このすば!ぐらんぱ!   作:星子

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第一章 おじいちゃん最初の町へ
第一話 おじいちゃん、女神と出会う。


ーダスティネス邸 当主寝室ー

 

 この日、長年王家の懐刀として従えてきた大貴族の当主”ダスティネス・フォード・ヴァントゥス”が、ベッドの上で充実した生涯を終えようとしていた。

 穏やかな表情で辺りを見渡すヴァントゥスの周りには、専属のアークプリースト数人と彼の息子で現当主のイグニス、その妻のルーナが神妙な面持ちで事を見守っている。

 そんな少々重たい空気に思わず笑みを零したヴァントゥスは、力が入らなくなってきた腕を上げ、イグニスの名を呼ぶ。

 

「イグニス、当主とあろう者が…そんな顔をしてどうする。そんな様では愛すべき民を守れんぞ。…私は皆に支えられて十分に生きた…そんな顔で送り出されては逝くに逝けんではないか…。どうか笑って見送っておくれ。」

「…父上。」

 

 涙を堪え、無理に笑顔を作ろうとするイグニスの手を一撫でする。その顔にはダスティネス家当主としての威厳は無く、一人の父親としての表情しかなかった。そしてイグニスを下がらせ、彼の傍らで控えていたルーナを呼ぶ。

 

「お義父様…。」

「ルーナよ。イグニスは心配性が過ぎる所があるでな…。そなたが手綱を引き、どうか…夫婦で支え合って生きておくれ。」

「は、い…。」

 

 堪らず泣き出してしまったルーナの手を撫でると、彼女の膨らんだ腹部に目を移す。新たな生命を宿したその腹部を見ながら、ヴァントゥスは残り少ない言葉を紡いでゆく。

 

「泣く…なルーナよ。お腹の子…に障るであろう…。初孫を…拝めなかった…のは、残念でならんが…。これからも…ダスティネス家は…続いてゆく。これ…からは、エリス様の下で見守ると…しよう。」

 

 残り僅かと悟ったアークプリースト達は、エリス教の証を胸元で握りしめ静かに祈りを捧げる。イグニスとルーナは涙を流しながら不器用に笑い、精一杯送り出そうとしてくれる。そんな幸福な時間を味わいながら、ヴァントゥスは幸せそうに息を引き取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――ふと瞼に力が入るのを感じる。ゆっくりと瞼を開くと、眼の前には薄暗く霧に包まれた空間が広がっており、その空間に不釣り合いな純白の椅子と机が一組鎮座していた。

 

(ここは一体…)

 

 ヴァントゥス自身も簡素な椅子に座っており、席を立とうとする。しかし、なぜかその場から動いてはならないという感覚に陥り席を動けないでいると、眼前の純白の椅子の周りが眩い光を放ち始める。

 目を細めるヴァントゥス。そして眩い光が収まり目を開くと、先程まではこの場に居なかったはずの一人の美しい少女が純白の椅子に腰を掛けていた。

 驚きの余り無言になるヴァントゥスに少女は微笑みかけ、言葉を紡ぎ始める。

 

「私は女神エリス。ダスティネス・フォード・ヴァントゥスさん、貴方はその短き生を全うし、惜しまれつつも死後の世界へと導かれました。」

「貴女様が女神エリス様…なんとお美しい。…死後の世界、ここがそうなのですか?」

 

 ヴァントゥスの言葉に頷くエリスは、少々顔を赤らめながら小さな咳払いを一つすると、気を取り直して次の言葉を紡ぎ始める。

 

「こほん、貴方には2つの道が用意されています。一つはこのまま昇天され天国で穏やかに暮らす事。二つ目は、現在の記憶の一切を消去し、新たな生命として別世界に誕生する事。この場合は、ある程度の誕生条件は認められますので、ご希望があれば遠慮なくおっしゃって下さい。」

「ほう。2つとも好条件でございますな。これも生涯エリス様に従えてきた徳の為せる業ですかな!」

 

 快活に笑うヴァントゥス。そこでふとある考えが頭を過る。この考えを基準に道を選ぶのも悪くないと思ったからだ。

 

「エリス様。私の妻、テラはどの道を選んだのでしょうか?」

「ヴァントゥスさんの奥様ですか?奥様は天国への道を選ばれましたよ。今も穏やかに過ごされています。」

 

 その言葉を聞いたヴァントゥスは、安堵のため息と共に背もたれに身を預ける。生前の行いからして間違っても地獄には落ちていないと信じていたが、実際に聞くと安心感が湧いてくる。

 暫く余韻に浸ったヴァントゥスは、背もたれから身を起こし、自身のこれからの道をエリスに告げようとする。

 

「決まりましたエリス様。私は天国で妻と穏や――――」

「あ、あの!少々聞いてもらいたい事が!」

「!?は、はい!エリス様如何なされましたか?」

 

