魔界都市の幻想郷   作:量産機

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今回は悪乗りしました。ドンパチ無し。


ゆかりん

 とある新宿区議の邸宅、

 知性アンデッド団体の陳情、地区警備傭兵の保険制定、妖物夜間学校の開設、など多数の案件の資料をまとめ終え、区議は一息付いていた。今季初当選、コネ無し知名度無しの新人はやる気に燃えている。元は弁天町にたむろするホームレスだった彼だが。ある存在の後押しで区議に昇進した。

 部屋に何気無く置かれた、イタリア、カッシーナ製の高級寝椅子。そこに彼が眠る事は決してない。“ある存在”もこれを使用する事は無かったが、敬意の証として休日には区議自らが手入れを怠らない。

 バーボンを注いだグラスを片手に、自分は安い皮張りのソファへ腰かけようとする。

 軽い振動音がし、手からグラスが消えていた。パープルの中に大量の瞳が生々しく現世を見つめる空間が、縦に長く部屋を裂いた。

 幻想郷の賢者にして、スキマ妖怪八雲紫が現れたのである。スキマ空間から優雅に脚を伸ばし、手には区議のグラスを持っている。スキマを利用して掠め取ったのだろう。軽く口を付け、薄く笑う。

 

「新酒の香りがしますわ、頂きます」

 

 グラスが傾き、酒が赤い唇へと消える。

 

「アメリカ産ではありませんね」

「邪神のとうもろこし畑で収穫された穀物を使ってます。区の特産物にしようかと」

「幻想郷にも何本か頂けるかしら?」

「喜んで」

 

 紫は微笑み、スキマの縁に腰を下ろした。区議の前に現れてから、彼女は必ずこの姿勢である。

 

「お酒だけではなく、物資が必要になりましたわ」

 

 唐突に現れて随分な要求、だが区議は彼女に頭が上がらず、心酔してもいる。ホームレスで妖物に食い殺されかけていた彼を助け、“空席”が出た区議会へ潜り込ませたのは伊達ではない。だが彼女は区議に「新宿」の天下を獲らせようと考えているわけではない様だった。“物資”と一部の妖怪達のグレーに近い合法的な住民票。それらを望んでいる。

 区議は野心と平常心の間に適当なスキマを作る事を知っていた。自由だが何もないホームレス時代の経験が、狂気と闘争で権力を勝ち取る危うさに警鐘を鳴らす。今生きているのは自分の力ではない、という事を知っている。

 

「全て用意します」

「後、人間もお願い」

「武装した暴走軍団が丁度勢力を伸ばしています。アジトの位置は貴方の端末に」

 

 区議はさらりと言ってのけたが、紫が要求したのは労働力などの類では無い。妖怪の食糧、としての人間である。暴力と破壊と無秩序を生業とする者達を大量に幻想入りさせ、妖怪達の糧とする。正統性がある様で歪んだ贄のシステム、と言えるかも知れない。自殺志願を少しづつ誘拐するのとどちらが良いか、と問われても紫は妖しげに笑うだけだろう。なお、最新型の小型端末を何事もなく使いこなしている。

 

 

 取引というより指令を終えた紫は、鼻歌混じりで区議の邸宅からスキマで移動する。

 行き先は西新宿。

 つまり、あの男である。

 

 せんべい屋の店先には、様々な男達が列を為していた。普段は店主目当てで女がいるのだが、今回は男が多い。しかも厳つい顔の者ばかりである。

 店主の容貌を思い浮かべ、一瞬涎を流し、紫はゆかりんから慌ててクールな賢者に戻る。

 男共もまさか、なのだろうか。あの美貌は老若男女性別を問わず、誰をも虜にしてしまう。最悪全員を“平和的”にどっかに追いやろうと考えつつ、紫は店先をスキマで覗いた。

 反則行為だが、世の中抜け道を巧みに操る者が勝ちだとスキマの主らしく考え、背筋がゾクゾクした。

 

 初めて秋せつらを見た時、雷というか巨大な弾幕を至近でボコボコに浴びた挙句地面に叩きつけられた様なショックを受け、八雲紫という全てが崩れ去りそうな危険さを感じた。恋ではない、欲、熱。理性がうっかりすると押し流される。黒幕ではなく、単なる雌として近付きたい、と紫は願った。彼女は妄想の中で、ひどく美化された自分が唇を強引に奪われる事を妄想した。この事を友人が知ればどんな顔をしただろうか。同じくだらしなく堕落した顔になっただろう。

 

 一瞬で膨大な煩悩の海に浸ったゆかりんだが、スキマの先にいたのは 猫耳の女の子であった。カウンターの奥にちょこんと座り、各種せんべいを取り分けている。

 

「はーい、堅焼きでーすにゃあ」

「‥‥橙?」

「あ、紫さま」

 

 猫又の橙。紫の式、八雲藍の更なる式である、つまり八雲と別に深い関係があるわけではないが、立場上縁があった。スキマから頭だけをぽんと出す紫。

 

「何やってるの、そんな猫なで声と語尾は」

「バイトです。応募したら採用されちゃって。猫系女の子は、魔界でも評判なんです」

「それはいいけど、店主さんは!? せつら君は何処なのよ?」

「秋さんは人探しですよ。依頼が溜まったからしばらく帰らないそうです」

 

 きーっと歯を食いしばり、区議の前の優雅さと残酷さはどこへやら、ゆかりんはスキマへ姿を消した。

 残された橙は、にこにことせんべいを売り続けている。彼女のバイト代には、せつらの頭撫でという破格のものが入っているのだった。

 

 

 

 流石にゆかりんも、新宿の魔なる美貌に惹かれただけで幻想郷との交流を持たせたわけではなかろう。何かに彼女は引き寄せられたのだ。得体の知れない、何かに。




キャラが上手く書けてるか心配になります。
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