このすば!ぐらんぱ! 作:星子
…当然そんな事はなかった第五話目。
ーアクセルー
分厚い雲が空を覆う朝、ヴァンは溜息を吐きながらギルドに向かっていた。
(この様な時間まで寝てしまったのは何時ぶりか…。)
キャベツ狩りの折、ダクネスの暴走で必要以上にキャベツを狩ったヴァンは、宿に戻るとベッドへ潜り熟睡してしまった。
(…クリス君がダクネス君を回収してくれたから良かったものの、そのままだったらどうなっていたことか。)
パーティー加入を断った後も、何とか加入しようと縋り付くダクネスのその執念には、ヴァンとカズマも困惑と驚愕を隠せないでいた。
ヴァンが疲れの取れない頭でそんな事を考えていると、いつの間にかギルドに到着していた。
(…おっと、考え事をすると時間が経つのが早い。そう言えば、キャベツの買い取り報酬は時間が掛かると言っていたな。気を取り直して、今日もクエストを頑張ろう。)
頭を振って扉を潜る。最初に目に入ってきたのは、カズマ達三人と、辟易するカズマの手を掴むダクネス、それを引き離そうとするクリスだった。
昨日の事で諦めた様子も無く、輝いた瞳でカズマに懇願するダクネスを見て、ヴァンは肩を深く落とした。
「やあ…皆、遅くなって済まないね。」
「おお、ヴァン!遅かったではないか!今カズマを説得していた所なんだ!ささ、貴方も座って私の話を聞いてくれ!」
「ダクネスいい加減にしなよ!昨日断られたでしょうが!諦めなって!」
「何を言っている!たかが一回断られて、しかもあんな目に合わされて、諦めるわけにはいかないだろう!」
「もう!何言ってんのよこの子は!!!」
何を言っても諦める様子の無いダクネスに、彼女の腕を引っ張りながら嘆くクリス。
ヴァンは席に着くと、アクアとめぐみんに事の次第を聞く事にした。
「私達がギルドに来た時には、既に張り込んでいたわよ?」
「ええ。それで、そのまま待たせるのもあれだったので話を聞いていたら、カズマがやってきてこんな感じになりました。」
「…成る程。カズマ君、君は……いや、敢えて聞くまい。」
「…聞かないでくれてありがとう。ついでに、この変態の腕を取ってくれると助かる。」
カズマの腕をがっしりと掴んだダクネスは、変態という言葉に顔を紅潮させ身震いを一つさせる。その行動に困り果てたヴァンに、あるアイディアが降りてきた。
「ごほん…ダクネス君。昨日も言ったが、君はこのパーティーに是非とも入りたい、そう思っているのだろう?」
「ああ!私にはこのパーティーしか無い!もしや入れてくれる気になったのか?!」
「まあ、落ち着き給え。…君には、加入を掛けたクエストを受けてもらう。」
その言葉に、机を囲んだ者の視線が一斉に彼に向けられる。そしてヴァンは、クエスト掲示板から一つのクエストを取ってきた。
「君に受けてもらうクエストはこれだ。一撃熊の討伐。これを君一人で成功させてみ給え。」
「い、一撃熊の討伐!?ヴァン!君は何考えてるのさ!ダクネスにそんな事させるなんて!こんなの低レベルが相手出来るモンスターじゃないよ!」
ヴァンはクリスの怒声を敢えて無視し、ダクネスを挑発的な目で見る。ヴァンも討伐出来ない事は分かっていた。このクエストを提示したのは、ダクネスの希望を削ぎ、加入を諦めさせる為の方便だったのだから。
「どうだい?受けてみる気はあるかな?」(ダクネス君…済まない。)
「ヴァ、ヴァン…。貴方はそこまで私を……」
