大通りに土嚢やブロックを詰んだ臨時バリケードが作られ、突撃銃や散弾銃、軽機関銃などで武装した者達が陣取っている。後方から次々と払下げ軍用トラックや怪しげなハイエースが到着し、中からやくざ者が溢れ出す。
上空には戦闘ヘリまで到着していた。周囲を警察の巡回ヘリが警告して飛び回るが、誰も耳を貸そうとはしない。
指定暴力団砂松組が、本拠地の敷地前に防御陣を敷いているのだった。若頭・佐門暮蔵は組本部の司令室で、煙草をくわえながら電話に耳を当てている。
「おじき、兵隊を二十人ばかり寄越してくれんかのぉ? 千葉なら新宿まですぐじゃろ。頼む、礼はするけんの、新宿の密売ルートを都合したるわ! ‥‥おんどれぁ! これまでの恩を忘れくさってからに、これは戦争やぞ!? もうええ、おどれには頼まん。その代わり全部終わったらきっちりケジメつけさせて貰うけんのぉ! 吐いた唾飲むなや」
佐門は電話を叩きつけ、踏み潰そうとして踏みとどまった。既に三台目である。近くにいた舎弟が恐る恐る顔色を伺う。
「兄貴、千葉からの援けは‥‥」
「んなもんあるかい!」
頭をはたかれたが、舎弟は避けもしない。
「おじきの奴、戦争と聞いてビビリよったわ。埼玉と神奈川、そしてこの新宿中で呼べる兵隊や助っ人、それでどうにかする。出来る筈じゃ」
「もう外の防御は終わりましたで。ご覧になりますか?」
壊しかけた電話を操作し、佐門は監視カメラに繋いだ。ミニガンと重機関銃が据え付けられているのを見て、頷く。
「よっしゃ、機動警察の方はどうなってる?」
「別動隊が安全地帯で派手に暴れてまっせ。全員、ヤク打って命捨てさせてますから、凍らせ屋が来ても持ちこたえるでしょ‥‥兄貴、なんでまたこんな大騒ぎを?」
「お前は黙って俺の言う通り動いたらええ。自分用の銃でも点検しとけ」
額に浮いた汗を拭いながら、佐門は自分の愛銃コルト・パイソンを抜くと、装弾を確かめた。エリートモデルの五十周年もので、パイソンに憧れていた佐門が大枚をはたいて買い込んだのである。中には妖物を仕留めるための特別製弾丸が込められていた。神道系の団体から定期的に仕入れている代物で、下級の妖物ならハンティング感覚で仕留められるのだ。
だがこの優雅かつ高評価の銃を手にしても、佐門は落ち着かない。
先日の夜中を思い出していた。
歌舞伎町の地下酒場。ある名物を出す事で、裏通りで評判の店だった。
麻薬入りの酒。それもごく微量を、巧みにカクテルして飲ませるのである。しかも新宿で佐門が調合させた、新種の薬なので、身体に異変が出ても簡単には薬だと分からない。
酒が美味いと錯覚し、何も知らない客はいつの間にか中毒になっている。そして酒を欲しがるとこへ、今度は本物のヤクを売りつけるのである。区外からの政治家や芸能人までもが引っかかり、商売は順調だった。しかし、新宿警察の“凍らせ屋”が動き出すのを恐れた佐門は、一度店を畳み、別の所で再出店しようと考えた。
歌舞伎町での最後の夜。佐門は店の奥で、自ら売り上げを確認していた。そこへ防弾扉を押し開けながら、舎弟が駆け込んでくる。
「あ、兄貴! 大変です」
「静かにせんかい、ゼニは愛よりも重いんじゃ」
「んな事言っとらんと、店で変な女が暴れてまさぁ」
「あーん?」
佐門は携帯端末に店の監視カメラを繋ぐ。店の中央に“子供”が仁王立ちしていた。
目が大きく人懐こそうな顔で、茶色の髪から二本、少し歪みながら左右に先端を向けた物が生えていた。
角。小さなこの娘は頭部に角を生やしていた。
「‥‥若作りが過ぎたロリ年増か? 素人じゃろうが、島田で黙らせろ」
「そ、それが」
視点を下へ動かし、ズームする。地にはいつくばっているのが、用心棒として雇っていた空手家だと気付くのに数秒かかった。デスマッチ狂で、区外の武術道場三つ、格闘団体四つ、プロレス団体二つを“叩き潰して”しまい、魔界都市でも猛者七人を血祭りにあげていた。その男が、うつ伏せでピクリとも動かない。身長で遥か下回る子供の足元で、だ。
