~喫茶店~
白河はツナサンドにフルーツパフェを頼み、ドリンクは頼まなかった。
という事は水だけでいいという事か。
恐らく、出費的な事だろう。
さっきの駆け引きが悪い様に思えてきた。
『ご飯食べてきてないの?』
『昨日は夜更かししてて、寝過ごしちゃった』
『次の日が休みだと油断するよな』
『あ、分かってくれるんだ』
『俺も、ゆ……、知り合いもそうだからな』
『皆そうだと思うよ』
…………。
何だかなー。微妙な気持ちが全身に広がる。
そして、その顔が頭の中で浮かんでしまう。
いや、今は白河の話に集中しよう。
意味もなく、憂鬱な気持ちになっても仕方がない。
『それで、畑って何?』
『ここから北に行った所に、田園地帯が広がる場所があるんだよ。そこで農家の手伝いをしてた』
『知らない。そんな所あるんだ』
『ここから結構距離があるからね。車かバスが無かったら無理だよ』
『学校を休んだ日からずっと?』
『ああ、毎日ね。今日は雨が降ったから畑が使えないという事で休みだよ』
『……学校、休んじゃっていいの?』
『……精神が壊れるより学校を休んだ方がいいだろう。さくらさんも理解してくれた』
『そうだったんだ……』
『そうだったんだ、よ』
お互いに話に一呼吸を置いた。
俺はコーヒーを口に濡らして、苦みを口の中に広がらせる。
白河は、ゲップが出そうになったのを堪えて、フルーツパフェを食べ始めた。
俺は笑うのを堪えて、顔を窓に向けた。ここはエチケットというものだろう。
『いつまで農家の手伝いをするの?』
『あと4日ほど……。もうじき学校に戻るよ』
『そっか。良かった。登校拒否の噂もあったからびっくりしたよ。学園長は何も言ってくれなかったし』
『さくらさんは俺の気持ちを汲んでくれたんだよ。俺も農家の手伝いを大っぴらにしたくなかったし』
『でも農作業って大変そう。虫もいるんじゃないの?』
『そりゃそうだ。畑のウネはクモが這っているし、土の中はミミズが居るし、野菜の葉には幼虫や毛虫の様な……』
『もういい、ストップ。私、食事中なんだけど』
『だって聞かれたから』
『そこまで具体的に説明せんでよろしい』
『はいさ』
微妙な空気の中、一呼吸を置いた。
何だか会話が弾むな。白河とここまで話すのは初めてだが、何だか楽しい。
相性が合うというか、いい人だから話しやすいというか。
……けど、先に自分から話しておきたい核心の部分を話す事にした。
『話が少しシリアスになるかも知れないけど』
『なに?』
『白河が学校の校門で待っていた時、俺が危険を予測した時の事だけど……』
『ずっと気になってた。話してくれるの?』
『信じないと思うが、話すだけ話すよ』
『言わないと分からないってば!』
……
…
最初に幽霊らしき者が現れた事。次に不可解なサインを残した事。
心に聞こえるノイズがあった事。
自分はノイズから拾った2つの言葉を、直感で当てて急行した事。
その後は、ご褒美どころか散々な目にしか合っていない事。
『大体こんな感じかな。説明がざっくりしてしまったけどね』
『……そのモヤというのは、今も朝倉さんの家にいるの?』
『もういないみたい。用もなく現れる事もないだろう』
『そう……』
『で、この話信用できるか?』
『……この場所は危険だから移動して、と言われなかったら信用しなかったかも知れない』
『そうだろうな』
『私もそのモヤを見たかったな……』
非現実な存在は、非現実へと帰らざるを得ないのだろう。
ノイズを出すわ、カレンダーを破るわ、向こうもエネルギーを使い果たした気がしてならない。
『今の話で思い出したんだけど、あの帽子ってまだ持ってる?』
