このすば!ぐらんぱ!   作:星子

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第七話 おじいちゃん、心を鬼にする。

ー冒険者ギルドー

 

 

 

「お、ゾンビメーカーよりトロいやつが来たぞ!」

「ぎゃはは!ゾンビメーカーにゾンビにでも変えられたんじゃないか!」

 

 酒場内に嘲笑が沸き起こる。ウィズの件以降、クエスト失敗の報告が広まったのか、連日カズマに向けられるのは不愉快な視線だった。

 一行はそんな中、新たなクエストを求め、掲示板の前に陣取っていた。

 

「そろそろ我慢の限界なんですが?ギルドを粉微塵に吹き飛ばしてもいいですかね?」

「大概の事では怒らないと自負していたが、連日ともなるとな…。よし片っ端から腕相撲を挑んで、笑っていた連中の腕を、再起不能になるまで砕いてこよう。」

 

 真紅の瞳を怪しく光らせるめぐみんと、拳を鳴らすダクネス。カズマは溜息を一つ吐いて二人を止めた。

 

「…二人共ほっとけ。その内飽きて言わなくなるだろ。」

「そうよ二人共。カズマの国にはこういう言葉があるわ。因果応報。自分のやった行いは悪行、善行に関わらず、全て自分に返ってくるって意味よ。その内あの酔っぱらいには、手痛いしっぺ返しが下されるわ。」

「…よく知ってんな…馬鹿なのに。」

「ちょっとあんた!折角フォローしてあげたのにその言い方は何よ!」

「…まあまあアクア様。カズマ君も少なからず気が立っているのでしょう。先程の言葉通り、我々は我々の出来る事を、コツコツとやって行こうではありませんか。」

 

 カズマに突っかかろうとしたアクアを抑え、何とか宥めたヴァンは苦笑いを零す。しかし、ヴァンも少なからず苛ついており、平静を保つのに苦労していた。

 そこに、カズマ一行の平静を脅かす存在が、覚束ない足取りで現れた。

 

「おいおいゾンビ君~。ひっく!クエスト失敗するから難しいクエストはよした方が良いんじゃないの~?ぎゃははは!」

「…はいはい、ゾンビゾンビ。あっちで大人しく酒でも飲んでろよ。」

 

 軽くあしらわれた酔っぱらいは一瞬眉をひそめ、更に突っかかってきた。

 

「ああ?てめえ、上級職に負んぶに抱っこのくせに随分と偉そうじゃねえか。何々?最弱職の自分が偉いって勘違いしちゃってんの?ぎゃはは」

 

「…これなんてどうだ?」

「ふむ…ほう、ゴブリンの討伐か。アクセル近辺に出るとは珍しいね。うむ、これなら我々でも出来そうだね。丸一日掛かりそうだ。しっかり準備していこう。」

 

 酔っぱらいは、自分の話を無視してクエストを吟味する一行に苛立ち、尚も叫び続ける。

 

「何だあ?ゴブリン狩りかあ?止めとけ止めとけ、どうせ失敗するのが……あ~、分かったぞ~。」

 

 酔っ払いは下卑た笑みを浮かべ、カズマとヴァンに絶対に言ってはならない事を口走ってしまった。

 

「お前らあれだろう~?上級職にゴブリン狩りやらせて、その後三人としっぽりやるんだろう~?ひゃひゃひゃ!いや~、羨ましいねえ。俺とパーティー交換してくれよ~。ぎゃははは!」

「………。」

「………あ~、君は名前は何というのかね?」

「ああ?俺は~ダストだ。何だ?酒でも奢って!―――」

 

 ヴァンは、ダストが言い終わる前に、腕の関節を決めて床に組み伏せる。その顔は怒りに満ちており、彼の事を知る人々は驚きを隠せないようだ。

 

「この愚か者が!私とカズマ君だけなら見逃してやろうと思ったが!女性に対して言っていい事と悪い事も分からんのか!」

「いでででで!て、てめえ!こんな事して唯で済むと…いだだだだ!」

 

 ヴァンは、ダストの反抗的な態度に更に腕を締め上げる。そこに、ゆらりとした足取りでカズマが近付き、ダストの顔の前でしゃがんだ。

 

「おいダスト…。俺の名前はカズマだ。お前はあいつらとそんなにパーティー組みたいか?」

「は、はあ?んなの当たり前だろ!三人共上級職なんて最高のパーティーじゃねえか!」

 

