このすば!ぐらんぱ!   作:星子

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私の一万文字超に耐えられるかぁー!
ぺっ!(アクシズ教徒)な方は、星印から読むと、さっと読めます。



第三話 おじいちゃん、訳有り少女の愛を知る。

ー冒険者ギルドー

 

 カズマとアクアの二人は設置されたベンチに座り、クエスト掲示板を真剣に眺めていた。

 

「…来ないわね。」

「…なぁ。いくらなんでも募集条件が上級職だけってのは無理があるだろ。ちょっとは現実見ようぜ。」

「…何よ、美しく気高きアークプリーストのこの私が居るのに、これ以上の募集条件があると思ってる訳?」

「……思ってるよ駄女神。」

 

 カズマの一言に暫しの静寂が訪れる。そしてお互いの胸ぐらを掴み上げ、取っ組み合いの喧嘩が始まってしまった。

 突然暴れだした二人を止める為、ギルド職員数名が必死に止めに入ろうとする。しかしお互い、中々相手を離そうとせず止め倦ねていると、ギルドの扉が音を立てて開き、笑顔を携えたヴァンが入ってきた。

 

「ははは。外にまで中の喧騒が聞こえてきたよ。今日も何やら賑やかだね。」

「あ、ヴァンさん!どうかこの二人を止めて下さい!突然暴れだして困っているんです!」

 

 ルナが駆け寄ってきて、ほとほと困った表情をヴァンに向ける。ヴァンが件の二人に目を向けると、膠着状態に入っているのか両手をしっかりと組み合い、お互い一歩も引かない姿勢を取っていた。そんな二人がヴァンを確認すると、どちらからともなく喋りだした。

 

「ね、ねぇヴァン。貴方なら私の凄さ、分かっているわよね?女神たる私に相応しいのは、上級職の冒険者だって。決して高望みなんかじゃないって事、分かってくれるわよね?」

 

 力を入れカズマの腕を押し返すアクア。カズマは苦しげな表情で耐えながら鼻を鳴らす。

 

「…は、はん!その自己評価がおかしいっつってんだ、この駄女神が!ヴァン、お前も昨日見ただろ?こいつのへっぽこっぷりをさ!こんな猪女に付いてくる上級職のやつが居るかってんだ!…ふんぬぅ!」

 

 カズマが押し込まれた分を渾身の力を込めて押し返し、二人は元の均衡状態に戻ってしまった。ヴァンは何故二人がこの様な状況になってしまったのかを思い返す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ー前日の冒険者ギルドー

 

 ジャイアントトード討伐から一時撤退した三人は、銭湯で汗を流し酒場で夕食を取っていた。養食肉には無い、自然身溢れるカエル肉の食感に舌鼓を打っていると、アクアが思いついたかのように喋りだそうとする。

 

「んぐんぐ…あにょクエシュトにぇ、わはしちゃちには――」

「飲み込めぇ!飲み込んでから喋れ。」

「…アクア様。カズマ君の言う通り、少々お行儀が悪いようですな。」

 

 口一杯に食べ物を詰めたアクアは、口の中のものをクリムゾンビアで胃に流し込み、豪快に喉を鳴らすと人差し指を立て宣言した。

 

「このままじゃ、何時まで経っても魔王討伐の旅に出られないわ!仲間を募集しましょう!」

 

 カズマもクリムゾンビアを一口飲むと、困った表情で自分の考えを口にする。

 

「募集っていってもよ、もう既にヴァンが入ってくれたじゃないか。戦い方を見る限りめちゃくちゃ強そうだし、当分はこの面子で良いんじゃないか?」

「なあーに言ってんのよ!バランスよ!バランスの問題なのよ!ヴァンはランサーなのよ?後衛職が一人もいないじゃない。散々ゲームやってきたくせに、そんな事も分からないのこのヒキニート!」

「ヒキニートは余計だろ!てかそもそも、こんな駆け出しパーティーに入ってくれる奴が居るのかよ?」

 

 その言葉を聞いたアクアが急に立ち上がり、待ってましたと言わんばかりに笑みを作ると、自信満々に語りだした。

 