『……あげる事はできないよ。大体、親戚ならことりさんの家に行って、何か譲ってもらったらいいだろ』
『だって、本人の刺繍入りなんだもん』
『そういう事か。でもダメ』
『何でもするって言っても?』
『女はそういう言葉を使わない方がいい。今の男はすぐやらせろとか言いだすし』
『義之君は言わないの?』
『さくらさんや……、あの二人が失望する様な男になれないので』
『あの二人って誰?』
『気にするな。友達だよ』
俺はアイスコーヒーを手にして、時間をかけて飲んだ。
追及されるのが嫌だったので、厳しい表情を作って牽制しておいた。
農業をやっていたせいか、あの二人とは随分会っていない気がしてくる。
もう、話す事もないのかも知れない。
…、恐らくお互いに意地っぱりで。
……
…
『そろそろ出ようか。長居し過ぎるのも悪いし』
『そうだね。えーと、コーヒーはいくらだっけ?』
『やっぱり、俺のおごりにするよ』
『えっ、いいの?』
『農家の手伝いで給料を出してくれるから、暫くは懐が暖かいと思うし』
『えー、いいなぁ』
喫茶店で過ごした時間が、本当に楽しかった。
今気づいたが、デートしていたのと大差がない気がした。
長い時間、有意義な過ごせる事が出来たし、食事のおごり位は持ってあげよう。
雨の中を帰るけど、暫くは白河との楽しかった時間の余韻が残るので、苦には感じなかった。
『じゃあ、気を付けて』
『義之君もね。じゃあまた学校でね』
曲がり角まで何度か振り返る白河を見送った後、俺も帰路へと着いた。
ふと、天気予報を調べたが、明日も明後日も雨マークになっていた。
畑の水が引かないとなると、仕事が出来なさそうな気がしてきた。
本当なら、もっと農家の手伝いをしたいのだが、留年の危険になるのだけは避けたい。
~家~
家に帰って、すぐに農家の人に電話した。
自分の予想通り、畑は水が引かないと使えない。
雨の中の畑作業も、農作物にあまりいい影響を与えないそうだ。
学校に行くのは、4日後辺りだと思っていたけど、明日登校しても大して変わりはないだろう。
自然の恵みと栄養たっぷりの野菜を食べていたので、元気も付いた事だし。
~学校~
~昼休み:食堂~
人の視線は変わらないが、何だか柔らかくなっている。
今までは目を細めて、俺に近づきたくないという怪訝な雰囲気がありありと出ていたが、視線のみになった感じがしてならない。
食堂のおばちゃんにわかめうどんを頼むと、賑やかに話している生徒に目を向けた。
何か忘れている様な……
『あっ、しまった……』
俺、避けられているんだった……
俺の座ったテーブルには、誰も寄り付かなくなる。
……だがもう遅かった。オーダーを通した後なので、すぐにうどんを持ってくるだろう。
なるべく早く食って、食堂から去ろう。
猫舌の俺にはちょっと辛いが……
テーブルにうどんを置くと、早速パクついた。
『………』
記憶違いでないなら、俺は全校生徒に避けられていたはずだが……
なぜか、俺を避けるどころか、他の生徒は同じテーブルの席に着く。
幽霊の話を信じるどころか、生徒にはその話すらしていないはずだ。
……では、どうなっているんだろう。
早食いで去るつもりだったが、普通に食べる事にした。
せっかくだから、唐辛子も入れて美味しく食べよう。
さくらさんなら、何か知っているかも知れない……
~学園長室~
ドアをノックすると、すぐにさくらさんが出てくれた。
なんだか、ご機嫌のようだ。
『もう食事済んだの?』
『はい。もしかして食堂に居てましたか』
『ついさっきまで。安心したよ。もう心配無さそうだね』
『生徒が変わり過ぎですよ。一体どうなっているんですか』