 ダストの言葉に、カズマは笑顔を作り、ヴァンに聞こえないようダストの耳元で囁きかける。

 

「………ぐ、ぐへへ 。ほ、本当にいいのか?じゃ、じゃあ取り敢えず一日だけ交換しようぜっひっひっひ。」

「ああ、お前がそう言うならそれでいい。これはお前の、お前だけの物語なんだから。」

 

 カズマはダストにそう告げると、ヴァンの肩を叩き、一つ頷く。

 

「ヴァン。離してやってくれ。こんなに代わって欲しいっていうんなら、一度交換してみようじゃないか。」

「カズマく…」(…待てよ。そういう事か。…ふ、やるじゃないかカズマ君。やはり君は指揮官としての才能がある。)

 

 カズマの意図を汲んだヴァンは大人しく拘束を解く。ダストはだらしない顔のまま、自分の仲間達の下へ事情を説明しにいった。

 カズマとヴァンも女性陣達の下へ戻り、事情を説明する。

 

「―――つう訳だ。このままじゃ噂が無くなっても、ダストとその仲間達とギクシャクするだけ、それは嫌だろ?」

「ま、まあそれはそうだが…。」

「悩むなって。お前の防御力、あいつに見せ付けて来い。」

「い、一日だけなんですよね?そうすればまた元通りなんですよね?」

「ああ。ダストがそう言ったんだ。あいつが気に入らない限りはそれっきりだよ。」

「仕方ないわね。これを期に、私達の存在がどれだけ偉大か、カズマに分からせてあげるわ。」

「お前はさっさと俺に回復魔法を教えて、一生帰ってくんな。」

「うう…うわ~ん!酷いよ~!」

 

(うむ。彼女達を利用するのは良心が痛むが、時には非情になる事も必至。よく分かっているじゃないか、カズマ君。)

 

 ヴァンは、カズマを見ながら感心するように何度も頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、ダストのチームメンバーとカズマがクエストを受注していた。色々と馬鹿にされているがカズマの表情は何故か明るい。

 そしてダスト率いる女性陣達もクエストを吟味していた。

 

「おいダストとやら!私のクルセイダーの力、お前に示すためにはゴブリンなどでは生ぬるい!ここは巨大熊の討伐を受けるぞ!」

「む、無理無理!俺殺されちゃうって?!」

「おい、ゴブリンなんて雑魚じゃなくて、これくらい凶悪なモンスターを選んでくれませんかね?」

「………は、はあ!?ホワイトウルフの群れの討伐!?だ、駄目駄目!対処しきれないって!」

「はあ…あんたさっきから無理無理、駄目駄目言い過ぎよ。私はカズマ如きに蔑ろにされて苛立ってんの。カズマが思わずアクシズ教に入るくらいのクエストじゃないと、私は受けないわよ。」

「ちょ!我儘言わないでくれよ!あんたらが凄いのは分かってるが、それじゃ俺が追いつけねえって!」

 

 カズマは、女性陣に振り回されているダストと肩を組み、小声で語りかける。

 カズマの囁きに耳を傾けたダストは鼻の下を伸ばした。しかし彼女達が選んだクエスト内容を思い出し、直ぐに表情を戻す。

 

「し、しかしよカズマ。流石に高難度クエストは厳しいって。お前からも何か言ってくれよ。」

「そのくらいなら任せとけ。」

 

 カズマが女性陣の下へ行く。そして少しの会話の後、勝ち誇った表情で戻ってきた。

 カズマの囁きに更に鼻の下を伸ばしたダストは、下卑た笑みを浮かべたまま女性陣の下へ戻り、クエストを受注し始めた。

 それを見届けたカズマは、ヴァンの下に向かう。

 

「ヴァン。お前は俺と一緒に―――」

「ああ、その事なんだがね。私は女性陣に付いて行こうと思うよ。なあに大丈夫、君の考えは分かっておるよ。私は一切手出ししない、見ているだけだ。」

 

 カズマはヴァンの提案に汗を一筋垂らし、驚きの表情を見せる。その表情を見たヴァンは、微笑みながらウィンクをした。

 

 

 

 ダスト達が受けたクエストは、森の一角を住処にしたゴブリン達の討伐だ。ダストと女性陣、それにヴァンを加えた五人は目的地へと向かう。

 

「ちっ!野郎はお呼びじゃないんだけど。」

「はっはっは。私の事は気にしなくていいよ。私は唯の監視役だ。一切手出しせんよ。」

「は?お前そういう趣味なのかよ。ま、まあ別にいいけどよ。」

「趣味?何の事かね?」

 

