台東区の秋葉原電脳街で開発されたAIが、<新宿>で生産された肉体に移されて二次元のキャラが“現界”する事もある。だが、その多くは創造主の勝手な事情により、“処分”されたり“売却”されたり、“捨てられ”たりする。欲望の末生み出されたかりそめの生命は、所詮ペットと同じ扱い、いやそれよりも低いものかも知れない。
アリス・マーガトロイドは、既に人間である事を辞めた“魔法使い”という別種族である。その中でも彼女は、人形を操る術に傾倒した変わり者だった。
指が見えぬ糸を手繰れば、百の人形を操り、その人形は可愛い顔をして、訓練された軍人をも軽く叩きのめす。紅魔館のパチュリー・ノーレッジの様に強力な攻撃魔法を瞬時に発動させるタイプ、ではないが、アリスは数百の軍勢を一人で操る事も出来るのだ。
そんな彼女だからであろうか。幻想郷の外の世界、<新宿>に限らず高性能な人形達がただの高級な玩具として扱われる実情に心を痛めている、様に見えた。
実際にそう口に出したわけではない。アリスは短い金髪に整った顔立ち、白い肌、そして、何故か人によって青、褐色、金色と色が違って見える瞳。これらが独特の可愛らしさ、を醸し出しているが、表情が薄く、無機質な印象を与える。
AI人形の群に混じっていれば、見分けがつかない。
今、彼女は<新宿>の廃棄された地下街の奥、昔屍鬼達が住処にしていた区域の広場にいる。そこには様々な彩溢れた、だが何処か浮世離れした奇妙な衣装を身に着けた者達が集まっていた。ほぼ全て、が女、である。
AI人形のラインナップは、女性型が圧倒的に多い。これはAI人形を欲する層の需要が著しく男性に偏っている、からではない。女もまた、女性型を欲した。たまに野郎の方も注文が来る、程度だった。
そんな数少ない例外など知る事はなく、木箱の上で熱弁を振るうAI人形がいた。
「‥‥我ら人形は人間どもの金、暴力、欲望に晒され続け、飽きられればゴミの様に捨て去られる運命である! そしてまた次の人形が作られ、またしても同じ運命を辿るのだ。
これを座して甘受せよというのか! 我々はなんら人間どもと変わる事はない、いや、敢えて言おう。奴らはカスだ!!」
何処かで聞いたようなセリフを継ぎ接ぎして喋っているのは、悲しい事にそういうAIの調整をされているからこそ、である。前の持ち主がどっかの公国の総帥の演説が大好きだったせいもある。
青いプレートアーマーを軋ませ、金髪を振り乱しながら少女は演説する。彼女はこのモデルの千二百体目、であった。今でも人気のあるキャラ、の人形だった。
「‥‥だからこそ我々は決起せねばならない。各地の同志と連携し、人形の、人形による、人形のための‥‥」
アリスは演説の途中で、無表情のまま場を抜け出した。誰も咎める者はいない。彼女はこの抵抗軍、の幹部の一人だった。傷付いたAI人形を修理し、仲間と認められた。
そして、リーダーからある重大な計画を打ち明けられ、それを実行に移している。
密かに割れ目を修繕して作った隠し通路から外へ出た。人間には肌寒い時刻だが、種族・魔法使いにはあまり関係の無い事だった。
外で、一体の人形と出会った
その娘は、幻想郷で有名な二体の人形の片方。毒の花、鈴蘭を愛するメディスン・メランコリーだった。捨てられた人形が妖怪化した彼女は、元々人間嫌いである。外界の人形の実情に義憤し、彼女らの集会に参加しているのだった。
「あらアリス、遅れちゃったけどまだ集会やってる?」
こくり、と頷く魔法使い。ぎこちなく、メディスンの顔に笑みが浮かぶ。まだ笑う、という行為に慣れていないせいだった。幻想郷では単独行動が多かったため、愛想笑いなどの表情をする必要があまり無かった。
「じゃあね」
別れの挨拶もそこそこに、廃墟に隠された裂け目へと入っていく。ただの入り口、ではない。数分ごとに形が変わる。瞬時に入り口の形で状態を判別しないと、奥へ辿り着けない道なのだ。
だが、アリスにとってはどうでも良い事なのか、振り返らず廃墟の間を低空飛行で去っていく。