「馬鹿ねカズマ!あんたのパーティーにはこの私、最高のアークプリーストであるアクア様が居るのよ!募集をかけた瞬間、誰もが私の前に跪いて『アクア様のパーティーに是非私を!』って言うに違いないわ!さあ!そうと決まれば早速募集のチラシを書くわよ!ヴァン!貴方は誤字脱字の訂正をお願いね!」

「はっはっは。承りました、アクア様。」

 

 カズマは朗らかに笑うヴァンの肩を強引に引き寄せ、アクアに聞こえない声量で話し掛ける。

 

「なあヴァン。応募しただけで本当に人が来ると思うか?」

「…カズマ君の考えている事は分かるよ。何の功績も無いパーティーに、人が集まるとは思えないという事だろう?」

「正にその通りだよ。俺達が強くなったら相手の方からこっちに来る事くらい、あんたにだって分かってるだろ?それを分かってて、何でアクアを甘やかすような事するんだよ。」

 

 ヴァンは組まれた腕をそっと離すと、カズマの肩を叩きながらぽつりと語りだした。

 

「深くは語らないが、生前の私は余り自由が効かない身分だったのだ。それがエリス様の計らいで、今はこうして自由を謳歌している。再びこの地に降りたった時は、全てから開放された気分だったよ。」

 

 そして一生懸命募集チラシを書いているアクアに、慈愛に満ちた微笑みを向ける。

 

「…だからねカズマ君。今生の私は、命に関わる決断以外は、笑って見守ろうと心に決めたのだ。それに…」

 

 ヴァンは、次の言葉を紡ぐ前に、カズマに向けて悪戯っぽい笑顔を向けた。

 

「こういう行き当たりばったりな企画も、楽しそうだとは思わないかね?」

「…最後ので台無しになったよ!……ああ、もう!俺はい・や・な・のー!もっと堅実にい・き・た・い・のー!」

 

 ヴァンは、喚くカズマの肩を叩きながら快活に笑う。

 

「はっはっはっはっは!カズマ君!堅実なんて言葉、冒険者に一番似つかわしくないな!」

 

 

 

「うるさーーーい!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昨日の事を思い返してみても、アクアを甘やかし、カズマを半端に説得してしまった自分が、この喧嘩の発端ではないかと思い始めてきたヴァン。

 

「…済まないルナ君、迷惑を掛けたね。この喧嘩は私が原因みたいなものだったよ。ここは私が責任を持って仲裁しよう。」

 

 そう言って二人に歩み寄り咳払いを一つすると、まずはアクアに向けて語りかける。

 

「アクア様、宜しいのですかな?この様な些細な事で感情を顕にしていては、信者の皆に示しが付きませぬぞ。」

 

 その言葉に、はた、と冷静になるアクア。そしてカズマを追い詰めようとしていた力が弱まっていく。これを勝機と見たカズマが、一気に攻勢に出ようとするが、間を開けずに小声で囁いた。

 

「カズマ君。誰とは言わないが、君が女性に手を上げようとしている所、見られているよ。いいのかね?」

 

 カズマもぴたりと動きを止め、冷や汗を流しながら辺りを見回す。ルナ率いるギルド職員と酒場のウェイトレス達、果ては数名の女性冒険者が、総出でカズマに疑いの目を向けていた。

 二人は一度目を合わせ、場の雰囲気が悪くなっていると悟ると、何方からともなく手を離した。それを見ていたギルド職員一同は、その手際良さに思わず拍手を送るのだった。

 

 

 

 その後、ギルド内にいる人々に謝りながら、酒場の一席に腰を下ろした三人。

 

「二人共。今回の件は、年甲斐も無く浮かれてしまっていた、私に非があったようだ。済まないと思っている。」

「ちょちょ!暴れてたのは俺達なんだし、別に頭を下げなくてもいいって!」

「そ、そうよ!女神たる私ともあろう者が、あんな事で怒ってしまうなんて!それに今回は募集のチラシの出来が悪かったんだわ!うん、きっとそのせいよ!だからまた新しいの考えましょう!」

 