 彼らの話がいまいち噛み合わない中、ダクネスが手を挙げ四人の足を止める。一行は茂みに身を隠し、様子を窺った。

 

「この先の開けた所にゴブリンが居るな。40匹くらいか、滅茶苦茶多いぞ。」

「何を怖気付いているのですか。あんな連中、私の爆裂魔法で一網打尽ですよ。」

「え?君、爆裂魔法なんて使えるのか!すげえ!これなら一瞬でクエストクリアだぜ!」

 

 ダストはめぐみんの力を褒め称える。それに気を良くしためぐみんは胸を張って偉ぶった。しかしダクネスが待ったを掛ける。

 

「めぐみん。爆裂魔法は撃って構わない。構わないのだが、出来れば20匹程残してはくれないだろうか。私の力をこいつに知らしめる為に必要なのだ。」

「ダクネス、それじゃ私が満足出来ないじゃないですか。10匹残します。それで手を打ちましょう。」

「10匹か…。分かった。それで我慢しよう。」

 

 交渉が成立すると、めぐみんが徐に立ち上がる。そしてヴァンに向かって意味深な笑みを浮かべた。

 

「ヴァン。我に課せられた使命、憶えていますか?」

「ん?…ああ、エクスプロージョン・レイの事かな?…まさかもう形になったのかね!?」

 

 ヴァンが驚くとめぐみんは得意気に鼻を鳴らす。

 

「我は紅魔族随一の魔法使いなのですよ。爆裂魔法と名の付くものは、等しく我の手中に収まるのです。」

「おお、流石はめぐみん君!君が仲間に入ってくれたのは正解だったようだね!」

 

 めぐみんは反り返りそうな程胸を張った。そして一通り偉ぶると、杖を構え爆裂魔法の構築を開始する。 

 集中するめぐみんの足元に魔法陣が展開される。そして杖を高々と掲げると、その頂点に一枚、また一枚と精巧な魔法陣が現れ、それらが連なるとめぐみん大の球体状の魔法陣が完成した。

 

「ど、どうですかヴァン!はあ…はあ…。完璧な球体でしょう?」

(ふむ。ウィズが使っていたレイは掌に収まるくらいの大きさだったが…まあ初めてにしては恐らく上出来なのだろう。後でウィズの所に行って聞いてこよう。)

 

 ヴァンは笑顔で頷く。それを見ためぐみんは、大粒の汗を流しながらゴブリンの群れに球体を向けた。

 

「くっ!…はあ、はあ…。維持するので精一杯です!もう撃ちますよ!これがもう一つの爆裂魔法!【エクスプロージョン・レイ】です!」

 

 めぐみんがそう叫ぶと、球体の魔法陣が輝き出す。そしてその光は一点に収束していき、全てを爆散させる無音の光を解き放った。

 放たれた光を仰ぐ一行。その光は雲を突き抜け、静かに消えていった。

 

『 ………。』

 

「そ、そんな…ぷへ…」

「お、おい!大丈夫か!?」

 

 全魔力を球体の維持と射出に使っためぐみんは、その場に倒れてしまう。慌てて近付いたダストにヴァンは声を掛ける。

 

「ごほん…これで脱落者は一名だ。さあダスト君、皆に次の指示を出し給え。」

「だ、脱落者ってなんだよ!?『めぐみん、よくやった!後は私に任せろ!』ってあんた!勝手に動くな!」

 

 めぐみんが失敗した事により、劣情のボルテージが最大に達したダクネスは、ダストの言葉など聞きもせず単身ゴブリンの群れに突撃していった。

 そして群れの前に躍り出たダクネスは、息を荒くして大声で叫んだ。

 

「はあはあ…見ていろダスト!これが私の力だーーー!!!」

 

 両手剣を構えたダクネスは、ゴブリンの群れに斬りかかるも全く当たらず、飛び掛かってきたゴブリン達に集られ、姿が見えなくなってしまった。

 

「ああ!あのままじゃやられちまう!お、おいアークプリーストのあんた!彼女に支援魔法を!」

「………話し掛けないで。今、働き蟻を数えてるんだから。」

「そんな事どうでもいいだろう!?」

 

 アクアが頼りにならないと悟ったダストは、腕を組んでゴブリンの群れを眺めるヴァンに目を向ける。

 