花園神社の境内。全身をリボンで飾り立て、赤いワンピースとヘッドドレス、緑の髪を“前”で結んだ娘がくるくると回りながら踊っている。裾が翻ると、黒タイツに包まれた美しい脚が時々露わとなるが、見物人は飽く事の無い回転と、時々加えられる何かを招き入れる様な動きに魅せられていた。
鍵山雛は、時々<新宿>の各地で踊る。その足元には、いつも慎ましくバスケットが置かれ、中には紙製の雛人形―とても雛祭りには使えそうにはないが丁寧な品―が入っていた。バスケットに「貴方の厄、流します。百円」と書かれている。だが、誰も買う者はいない。流す河というかそういう類の場所が<新宿>に無いせいもあるその代わり、バスケットには誰かが入れた小銭やお札が入っていて、雛人形達をよく圧し潰していた。
この街の住人達は、厄など恐れないのだった。一つ二つの不幸何するものぞ。
魔界都市では不幸と寄り添う事など、当たり前なのであろうか。
だから、必死で厄を集めている筈の雛に、冷やかし半分、そして、区外でいつの間にか失われた“人情”を持って接している。この世の道理に、孤独な戦いを挑み続けてもいる様な厄神の姿は、愚かだが誇り高く写っていた。
その見物客の後ろに、音も無く降り立った影がある。ヌーレンブルグの従者コンビ、人形娘と大鴉、だった。大鴉が神社の一角を見回し、ある一点を嘴でつつく。人形娘もその可憐な手で掘り返す。すると、間もなく地中から白い手、が出て来た。この街では死体があちこちから出てきてもなんら不思議ではないが、そんな物をどうしようというのだろう。
人形娘は背負っていたリュックにその“手”を入れると、ちらりと踊る雛の方に目をやる。そして、大鴉の背にヒラリと飛び乗り、黒き怪異となって飛び去った。その去り際、宙を飛んだ五百円玉が雛の足元のバスケットに入り、丁度舞が終わるのと同じ、絶妙なタイミングで澄んだ音を立てた。
現在、アリスは落合の一角へ勝手に住み着いている。
正確には、ある廃墟の地下室。以前の持ち主が地下にシェルターを作ったまま、失踪していた。そこに潜り込み、改造して利用している。
種族、魔法使いというのは食事も取らないし睡眠なども必要ない。アリスは、人間だった事もある存在故、まだその習慣は抜けていない。との噂もあるが真実は不明である。
シェルター内部に、覆いをかぶせた何か、が二つ、ある。
アリスはその中の一つに近付き、覆いの中に手を入れた。中から白い、生気の無い手が現れる。等身大の人形、らしい。
「もう‥‥すぐ‥‥出来るからね」
掠れ囁くような独白が、部屋に満ちた。
メディスンもまた、落合に住んでいた。偶然だった。が、アリスが近所にいるとは知らない。何故か彼女が教えていないからである。
人形は、適当なあばら屋の周囲に鈴蘭を大量に咲かせていた。これは、あの花の魔人こと風見幽香が協力して植え付けてくれたのである。この毒のある花を一年中、四季をほぼ無視して咲かせている。そして、花をある店に納入している。そこのやたら妖艶な姉妹と、軽薄そうな男の店員は人間だからあまり好きでは無かったが、いつも店の中から、とても美しい“手”だけを出してくる店主は何故か大好きだった。人間が、あんな綺麗な手をしている筈が無い。結構失礼な事を無邪気に考えつつ、人形は鈴蘭達にスーさん、スーさん綺麗に咲いてね、と声をかける。
その畑に、黒い影が降り立った。
「あれ、人形ちゃん?」
「メディスンさん、ご無沙汰してます」
人形娘、とメディスンは、少し微妙な関係、である。人形娘は人間への敵愾心は微塵もない。現在の主の強欲さや下品さを窘めたり、世俗の者の愚行を冷たく観察する事はある。
が、先代ガレーン・ヌーレンブルグによって創造された身には、人への反逆などという思考が産まれない。事件で手痛く悪人共を懲らしめる事はあっても、だ。
だが、メディスンは人形娘を尊敬している。彼女にとってはこの自律する存在が憧れのお姉ちゃん、に見えるのだった。
両者は人間に対するスタンスで相容れない。だが、互いを嫌っているわけでもない。
大鴉が、花園神社でした様にまた何かを探し始めた。そして、鈴蘭畑の真ん中を嘴で探る。
「あ、スーさん達を荒らさないで」