ダクネスは、俯き身体をわなわなと震わせる。それを見ているヴァンの心は、針を刺されるような痛みを感じていた。
そして暫くの膠着状態を脱し、ダクネスは勢いよく顔を上げた。
「そこまで私を!分かってくれているのか!!!」
「……な、何っ?!」
ヴァンはダクネスの予想外の反応に、上ずった声を出してしまった。そしてダクネスは、ヴァンが呆気に取られている間にクエスト広告を奪い、受付へと走り出そうとしていた。
「と、止まりなさいダクネス君!…ぐ、なんて力だ!…君は分かっているのか!一撃熊だぞ?!駆け出しレベルじゃ束になっても敵いっこない!」
「ふふふ…貴方が何をしたかったのかは分かっている。だが提示したクエストが悪かったな。私は一撃熊の攻撃を、じゅるり…じゃない、絶対に貴方達のパーティーの一員になりたいのだ!」
ダクネスは、ヴァンを引きずりながら着々と受付へ歩を進める。そして受付に到達したダクネスは、ルナの前にクエスト広告を叩きつけた。
「ルナ嬢!このクエストを受注したい!承認してくれ!」
「ル、ルナ君!絶対に承認してはいけないよ!無謀過ぎる!」
「え、ええ、勿論です。駆け出し冒険者に高レベルクエストの受付は行っておr―――」
「待ってくれ。これを見てから承認の可否を判断してくれないか?」
ダクネスの懐から出される冒険者カード。受け取ったルナは、内容を確認すると思わず声を上げてしまった。
「な、何ですかこの馬鹿げた各種耐性は!低レベルでこんな数値、いや!熟練でも有りえませんよ!?」
「ル、ルナ君?一体どうしたというんだい?」
ヴァンは驚愕したままのルナに冒険者カードを渡される。そして訝しげに内容を確認したヴァンも、ルナ同様、各種耐性の数値に度肝を抜かされた。
「ひ、一つ一つが平均を越えている!?何なのだこの数値は!」
「ふっ。耐性スキルの特性でな。生命力が高いとスキルに補正が掛かるのだ。クルセイダーになった時のポイントと、地道にレベル上げをしたポイントは全てつぎ込んである。」
「そ、そこまでして君は……」
得意気に胸を張るダクネスを見て、ヴァンは戦慄する。そんな二人を見ながら困惑していたルナは、おずおずと口を開いた。
「あ、あのぉ。一応、受注条件を満たす防御力ではあるんですが…受注は見送りますか?」
「…っは!も、勿論!―――」
「勿論!受注させてもらおう!私名義で頼む!」
「ダ、ダクネス君!」
ダクネスは、受付に飛びかかろうとしたヴァンを仁王立ちで遮り、承認までの時間を稼ぐ。そして間もなく、一撃熊のクエストはダクネス名義で受領され、彼女の手に承認されたクエスト広告が握られた。
「ふふ…ヴァン。これで私がリタイアしない限り、このクエストは有効だ。約束は果たしてもらうぞ?」
「!?あ、ああぁ…。私はなんて事を…。」
ヴァンは急場しのぎとは言え、取り返しの付かない事をしてしまったと悔み、膝を付いてしまった。
「…なあアクア。一撃熊って…まあ名前からして絶対関わりたくないけど、実際どんなモンスターなんだ?」
「一撃熊はね。狙った獲物を一撃で仕留める事に生涯を懸けた、凶暴な熊と言われているわ。その前脚は筋肉で肥大化していて、その豪脚で薙ぎ払われると身体が真っ二つになる、とも言われているわね。」
「私も噂程度ですが知っています。一撃熊は相手が攻撃に耐えたと分かると森へ帰り、その相手を一撃で倒せるまで修行するそうです。なので、一度逃してしまうと、更に凶暴になって帰ってくるとか。」
「修行って……なんて迷惑な熊だ。」