「…ん?どうしたんだい?早くしないと、ダクネス君がやられてしまうかもしれんよ?」

「お前は何でそんなに冷静なんだよ!死んじまうかもしれないんだぞ!?」

「その時はその時さ。来る時にも言ったが、私は一切手出しせん。君でなんとかし給え。」

 

 ダストは自分の言う事を一切聞かない四人を見て、思わず頭を掻き毟る。

 

 

 

「ああ、もう!何なんだよこのパーティーはーーー!!!」

 

 

 

 

☆☆

 

 

 

 

 一方その頃。カズマ達のパーティーは、彼の機転により実に好調なゴブリン狩りを行っていた。

 

「うひゃひゃひゃひゃ!こんな簡単な狩り初めてだぜ!おらおらー!避けれるもんなら避けてみやがれー!」

「キースにばっかり格好付けさせないよ!私だって魔法ばんばん使っちゃうんだから!」

「リーン、キース!俺の分も残しておけよ!よっしゃ来いやー!このテイラー様に近付いてきたやつは、もれなく真っ二つにしてやるぜ!」

 

 三人は余りにも順調すぎて、全てを支配する絶対者のような気分になっていた。そんな彼らを見たカズマは、口元を歪ませ、意味深な笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 山の上で絶対者達が猛威を奮っている頃、絶賛絶不調のダスト一行はというと。

 

「ぬあーーーんん!おのれゴブリン共め!その汚物に塗れた武器で私を汚す気か!そして私が弱った所を巣に連れ帰り、慰みものにして孕ませる気だろう!負けない!私は負けないぞーーー!」

「あんたは一体何を口走ってんだー!頼むからいい加減に下がってくれー!」

 

 この世界のゴブリンはメスもしっかりおり、同族同士で繁栄している。ダクネスが連れ去られても食べられるだけなのだが、彼女の中ではそうではないようだ。

 ヴァンはふと森の奥に目を向ける。何かがこちらを見る気配があったが、その姿は何処にも見えない。気の所為かと、ゴブリンの方に意識を戻そうとすると、アクアが声を掛けてきた。

 

「ヴァン、気の所為じゃないわよ。」

「む、アクア様。さっきの僅かな気配を感じ取られましたか。流石でございますな。」

 

 ヴァンは、時折見せるアクアの女神らしい力に改めて敬服する。

 

「ええ、あのゴブリンの中にじっと私を見てくるやつがいるわ。この女神である私を食べようだなんて不届き千万ね。」

「………流石でございます。アクア様。」

 

 見当違いの女神の力に脱帽するヴァン。そこで、先程こちらを見ていた気配をまたも感じた。

 

(ふむ。やはり気の所為では無いな。…ダスト君もダクネス君に気を取られて気付いてないか。ここは手助けしてやろう。)「ダスト君。」

「下がれっつってんだろうが!…ああ!?何だよ?今忙しんだけど?!」

「うむ。ゴブリン以外にこっちを見ているものが居る。気を付け給え。」

 

 ヴァンの助言を訝しげに聞いたダストは、一旦ダクネスから意識を離し、辺りに気を配る。

 

「………嘘だろ。マジじゃねえか。狙ってんのはダクネスって子か。いや、まずは女からって所か…」

「ほう、そこまで分かるのかね。…む!来るか!」

 

 ヴァンが警戒を強めると、ダクネスが戦う場所より更に奥、その茂みから一匹の巨大な獣が飛び出してきた。

 

「しょ!初心者狩りだ!ああ、俺の馬鹿!ゴブリンなんて旨い獲物、ここらに出るなんておかしいと思ったんだ!」

 

 ダストが悔やんでいる中、初心者殺しが現れた事により、ダクネスに集っていたゴブリン達が一斉に逃げ出した。

 

「ああ!何処に行くんだお前達!まだ私の熱は冷めていないのだぞ!………ん?おお!も、もしや初心者狩りか?!ぐ、ぐへへ…ゴ、ゴブリンより大物が来たか…じゅるり。」

「ば、馬鹿かてめえは?!敵いっこねえ!逃げるぞ!」

 

 必死に止めようとするダストの横を、青い長髪が横切る。段々と表情を歪めるダスト。アクアは彼の嫌な予感を見事に表現した。

 

「やっと出てきたわね!このアクア様に相応しい敵が!」

 

 拳を鳴らしながら怪しく目を光らせるアクア。そしてその拳に神気を纏わせ、威勢よく飛び出していった。

 

「私は女神アクア!あんたみたいな大きな猫は猫用おやつでも舐めてなさい!ゴーーーッド!ブローーー!!!」

「や、やめろ!行くんじゃねえーーー!」

(いかん!ダスト君のお仕置きもここらで終わりか!)