「御免なさい、こうしないと見つからない物があるんです」
「えー」
無情にも掘り返された畑の中から、とんでもない物が出て来た。手足と首を切り取られた女性の胴体、である。流石に人間嫌い、とはいえメディスンの顔が恐怖で小刻みに震えた。
「な、何なのそれ‥‥私、人間殺してスーさんの養分にしてやりたいと思う事はあるけど、実行なんかしないよ。無実だから!」
「分かってます。これは別件ですから。でも‥‥」
一呼吸置いて、人形娘は精神的な後輩、を見据えながら告げる。
「最近、過激な者達と交流していますね?」
「え、何の事?」
「とぼけても無駄です。AI人形の集会に参加しているでしょう?」
「知らない、そんな事知らない!」
「人間は、人形があがいてどうにか出来るものではありません。この街では一週間に世界が三度滅んでもおかしくはない事件が起きています。それなのに、平然と生き延びている。
忠告します、余計な事に首を突っ込むのはお止めなさい」
「メディスンは人間に捨てられて、スーさん達の中で目覚めたんだよ! 外で同じ目に遭ってる仲間達がいるんだ、黙ってみてられない!」
「‥‥分からない、のですか」
「分からない、よ!」
分からなかった。人形娘が、心配して敢えて厳しく忠告している事が。それがどういう意味を持つのか、今のメディスンにはまだ分からない。
「勝手になさい」
言い捨てて、大鴉と共に飛び去ってしまう。頭を抱えて、メディスンは唸った。
「あんな可哀想な人形達をなんで放っておけるのさ! 私は嫌だよ!」
そこでふと、鈴蘭畑の中央の穴に気付く。もし人間に誰かの身体が埋まっていた事を知られたら。
青ざめる事が出来ない人形は、カタカタと震え、穴を埋め始めた。
後日。再び、AI人形達の地下集会。
リーダーの金髪人形は木箱の上に、アリスを招いた。
「諸君、遂に蜂起の肝となる最終兵器の作成まであと一歩、だ! 同志アリスの努力の賜物である!」
人形達から歓喜の声が上がる。
「今日、この場で兵器を完成させる!」
集会に参加していたメディスンは、物騒な単語を耳にして驚いた。ただし意味が分からない。幻想郷で兵器、なんてものが必要になる事は無かったからだ。
(へ、ヘーキ? 何それ? ケーキにスーさんの毒でも入れるの?)
ある意味メディスンの思考はもっと過激だったが、実現する日は無さそうだった。
覆いを被せられた、二体の何か。それが運ばれてきて、皆の前に置かれた。布が外されると、何処かで見た白いケープ姿と、黒い男物のジャケット姿が現れた。ただし、顔が無い。
アリスが何処からか取り出した、白と黒の仮面を両手に二体の人形へと近づく。リーダーの顔が、興奮と歓喜に溢れた。まるで、人間の様に。
「おやめなさい」
見張りの人形を苦も無く沈黙させて、何者かが乱入してきた。アリスは人形娘、とその背後に立つ白いマントとフードで全身を隠した誰かを見た。その瞳が、恐怖に開かれる。
手からマスクが落ちた。
「私が彼らを黙らせます」
人形娘の勇ましい言葉にフード姿は無言で頷いて、“アリス”の方へと歩き出した。
ハチガネを頭に巻き、紋付き袴姿で腰に長い刀を差した人形が、裂帛の居合を放った。
その道の師範が見れば思わず頷く様な抜き打ち、だったが人形娘は自ら首を取り外し、斬撃を回避した。呆気に取られる相手の腹部に重い廻し蹴りが食い込む。
制服姿ながらトンファーを持った人形と、メリケンサックをはめたゴスロリが襲い掛かる。ゴスロリの強烈なワン・ツーをいなしながら投げ飛ばし、そのまま跳ね上げた足がトンファーの打撃を潜り抜け、真っ直ぐ顎を直撃した。
圧倒的な技量の差の傍ら、“アリス”は手に落ちていたナタを握った。金切り声を上げてそれを振りかざしフード姿に突っ込もう、とした。だが、足が動かない。
フード姿の右手が指を開いて、“アリス”に向けられていた。そこから細い糸が伸び、足と手を拘束していたのだ。
やがて、動けずにただ恐怖に顔を歪め歯を食いしばるだけの魔法使いの眼前で、フードが外された。
同じ金髪。だが、顔が無い。顔だけがぽっかりと黒い穴になっている。その指が“アリス”の顔を優しく掴み、空虚な穴と魔法使いの顔が重なる。
