夜雀ことミスティア・ローレライは日々、新宿の各地で屋台を出している。いつも同じ場所に店を出すわけではなく、神出鬼没と言われていた。無論きちんと区の許可を取っているが、その許可は彼女の得意なヤツメウナギの蒲焼が引き出したとも言われている。
大小善悪老若男女過去未来、何でも揃うイメージのある新宿でも、河川の匂いが残りながら何処か懐かしい味の蒲焼は珍しいのである。
そんな屋台は普通の区民だけでなく、荒くれや妖物、魔人にも愛されていた。
今彼女は、高田馬場駅跡で店を開いていた。「鳥肉反対」「鳥卵不使用」と書かれたでっかい旗上りを掲げている。
客は二人。極端に大きな影と極端に小さな影。
「ぶぅ」
プラハ第二の魔道士にして、新宿の肥満魔人の一人トンブ・ヌーレンブルクはにんまりと肥大した唇を舐め、手の蒲焼串にかぶりついた。彼女用の頑丈な酒樽に巨体を預けながら、満足そうに身体を揺らす。手元には既に十本程の串がある。この魔道士、店に来ると魔術結界と腕力で自分と連れ以外の客を追い出してしまう悪癖があったが、食う量は並の二十倍は行くのでミスティアも悪くは出来ない。
「小汚い屋台、店主はちんちくりんな妖物、でもこのタレは及第点だわさ」
「大した舌も無い癖にグルメぶらないで下さい」
隣から辛辣な指摘が飛ぶ。トンブの相方、金髪碧眼で整い過ぎた顔を持つ小さすぎる淑女、人形娘である。
「何さ、帝国ホテルの最高級懐石かフランスの一流シェフのフルコース、中華の満漢全席を前にすればあたしだって大人しいもんだわさ」
「トルコの富豪に招かれ晩餐を馳走されたのに、相手をぶん殴ってご破産にしましたよね」
「そ、そんな事‥‥」
「テレビ企画でマチコ・ゴージャスとの会食が決まったのに、ホストがいないと突っぱねましたね」
「余計な事はいいだわさ! 女将、熱燗もう一本!」
苦笑しながらミスティアは酒を出し、酌をする。トンブは太い指でおちょこを器用に持ちながら、ぐっと空けた。
「ふん、薄情な部下の前だというのに染みる味ね」
スマホが振動する音。胸の肉の間から携帯を取り出し、魔道士は真剣な顔になる。
「残念だけど急用ね。女将、ツケにしといて頂戴。いつもご馳走様」
返事も聞かず、驚く程の静かさと俊敏さで立ち上がり、トンブは去っていった。
残された人形娘はため息、の様な音を出し、何処からか取り出した財布で代金を支払った。
「あの人にはツケのままだと言っておいて下さいね。いつかこれをダシに叱ってやるので」
「いいんですか?」
「いいのです」
夜雀は一杯、新しい酒を注いだ。
「行く前にどうぞ」
「‥‥これ、新しいお酒ですか?」
「雀酒の試作品です。トンブさんに出せるか気になって」
「合格です、またひねくれた感想で褒めてくれますよ」
人形娘はぺこりとお辞儀をすると、店の外に出た。やがて何かが羽ばたく音がして、店は静寂に包まれた。
結界を解いていったのか、ミスティアには分からなかった。もしそのままだとしたら、今夜は客が来ない。彼女は魔力を探れないかと、客席の方へ回ろうとした。
汚れたコートを着た男が、屋台へ走ってくる。あっという間にコートの下からショットガンを取り出し、装填した。
「動くんじゃない‥‥こいつには、特別製の弾丸が詰まってる。妖怪もバラバラになるぞ」
一瞬息を呑んだミスティアだが、出来るだけ落ち着いて相手を観察した。青ざめた顔で、全身が震えている。犯罪行為に怯えているか、麻薬中毒。
「口も開くなよ、お前の歌に魔力があるのは知ってる。黙ったまま金を出して、それを俺に渡せ」
ゆっくりと夜雀は動いた。屋台に警察への通報ボタンはある。だが警官が駆け付けるまで時間は稼げない。手元に対抗出来る様な火器も無い。弾幕を放ったり歌で視力を奪っても、相手が散弾を乱射すれば危険。
この状況で頼れる物は一つだった。ミスティアは、通報ボタンの隣のものを軽く押した。
屋台に掛けられていた赤提灯が割れ、炎を噴き出した。突然の事に驚いた男は引き金を絞ったが、弾丸は暖簾の後ろから降りたシャッターに阻まれる。店内の酒瓶が倒れ、仕込まれていた小型ロケットに点火した。飛翔した酒瓶は男に突撃し、爆発音と共に四散させる。
妖怪の冷酷な瞳で、夜雀は男の残骸を見つめた。
愚かな奴。罪に走る前に、酒の一杯も味わえば心も変わるかも知れないのに。
何処へ行っても、愚かな人妖には事欠かぬ。
屋台の戦闘モードを切り、ミスティアは箒を取り出した。夜はこれから。他の客が来る前に掃除を済ませるつもりだった。
みすちーおかみは幾つかシリーズで書いていきたいです。今回は少し出番が薄くなってしまいました。