 

 初心者殺しの顔面めがけ、ゴッドブローを放つアクア。その速度は凄まじく、常人には目で追うのがやっとだった。そう、常人には。

 初心者殺しは殴られそうになる寸前に首を傾け、アクアの攻撃を難なく避ける。そして横切ってきたアクアの頭に思いきり喰らいついた。

 

「ぎゃーーー!痛い痛い!お、お願いー!誰か助けてー!ちょ!?揺さぶらないで!折れる!折れちゃうからーーー!」

 

『 ………。』

 

 首の骨を折ろうと身体を揺さぶる初心者殺し。それに抵抗するように敵の鼻先を掴んで必死に堪えるアクア。普通なら噛まれた時点で頭を砕かれるはずのアクアに、ダスト達は驚愕の表情を隠せなかった。

 

「な、何なんだよあの女…初心者殺しに噛まれて死んでねえぞ…」

「…う、うむ。」(そう言えばカズマ君が、アクア様の羽衣は神器で凄い力があるかも、と言っていたな。まさか、ダクネス君並の防御力が備わっているとは。)

 

「ぎゃーーー!額からちょっと血がーーー!うわ~ん!痛いよー!」

 

 アクアは何度も首を振られて、泣きべそをかき始めた。そんなアクアを助けるかのように、ダクネスの手が初心者殺しの頭を掴み、その動きを止めてみせた。

 

「アクア!大丈夫か!」

「ダ、ダクネス~、痛いよ~助けて~。」

「今こいつの口を抉じ開けてやる!その内に逃げるんだ!…ふん!」

 

 上顎と下顎に手を入れたダクネスは、力を込めて初心者殺しの口を開いていく。アクアはその内に脱出し、その場に座り込んで本格的に泣き始めてしまった。ダストはその光景を見て、開いた口が塞がらない様子だ。

 

「あ、あ、あ…」

「うむ。あれは想定内だ。」

「そ、想定内なのか!?恐えよ!!!」

 

「はあ…はあ…。アクアばかりずるいぞ。…んん!初心者殺しの強力な咬合力。噂には聞いているが一体どれ程のものなのだ。フヒヒ…」

 

 ダクネスは、開いたままの初心者殺しの口に自分の頭を入れ手を離した。自由になった初心者殺しは、仕返しとばかりにあらん限りの力でダクネスに噛み付いた。が、ダクネスは叫ぶこともせず、腕を組んで分析を始めた。

 

「ふむ。中々の力だがいまいちだな。頭の角度が悪いのだろうか?…お、おい。暴れるんじゃない。今良い位置を探しているんだ。大人しくしろ。」

 

 初心者殺しは、身体を揺さぶってダクネスの首を折ろうとするが、当のダクネスはピクリとも動かない。ダクネスは先程と同じ様に口を抉じ開けると、今度は顔を横向きに入れ直し手を離す。

 そして、また思いきり噛まれ始めたダクネスは、目を見開き恐るべき分析結果を出した。

 

「む!これだ!横向きの方が僅かばかし痛みが強い!よーし、噛め!どんどん噛んでこい!お前の力!私に見せてみろ!!!」

 

 初心者殺しは、肉を噛みちぎるような生易しい力では無く、鉄でも砕くのではないかと思わせる力で、ダクネスを噛みしめる。だが、ダクネスは力を入れられる度に顔を劣情に歪ませ、全く堪えている様子がない。

 そんな気が狂いそうな場面を見たダストは、その場に力無く膝を付いてしまった。

 

「な、何なんだよこいつら…こんな馬鹿げたパーティー…やってられっか。こんなはずじゃなかったのに…俺の秘密の園計画が…。」

「ん?ダスト君、秘密の園計画とは何の事かね?」

 

 ダストは、ヴァンの言葉に訝しげな顔をする。

 

「はあ?何って、クエストさっさと終わらせて、三人としっぽりやるって事だよ。お前はそれを見たいからこっちに来たんだろ?カズマから言ってきたんだぜ?聞いてないのかよ?」

 

 ヴァンはその言葉を聞くと、ダクネスに向き直り大声を上げた。

 

