魔界都市の幻想郷   作:量産機

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ほぼ思い付き、でした


春よ、ここにおいで

 妖精とは自意識を持つ現象。自然豊かで緑の塗りこめられた幻想郷でこそ輝く存在。

 だが、魔界にも花は咲き樹は芽吹き、四季の色どりは未だ褪せぬ。

 

 姉御。そう呼ばれて、幾年月が経つのだろうか。

 魔震以降、新宿に根を下ろした古株外国マフィアの女ボスは、庭園でじっと開かぬ花達を見つめている。これらは、遠い故郷より運んできた植物だった。日本の地ではなかなか咲かず、次の春を待つ前に枯れてしまう物もあった。故郷の地での抗争に敗れ、呪われた土地に逃げてきて数年。冷酷かつ外道なやり方で勢力を地道に伸ばし、警察の目も欺いてなんとか一端の組織にまでのし上がった。

 だが、花は暴力と命令では動かない。まるで、血塗られた者を蔑んでいるかの様に開かない。いつかはその艶姿も見せず、全て枯れ果ててしまうのだろうか。

 そう思っていたのは、去年の春までだった。

 

 その日の朝。裏切り者をなぶり殺しにした姉御は、血を洗い落とした後庭園に来た。

 殺しの後、必要以上の興奮を鎮める必要があった。そういう時、彼女はいつもここへ来る。庭に置かれた椅子に座り、植物の声を聞こうとする。何も、聞こえる筈はないのだが。

 そこにはいつも静寂しか溢れていない筈だった。

 白いとんがり帽子に、赤い線で縁取られた白いワンピース。何処から入り込んだのか、背丈の小さな女の子がいた。護身用に持ち歩いている古いトカレフを抜き、容赦なく少女に照準する。子供の姿をした殺し屋、生体兵器は珍しくない。

 女の子と視線が合った。屈託のない笑顔が浮かぶ。相手と争うという事を知らないのだろうか。偽装かも知れない。姉御は容赦なく引き金を絞ろうとした。

 

「春ですよー」

 

 小さな両手が掲げられ、可憐な声が響く。それと同時に、庭の花が全て開いた。今まで隠していた事を恥じるかの様に、芳香を伴って咲き誇る。

 姉御の手からトカレフが落ちた。頬を涙が伝っていた。久しく味わっていなかった故郷の色彩に、彼女の心が満ちていた。膝を突いて嗚咽するそばに、白い春の妖精が近付く。

 

「春ですよ」

 

 その手には摘み取ったらしい白い花が握られていた。庭の花だから、元々姉御の物なのだが、それを涙と鼻水で汚れた顔で受け取る。

 

「貴方は‥‥誰?」

「春ですよ」

「そう、春なのね。ねぇ、春ちゃん。これからも時々でいいから、おばさんの庭へ遊びに来てくれる?」

 

 この庭の外は、姉御が知る道以外は電子地雷と植物に偽装した短針銃、昆虫メカに守られている。常人が入れる筈もない。が、春は微笑んで頷いた。子供っぽく何度も。

 姉御はその身体を抱きしめた。先刻人を殺した手で。

 

 

 春を名乗る子は、それから時々庭を訪れた。語彙の少ない子で、いつも春ですよ、かうん、いいえ、ありがとう位しか喋らない。だが微笑みを絶やさず、くるくると踊って見せたり、意味不明の歌を口ずさんだり、姉御が用意したお菓子を頬張ったりした。

 夏、買収先の土地の住人を老若男女問わず皆殺しにした時も。麻薬漬けにした娼婦達を処分した秋も、区外の観光客を捕らえて人質にした挙句、関係者を新宿魔海に放り込んだ冬も、変わらず“春”は来た。いつも洗い落とした血まみれの手で女の子を撫で、抱きしめた。部下達も苦笑しながら、その一見ほのぼのとした光景を見ていた。

 

 終幕は突然に来た。次の春が来る前。庭の花達は未だ沈黙している時期。

 たった一人の刑事との全面抗争に組織は敗れた。隻眼のその男は、巨大なリボルバーと大陸にも伝わらない恐るべき武術で構成員を残らず殲滅した。抵抗は無意味だったが、降伏も許されなかった。容赦無く、誰もが射殺され、撲殺された。長年の悪行の代償を要求するかの様に。

 姉御はたった一人、腹から血を流して庭に座り込んでいた。刑事に撃たれたのではない。

 腹心が我が身可愛さに裏切ったのだ。裏切りは即反撃で仕留めたものの、自分の生命が長くないと姉御には分かっていた。

 息荒く、いつもの椅子ではなく、庭の中央に座り込んだ女。その視界に白い影が入り込んだ。

 何があったのか、というきょとんとした表情で顔を覗き込んでいる。姉御は青ざめた顔で無理に微笑んだ。

 

「いつも来てくれてありがとう。でも、もうおしまい」

 

 一度目を閉じ、まだ意識が飛ばない様にする。

 

「分かる? 私はこれから、死ぬのよ。貴方と遊ぶ事も、お菓子をあげる事も出来なくなるの。悪い事、沢山したから。貴方も、一度撃とうとしたわ」

 

 女の子は理解しているのかしていないのか、にっこり微笑んだ。

 

「さ、最後に、名前を‥‥貴方、名前を‥‥」

 

 相手の口から答えを出るのを期待したのではない。だから、ずっと共に愛でてきた庭の植物の名前をあげよう、と思った。だが、肝心な時にいい物が浮かばない。

 女の子が何処かに走り、何かを手に持って戻ってきた。その手には真っ白な花が握られている。白い百合、だった。

 

「リリー、リリー、リリー」

 

 何かを言っている。だが、もう答える力が残っていない。せめて頭を撫でてやろうと、差し伸べた手は、途中で力尽きた。

 女の子は力尽きた相手の手を握り、反応の無い顔をつついたり、周囲を跳ねまわったりしたが、何も反応が無いのでやがて止めてしまった。

 そして庭の中央に立ち、手を上へかざして叫んだ。

 

 

「春ですよー!」

 

 

 この庭だけではない、そこから新宿中へ、春が訪れた。危険地帯の狂暴な植物や、変質してしまった元人間の花達、動物に寄生する種。全てが芽吹き、花を咲かせた。

 誇らしげに彼女は死体を見つめた。そうだと知っていてやったのかは分からない。だが、僅かな間共に過ごした相手の身体が、白い花に埋もれているのを見つめ、にっこりと笑う。

 庭の入り口で、そこだけが影に切り取られた様に男が立っていた。女の子が春を祝う様に舞い踊り、やがて何処かへ飛び去っていくのを、右目だけが追った。男は隻眼で、左目を刀の鍔が覆っていた。

 庭の中、花に埋もれている女の死を確認すると、刑事・屍刑四郎は無言で立ち去った。

 




ゲストキャラは一度切りではない事もあります。続けば、ですが‥‥。
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