 意を決したように大声で話を遮ったエリス。突然の事に驚くヴァントゥスはエリスの話を聞く姿勢を取る。しかし、言い出し辛い事なのか、エリスは小声で何かを呟くばかりで一向に話が見えない。

 エリスの言葉を待つヴァントゥス。そんな彼を待たせている事に気付いたのか、エリスは意を決して言葉を発した。

 

「あ、あの!…貴方は生前の世界をどう思われていましたか?」

「……」

 

 ヴァントゥスは、エリスの唐突な質問に暫くの間思考が止まる。しかし真剣な様子のエリスを見て自身の考えを口にする。

 

「ふむ…そうですなぁ。死んでしまった今思うとすれば、色々な思い出の詰まった素晴らしい世界だったと思いますかな。はっはっは。」

「……日々悪魔共に脅かされる民が居た、あの世界でもですか?」

「っ!ううむ……。」

 

 生前を思い返し穏やかに笑うヴァントゥスだったが、エリスの一言に顔を顰めてしまう。彼は死して尚、民を守る大貴族、ダスティネス・フォード・ヴァントゥスなのだ。

 

「…意地悪な言い方でしたね。ごめんなさいヴァントゥスさん。貴方の信仰心を知った上での嫌な質問でした。」

「…エリス様が謝罪するような事では御座いません。いい事ばかりを思い出し語ってしまった私が悪いのです。はぁ、これではイグニスに笑われてしまうな。…話を戻しますが、エリス様が仰られた通り、生前の私は、悪魔共から民を十全に守れていたとは言い難いですな。しかし、何故そのような事をすでに死んだ身の私に問われたのですかな?」

 

 ヴァントゥスは素朴な疑問を投げかける。そんなヴァントゥスを正面から見据えたエリスは、真剣な表情をそのままに口を開いた。

 

「ヴァントゥスさん。貴方には天国でも別世界への転生でもない、三つ目の道を選んで頂きたいのです。」

「…ふむ。詳しくお聞かせ頂いてもいいですかな?」

「はい、実は――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――エリスが語る事情を頭の中で整理するヴァントゥス。

 まずここまでの二人の会話時間は、現世だと18年程時間が経っている事。そしてエリスの先達でアクシズ教の主神【女神アクア】が、ある若者の死後の選別中に思わぬ事故に見舞われ、先程二人して下界へ転送されてしまった事。普段の素行は良くないが若者の転生特典として転移してしまった為、こちらからでは連れ戻せず、余りにも不憫なのでアクアとその若者と一緒に魔王討伐を達成して、アクアを天界に帰還させて欲しいとの事だった。

 つまり先程、エリスが話を遮って提示した三つ目の道は、先達であるアクアを助けるための方便だったのだ。そう結論付けたヴァントゥスは思わず腹を抱えて笑い出す。

 

「はっはっはっはっは!エリス様もこういったお可愛い所があるのですな!」

「ヴァ!ヴァントゥスさん!?か、可愛いだなんて女神に対して不敬ですよ!私は真剣に頼んでいるのに!」

 

 恥ずかしさから顔を真赤にして抗議するエリスを見ると、年相応の少女にしか見えない。そんなエリスをひとしきり笑うと、徐に立ち上がりエリスの前に跪く。その騎士然とした行為にエリスは驚いている様子だが、ヴァントゥスは顔を上げエリスを見据えながら宣言する。

 

「我ら敬虔なるエリス教徒が主神、女神エリス様からの神勅、我が命に変えましても必ずや成し遂げてご覧にいれましょう。」

「ヴァントゥスさん…ありがとうござ…あ!ん、こほん!敬虔なるエリス教徒にして民の盾たる者、ダスティネス・フォード・ヴァントゥスよ。見事、神勅を果たしこの女神エリスにその信仰心を示しなさい。」

「ハハ!仰せのままに!」

 

 恭しく頭を下げるヴァントゥス。しかしその後エリスから具体的指示が一向に出されなかったため、疑問に思い顔を上げる。そこには恥ずかしさから俯き、頬を小さく掻くエリスがいた。

 

「あ、余り神託などを下す事がないので久々にやると…は、恥ずかしいですね。」

「ははは。やはりエリス様はお可愛い所が御座いますな。」

「!?も、もう!ヴァントゥスさんったら!」

 

 エリスに対しての信仰心は、誰よりも厚いと自負しているヴァントゥスであったが、実際に対面するとどうしても年相応の娘を相手にしているような気分になってしまい、再び現世へ転生するまでは偶像としてのエリスと、実際のエリスのギャップを楽しもうと思うのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暫くして、エリスの羞恥心からくる怒りが収まったのを見計らい、今後の事を切り出すヴァントゥス。

 