「ダクネス君!もう遊びは終わりだ!こっちに来てくれないか!」

「え、ええ!?も、もう少しだけだけ―――」

「ダクネス君!」

「わ、わわ分かった!」

 

 ヴァンの威圧に負けたダクネスは、後ろ髪引かれる思いで初心者殺しの喉元に拳を打ち上げる。その強烈な一撃で呼吸が出来なくなった初心者殺しは、その場で酸欠状態となり気絶してしまった。

 

「う、嘘だろ…初心者殺しに勝ちやがった… 『さて、ダスト君。』 ひ、ひい!」

 

「秘密の園計画。その詳細を聞かせてもらおうではないか。」

 

 ダストは、圧倒的な雰囲気を醸し出すヴァンに悲鳴を上げてしまう。そこに、アクアを回収したダクネスも加わり、見下ろされながら尋問を受けるのであった。

 

 

 

 

 

 一方カズマ達は。

 

「いやあ、こんなにさくさく終わるとは思ってもみなかったぜ!カズマ様様だねこりゃ!」

「本当よね~。ねえカズマ、このままこっちのパーティーに入っちゃいなよ。」

「こら、カズマには帰るべき場所があるんだ。無理に引き止めるな。…けど、カズマの才能を手放すのは本当に惜しいな。………いっそダストを解雇しようか…」

 

『それ、いいね!』

 

 ダストが聞けば、何処までが嘘で何処までが本当かも分からない、そんな恐ろしい話をし始めた三人。

 

「ニィヒ!」 

 

 カズマはそんな三人に聞こえないように、静かに、それでいて悪魔的に笑った。

 

 

 

 

 

 自分が解雇の危機に瀕しているなど、露程も知らないダストは、正座で尋問を受けている最中だった。

 

「それで?一体カズマ君は、何と言って君を誑かしたのかね?」

「そ、それは―――」

 

 ダストは昨日の事を思い出しながら語りだした。

 時間は、ダストが組み伏せられ、カズマが耳元で囁く所まで戻る。

 

『「そうか…。ダスト、パーティー交換受けてもいいぜ。あいつらの事は好きにしていい。どんな事でもやっていいぞ。……おおっとダストさん、今お前の頭の中で、あ!んな事や、こ!んな事が繰り広げられているな? 交換を受けてくれたら、それが全て現実のものになるぞ? ダスト、お前は勇敢な戦士だ。今お前の目に映っているのは、勇敢な戦士に相応しい、最っ高!の女達だ。このまま、永遠に、秘密の園で戯れていいんだよ?何も遠慮することはないんだよ?」』

 

「―――って感じで囁かれました…」

 

 アクアとダクネスは、話し終えたダストを軽蔑の目で見下し、めぐみんは倒れた状態でぶつぶつと爆裂魔法を詠唱しだした。

 

(あの子も愚か者、いや、悪知恵が働く子と言った方がよいか。…私が先に怒ったせいで、彼に考える時間を与えてしまった、と言う事になるな。)

 

 ヴァンは頭を抱えながら溜息を吐く。ダストは、そんなヴァンに恐る恐る口を開く。

 

「な、なあ?俺はあいつに誑かされただけなんだ?ゆ、許してくれるよな?」

「馬鹿者、それとこれとは話が別だ。クエストが成功したら、彼女達に乱暴する気だったのだろう?同意もないのにそんな事をして、許されるとでも思っておるのか。」

 

 ダストは観念したかのように肩を落とす。ヴァンは腰を落としダストの肩を叩くと、真剣な表情で話し出した。

 

「今日一日、このパーティーで戦う事の大変さは判ったかね?」

「…それは身を以て分かった。カズマの事、負んぶに抱っことか言って悪かったよ。」

「分かってくれればいいよ。…ではこの件はこれで終わりにしよう。」

「はあ。やっと開放された…もう懲り懲りだぜ…『何をやってるんだい?まだ終わっておらんよ?』…え?え?」

 

 膝を崩そうとしたダストの前に、アクアとダクネスが立ちはだかった。二人共拳を握り、ダストを睨んでいる。

 

「お、おいあんたら…」

「これ以降、こいつの毒牙に掛る女性冒険者が出てくるとも限らん。そもそも私の趣味に合わんのだ!このクズが!」

「あんた、女神である私を犯そうと思ってたわけ?そんなの天罰以上の地獄行きよ?私が直々に送ってやるわ。泣いて喜びなさい。」

 