 お互いがお互いを許しあい、次はどうするべきかと頭を捻っていると、幼さを残しながらも自信に満ち溢れた声が聞こえてきた。

 

「募集の張り紙ぃ…、あ~、拝見させて頂きましたぁ。」

 

 その言葉を聞き、急いで声の主へと顔を向ける三人。その時の三人の顔は、あの出来の悪いチラシでよく声を掛ける気になったな、と言う驚きの顔だった。

 小柄な少女は帽子を深く被り、そんな三人を無視して語り始める。

 

「ふっふっふ…。あの張り紙は普通の者…いや、人間には気付けない、微弱な時の歪みが組み込まれていました…。この私以外には共鳴せず、解読するのは不可能だったでしょう。」

 

 そう言いながら纏ったマントをはためかせ、深く被った帽子を持ち上げ名乗りを上げた。

 

「我が名はめぐみん!!!最強のアークウィザードの力をこの身に宿し、万象を屠る最強魔法【爆裂魔法】に見初められし者!……ふふ、私は貴方達の様な者の出現を、心待ちにしていた。」

 

 少女は帽子を胸元に寄せ、女性であるにも関わらず、紳士然とした会釈をすると、顔を上げ意味深な笑みを浮かべた。

 

「「「………。」」」

 

 三人は無表情になりその場に固まる。そして徐に身を寄せ合い小声で会議を始めた。

 

「おいアクア。お前あのチラシに、と…時のなんちゃらってのを施したのか?」

「そんなの知らないわ。普通の紙に普通のペンで文字を書いただけよ。それはそうとあの子の瞳、多分紅魔族の子よ。」

「紅魔族?なんだそれ、魔族か何かか?」

「紅魔族とは高い魔力を持って生まれてくる、れっきとした人の一族だよ。その里の民達は、ほぼ全てがアークウィザードになれる素質を持っている。それとあの難解な言動だが、あれは紅魔族の特徴のようなものでね、出会った時の挨拶は、大体今のように行われるのだよ。」

「…ただの厨二病患者の集団じゃねえか。」

 

「お、おい!人の話はちゃんと聞いてもらおうか。」

 

 めぐみんと名乗った少女を放置して少しの間会議をしていた三人は、めぐみんの声に意識を戻す。そして慌てて取り繕うカズマは、少女に声を掛ける事にした。

 

「ああ…ええっと…”めぐみ”ちゃん、だっけ?俺達に何か用かな?今ちょおっと忙しいんだよね。」

「ふ…。人の事を無視して名前まで間違えるとは…。聞き取れなかったと言うなら、もう一度名乗らせてもらいましょう!我が名はめぐみん!何れ世界の理に到達し、その真理を究明するも・の!!!」

 

 と言いながら、両手を広げマントを翻し、目元を手で隠し指の隙間からこちらを覗き、意味深な笑みを浮かべた。

 

「……やっぱ馬鹿にしてんだろ。」

「ちっ!違わい!」

 

 いきなり素を出して抗議するめぐみんだったが、どうしてか足が覚束ない。それに気付いたヴァンは、めぐみんに向き直り事の次第を見守る。すると案の定めぐみんはヴァンに倒れかかり、ぐったりしてしまった。

 胸元の鎧を力無く掴み、呻き声を上げるめぐみんは、見るからにやつれていた。それを見たヴァンは一つの考えに行き当たる。

 

(もしや、まともに食事をしていないのか…?)「…ふむ、めぐみん君。私達はこれから昼食を頂こうかと思っていた所でね。これも何かの縁だ。一緒に食事でもどうかな?」

「……誘ってもらって有難うございます。しかし、現在私はお金を持っていませ――」

 

 ヴァンは残念そうにしているめぐみんの口に、そっと人差し指を当て言葉を遮る。

 

「めぐみん君、お誘いしたのは私の方だ。レディーに支払いを要求する訳がないだろう?」

 

 そう言いながらウィンクするヴァンに、涙や鼻水を流しながら頷くめぐみん。彼は泣き続ける彼女の顔を、ハンカチで優しく拭うのであった。

 

「…こういう所よ、カズマ。」

「…うるせえ。とっさに出来るヴァンがおかしいんだ。」(後でそれとなく教えてもらお。)