こうして、ダクネスのパーティー加入を掛けた、一撃熊の討伐が開始された。
☆
「う、うう…。―――ゥスさん、ごめんなさい。私が…私が不甲斐無いばっかりに…。」
鬱蒼とした深い森の中を進む六人。その道中、最後尾のクリスは、か細い声で誰かに謝り続けていた。
「お、おい…出発してからずっとめそめそ呟いてるけど、誰か声掛けてやれよ。」
「私は無理です。めそめそしている人に構うと、どうしてもある人物を思い出して怒鳴ってしまいそうで。モンスターを誘き寄せていいならやりますが。」
「わ、私も…こんなおっかなそうな所じゃなかったら、…ッヒ!ざ、懺悔の一つや二つ聞いてやるんだけどね…。そこまで気にするんだったら、あんたがやりなさいよ…。」
「童貞なめんな………。凹んでる女の子なんて対処しきれねえよ。」
困ったカズマは前方のヴァンを見る。彼は一見、しっかりと歩いているように見えるが、その目は後悔の念を孕んでおり、すっかり歩くポンコツと化していた。
(怖いんだよ!空は曇っている上に薄暗い森の中で凹んだりビビったり…後、興奮した奴が居ると、不安になるんだよ!…ホントもうなんでこんな事に………!?。スキルに反応!)「おい、お前ら!敵感知に何か引っ掛かったぞ!で、でけえ…もしかして一撃熊か…。」
カズマは発動していた【敵感知】でパーティーの前方、森の中にぽつんとそびえ立つ、切り立った岩山に何かが居る事を察知する。カズマの声に気を引き締めた五人は、【潜伏】を発動させたカズマとクリスを先頭に、音を立てないよう岩山近くの茂みへと身を隠した。
「め、滅茶苦茶でけえ。五メートルはあるんじゃないか…てか辺りに骨やら死体転がってんぞ!?」
「…この辺りを縄張りにしているのだろうね。以前討伐された個体と似ている…間違いなく一撃熊だ。」
「あ、あああわよくば爆裂魔法を、と思っていましたが。い、岩肌を削っている腕が見えませんよ…詠唱中に肉塊にされちゃいますよ、あれ…。」
「ね、ねえ。熊には死んだふりって有効だったわよね…?わ、私は役に立ちそうにないし、後ろで死んだふりしててもいいかしら…?」
「…お前は大分落ち着け。死んだふりしても、お前のド派手な色はすぐバレる。結局食われるのがオチだ。」
カズマの死の宣告で絶望するアクア。その横で、クリスは焦燥した表情でダクネスに話し掛けた。
「…ダクネス。ねえ、冗談抜きで死んじゃうって。あんなのと戦えるわけないよ…。」
「クリス、まだそんな事を言っているのか?私の冒険者カードは見せただろう。奴の攻撃に耐えうるだけの防御力は備わっている。持久戦に持ち込んで、疲弊した所を剣で貫けば勝てるさ。」
流石のダクネスも、普段の嗜好的な表情は鳴りを潜めており、一撃熊を見据えながらそう答えた。
そして、一撃熊への勝算を語ったダクネスは、自身の言葉を胸に刻み覚悟を決める。
「皆、聞いてくれ。私は今から一撃熊に攻撃を仕掛ける。何が起こるか分からないから、直ぐに逃げれられる位置まで下がっていてくれ。…それと男衆は、死んでも彼女達を守ってやってくれよ。最後にアクア。私に【ディフェンシブ】を。自前の防御スキルだけじゃ心許ないのでな。」
その真剣な表情に、この場にいる全員が息を呑む。そしてダクネスは徐にヴァンを見る。
「ヴァン。貴方は必死に止めてくれたのに、私が無理を言ってしまって申し訳無いと思っている。だが私は負けない。…見届けてくれ。何故か貴方にはそうしてもらいたいのだ。」