あくまでさくらさんの推測だが、白河が全校集会の時に、生徒の前で「あれは暴力行為ではない」と言ったので、殆どの生徒は何か話が違うと思ったのかも。
戯れていた弾みでの怪我か何かか……
どちらにせよ、本人が暴力行為ではないと言ったので、それを認めざるを得ず、生徒らは憶測のしようがなくなったようだ。
『今日からまた夕ご飯お願いするね』
『勿論です』
『じゃ、じゃあまたね』
『…、はい』
妙な挨拶で終えると、学園長室へと戻った。
さっきまで多弁に話していたのに、いきなりフォークの様に落ちた感じがした。
まぁいいや、少し喉が詰まったのだとすれば、試行錯誤が全くの無駄になる。
神経質すぎる自分が嫌になってくる。
そろそろ、自分のクラスに戻るか。
『………』
なるほど、あれか……
音……、クラスに戻ろうとした俺の視界に、見慣れた人が目に映った。
こちらの様子を確認している……、ように見える。
この廊下を渡らないと、自分のクラスに戻れないので、ゆっくり歩を進めた。
……通り過ぎると、後ろからの視線を感じざるを得ない。
已む無く、早歩きして角を曲がって視界を遮った。
~学校~
~放課後~
『………』
靴箱で靴を履き替え、帰宅の徒に着くとすぐに足音に気が付いた。
振り向くと、……付いて来ている。
ストーカー行為をされ続けるのは嫌なので、とりあえず無言で振り向く事にした。
久しぶりに見る最も親しかった姉……
『……久しぶりだね』
『………』
『弟君、元気してた?』
『俺の名前は桜内です。名前でお願いします』
『………』
『………』
あの時と逆のシーンが展開されていた。
生徒会長は、何とか場の空気を和らげようと必死のようだ。
だが、俺が厳しい表情を崩さないので、全く功を奏さない。
今になって、一体何の用があるのか分からない。
すれ違う生徒が一体何事かと、俺と生徒会長をチラ見していた。
『………』
『………』
お互いに無言のまま、何も言わず立ち止まってしまう。
時間が過ぎていくが、時間が止まった感覚でもある。
生徒会長は俺が喋るのを待つか、表情が柔らかくなるのを待っているかのようだ。
一人、生徒がチラ見どころか、立ち止まってこちらを見ていた。
あまりに近づくので、そちらを目をやると、……生徒会長の妹だった。
他人事ではないと思ったのだろう。
俺と生徒会長とは別に、妹は物凄く不安そうな顔をしていた。
……
…
時間だけがどんどん過ぎていく。陽もだいぶと落ちているようだ。
夕ご飯の事もあるので、これ以上は時間をかける事ができない。
無言で立ち去るか、話だけは聞いてみるか……
向こうに話を促せるか……
……
…
辺りは暗くなり始め、外灯も付き始めた。
数分も経てば、辺りはもっと暗くなるだろう。
俺と姉妹はお互いに無言の状態のまま、ずっと立ち止まっている。
俺はと言えば感情的な自分とは裏腹に、子供の頃から親しかった2人に厳しく当たる事が出来ずにいる。
空気が張り詰めた空間であっても、俺は姉妹と会うのは嫌気がしない。むしろ、その逆だ。
生徒会長は、何かを話せば俺が喧嘩腰になって返す事を予期したのか、何も話せないでいる。
面倒臭がりだったのに、妹も時間を苦にせず、心配そうに見ていた。
無視された事に、感情でまくし立てる気持ちが前に出ようとしている。
怒る、怒鳴る、壁を叩く、煮えたぎった気持ちが収まらない。
しかし、内心で俺は彼女らを完全に憎む事ができない。
本当は優しい姉妹なんだ。今はまだいい弟、いい兄のままでいたい。
仲直りの機会はそう何度でもある訳ではない。
もしかしたら、これが最後の機会になる事だってある。
『………』
俺は暫く考えた後、素直な気持ちを彼女らに伝えた。