 

 

 

 

 

 

 

 

「凄いわカズマ!この子本当にアークウィザードよ!」

「マジかよ…。人は見かけによらないな。…あ!てめえ!しれっと人の肉取ってんじゃねえ!」

「…二人共、食事中は静かに。」

 

 四人は卓を囲み早めの昼食を取っている。めぐみんの冒険者カードを眺めながら、カズマの皿のものを奪うアクア。それを奪い返そうと躍起になるカズマ。そして騒がしい二人をやんわりと諌めるヴァン。めぐみんはそんな三人を見ながら思わず笑ってしまう。

 

「楽しそうだね、めぐみん君。元気になったようで何よりだよ。」

「ヴァン…本当に有難うございます。冗談抜きで、志半ばにして餓死する所でした。」

「なあに。あの募集を見て声を掛けてくれた事は、本当に縁だと思っているからね。これもエリス様のお導きと思って、手を差し伸べたまでだよ。」

 

 ヴァンはそう言いながら笑うと、互いの皿のものを奪い合っている二人に声を掛ける。

 

「二人共、そろそろ予定していた出発の時間なのだがね。暴れてないで早く食べてくれるかな?」

 

 ヴァンの威圧の籠もった一言に、大人しく食事に戻る二人。そんな三人を見ながら、めぐみんはまた一つ小さな笑みを零すのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼過ぎにアクセルを出発し、昨日と同じ地域まで舞い戻ってきた四人。既に一匹地上に出てきており、急いで準備を整えると、先頭に立っていためぐみんが話し始めた。

 

「爆裂魔法は、現存する攻撃魔法の頂点に君臨する魔法。その分詠唱に時間が掛るので、それまでの時間稼ぎをお願いします。」

 

 めぐみんの言葉に無言で頷く三人。そしていざ駆け出さんと武器を構えると、遠くの小高い丘から、もう一匹のジャイアントトードが姿を表した。

 

「ちょ!カズマ!もう一匹出てきたわよ!どうするの!?」

「はあ?マジかよ!ん~…よし!めぐみんは遠い方のカエルを攻撃してくれ!俺とヴァンはもう一匹を仕留めてくる!」

「わ、私はどうすればいいの?!」

「お前はめぐみんの補助だ。一応元なんたらなんだから、それくらいは出来るだろ?頼むから今日くらい役に立ってくれ元な・ん・た・ら。」

「元って何よ!私は現在進行系で女神なんですけど!」

 

 まだ遠いとはいえ、ジャイアントトードが着実に迫る中、言い合いを始めてしまった二人を眺める。めぐみんは先程の会話の中に出た、女神という言葉に疑問符を浮かべる。

 

「ヴァン。先程彼女の言った女神とは何の事ですか?」

「ん?……う、うむ。あの方は、あぁ、そうだな…ある宗教の信者でね、大司教以外で唯一、神からの啓示を授けられる事を許された、徳の高いお方なのだよ。」

「成る程、アクアはそんなに凄い人だったんですね。」

 

 何とか誤魔化せたヴァンは思わず息を漏らす。が、その話が聞こえていたのか、アクアが鬼の形相でこちらに歩み寄ってきた。

 

「ちっがうでしょヴァン!何でそんな濁した言い方するのよ!正直に言ってよ!『この御方こそ、アクシズ教の御神体であらせられる、女神アクア様なのだよ』って!そう言ってよ!!!」

「ア、アクア様。そうは言われましてもな…。あ、あの、鎧が体中に当たって痛いので、余り身体を揺らさないで頂けますかな…。」

 

 目に涙を溜めながらそう訴えるアクアを、どうにか落ち着かせようとするヴァン。そんな二人を見ていためぐみんは、アクアにとどめを刺す一言を口走ってしまった。

 

「…あの、アクア。貴女が凄い人だというのは分かりましたが、流石に自分から女神を名乗るのは、どうかと…。紅魔族でもそれだけはやりませんよ?」

 

「うぅ…うっぐ…。なあんで誰も信用してくれないのよーーー!!!」

 