「ダクネス君……分かった。だが君が危なくなったら助けに入る。死なば諸共だ。」
ダクネスはヴァンの言葉に一瞬驚くが、直ぐに苦笑いを零し握手を求める。ヴァンは真剣な表情でそれを握り返し、力強く頷いた。
「【ディフェンシブ】!」
アクアは防御魔法【ディフェンシブ】をダクネスに施す。効果を実感したダクネスは、茂みから勢いよく飛び出し、一撃熊の前に躍り出た。
「おい一撃熊!獲物が来てやったぞ!お前の腕力と私の防御力、どちらが勝っているか勝負だ!【ハードスキン】!!!」
「……Guruuu!」
一撃熊を煽り、クルセイダーの防御スキル【ハードスキン】を発動させたダクネス。大声に気付いて振り向いた一撃熊は、唸り声を上げ彼女を威嚇し始めた。
「…くっ。これが強者の威圧感か…。なんて鋭く、なんて重々しいのだ…いかん!ぞくぞくしっ!?――――」
ダクネスが一瞬、ほんの一瞬その性癖を顕にした隙きを付き、一撃熊は強力な前脚で急接近し、その豪脚をダクネスへ叩きつける。
完全に無防備だったダクネスは、その衝撃に連れ去られ、木の幹に身体を激突させ気を失った。
【一撃熊】相手を一撃の下に葬るその姿になぞらえて名付けられた。と、言われている。だがそれは、この巨大な熊と相対していない者が、想像の範疇で作ったお伽噺だった。
本来のこの熊は、相手の呼吸や動き、感情の機微に鋭敏で、ほんの僅かでも気を逸らそうものなら、その隙きを突いて豪脚を振るう。
例え人数を揃えようが、動揺を見せた者から徹底的に血祭りに上げていき、瞬く間に全滅させるのである。
つまり一撃熊とは、油断した者の息の根を確実止める、その戦い方になぞらえた名前だったのだ。
余りの呆気なさと、鎧を着込んだダクネスを軽々と吹き飛ばした豪脚に、身を隠していた五人は、声を上げる事すら忘れ愕然とする。
一撃熊は、ダクネスに止めを刺す為に彼女に近づく。そして未だ気を失ったままの彼女に、その豪脚を振り下ろした。
☆☆
辺りに響く轟音。五人はその音に思わず目を伏せてしまう。その間、一撃熊は前脚の爪をダクネスに引っ掛け、死体の山がある方向、五人の目の届く所へ放り投げた。力無く地面を転がったダクネスは既に死に体、新鮮なまま喰らうつもりなのだろう。
「一撃熊め…。我々に気付かぬ振りをしているだけだとしたら、何と悪趣味な事を…。」
「ヴァン!落ち着け!どう見ても今の俺達じゃ勝てっこない!皆で撹乱して、その隙きにダクネスを回収して逃げよう!」
カズマは、怒りで今にも飛び出していきそうなヴァンを抑え、ダクネス回収作戦を練り始める。そして粗方の方針を決めたカズマは、皆に内容を伝えようと口を開こうとした。
「み、見て下さい!ダクネスが、ダクネスが立ち上がろうとしてますよ!」
『!?』
しかしその口から作戦が語られる事は無かった。めぐみんの歓喜にも似た小さな叫びに、一同がダクネスを見遣る。
ダクネスは上手く力が入らない腕で上半身を起こす。そして、僅かな血を吐き出した口を拭うと、不敵に笑った。
「ぐぅ…ごは…!く、くひひ…。流石は噂に名高い一撃熊。さっきの一撃で色々とぐちゃぐちゃになる所だったぞ…。だが耐えられない程ではない。まだまだ私を楽しませてくれよ…。」
『………』
何とか立ち上がったダクネスの顔は不敵な笑みではなかった、いつもの下卑た笑みだった。
「…Guruuu!」
「ふふ、ムシャクシャしているようだな。今までの獲物は簡単に殺せてきたかもしれんが、私はそうはいかんぞ!!!」
