魔界都市の幻想郷   作:量産機

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あぁ、今日も南無の日が落ちる

 若松町、魔震で一瞬の内に“潰れて”しまったアパートがある。年寄りが多く住んでいたこの場所は、今も怨霊が巣くい、敷地に入る者に憑りつくという。

 立ち入り禁止を示すチェーンを、黒いブーツに包まれた足がしなやかに乗り越えた。興味本位の侵入か、愚かな肝試しか。残骸を踏み越える中、三度笠が微かに揺れる。廃墟の中央、最も瘴気が強く霊達が集まる場所へ来ると、傘が外された。

 金に紫、独特なカラーリングの長髪がウェーブを描いて腰まで流れ、何処かのんびりとした優しげな顔が外気に晒される。

 懐から一本の線香を取り出し、その先端を軽くこする。それだけで微かな火が灯り、周囲に独特な香りが漂い始める。

 地べたに正座し、線香を台座もない場所に立てた。細い香りは揺らぎもしない。

 合掌し、空を抱く様に両手を高く広く掲げた。唇から低く経が紡ぎ出されると同時に、空中へ七色の光を放つ巻物が現れた。その巻物は手を触れているわけでもなく、空中を浮遊し続ける。

 もしこの光景を傍観する者がいたとなれば、経を唱える人物の背後み、多数の霊が集っている姿が見えたかも知れない。法事の席に縁者や知己が集う光景にも似ていた。

 やがて読経の声が終わるが、不思議な巻物は落ちずに宙を舞い続けている。再び合掌して深々と礼をしたその尻に、霊体の手が伸びた。

 

「きゃあああ!!?」

 

 正座をしながらも、器用に聖白蓮はセクハラに対する正直な反応を示した。

 

 

 この場所で聖が経を上げるのは、何も霊を成仏させようというつもりではなかった。

 彼女が魔界都市へ初めて来た時、そのあまりの瘴気と邪気に卒倒しそうになった。そのままメフィスト病院へ担ぎ込まれ、院長の並外れた美貌にうっとりしてしまい、今度は尼僧としての自らの未熟さに落胆する。

 退院して後、聖は巨大な地上にそびえる魔界で何か自分に出来る事はないか、と探し始めた。最高危険地帯、などは流石に躊躇われたが、新宿各地にある騒ぎの元、へ出向いてはそこで読経し、瞑想をしている。

 向こう見ずな行為に見えた。一度など、読経している内に周囲で銃撃戦が始まり、聖の足元へ小型ミサイルが落ちて来た。粗悪品で信管が作動せず、全く気付かないで読経を終えた聖が、あらこれ何かしら、と拾い上げた途端、コントじみたタイミングでミサイルが爆発した。爆炎の中から髪の毛が“爆発”状態になって平然と出て来た聖だが、心配して駆けつけた命蓮寺勢と新宿警察に厳重注意を受けた。

 

 これ以来、流石に抗争地帯などは避けているが、それでも彼女の行脚は止まらなかった。

 若松町の廃墟に出入りした最初。常人なら発狂を通り越し、回って別人に生まれ変わる程の怨念を浴びた。聖も無傷ではいられず、三度目の後は猛烈な吐き気を催した。

 現在は瘴気のレベルこそ変わらないが、正座をした聖は霊達と話をする程までになっている。法話の多岐話をするだけなのである。生きている筈の子供はどうなったとか、TVドラマの終盤のネタバレとか、老齢ながらにハマったオンラインゲームはまだ続いているか、昔区外の未亡人に恋をしてて今でもあのケツとチチが忘れられん、とか。尼僧には困ってしまう話題もあったし、無遠慮に尻や豊満な胸を撫でまわしてくる色情霊もいるが、苦笑しながらも対応出来る様になっていた。いや、彼女も同じ側へ一歩足を踏み出した、とも言えるかも知れない。

 

「誠に深く、愛縁機縁です‥‥」

 

 

 元アパートを辞してから、聖は旧国道302号を西へ向かった。途中、やや色あせた団子屋の看板が風に揺られているのを見つけ、寺(仮)で一輪達が幻想郷の団子を恋しがっていた事を思い出す。聖は暖簾をくぐろうとした。

 いきなり轟音が響き、胸に衝撃が走った。普通の人間なら肉片と血を飛ばしながら吹っ飛んでいる筈だが、聖は新宿に来てから音がする度に身体強化の術を使う癖がついている。

 それは僅かな神経の反応で身体を重戦車並みの装甲と化す。従って、店内から発射された12番の散弾程度なら苦も無く跳ね返し傷跡もない、のである。

 店の中では、一丁の銃を取り合う夫婦が凍り付いていた。

 

 平謝りに謝る夫婦は、唯一無事でなかった服の胸元を気にする聖に、事情を説明し始めた。些細な理由から、江戸っ子式に沸点の低い喧嘩を始めたはいいが、そこにアメリカの悪しき風習が混入した。妻がレミントンのショットガンを持ち出し、夫が奪おうとして揉み合っていた時、偶然入ってきた客にうっかり撃ってしまったというわけである。

 有髪の尼僧は、どうにか警察への通報は勘弁、と胸の繕いと大量の(賄賂)団子を持たされ、嘆息しながら店を出た。誤射での人死には日常茶飯事、とはいえ、この地は過激極まる。

 

「誠に浅く、大欲非道‥‥」

 