 とどめの一言に、遂に泣き出してしまったアクアは、拳を握りカズマとヴァンが対処するはずだったジャイアントトードに向かって、凄まじい速度で突進していった。

 

「あんの馬鹿!作戦が台無しじゃねえか!あ~…よし!悪いヴァン!俺じゃ追いつけないからアクアの事頼む!」

「あ、ああ。任せてくれ。」(この一瞬で的確に指示を出すとは。彼はもしや…。)

 

 そう考えながら、スキル【突撃】を発動させアクアを追いかけるヴァン。しかし、さすがは女神。力に制限を掛けられているとはいえ、その身体能力は凄まじく、スキルを使用したヴァンでも追いつけない程の速度だった。

 そうしている内に、前を走るアクアは、拳に神の力を纏わせジャイアントトードに接敵する。

 

「見てなさい!皆があっと驚く女神の力!今度こそ見せ付けてあげるわ!ゴーッド!レクイエーーーム!!!」

 

 神の力を纏った手を広げ、ジャイアントトードに飛びかかるアクア。その間にも何やら叫んでいたが、スキル発動中のヴァンには風を切る音しか聞こえなかった。

 そして、敵とアクアの手の距離も、残り僅かという所で、徐に口を開けたジャイアントトード。吸い込まれるように口に入るアクア、その口を閉じるジャイアントトード、口の隙間から頼りなく漏れる神の力。

 昨日と違う所と聞かれれば、咥えられたアクアが腰までと、若干被害が少なく済んでいる所だった。

 

(アクア様!今助けますぞ!…首折り!)

 

【首折り】斧を振り下ろす力を増幅させ、首を叩き折るスキルで、元は斧を操る戦士のスキルを、斧槍用に追加したもの。その威力は斧に比べて激減してしまうが、正しく内部構造を把握していれば、頚椎を損傷させる事も可能である。

 

 突撃の勢いのまま飛び上がり、アックスブレードでジャイアントトードのうなじを叩き切る。そして大きく痙攣しているジャイアントトードの上に乗り、もう一つのスキルを発動させる。

 

(肋砕き!)

 

【肋砕き】柄尻に組み込まれた、石突きによる打撃力を増幅させ、体内部を破壊するランサーのスキル。名称は肋骨を指しているが、打撃が有効なら、骨から内蔵に至るまで破壊する事が可能。

 

 先程切り開いたうなじに、石突きを叩きつける。その衝撃で思わず首が反り返るジャイアントトード。大きく口は開かれ、反り返った勢いで体外に放り出されたアクアは、力無く地面に叩きつけられた。

 敵が力尽きた事を確認したヴァンは、ぐったりとしたアクアを抱えると、カズマとめぐみんの心配をする。カズマが周りを警戒し、めぐみんが詠唱をしている最中であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「め、めぐみん、まだか?もう結構近付いてきてるんだけど…。」

「焦らせないで下さい。今、魔力を爆裂魔法に構築している所なんです。」

 

 地面に浮かび上がった魔法陣の上で、静かに目を瞑るめぐみん。暫くすると、地面の魔法陣がその難解な紋様を広げ、範囲を拡大させた。

 

「出来ました!それでは最後の詠唱に入ります!」

「おお!遂にか!!!」

 

 カズマは、今から繰り出されようとしている魔法の頂点、爆裂魔法【エクスプロージョン】に、多いに期待してしまう。

 

 めぐみんは杖を体の前に突き出し、静かに詠唱を始めた。

 

「我が内に宿りし破壊の魔力よ、今こそ!真の力を示す時!全てを見下す紅蓮の瞳で、怯える者を嘲笑え!頂きを犯そうとする愚者を、その滅殺の抱擁で抱きしめろ!」

 

 詠唱が進むに連れ、ジャイアントトードの上空に、大小様々な魔法陣が展開されていく。魔力は渦を成し大気を震わせ、展開された魔法陣へと収束していく。一瞬の静寂、めぐみんは杖を高々と掲げ、その真紅の瞳を怪しく光らせた。

 

 

「降臨せよ!エクス!プロージョン!!!」

 

 