「Guooo!」
「おっと、そういきり立つな。だが分かる、分かるぞ!自分の誇ってきたものを覆される…んん!き、気持ちはな!」
「おい…。あのドM、一撃熊と会話してんぞ…。」
「違うわカズマ!あれは戦いを通じて心が繋がったのよ!そうに違いないわ!」
「……お前は黙って死んだふりしてろ。」
「し、しかし、あんな…無防備なのにどうして攻撃されないのでしょう?」
「ふむ。恐らくだが、今の彼女には隙きが無いのだろう…別の意味で…。」
「あ、ああ…。そういう事ですか…。」
「…あの子は本当にもう!」
身を隠す五人は、ダクネスが思いの外元気な事に安堵したのか、いつもの調子で話をしていた。しかしそれも束の間、ダクネスと一撃熊の間で空気が張り詰める。
「Guruuu…」
「さあ!お前の誇りで、私の誇りを蹂躙してみせろ!どんと来ーーーい!!!」
ダクネスの挑発に勢い良く駆け出した一撃熊は、その豪脚でダクネスを殴りつける。が、今度は先程のようにはいかず、しっかりと受け止めたダクネスと目が合った。
その目に宿る強烈な劣情を感じ取った一撃熊は、思わず後ずさってしまう。そして初めて感じた恐怖の感情を制御出来ず、形振り構わずダクネスに襲いかかった。
「くははははは!!!そうだいいぞ!どんどん打ち込んでこい!お前の本気を私に全て向けろ!」
「Guraaa!!!」
ダクネスはそういいながら、一撃熊の連撃を全て受け止めていく。その攻撃は最早常人には見えないスピードになっており、それを受けるダクネスも鎧を破壊され、次第に宙に浮き始める。
「す、すげえ…。これじゃバトル漫画じゃねえか…。」
「バトル漫画?まあ、よく分からないが、あのままではまずいね…。」
「何でだよ?ダクネスも平気そうだし、このまま相手のスタミナ削っていけば、そのうち疲れて止め刺せるだろ?」
「…カズマ君。君は野生動物…いや、一撃熊を甘く見ているよ。普通の肉食動物だったらそこまでスタミナは無い。君の言う作戦でもいいだろう。だが相手は普段から岩肌を削って鍛えいるんだ。そのスタミナは計り知れない…。」
「……じゃ、じゃあダクネスは…」
「ああ、間違いなくあのまま死んでしまうだろう…。」
深刻な表情でそう言ったヴァンは徐に立ち上がる。その場に居た四人は突然の行動に目を丸くした。
「ヴァン!な、何やってるんだよ!ばれちまうぞ!?」
「…一方的な約束だったが、彼女の危機には助けに向かうと言ったからね。」
「…ヴァン、君は…。」
クリスはヴァンを見上げ何かを言いたげにしていたが、言葉が出ないのか俯いてしまう。それを見たヴァンは微笑み、彼女の頭を優しく撫でた。
「クリス君、そんな顔をしないでおくれ。君の友達は、私が必ず生還させてみせよう。」
黙って頷くクリスに満足したのか、ヴァンは今まで見せた事のない真剣な表情で一撃熊を見据える。
「では行ってくる。カズマ君、彼女達を頼んだよ。」
「た、頼んだよって!?お前も駆け出しじゃないか!行って何が出来るってんだよ!」
「カズマ君。君にはアクア様が、私にはエリス様の加護が付いているじゃないか。」
「…!。特典!」
感付いたカズマに微笑むと、ヴァンは目を瞑りエリス教の証を握りしめる。
(エリス様。今この時こそが、貴女様の力を行使する時!どうか私に、彼女を救う力をお授け下さい!)
そう願ったヴァンの身体から青白い光が漏れ出す。そして目を見開いたヴァンの瞳は、エリスと同じ紫色に輝いていた。
(突撃!!!)