 

 日が暮れ始め、安全地帯の商店街で店先を覗く聖。豆腐屋の前で、じっと考え込む。

 金はどんな世界のあらゆる人間あるいは妖物にも必要である。幾ら宗教が清貧を教義にしようとも、俗世の波は容赦なくゼニを求める。幸い、命蓮寺という組織には“財宝が集まる程度の能力”などというとんでもない裏技が存在し、様々な形で潤ってしまう。

 聖はこの事実を承知しても利用はしていない。ので、月々の生活費は安めであるが、寺の門徒達は腹減りの者が多い。しかも妖怪だから例え八分目にしても、常識を越えた量になる。

 つまりオカズを如何にして安く仕上げようかと、いう事で悩んでいる。そんな彼女に声をかけた者がいた。

 

「白蓮さん、どうかしたのですか?」

 

 長く伸びた黒髪が美しいのに、顔はややあどけない雰囲気。新宿区長梶原の義理の娘、千穂である。同時に彼女は秘書でもあり、強力な祈祷師でもあった。

 

「これは梶原さん‥‥お寺を新宿に建てる時はお世話になりまして」

「お気になさらず。八雲さんの紹介とはいえ、魔界都市では大丈夫なのかと不安でしたが、問題なく続いている様ですね」

「ええ、目下の所‥‥皆にどんなご飯を食べさせようかと」

「あら、ご住職自ら料理を?」

「それもお肉は抜きで」

「うーん‥‥」

 

 千穂は命蓮寺の登録写真で見た顔が複数、激安焼き肉店へと入っていった記憶を頭の片隅へ押しやりつつ、豆腐屋の店先を見つめた。

 生まれた一瞬の隙が、時に凶悪な結果を生み出す事がある。

 商店街を高速で通過する自転車の一団。その中の一人が、カウボーイの如く投げ縄を放った。聖の身体にたちまち巻き付いた縄は、彼女の身体を軽々と持ち上げ、自転車の後部から引きずる形で連れ去っていく。自転車といってもアシスト用のエンジンなどの改造によっては、下手なバイク以上のパワーを出す。それも静かに、あくまでも人力を基本にして、である。

 千穂は呪言を唱え、陰を組んだ指先を一人に向けた。

 自転車が瞬時に“崩壊”し、乗っていた拉致者はそのまま思いっきり地面に叩きつけられる。だが聖の縄は、仲間が身を乗り出して素早く回収してしまい、一団はあっという間に逃げ去ってしまった。

 

「‥‥どうして白蓮さんを?」

 

 自転車の一団は、アジトにしている廃棄されたスポーツジムへ帰還した。聖はずっと引きずられたままである。常人なら馬の引きずり廻しの処刑並みのダメージを受け、死亡は間違いなしだった。

 彼らは失敗していた。標的は、区長秘書の千穂だったのである。一瞬の縄の狙いの逸れが取り返しのつかない結果を招いた。

 メンバーの一人が、ボロボロになった聖を蹴飛ばそうとした。そして、地上から跳ね上がった足に腹を抉られる。

 無言で、服だけがボロボロになった女が立ち上がった。慌てて、誘拐団は自転車に跨る。

 タイヤからスパイクが突き出たり、ハンドルから刺し殺すための小型ランスが飛び出た。

 武装サイクリング協会急進派。区外からの連中で、新宿をチャリで走破するためのレースを計画していた。が、今はもうどうでもいい。

 大事なのは、聖がやる気になっていた、という事。

 

「服を仕立て直さなくてはなりません‥‥幾らかかると思っているのですか‥‥」

 

「誠に狭く、田夫野人であるっ!!」

 

「いざ、南無三!!」

 

 彼女を縛っていた縄が、はじけ飛んだ。

 

 

 千穂が警察と主に急行した時は遅かった。自転車乗り達が全員、生きながら綺麗に折りたたまれ、機械にプレスされた様な自転車にサンドされて積まれていた。

 その中心で、一人ボロボロの服のまま読経する聖に、千穂が駆け寄る。

 

「無事で良かったです」

「‥‥つい怒りに任せてこんな事を」

「それで悔やんでお経を? 全員抹殺しても文句は言われないのに。甘すぎますよ?」

 

 ふと、有髪の尼僧、いや実は魔法使いでもある女は、瞳に哀しみを浮かべた。

 

「私は何処かズレているのですね‥‥。この街に向いていないのかしら」

 

 言葉に詰まる千穂の携帯が鳴る。ラインを確認し、微かに顔を綻ばせる。

 

「まだ、分かりませんよ」

「‥‥?」

 

 数日後。若葉町の廃アパートの地で、鎮魂の法要を行う聖があった。もうこの場に霊はいない。皆、いつの間にか成仏していた。廃墟には、聖へのお礼の言葉まで書き残されていたという。

 実は区へ霊と、それと交流している女をどうにかしてほしいという陳情が地主から出ていた。だから千穂に連絡が来たのだった。

 

 

 聖白蓮、彼女が魔界都市での生き方を身に着けるには、もう少し時間がかかりそうだった。

 

 




何処か空回りしている白蓮さんを書きたかったのですが、こちらの筆も少し空回った感があります。

追記
ゲストの梶原千穂さんは、
魔界医師メフィスト 闇男爵
に一度だけ登場した方です。なかなかの実力者で印象に残っており、登場させてみました。
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