「あのガキがケチつけて騒ぐから、島田さんが叩き出そうとしたら‥‥」
角娘の下段蹴りが炸裂した。空手家が踏ん張れば並みのローキックも弾く筈だが、素早さと重さが乗った蹴りは強かに脛を叩き、ヒビを入れたのだ。思わず姿勢が崩れた所へ手が伸び、しっかりと掴む。砲弾の勢いで放たれた頭突きが、鼻を中心として顔に陥没痕を作り、空手家は自慢の一撃を放つ事なく昏倒したのである。
「‥‥それであんガキは何を騒いどる」
「酒を一口飲んだら、“嘘”の味がするとか言い出しよって。責任者を出せ言うてます」
「ここは魔界都市じゃぞ、ヤクの入った酒なんぞ甘露じゃ」
佐門は素早く携帯を操作し、カウンター奥に隠してある遠隔射撃アームを稼働させた。
店内に残っていた従業員とやくざ達が慌てて逃げ出す。佐門が腕組みして動かないツノ娘に照準を合わせた時、残っているのは気絶した用心棒だけだった。
発射ボタンを押すと同時に、アームの軽機関銃が火を噴く。5.52㎜の徹甲弾がたちまち小さな姿を肉片と血に変える筈だった。
確かに映像内部は血しぶきに染まったが、何故か男の断末魔が聞こえて来た。
ツノ娘が横たわる用心棒を、小さな足で宙に蹴り上げ盾にした、と佐門が気付いた時。
アームに小さな影が飛びついていた。激しい銃火を放つそれを簡単に引きちぎり、セットされていた機銃を取り外す。
「ロクでもない酒出した挙句に玩具で接待かい? 久々に暴れたくなったよ」
外見に比べ妙に色っぽい声がした。色気、だけではない。人殺しなど屁とも思わない極道の若頭が、股間に寒気を感じていた。
無言で佐門は売上をアタッシュケースに詰め、部屋の緊急脱出カプセルへと向かった。
このカプセル、でんと置いてあるだけで一見無意味なオブジェに見えるが、起動すれば中の人間を想定される多くの災害から守り、かつ安全な場所へと避難させる。この中に入れれば生き埋めになったとしても、備えられた多機能アームで地中を掘り瓦礫をどかし、無事地上に到達出来る。魔震発生後も余震が何度か続く新宿で人気の品だが、一個で戦闘機が買える程高額なのが難点である。
部屋の防弾扉が音を立てた。ツノ娘がもぎ取った機関銃をぶっ放し、盛大にノックしている。舎弟が腰を抜かした時、佐門は無情にもカプセルを閉めた。
その後、アスファルトと上に停車していた車をぶち破り地下から生還した佐門は、念のためにセットしておいた自爆装置のスイッチを入れた。証拠ごと葬り去ったつもりだが、ついでに地下酒場の上に建っていたビルも崩壊した。ケジメで一か月は腕一本で暮らさなくてはならないかも知れない。
だが、佐門はやり過ぎたとは思っていない。迎撃装置へ瞬時に反応したあの姿では無く、小さな身体から放たれた声。あの声を潰せるなら、後始末の金と腕一本、安いものだと思った。
翌朝、つまり今朝になるが、組の出先事務所が襲撃された。小柄で頭部に角を生やした女が、銃撃もドスの斬撃も一切回避せず全員を素手で“粉砕”した。駆けつけた組員が現場で見たのは、ゴミ袋に一人ずつ入れられた人の残骸と、ただ一人発狂して“お”とつぶやく三下だけだった。
事の次第を聞いた佐門は非常事態を発令。各方面に組同士の全面戦争用の連絡を飛ばし
虎の子の戦闘ヘリまで出動させた。組長の許可も得ずに、である。得た、と嘘をついてでも戦力を展開しなければならなかった。
相手は、鬼。新宿には過去に高野山からやってきた鬼が、小さな事件を起こした事がある。事件はドクター・メフィストの診断で解決された。だがその前に、佐門は一瞬だが夜の街ですれ違ったのだ。何気無く見た先で、振り返る着物姿の女。口元で歯とは違う形に何かが光り、哄笑が響いてくる。佐門は拳銃を抜こうとするが、力が抜け後ろへよろめく。
慌てて若い衆が彼を支えた時、既に女は消えていた。夜の大通りの中で、佐門だけにその笑いは聞こえていたのである。それでいて彼の心に断ちがたい恐怖を植え付けていた。