【女神エリスの使徒】の力により、身体能力が大幅に向上したヴァンは、スキルを発動。それまで立っていた場所から、一瞬で消えたかのようなスピードで一撃熊に接敵する。
「一撃熊!それ以上彼女はやらせん!大人しく討伐されろ!」
「Ga!?」
「ヴァ、ヴァン…!」
飛び掛かったヴァンは、敵の背中に斧槍を突き立てる。一撃熊は深く突き刺さる斧槍に、思わず唸り声を上げ攻撃の手を止めた。
その隙きにダクネスを抱え後方へと飛び退いたヴァンは、その場に彼女を降ろす。
「…くっ!貴方は何をしに来たのだ!見届けてくれといっt―――」
「ダクネス君!…私も言っただろう、危なくなったら助けに入ると。それに…」
ヴァンは一度言葉を止めダクネスを見る。その真剣な表情にダクネスは目を奪われた。
「男衆は死んでも彼女達を守ってくれ。そう言っただろう?その中に君は入っていないと誰が言った?」
「!!!」
その言葉にダクネスは顔が熱くなってしまう。恥ずかしさから俯いていると、ヴァンから一本の小瓶を渡される。
「こ、これは…?」
「ポーションだ。少しでも体力を回復してくれ。それとダクネス君、君はどうやっても止められそうにない。私はもう君のパーティー加入を止めないよ。その代わり、カズマ君とアクア様に君の力を貸してやってくれ。その為の力は、私が引き出してやろう!」
「…ああ、ああ!任せてくれ!騎士としてあの二人を、いや!貴方を含めた四人共を守り抜くと誓おう!」
そう言ってポーションを一気に煽ったダクネス。そして勢いよく小瓶を投げ捨てた彼女は、ヴァンの横に並び立つ。ここに、二人の高潔な騎士が誕生した。
(ああ、見ていますかテラさん。お二人が、あんなに輝いていますよ。)
その光景を見た女神エリスが静かに涙を流した。
そして再開される一撃熊との戦闘。件の敵はヴァンの只ならぬ気配、女神の気に当てられ攻めるのを躊躇っていたようだ。
「モンスターでもこの気配を前にしたら攻めるのを躊躇うか。流石エリス様の御加護だ。よしダクネス君!戦闘再開だ!奴に向かって走れ!」
「あ、ああ!任せろ!」
ヴァンの指示通り走り出したダクネス。それに気付いた一撃熊は前脚を広げ迎撃体制を取った。そして間合いに入ったダクネスに、その豪脚を振り降ろす動作に入った瞬間ヴァンが叫んだ。
「ダクネス君!拳で “受け止めろ” !そしてそのまま振り抜くんだ!」
「うおおお!!!」
豪脚と豪腕が激しくぶつかる。そしてダクネスは指示通りにそれを振り抜いた。大きく弾かれる一撃熊の豪脚、その隙きを突いてヴァンが突撃を仕掛け、敵の腹に斧槍を突き立てた。
内蔵まで響いたその突きに、一撃熊は蹲る。二人はすかさず後ろに下がった。
「ダクネス君、“攻撃が当てられる”ようになったじゃないか。」
「!? は、ははは…本当だ!私の攻撃が当たったぞ!」
ダクネスは拳を見つめ感動する。そして更に自信が付いたのか、力強い瞳で一撃熊を見据えた。
それを見て微笑んだヴァンは、ダクネスに更にアドバイスを送る。
「拳でも体当たりでもいい、まずは“受け止めて”そこから押し切るんだ。」
「分かった!受け止めるのは大の得意だ!」
ダクネスは再度走り出す。先程の力勝負に負けた一撃熊は怒りの余り咆哮し、力任せに前脚を振り抜いた。だが、要領を得たダクネスは敵の攻撃を受ける寸前に、相手の胴体に身体をずらす。すると胴体に体当たりする形となり、一撃熊を吹き飛ばす結果となった。
「ヴァン見たか!また当たったぞ!」
「ダクネス君!それは後で語り合おう!今は奴の息の根を止める!めぐみん君!」
「へ、へぁ!?ここに来て私ですか?!」
「急いでいるんだ!直ぐにエクスプロージョンの準備を!」
「わ、分かりました!」
突然指示されためぐみんは慌てて詠唱に入る。その指示を不服に思ったダクネスはヴァンに抗議した。
「ヴァン!何故ここでめぐみんなのだ?!私と貴方でもこいつは仕留められるだろう!」
「ダクネス君!状況をしっかりと見ろ!君と私の武器ではこいつを仕留めるのは無理だ!」
「な、なにを…!?」
ダクネスはヴァンの武器を見て目を見開く。彼の武器は能力向上と一撃熊の分厚い体表のせいで、既に柄や穂先にヒビが入っており、使い物にならなくなっていたのだ。