 ダストは泣き出しそうになる。方や、初心者殺しに噛みつかれても、少しの出血で耐えた女。方や、その初心者殺しを一撃で気絶させた怪力の女。どんな屈強な男でも泣き出さない訳がない。

 ダストはヴァンに助けを求める。ヴァンは微笑んで彼に死刑宣告を言い渡した。

 

「ああ、めぐみん君は倒れておるから…そうだな。ダクネス君。もう一発頼んだよ。」

「心得た。めぐみんの無念、私が晴らしてやる。」

 

 じりじりとダストに近寄ってくるアクアとダクネス。彼は涙を流しながら震えだした。

 

「あ、あの。本当に、す、すみませんでした!かか勘弁して下さい!!!」

『 …死刑!』

 

 

 

「ぎゃあーーー!!!」

 

 

 

 一方その頃、カズマ達は。

 

「アクセルと~ちゃ~く!ん?雨降ってきたな?…まあいいか!初心者殺しにも出くわさなかったし、今日は最高の一日だったぜ!これからも宜しくな!カズマ!」

「うんうん!私は最初からカズマの事信じてたからね!それにしてもいい汗掻いた~!今日のクリムゾンビアは最高だろうね!」

「ああ!今日はカズマのパーティー加入祝いだ!パァーっと行こうぜ!」

 

 テイラー達三人は何処か様子がおかしい。皆、カズマのパーティー入りを最初から決めていたかのような口ぶりだ。最後尾のカズマは、心の中で全てが終了した事を確信した。

 

(…ミッションコンプリ~ト~っひっひっひ!ヴァーーーカダストめ!もうこのパーティーにてめえの席ねえから!!!不良品を押し付けられたとも知らず、俺のハイエンドな口車に、まんまと乗せてやったぜ!ケケケ!ヴァンがあそこで怒ってくれたお陰で、考える時間が出来た!そう!へっぽこ娘お引取り作戦をな!)

 

 下卑た表情を浮かべるカズマの心の中は、天使のカズマなど既に出ていっており、悪魔のカズマが我が物顔で居座っていた。

 

(けど、ヴァンがあっちに付いて行くのは予想外だった。…まあ、俺にはプランBがある。心配することはねえ…それにしても、ヒヒ!やっとまともなパーティーになったぜ!俺の冒険はここから再スタートだ!!!)

 

 カズマは、ヴァンが既に事情を聞いて静かに怒っているとも知らず、新生カズマパーティーの今後について、思いを馳せるのであった。

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 カズマ達一行よりも暫く後、土砂降りの雨の中、ダスト達もアクセルに到着した。アクアとダクネスの拳骨を喰らったダストは、そのまま気絶してしまいヴァンに背負われている。静かに怒りを燃やすダスト以外の面々は、黙々とギルドに突き進んだ。

 そしてギルドに到着した一行は、ギルド正門以外に逃げ道が無い事を確認すると、酒場にカズマが居ないか耳を研ぎ澄ませる。案の定、酒を飲んで気分を良くしたカズマの叫び声が聞こえてきた。

 

「…では皆の衆。準備はよろしいですかな?」

 

『 ………。』

 

 女性陣は静かに頷く。そしてヴァンが扉を開くと、テイラー達と楽しく酒を飲んでいるカズマの声が、耳に入ってきた。

 

「ぐへへ~。おいリーン。その尻尾のアクセサリー、本当にアクセサリーなのか~。ちょっと確かめるから、その可愛らしいお尻触らせろよ~。」

「いや~ん、止めてよぉ~。カズマがもっと活躍してからじゃないと駄目ぇ~。」

「ぐへへ~、ほんとに~?よ~し、おじさんもっと頑張っちゃうぞ~!」

 

『 ぎゃははははは!!!』

 

 そこには唯のセクハラオヤジが居た。ヴァン達四人が、こめかみに青筋を立てていると、ダストが大きな笑い声に意識を取り戻した。

 

「っは!ここは…ギルド?………!?あ!て、てめえカズマ!よくも騙してくれたな!こんなおっかねえパーティーどうにか出来るわけねえだろ!こんなパーティーこっちから願い下げだ!」

 

 ヴァンから無理矢理降りたダストは、つかつかとカズマ達の下に近寄る。そして胸ぐらを掴み上げ、彼を睨みつけた。

 

「お、おいおいダスト君。止め給えよ。僕達は今、今後の冒険者稼業について話し合っているんだ。なあ、みんな?………あれ?み、みんな?」

 