 無音で降り注ぐ、光り輝く魔力の柱。次の瞬間、柱が突き刺さる地面を軸に、灼熱の爆炎が吹き上がった。

 

「う、うおぉーーー!!!すすす、すげえぇーーー!!!」

 

 爆裂魔法の熱風に耐えながら、カズマは心の底から感動し、未だ吹き上がる爆炎に目を輝かせた。そして爆炎が止むと爆心地に駆け寄り、その威力に二度目の感動を覚える。

 

「す、すげえ…、これが魔法かよ。正に異世界!これぞファンタジーって感じだな!…おーい、めぐみん!凄いじゃないか!こんなにすげえ魔法使えるんだったら、こっちからパー…ティー…にぃ……。」

 

 カズマは、興奮冷めやらぬ表情で振り返ったが、力無く倒れているめぐみんを見て、その表情を最後まで維持する事が出来なかった。

 訝しげな目で見つめるカズマに気付いたのか、めぐみんは力無く首をもたげる。

 

「ふへ…。言ったではないですか…爆裂魔法は最強魔法、と。威力が絶大な分、消費魔力もまた絶大なのです。…あの、もう身動きすら取れないので、街まで運んでぁ――」

 

 言い終わる前に桃色の何かに絡め取られ、そのまま攫われためぐみん。カズマは驚き、めぐみんが攫われた方向に目を向ける。そこには、伸ばした舌を器用に口に収め、そのままめぐみんの捕食に入るジャイアントトードの姿があった。

 

「な、何やってんだお前はー!そういう事は先に言えーーー!!!」

 

 カズマはジャイアントトードに飛び掛かり、剣でひたすら攻撃を与えていく。自身の力が低いせいで、また時間が掛るんだろうなと辟易していると、遠方からこちらを呼ぶ声が聞こえてきた。

 

「おーーい!カズマ君!今から私の斧槍をそいつに投げるから、一旦下がってはくれないかねーー?」

「?。お、おーー!分かったーー!」

 

 カズマはヴァンに言われた通り、一度距離を開け手を挙げる。その事を確認したヴァンは、斧槍を肩で構えると、突撃で走り出す。そしてその勢いのまま一度ステップを踏んで、ジャイアントトードめがけ、力一杯斧槍を振り投げた。ランサーのスキル【投擲】である。

 風を切る斧槍は、カズマの前を高速で過ぎ去ると、ジャイアントトードの腹部に突き刺さる。そして斧槍の突き刺さった勢いで、ジャイアントトードは仰向けに倒れた。

 

「……。」

「カズマ君!おそらく、そいつはまだ息がある!私は置いてきたアクア様を回収しないといけないのでね!とどめは任せたよ!」

 

 そう言いって手を挙げながら、アクアの下へ走り去っていくヴァン。カズマは無言で手を挙げると、ジャイアントトードの下へ歩み寄り、注意深く観察する。胸を張るような姿勢になっており、心臓の脈動が手に取るように分かる。心臓の鼓動は弱く、特に何もしなくても力尽きそうだったが、カズマはそっと心臓に剣を突き立てて、ジャイアントトードにとどめを刺した。

 

 その後、めぐみんを引きずり出しながら、晴れ渡った空を見上げる。まだまだ日は昇っており、初秋の爽やかな風が、心の汚れを洗い流してくれる様だ。カズマは自然と穏やかな笑みを作り、アクアを抱え、こちらに向かってくるヴァンを見ながらこう思った。

 

 

 

(もう、あいつだけで良いんじゃないかな…。)

 

 

 

 こうして、カズマ一行の初クエスト、ジャイアントトード討伐は幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、アクセルに帰ってきた四人は、大衆浴場までの道のりを歩いていた。カズマに抱えられためぐみんは、会話が出来るくらいまで回復しており、カズマは今後の事について、めぐみんに話し始める。

 

「めぐみん。爆裂魔法は緊急時以外、使用禁止な。…まあ、あの威力だったからな。他の魔法も期待してるよ。」

 

 粘液でずり落ちそうになっためぐみんを抱え直し、カズマはそう淡々と口にする。しかしめぐみんの雰囲気は何処か暗く、一向に返事が帰ってこない。カズマは疑問に思いめぐみんの方に顔を向ける。