「してエリス様。元の世界に転生するのは良いのですが、見ての通り私はこの老体。老いの概念が存在しない悪魔共には太刀打ちできませんぞ?」

「その辺りは心配しないで下さい。転送する際に、ヴァントゥスさんの肉体を全盛期まで巻き戻して送り出します。それと、急な転生案件だったので余り数は用意出来なかったのですが、いくつか転生特典を用意しました。この中から一つだけ選択する事が出来ます。」

「ほう。特典ですとな?」

 

 エリスから差し出された10枚程の羊皮紙を受け取り、内容を確認するヴァントゥス。その内容はどれ一つとってしても素晴らしいもので、この中から一つだけとなると中々に選び辛い内容ばかりだった。

 そして、最後の一枚を確認しその内容に目が留まる。

 

【女神エリスの使徒】

 

 名称からして惹かれるものがあったこの特典に、どの様な効果があるのかエリスに尋ねるヴァントゥス。尋ねられたエリスは微笑みながら切り出す。

 

「えと、それはですね。殆どヴァントゥスさん専用の特典みたいなものです。生前司祭クラスの信仰心を持ち続けたエリス教信者が祈りを捧げると、能力向上や状態異常への耐性を高めるなどの加護を受けられるのです。」

「ほほう。それは確かに私の為にある様な特典ですな。」

 

 自信満々に言葉にするヴァントゥスに小さく笑うエリス。そしてヴァントゥスは決意した表情でエリスに告げる。

 

「エリス様、私はこの特典を頂きたいと思います。」

「はい、分かりました。ではダスティネス・フォード・ヴァントゥスさん。貴方に女神の加護【女神エリスの使徒】を授けましょう。どうか、その信仰心をいつまでも忘れずにいて下さいね。」

「女神エリスの使徒として此度の神勅、必ずや達成へと導きましょう。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、遂に下界への転送の時が訪れようとしていた。エリスは最後に下界での注意事項を口にする。

 

「ヴァントゥスさん。下界での貴方の身分は一般市民となります。名前もそのままだと不都合があるので、簡易ですがこちらで改変した名前【ヴァン】と認識されるようにしています。そして件の二人ですが…。」

「…エリス様、どうかなさいましたかな?もしや、既に危機的状況に見舞われているのですか?」

 

それまで淡々と説明していたエリスが言い淀むのを見て、何か悪い事が起こったのではないかと心配するヴァントゥス。

エリスは頭を抱え口を開く。

 

「ハァ…現在は日銭を稼ぐ為に工事現場で働いています。…アクセル周辺は平和そのものですので仕方ないですが、アクア先輩が魔王討伐に向けて一向に動こうとしない上に、向こうの生活を楽しんでいるみたいで…。」

「ハハハ、そういう事でしたか。アクシズ教の教義には、その日その日を前向きに生きる為の教えがありますからな。主神たるアクア様自身がその様に生きるのは自然な事でしょう。」

 

 朗らかに笑うヴァントゥスをよそに深い溜息を吐くエリスは、気を取り直して話の続きを喋り始める。

 

「笑い事ではないのですけどね…。一旦この事は置いておきましょう。アクア先輩の特徴は美しい水色の髪ですのですぐに分かると思います。そして共に転生した若者の名は【サトウ・カズマ】さんといいます。165cmの中肉中背、短髪で年齢は17歳です。アクア先輩と同じく工事現場で働いています。転送後、冒険者登録を行い工事現場に足を運ぶと良いでしょう。それとこれは少ないですが支度金となります。」

 

 エリスが胸元辺りに手を掲げると、柔らかな光と共に掌を少しはみ出る程度の財布が現れる。

 

「冒険者登録料と一時的な生活費、武器や防具一式を揃える為に50万エリス入っています。有効に使って下さい。これ以降は冒険者稼業で稼いで下さいね。」

「お心遣い感謝致します。しかし冒険者稼業とは…、今から心が踊りますな!」

 

 新たな生活に夢を馳せるヴァントゥスに、エリスは意味深な笑みを浮かべる。

 

「ふふ。きっととっても楽しいですよ。…ではダスティネス・フォード・ヴァントゥスさん改め、ヴァンさん。貴方を下界へと転送致します。準備は宜しいですね?」

「勿論ですとも!」

 

 ヴァンの言葉を聞きエリスが指を弾き鳴らす。するとヴァンの周囲に青白い魔法陣が現れ、身体が浮き上がり始める。

 

(テラよ。お前とはもう暫く会えそうにない。が、必ずや会いに行こう。待っていてくれ。)

 

 

 

【エリス様からの神勅、立派にお果たし下さいまし。私は天国で貴方を待ち続けます。】

 

 

 

 

 頭に響く懐かしい声に驚くヴァン。エリスを見るとこちらを見上げ微笑みながらウィンクしていた。旅へと赴くヴァンへの最後の餞別として、粋な計らいをしてくれたのだろうと納得し微笑みを返す。

 徐々に眩い光に包まれていく。冒険者ヴァンは希望に溢れた表情で、2度目の世界へと転送されたのであった。

 

 

 

 

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