 カズマは新たな仲間に同意を求めるが、その仲間達は、普段おちゃらけた態度のダストが、物凄い剣幕で怒っている事に驚きを隠せないでいた。

 そしてダストは、カズマを持ち上げたまま、ヴァン達の方へ思いきり放り投げた。

 

「お、おわぁーーー!っいで!っつ~………て、てめえ放り投げることねえだろ!『やあカズマ君…随分と楽しそうだったね。』ひっ、ひい!」

 

 カズマは、底冷えしそうな声で語り掛けてきたヴァンに、言い知れぬ恐怖を感じる。恐る恐る顔を向けると、四人は笑顔を携えたままカズマを見下ろしていた。

 

(ま、まさかダストのやつ、ばらしやがったのか!?あんの野郎。…っち!仕方ねえ。皆の前で恥ずかしいが、プランBに変更だ!)

 

 カズマは四人の前で正座をし、それは見事な土下座を披露した。

 

「うう…ほ、ほんの一瞬んん、魔が差したんですうう!!!あの時の俺ええ、イライラしててさああ!皆を利用したのはああ、悪かったと思ってるよおお!許して下さいいいいうわ~~~ん。」

 

 カズマは涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにして、ヴァンに懇願する。その迫真の演技こそ、カズマの考えたプラン【泣き土下座のカズマ】であった。

 

(くっ…恥ずかしい!けどヴァンのやつは、何だかんだで俺に甘い!ここまで無様な格好晒せば、あいつの事だ、許してくれるはず!)

 

「カズマ君…もう謝らないでくれ。(きたきたー!俺の演技はヴァンだって見抜けないぜー!)…君は、根本的に勘違いをしておるようだね。『 …へ?』」

 

 思わず顔を上げるカズマ。そこには未だ笑顔を携えたヴァンがいた。ヴァンはその場にしゃがみ、カズマの肩を思いきり掴んだ。

 

「カズマ君。君は、私の目的を忘れておらんかね?私がこの地に来たのは、“アクア様”を無事天界に帰還させる為なのだよ?決して君の為だけに、このパーティーに入った訳ではない。…お仕置きだ。」

「あ、ああ、あああ…。」

 

 カズマは出会った時の事を思い出し身体が小刻みに震えだす。そこにダクネスと、少し魔力が回復しためぐみんがしゃがみ、カズマの耳元で地獄へと誘う言葉を囁いた。

 

「カズマ。私、歩けるくらいには魔力が回復してるんです。それはそうと、私の杖の先をお腹に当てておいてくれませんか?今日は何だか…色々と発散したい気分なのです。」

「め、めぐみん。そ、それはお腹に穴が『 カズマ。』は、はひい!」

「私はな…こんな趣味ではあるが、攻める方もそんなに嫌いではないんだ。…いい声で泣いてくれよ?」

「あ、あが…が…」

 

 カズマは、これから行われる地獄の拷問を想像して、口から泡を吹き出し始めた。そしてそこに、止めとばかりにアクアが囁く。

 

「勇敢な戦士カズマよ。貴方はどうして私達を置いていこうとするの?勇敢な戦士に相応しい、最高の女達なんでしょう?私達とっても悲しいわ…」

 

 怯えるカズマの頬に、撫でるように指を這わせるアクア。そして、艶かしく歩いて反対の耳元に口を寄せると、全てを凍りつかせるような声でカズマに引導を渡した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うふふ…絶対に、逃さないんだから。」

 

 

 

 

 

「いいい、いやあああーーー!!!た、助けてーーー!!!誰か助けてーーー!!!お願いします!何でもしますからーーー!!!」

 

 カズマは形振り構わず暴れだす。しかしダクネスとヴァンにがっしりと固定されており、全く意味をなさない。

 そして、抵抗虚しくギルドの外に連れ出されたカズマは、アクセルの街に凄惨な叫びを響かせた。

 

 

 

 土砂降りの雨の中、雷鳴が轟いた。そのけたたましい音は、カズマの叫びを掻き消すように、次々と鳴り響く。

 彼の悪行を、決して許さないかのように―――

 

 




天国のテラへ

今日は私がカズマ君に甘いせいで、パーティー離散の危機に陥りそうだったよ。
何とか危機は免れたが、彼の思考速度には驚かされた。
皆でお仕置きもしたし、もう馬鹿な事は考えないと思うが…
彼はこの世界の住人じゃない。油断は出来な―――
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