構想にあった様な、無かった様な構想。
〔10〕では、音姉と由夢が仲直りになっているので、そこを無くします。
ー家ー
ー台所:夜ー
土日は、今も農家の手伝いをしていて、あっという間に4ヵ月の月日が経過しようとしていた。
農業に精を出し、一つ一つの農作物の育て方を覚えている。
そして、空いているスペースを使わせてもらい、自分で野菜を植えていた。
その時間があまりにも充実していたのだろう。
時間の流れ方は、いつの間に日曜といった感じだった。
家に帰ると、一つ一つの植え方をメモしている。
隣の朝倉家と話すのは、純一さんだけとなり、姉妹とは冷めた関係にある。
どちらからも謝ろうとしなければ、譲ろうともしない。
どちらにも正しい言い分があるので、譲る事ができない。
そんな風に受けている。
……先に、夕飯の準備にするか。
ビニール袋からキャベツを取り出すと、さくらさんが近づいてきた。
『今日はお好み焼き?』
『そうですよ』
『ちょっとだけ手を拝見』
『はは……。残念ながら』
野菜を作るのに使わせてもらっているスペースは、田んぼだった。
田んぼの泥は、石鹸で洗っても落ちにくい。
また、爪の間が泥で黒くなり、今までと比べると不潔な手になっていた。
これでもしっかり手を洗っているが、爪の中の極微な石は取れずに、そのまま残っている。
しかし、これが農業では当たり前なんだ。
……むしろ、皆がどうでもいい事を気にし過ぎている。
『なんか手伝える事ないの?』
『じゃあ、長芋を刷ってもらえますか。後、小麦粉をもう少し入れて下さい』
『ほー、さてはそのキャベツ。義之君が作ったの?』
『分かりますかやっぱり』
『だってサイズが小さいし、外周りは虫食いで穴だらけだもん。おまけに少し赤いよ』
『農薬をあまり使いたくなかったんです。他の野菜と比べて白菜、キャベツとかは結構使うんですよ。それと虫食いが多いというのは、農薬をあまり使っていないからなんですよ』
『キャベツがなんでこんな色してるの?』
『寒さから守る為、アントシアンを生成されるんですよ。毒ではないですから』
『野菜に詳しくなってきたね。もしかして農家を目指すの?』
『そこまで考えてはいないです。だってお金にならないから。家庭菜園くらいならしたいです』
『ありゃ、知り合いだから話しといてやろうと思ったのに』
『では、半分真剣に考えていると伝えてもらえますか』
そう言うと、さくらさんの顔つきが嬉しそうに変わった。
そこまで、農業好きになるとは思わなかったのだろう。
しかし、農家人口は全滅寸前であるから、もし自分が農作物の知識を持ち続けたら、いずれ若い人が「農業をやりたい」と言われた時、脳夫婦に教えられた様に、俺も同じやり方を教えてあげられるという思いからもあった。
また農家人口を維持する助けにもなるだろう。
……
…
スーパーで売っているキャベツは水っぽさが前に出るが、収穫したばかりのキャベツは味が強い。
重量を感じさせ、実も引き締まっている。
キャベツ用スライサーで刷っていると、刷り応えもどこか違っていた。
『スーパーで売っているのと違うね』
『そうですよ。こっちが本当のキャベツです』
『やっぱり美味しいの?』
『そりゃ、やっぱり。新鮮さにおいては負けません。昨日まで根っこと繋がっていたんだし』
『丸かじりしてみていい?』
『ワイルドすぎます。それは止めて下さい』
取れたての野菜は、水洗いさえすればそのまま食べてみると美味しいとは思う。
けど、さくらさんのそんな食べ方は見たくはない。
ちゃんと料理で味わってほしい。
ー食卓:夜ー
『いけますね』
『……美味しいね』
収穫したばかりの野菜をなめていた。
まさか、これほどのパワーを感じさせるとは思わなかった。
味も濃く、歯ごたえもあり、栄養もしっかりと感じ取る事ができる。
これに慣れてしまったら、もうスーパーの野菜では満足できなくなるな。
『こういう美味しいのを、誰かと一緒に食べたいと思わないの?』
『……恋人とかですか』
『そうじゃなくて、もっと身近な……』
『純一さん?』
『もしかして、わざとはぐらかしている?』
『別にそういう訳では』
あいつらの方は……、全く分からなかった。
一体、何をしているのか。どういう生活を送っているのかさえも……
思った以上に、農作業に没頭していたようだ。
今の俺の学校生活は、以前とはまるで違っていた。
警戒する生徒、蔑む視線、ひそひそと陰口を叩く奴ら。
白河を転倒させた事は、根強く残っていた。
それでも、その数は減ってはいるが……
あいつらの世界から、俺がいなくなった生活。
俺の世界から、あいつらがいなくなった生活。
俺にとっては、新しい世界が始まったが……
『今更話す事なんてありませんよ。俺は俺、あっちはあっちです』
『簡単に割り切れるものなの。義之君にとって?』
『多忙な毎日で振り返る時間が無かったのは事実です。けど、もう……』
『それでも仲直りできない?』
さくらさんの言葉にイラっとしたものを感じた。
なぜ、俺から仲直りしないといけないのか。
向こうから絶交を押し付けてきたのだから。
『………』
『ご、ごめん。この話は止めにするから』
『いえ、別に……』
気分が悪くなったが、お好み焼きの美味しさはそのままだった。
普通は、味気なくなるまでになるが、取れたての野菜はストレス緩和すらも併せ持っているのだろうか。
……話次いでに、向こうの様子を聞くことにした。