思い出に耽っていた佐門の携帯が鳴った。いや、大分前から呼び出していたのに、気付いていなかったのだ。
「はい?」
「佐門かぁ、おどれドタマがおかしくなったか? ワシの命令を騙って組に戦争の準備させとるんは本当か!」
組長は軽井沢でゴルフを楽しんでいたが、報せを聞いて仰天したのである。
「本当です、生き残るかそうでないかの瀬戸際ですわ」
「何をぬかすかボケ! まさか警察に目ぇ付けられる様なドジ踏んだんか!?」
「いいえ、相手は化け物です、安心してください」
一呼吸置いて、佐門は告げた。
「ワシは正気です」
そして喚く組長の声は消えた。携帯の電源が切られたのだ。それをゴミの様に放り捨てると、佐門は拳銃を懐に納め、外の様子をモニターでチェックした。
霧が外の陣地を覆っているのが見えた。
次の瞬間、天空から落下した巨大な足が、バリケードを踏み潰した。
何が起こったのか、佐門はモニターにかぶり付いた。人生で初めてストリップを見に行った日の様に、熱心に事態を把握しようとした。そんな事をしなくても、外から響いてくる凄まじい震動が教えてくれる。
鬼が来た、と。
画面内では逃げまどう組員達が、次々と蹴り飛ばされ、踏み潰されていく。カメラがズームし、足の主を捉えた。あのツノ娘である。サイズの大きくなった顔は残虐な歓喜に打ち震え、足元の殺戮を楽しんでいた。
「嘘吐きだらけだね、しかも踏み潰してもいいと来てる」
怖気を振るう台詞を口にする。その通りだった。組の周辺には野次馬やテレビカメラが集まって大歓声が起こっている。
十階建てのビルに等しい身長の巨大鬼が、ヤクザを踏み潰している。その光景を誰もがコロッセオに集まった古代ローマ人の如く見物して、物騒に楽しんでいるのだった。
待機していたヘリが果敢にも、機首のチェーンガン以下全兵装をぶっ放しながら突っ込んできた。鬼の尻にミサイルが命中し、妙に色鮮やかなスカートに火が回る。
初めて狼狽した風で、鬼は慌てて尻を叩き火を消すが、焼け焦げた部分から虎柄の下着が露になってしまった。区民は大爆笑する。
咆哮した鬼は、標的にしていた組の本部ににじり寄ると、標的へ一気に手を突き入れた。
指は壁や床をぶち抜き、地下室にいた佐門を正確に探り当て、掴んだ。そのまま外へ引きずり出し、手の中のヤクザを眼前に持ってきて睨み付ける。
自由だった右手にパイソンを握り、佐門は鬼の顔に銃弾を放った。五発を撃ち込んだが、鬼は全部歯で弾丸を弾いてしまった。最後の一発を自分に撃とうとした時。
またしても突撃してきたヘリに、佐門は投げつけられた。無造作に飛翔した彼は、ヘリのキャノピーに赤い染みとなって砕け散った。そのまま視界を失ったヘリは鬼の前までふらふらと飛行し、拳の一撃で撃墜されたのである。
やがてその場で天に向けて咆哮すると、鬼は頭の先からサラサラと細かい粒子になって消え始めた。
祭りが終わった、とばかりに見物人も帰り出す。近づけなかった消防もようやく動き出した。鬼が完全に消失し、周囲に薄い霧が漂う中、ここに一つの極道が壊滅した。
伊吹萃香、先刻まで巨大化していた幻想郷の鬼は、欠伸をしながら空き地の土管の上で寝ころんでいた。妖物と化した植物が棲息する危険な場所だが、相手を恐れているのか静かなものだった。
彼女の枕元の空間が開き、中からスキマ妖怪が渋い顔を出す。
「萃香。今回の件は公式には映画撮影という事になったわ」
眠そうな顔で、鬼は八雲紫の顔を見る。顔には、先刻のおぞましさは微塵も現れていない。
「物騒な映画だねぇ、あたしゃ血の匂いがまだ手から抜けないよ」
「他人事ね、もし“凍らせ屋”が動いたらどうするつもり?」
「民間には被害出てない、筈、かな? まあ今回の相手ははっきり極道だけだし、問題ないでしょ。それに」
何処からか取り出したひょうたんの栓を抜き、中身を口に含む。
「あの刑事さんとは一度戦ってみたいよ」
無邪気に鬼は微笑むのだった。
最初勇儀を主役にするつもりでしたが、何故か萃香になっていました。