 

「おい、どうしたんだよ?返事くらいしてくれよ。」

「その……使えません。」

「…は?」

「だから使えないんです。…爆裂魔法以外。」

 

「……はあああ?」

 

 カズマは驚きの余り、その場に立ち止まって大声を挙げてしまう。後ろを歩いていたヴァンとアクアも、その声に何事かと駆け寄ってきた。

 

「何々?いきなり大声出してどうしたのよ?周りの人もびっくりしてるじゃない。」

「い、いやこいつが!爆裂魔法以外使えないとか言い出して!」

「……。」

「え…?貴女、アークウィザードなんでしょ?それなのに何で…」

 

 流石のアクアも、爆裂魔法以外の魔法を覚えていないという奇特なめぐみんに、一歩引いてしまった。ヴァンは雰囲気が重くなった三人を見ながら、顎を指で擦り口を開いた。

 

「ふむ。何かあるとは思っておったが、まさかそういう事だったとは…」

「ど、どういう事だよ?……あ、こいつが腹減ってたのって!」

「うむ。めぐみん君の偏ったスキルが原因だろうね。そのせいで、今まで碌にパーティーを組めず、今回募集を掛けていた私達に、声を掛けたのだろう。」

 

 カズマは、落ち込んでいるめぐみんを一目見ると、彼女の処遇をどうするべきか考え始める。

 

(…多分、いや間違いなく、今も俺とアクアだけだったら、無理矢理にでも引き剥がして、今後一切関わらないようにしているな。うん、それは間違いない。俺達だって生活があるし。けど今はヴァンが居る。まだ出会って2日だけど、こいつには助けられてばっかりだ。戦力としては今の所、全く問題無い。うん、これも間違いない。そんな今の俺達にめぐみんは必要か?………んああ!こいつが日に日に痩せ細っていくと思うと、俺の少ない良心が痛む!けど、狭い所とかじゃ、間違いなく使えない子だし!毎回毎回抱えて帰るとか、怠すぎてやってられないし!)

 

 頭を掻きながら、ああでもないこうでもないと唸るカズマ。アクアはどうすればいいのか分からず、おろおろしている。そんな二人を尻目に、ヴァンはめぐみんを見ながら、爆裂魔法の事について考えていた。

 

(ふむ。爆裂魔法しか使えないのは些か…いや、非常に厄介だな。しかし折角出会ったのだ、何とかしてやりたいものだが。うーむ……爆裂魔法だけで、遠方の紅魔の里からアクセルまで来たのだ、その執着心たるや凄まじいはず。今更、他の上級魔法を覚えるとは思えん。爆裂魔法…爆裂魔法……。そうだ!)

 

 ヴァンは何かを思い出したのか、明るい表情になる。そして、カズマの背中で、暗い覚悟を決めためぐみんに歩み寄った。

 

「あ、あの!やっぱりご迷わk――」

「おっと、その先は少し待ってくれるかな?…めぐみん君。君は、爆裂魔法は好きかね?」

「…は、はい。爆裂魔法と心中出来ると言っても、過言ではありません。」

「ふふ、そうかそうか。…知っての通り、私達は駆け出しパーティーでね。正直に言ってしまうと、自分達の事で精一杯なのだ。そんな状況で、エクスプロージョンしか使えないアークウィザードを、仲間に入れる価値は無い。ここまでは分かるね?」

「う…う。ぐす…うっぐ…はい…。」

「お、おい!ヴァン!いくらなんでも言い方があるだろ!」

「そ、そうよヴァン!いつもの紳士な貴方はどうしちゃったの!?」

 

 自分でも分かっている事を、他人に改めて突きつけられて、思わず泣き出してしまうめぐみん。カズマとアクアは、ヴァンのらしくない言葉に、怒りを顕にしてしまう。そんな二人を手で遮ったヴァンは、未だ怒るカズマに一声掛けた。

 

「カズマ君。めぐみん君の処遇は、私に任せてもらえんかな?なに、決して悪いようにはしないよ。それは誓おう。」

「お…おう。」

 