そう問答をしている間に一撃熊が起き上がってきた。が、ダクネスに浴びせた連撃からくる疲労、そして彼女から受けた思わぬダメージに未だよろけている。そこに丁度良くめぐみんの声が響き渡った。
「ヴァン、ダクネス!急拵えですが準備が出来ました!離れていて下さい!」
「よし!遠慮なく撃ち込んでくれ!」
「最後の詠唱が無いのは締まりませんが、これは貸しにしておきますよ!エクス!プロージョン!」
「………!!!」
一撃熊の頭上に展開される幾重にも重なる魔法陣。静かに放たれるその眩い光を浴び、一撃熊は死を予感した。
慌ててその場を離れようとするが時既に遅く、一撃熊に背を向け帽子を深く被っためぐみんが、終わりの言葉を呟いた。
「爆ぜろ…」
その言葉と同時に、一撃熊を中心に巨大な爆発が起こる。爆発の衝撃で地面に叩きつけられた一撃熊は、次々と押し寄せる爆風に為す術もなく、爆裂魔法の中で息絶えた。
☆☆☆
爆発が収まり辺りに静けさが舞い戻ると、ヴァンは気が抜けたように深い息を吐いた。隣に立つダクネスはまだまだ興奮が収まらないようだ。
そんな二人の元へ、めぐみんを背負ったカズマと、生き残った事に感涙するアクアが駆け寄ってきた。
「二人共すげえじゃねえか!あんな強そうなの倒しちまったぜ!」
「ヴァ~ン!ダクネス~!あ゛り゛が ど う!本当にあ゛り゛が ど う!生ぎだ心地じながっだよ~。」
「カズマ、アクア…一撃熊に“止め”を刺したのは私です。そこは間違えないで下さいよ。」
「ふふ。めぐみん君、急な指示に良く対応してくれたね。爆裂魔法、見事なものだったよ。」
一撃熊という強敵を倒した事により、いつもより気分が高揚している四人。ダクネスは互いに喜び合っている四人に、羨望の眼差しを向ける。
「………」
「 ? ふむ。…ダクネス君。私はもう止めないと言っただろう?後は君次第なんだよ?さあ、勇気を出して言ってごらん。」
「ヴァン…。すう~はあ~。…カ、カズマ!それに皆!い、一撃熊は倒せなかったが、私には皆を守り切るこの身体がある!そ、それで、その…あの…」
ダクネスは肝心な所で言い淀んでしまった。しかし四人の中に、ダクネスの言葉を遮る者は居ない。互いを見遣って苦笑いを溢すと、ダクネスの言葉を優しげな眼差しで待つ。
「えっと…こ、こんな私で良ければ!ぜ、是非!貴方達のパ、パーティーに入れてはくれないだろうか!!!」
「……仕方ねえな。パーティー入るの認めてやるよ。けど前みたいに暴走してみろ?即クビだからな?」
「ふふふ。私達のパーティーも大分充実してきたじゃない。この調子で魔王討伐まで行きましょう!」
「最硬の盾を得た事により、我の爆裂魔法も更に洗練される事となる。…これからが楽しみですね。」
「はっはっは!頑張ったねダクネス君。こんな凸凹パーティーだが、これからも宜しく頼むよ。」
「皆…。ああ!このダクネス、必ず皆を守り通す事を誓おう!」
ダクネスの言葉に、カズマは困ったように笑い、アクアは意気揚々と笑う。背負われためぐみんは力無く笑うが、その顔は喜色で満ちていた。
ヴァンは、ふいにダクネスと目が合う。そして何故かその事が可笑しくなり、どちらからともなく笑顔が溢れる。その笑顔は、まるで鏡写しのようにそっくりだった。
こうして荒ぶる騎士、クルセイダーのダクネスが新たな仲間に加わった。
「二人共無事で良かった。生命力を使って力を貸した甲斐がありましたね。……うう、けどすっごい疲れた。祝勝ムードの所悪いけど、そろそろ私に気付いてほしいなあ~…。」
木陰で休むクリスは、ふいに顔を照らした眩しい光に目を細める。今朝あれだけ分厚かった雲の割れ目から、光が差し込んでいた。その光は徐々に広がり、笑い合う五人も別け隔てなく照らしていく。
これからの彼らの旅路を祝福するかのように―――
天国のテラへ
今日はとても充実した一日になったよ。
昨日書いた騎士の少女が、なんと仲間に加わる事になったのだ。
落ち着いて話してみると、とても良い子でね。
髪も瞳の色も一緒だから、何だか他人には思えn―――