学校に行く時、不意に会う事もあるが他人になった以外、何も変わりがなさそうだった。
『あいつらは元気にしているんですか』
『ちゃんと名前で呼んであげてよ』
『朝倉さんは元気しているんですか』
『そっちの名前じゃないよ』
『……朝倉で呼ぶ様に言ったのは、彼女です』
『彼女って、どっちの?』
『えっと……、姉の方です』
『音姫ちゃんが、そんな事を……』
『それで、元気にしてますか』
『色々と考え込んでいるのは確かかな』
『例えば?』
『義之君の行動とか』
『俺の?もしかして農業の事ですか』
『農業の事や、今まで見てきた義之君の事とか』
さくらさんの話では、あいつらは俺をどう見ていいのか分からないようだ。
俺が白河を転倒させて、怪我をさせた事実。
もう一つは、農業に勤しみ、汗水流しながらしっかり頑張っている事実。
必死に頑張っている姿は、誰であっても評価がしたくなる。
しかし、怪我をさせた事実を、どう向き合い、どう解釈すればいいのか分からない。
そんな風に話してくれた。
ー家ー
ー自室;夜ー
音楽を聴く前に、音楽を聴く前に。
あれ、どこいった。
そういえば、机の中にしまったんだ。
さくらさんに貰ったあの帽子を返しておかないと。
いつか、汚してしまうとやっぱり怖い。
既に、帽子の上が少しホコリっぽくなったし。
ーリビングルームー
『さくらさん。いいですか』
『ん、どうしたの』
『これ、やっぱり返しておきます』
『え、どうして?』
『汚しそうで怖いと言うか』
『別に汚してもいいよ。義之君の性格は分かっているんだし』
何気なく言った言葉だと思うが、やっぱりガサツに思われているんだな。
何も気づかないフリして、話を続ける事にした。
〔義之君も気にし過ぎるんだよね~。ちょっと汚れたくらいなら洗えば取れるのに〕
『まぁ、そうかも知れないですけど』
『そうかもって?』
『いや、あれ……』
『そうかもって何?』
何だ今のは……
確かに、さくらさんの声だったが、さっきのは口を開いてなかった。
今のはしっかり口を開いて喋っていたな。
……気のせいか。
〔一体どうしたんだろ〕
『………』
口を開いていない……
けど、さくらさんの声が届く。
届く……??
耳に届いているというより、心に届いている。
まさか、これは……
『義之君?』
『………』
少し前、純一さんからことりさんの事について聞いた事がある。特殊な能力があったとか。
もしかして、これがその能力なのか。
相手の思っている事、考えている事が言葉となって、はっきりと伝わっている。
なぜ、いきなりこんな事が……
〔様子がおかしい〕
『ちょっと。しんどいの?』
『いえ……、別に……』
『それならいいんだけど。大丈夫?』
『はい』
ー家ー
ー自室:夜ー
自室に戻ると、自分を鏡で見た。
……俺だ。
間違いなく俺だ。他人になったわけではない。
しかし、動揺が隠せない。
いきなり、こんな特殊能力が付くなんて。
混乱のしすぎて、嫌な汗が止まらない。この特殊能力はどうやって消すんだ。
まだ何かが来るのではないのか。
も、もう寝よう。明日になれば治っているかも知れない。
……
…
ー家ー
ー自室:朝ー
朝食を終えて、一先ずベッドに腰をかけた。
現実は甘くなかった……
いや、非現実か。非現実は甘くなかった。
心の中を読むのは、目をつむる様にある程度のコントロールは出来るが、不意に来られるとどうしても頭に入ってしまう。
『………』
まず、落ち着け俺。
状況を冷静に整理してみよう。
……
…
……無理だった。
こんなの落ち着いて考えられるか。
時間がかかるのかも知れない。
一先ず、このままでいよう。
ー商店街ー
ー喫茶店:朝ー
〔いつもの常連さん。コーヒーだけで1時間粘るのさえなければいいお客さんんだが……〕
『いらっしゃいませ、一名様でしょうか?』
『…、はい』
『お煙草はお吸いになられますか?』
『い、いえ』
読書用の喫茶店として選んでいたが、スマイルとは裏腹に、こんな風に思われていたのか……
店内は、クラシックの音楽が流れていて、比較的どの喫茶店よりも静かだったのがお気に入りだった。
お客が込み始めたら、なるべく早く帰ろう。
注文したホットコーヒーを唇に付けて、口の中いっぱいに苦みを広がらせる。
早速、読書をする事にした。
〔あれ、もしかして義之君……〕
言葉が心に届き、周りを見渡すと、店の外から白河が覗いていた。
そして、意外そうに俺を見ている。
〔お、可愛いお客さん。あれなら何時間居ても許せるのになー〕
『いらっしゃいませー。何名様ですか?』
『そこの人と待ち合いだから』
『あ、わかりました』
〔あいつ、待ち合わせで来ているなら、一名とか言わないでくれよ〕
笑顔の裏は恐ろしいな……
何を思われているか分かったものではない。
本気で言っているのもあれば、ちょっとした感情を出しただけのものもあると祈りたい。
『おはよー。読書してるの?』
『ああ。まぁね』
『素っ気ない返事。挨拶くらい返さないと』
『おはよ』
『義之君だよね』
『そりゃそうだ』
『本当に?』
『偽物がいると思っているのか?』
『……懐かしい感じがする。どこか、違う』
『なんだそりゃ』
『……座っていい?』
『ああ』
特殊能力が付いただけだと思っていた。
まさかとは思うが、「あの人」が俺に憑依しているのか。
だが、白河から見て、そう思われているのならもしかしたら……
一応、気に留めておこう。