 ヴァンの言動に戸惑ってしまったカズマは、思わず頷いてしまう。ヴァンは、泣き続けるめぐみんの頭を撫でると、続きを話しだした。

 

「めぐみん君。こんな駆け出しパーティーに、居続けたいと思うかい?」

「は…い。…皆さんと…一緒に…居たいです。」

「…分かった。では、君にはある魔法を習得してもらおうと思う。これが条件だ。」

 

 めぐみんはその言葉に驚いてしまった。この会話で、自分の爆裂魔法に対する気持ちは、間違い無く伝わっていると思ったからだ。

 驚愕の表情を浮かべるめぐみんに、ヴァンはウィンクをする。

 

「めぐみん君、心配しないでおくれ。君が上級魔法を覚えたくないのは重々承知だよ。君に覚えてもらうのは、【爆裂魔法】だ。」

 

 

「「「 !? 」」」

 

 

 三人が驚く中、ヴァンは少し距離を取ると、件の説明を始める。

 

「めぐみん君。君は若いから知らないと思うが、爆裂魔法は複数存在する。とはいっても、発動の仕方の違いなのだがね。」

「発動の仕方…。」

「そう。随分昔に行われた、大規模な悪魔殲滅作戦の折に、あるアークウィザードの娘が使った、爆裂魔法の亜種だ。触れたものを塵も残さず大爆散させる無属性魔法。その名も【エクスプロージョン・レイ】」

「エ、エクスプロージョン…レイ。」

 

 その名を聞いためぐみんは目を輝かせ、カズマの背中で続きを急かすように上下する。カズマは暴れるめぐみんに辟易し、近くにあったベンチに降ろした。

 

「その時彼女は言っていたそうだ。この私が、一々ゴミ虫を相手にする訳ないじゃない。マナタイトも安くないし、面倒だから超広範囲を薙ぎ払えるようにした。とね。」

「す、凄いです!そんなアークウィザードが居るなんて!」

 

 はしゃぐめぐみんに、気分を良くしたヴァンは、悠々と話の続きを聞かせる。その光景を見ていたカズマとアクアは、二人してこう思った。昔話をする好々爺と、それを聞く孫娘だと。

 そして、暫くの間語り聞かせていたヴァンは、本来の目的を思い出し、はっとする。

 

「おっと、私とした事が、少々饒舌になってしまっていた。…要するにだ、このエクスプロージョン・レイの出力を落とし、最終的に通常戦闘でも使えるようになってもらうのが、パーティー加入の条件と言う訳だよ。どうだい?出来るかい?」

 

 そう言って微笑みかけるヴァン。当のめぐみんは、新たな爆裂魔法の可能性に、瞳を怪しく光らせた。

 

「…ふっふっふ。ヴァン。我を余り見くびらないでもらいましょう。我は紅魔族随一の魔法使い!めぐみん!この程度の試練!直ぐに乗り越えてみせましょう!ぬぁーっはっはっは!」

 

 高笑いをするめぐみんを見ながら、満足したように頷くヴァン。アクアも、暗い雰囲気が収まった事に安心し、満面の笑みでめぐみんを見つめる。そんな三人を見て、カズマも気が抜けたように笑みを零した。

 

 夕日に照らされ、物理的に輝く四人は、足並みを揃えて歩き出す。向かう先は大衆浴場だ。心を通わせた四人は既に以心伝心の仲間、そんな仲間達は同じ事を思う。【生臭い】と。

 

 

 

 こうして、三人に新たな仲間、紅魔族随一の魔法使いを名乗る、めぐみんが加入する事となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 月が顔を覗かせ始める少し前、仲良く大衆浴場に向かう四人を、じっと見つめ続ける怪しげな影。その血走った瞳に映るのは、沈む夕日に照らされた四人の絆か、それとも…

 

 




天国のテラへ。

この地に降り立って2日が経ったよ。
そうそう。今日は新たに、紅魔族の娘さんが仲間に加わってね。爆裂魔法だけしか覚えないという尖った少女だったよ。
昔出会った彼女もそうだったが、やはり紅魔一族の人間は面しr――――

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