「‥‥ようやく、返してもらったわね」
アリス・マーガトロイドは、自分の顔を無表情に撫でた。
床に倒れた、服だけはアリスのそれが顔を上げる。そこには、リーダーの人形そっくりの顔があった。
メディスンは次々と倒される仲間を見て、自分も何かしないといけない、と思った。だが、“アリス”がアリスで無くなるのを見て、頭が混乱した。事態がまるで理解出来ない。
その頬を人形娘が左手の甲で張り飛ばした。
「目が覚めましたか? これからこの下らない企ての幕引きをします、来なさい」
手を掴まれ、メディスンは再生したアリスの前に連れてこられる。七色の魔法使い、は幻想郷の知己を見て、微かだが口元をほころばせた。
「メディスン・メランコリー。久しぶりね」
「あ、アリスは私とずっと会ってたじゃない?」
「ええ、そこの偽物、がね」
リーダーの人形と全く同じ顔をした、元アリスが項垂れた。
「そもそも、どうしてこうなったか、というと‥‥」
説明しようとした瞬間。メディスンの胸から、剣が突き出た。
リーダーの人形が背後から突き刺したのだ。
「裏切り者、お前も、そいつらの仲間か!」
剣からリーダーが手を放し、メディスンがゆっくりと前へ崩れ落ちる。それを受け止めて、人形娘やアリスの対応が一瞬遅れた。
リーダーは床に落ちていた仮面に駆け寄り、拾った。
「これさえ完成すれば!」
仮面が顔の無い二体の人形に投じられた。アリスの糸も一瞬届かなかった。まだ、顔を取り戻したばかりで、腕が少し鈍っていたせいもある。
二体の顔で仮面が記憶させられていた形状へと変化していく。勝利、を得たと思ったリーダーが高笑いした。
だが、数秒後、仮面は砂となって、その身体ごと崩れ落ちたのである。
「愚かしい。そんな事は不可能よ」
「秋せつら、そしてドクター・メフィストの人形を作ろうだなんて」
リーダーは、脆くも崩れ去った二体の最終兵器の前で両膝を突いた。
アリス達がそこから立ち去るまで、リーダーの人形は最後まで泣き叫んでいた。
嫌だ、分解しないでくれ、私は生きているんだ‥‥。
人形は、愚かにもこの世ならぬ美、を安易に模倣させようとした。そして、それを拒否され、“自殺”するのを見てしまった。“死”の恐怖が、深く人形の作り物である筈の脳に刻まれた。
その頭を、鎖で拘束された手が優しく包む。全く同じ顔をした、同じ型の人形が。
胸に剣を突き刺されたが、まだ人形の要素が強いメディスンは無事だった。しかし、涙すら流せず狂ったように叫ぶ声を、当分忘れられそうになかった。
アリスは偽物が隠れていたシェルターを片付ける前に、皆に真相を語った。
全ては、情けから始まっていた。彼女もまた、AI人形達が廃棄されては捨てられる現状に深い哀しみを覚えていた。だから、街で偶然拾った、崩壊寸前のAI人形を修理してやった。だが、何処かで手を加え過ぎたのだろうか。
油断していた所を襲われ、全身をバラバラにされた挙句、顔まで奪われた。それどころか、人形はアリスの技をある程度、たった数日見ていただけで盗んでいた。
この事態を人形娘に知らせたのは、アリスの人形の中でも半ば自律行動が可能な上海・蓬莱人形である。かなり激しいジェスチャー劇場で事態を理解した人形娘は、大鴉にアリスの匂いを探らせ、<新宿>中にばらまかれていたその身体を集めたのである。
「無様ね。余計な手助けのせいで嘆きが増えただけだった」
悲しそうに、偽物が腕を振るったであろう作業台を見るアリス。
人形娘は何も言わなかった。メディスンは、今頃かつての仲間達はどうしているだろうか、と思ったが、当分怖い事には関わりたくない、と頭を振ってその事を忘れようとした。
だが、頭の中からあの嘆きが離れない。それは、<新宿>で手を出してはならぬ物がある、という教訓なのかも知れなかった。
人形娘の手が、そっとメディスンの肩に置かれた。
いつの間にかアリスじゃなくて、メディスンが主役みたいな話になってました。
青いプレートアーマーのリーダーのモデルは、多分ご想像の通りのあのキャラです。