は氷の魔王だ!こんな弱々しい姿など滑稽でしかない!すまないなフローズ、迷惑をかけた」
「アイス様…………!」
まるで力が漲るようだ、先程までの頭痛や憂いは既に消えた。
「目が覚めた!もう迷いはない!俺は慢心も油断もせず、全身全霊で勇者の挑戦を受けよう!」
俺は思わず立ちあがり、叫ぶ。
「さぁ、いつでも来い!勇者よっっ!!」
「――――――無理だと思うんだよ、氷の魔王」
一方、勇者は遠い目をしながらそう言った。
「なっ、諦めてしまうのですかっ勇者様!?」
「いや。無理じゃない?確かに世のため人のためと思って全王を倒そうと意気込んでさ、二人の魔王を倒して近場に様子見に来たけど……これは無理だようん」
――――――目の前に広がるのは、氷で出来た迷宮。
純度の異なる氷により透明や白みがかった氷の壁や柱が並び、天井からは鋭い氷柱が至る所に生えていた。
奥には暴風に雪が雨のように降る中で顕在する氷の城。噂では彼処に氷の魔王がいるらしいのだが、天候や伏兵も考えて飛んで行くのは得策ではない。
「フレア、スパーク。氷の魔王についての情報ってある?」
「…………ありません。氷の魔王アイス様の腹心、フローズはアイス様に畏敬の念を抱いており、魔王を抜いた会議の際も一切の弱点や愚痴を聞いたことがないのです。それに……あくまでも噂ですが全王様を倒せるほどの奥の手もあると聞いています」
「しかも氷の魔王軍はその名からは想像もできないくらいホワイト企業で週休三日、代休も存在しており魔王様は多忙な中で書類だけでなく定期的に部下達の姿を見て激励しているとも。正直フローズが羨ましくて私も氷属性に生まれたかったと後悔するほどです!」
「うん、まず『企業』という言葉が出た事に驚いたんだけど………つまり魔王には弱点もなければ、部下達も相当鍛えられている可能性があるのか」
「話を聞く限りではかなりの連携も取れていますね………長期を見越して極端な低温に強い装備を揃える必要もあります」
「となると予算もかなりつくね………四番目位に挑もうと思ったけど、これは厳しいかな」
うぅん、と悩み。勇者は一言放った。
「最後にしよっか、倒すの」
『賛成』
全員が頷いて、氷の迷宮から立ち去ろうとしたとき。
「…………」
ふと、九人の内の一人が迷宮の奥に見える城を振り返った。
「いまは、まだ届かないかもしれないけど」
彼女は一瞬だけ
「――――――待っててね、レクス」
続かない(疑惑)