D.C.Ⅱ 〔2〕   作:消雪

13 / 16
◎〔13〕

ー学校ー

ー靴箱:朝ー

 

 

 

〔元気してたかな〕

 

 

 

靴を履き替えると、息を大きく吐いた。

 

家庭科室に入るのが、どうにも落ち着かない。

あの2人はどんな顔をするだろうか。

 

 

俺の中で、音姉と由夢に会いたい気持ちもあるはずだ。

しかし、どうしてもあの時の事が頭の中で再現される。

 

冷たい言葉を放たれ、避けられた時、内臓が氷の刃で貫かれたようなあの時の記憶と痛みが蘇る。

今回のは安易に引き受けたが、今から起きる展開を考えるとどうも気が重い。

 

 

 

 

『久しぶり』

 

『お、おと……』

 

 

 

不意打ち過ぎたのか、驚きすら感じなかった。

俺にとっては、何もかも完璧にこなし、その背中を追っていた姉……

 

久しぶりに対面したが、遠い人物になってしまった。

久しぶりだという特有の感覚が湧き出る。

 

……心の奥底では、何度も会いたいという素直な考えを殺したかも知れない。

 

 

 

『元気してた?』

 

『……ああ。朝倉さんは?』

 

『……うん、元気だよ』

 

『そう』

 

 

 

気まずい雰囲気に重力すら感じる。

 

 

 

『………』

 

『………』

 

『皆、家庭科室に居るんだろ。行こう』

 

『うん』

 

 

 

久しぶりに対面して見る音姉の姿は、変わりがないように見えたが、意気消沈していて誰かわからない感じもした。

 

しかし何もかも突然すぎて、しっかりした認識ができていない。

音姉に会っているという実感さえも……

 

 

 

『農業がんばってるの?』

 

『まぁな』

 

『でも大変じゃない?』

 

『……慣れた』

 

 

『熱中症には気を付けてね』

 

『ああ』

 

『それと水分補給もね』

 

『………』

 

 

 

一緒に家庭科室に向かっていると、無難な質問をしてくる。

こういうのを姉の性分というのだろうか。

 

今のお互いの存在の在り方が、本当の姉と弟の様に感じている。

感覚的に……

 

 

 

『それと、それとね……』

 

『なんだ』

 

『私、偶然起きた事を悪く受け止めたかも知れない』

 

『今そんな事を言って何になる?』

 

 

 

振り向きざまに軽く怒鳴った。

ただでさえ気まずいというのに、今の会話が重くのしかかる。

 

 

 

『今更だけどごめんね』

 

『……白河を転倒させた事はどうなる?』

 

『白河さんが正しい事を言ってると思う。幽霊の話は分からないけど』

 

『………』

 

 

『ごめんね』

 

『……行くぞ』

 

『うん』

 

 

 

ー家庭科室ー

ー朝ー

 

 

 

『お、来……たね』

 

『おはようございます』

 

 

 

早速、高坂先輩の声のトーンが変わった。

いきなり音姉と一緒に来たのは意外すぎたのだろう。

 

俺もなぜこうなったのか全く分からない。

頭をガリガリかいた。

 

 

 

『音姫、さっきまでここに居たでしょ?』

 

『うん』

 

『弟君に会いに?』

 

『……うん』

 

 

 

全員揃っているみたいだ。

小恋、高坂先輩、少し離れて由夢。それと傍にいる音姉。

 

皆、微妙な空気を感じたのかぎこちない動作が目立つ。

俺、帰った方がいいのでは……

 

 

 

『高坂先輩』

 

『何かな』

 

『俺、やっぱり帰った方が……』

 

『よし!弟君も来た事だし、早速始めようか』

 

 

『弁当は置いとくので、あとは……』

 

『こんなのすぐに終わるからお願い』

 

 

 

こういうお茶を濁した返答は、絶対にすぐには終わらないパターンだ。

しかし、高坂先輩は俺に居てほしいようなので、一先ず残る事にした。

 

……由夢も変わりがない様に見えた。音姉と同じで元気だけない。

とりあえず、健康を維持している様なので、そこだけはホッとしていた。

 

 

これから誰の弁当が一番美味しいか決めてもらうのに、空気だけがまるで別物だ。

 

あまり時間をかけるのは悪い気がしたので、すぐにカバンから弁当を取り出した。

すると、勢いに乗じて小恋が近づいてきた。

 

 

 

『よ、義之はどんな弁当作ってきたの?』

 

『特別に何もないシンプルな弁当だよ』

 

『見てもいい?』

 

『ああ』

 

 

 

本当にシンプルな作りだったので、少し驚いた様子だった。

もう一つのタッパーも野菜のみだった。

 

美味しさを競うのには、インパクトが無さすぎと思ったのだろう。

小恋と話していると、周りも興味津々と集まって俺の弁当を見ている。

 

 

 

『義之、もう少し何か変化を付けた方が……』

 

『大丈夫。変化なら既に用意してあるよ』

 

『これが?別のタッパーには果物も入れた方が良かったと思うよ』

 

 

 

音姉も由夢も、いつの間に草食系になったのかと言わんばかりだった。

しかし、こいつらには収穫したばかりの野菜とは分かるまい。

 

小恋も弁当のタッパーを開けると、高坂先輩も弁当を用意した。

そして、この部屋に美味しそうな匂いが広がる。

 

 

 

『弁当にウインナーは基本かも知れないよ。弟君のは焼き魚だけだし』

 

『そ、そうですね』

 

『味付けの卵焼きはいい感じだけど』

 

 

 

俺以外の弁当、音姉、高坂先輩の弁当にはしっかりとタコ型、あるいは脂っこいウインナーがあった。

弁当の色彩で食欲を出す意味もある。

 

しかし、ウインナーの加工肉に含まれる亜硝酸ナトリウムを知らないからそう言えるのだろう。

ちょっとした衝撃の事実になるので黙っておく事にした。

 

後でこっそり教えて、摂取許容量だけでも頭に入れてもらえばいい。

 

 

 

『じゃあ早速始めようか。音姫の弁当から』

 

『うん』

 

『暗いなぁ。もっと楽しもうよ』

 

『うん、わかってるよ。楽しんでる』

 

 

 

音姉の弁当は色合いを意識し、野菜の他に栄養が偏らない様に、ハンバーグを付けていて、匂いが一層食欲をそそる。

食べると元気になると言うが、由夢もその空気に馴染んでいた。

 

 

 

『うん、美味しい。お姉ちゃんいつもより気合いが入っているね』

 

『早朝に起きて作ったもん。誰にも負けないように』

 

『決まり。これが一番美味しいよ』

 

『…、まだ決めるのは早いよ』

 

 

 

くそ……、俺も食いたい……

人は食欲には抗えない生き物のようだ。

 

口の中でツバが多く出てきて、受け入れ態勢だけが出来てしまう。

 

 

今度は、高坂先輩の番だ。

ポテトサラダ、ゆで卵、ご飯にかかっているふりかけは手作りの様に見える。

 

どこか野菜が少ない気がした。

 

 

やはりスポーツに起因するメニューなのだろうか。

しかし最近は野菜生活になっているので、たかがゆで卵にやたらと食欲がそそる。

 

醤油を2,3滴垂らして食べたい。

今まで食べ慣れた物から離れると、見ているだけで食べたくなる。

 

 

 

『そんなに食べたいなら、弟君も食べれば?』

 

『いいんですか』

 

『いいよそれくらい』

 

『すいません、最近は野菜中心になってきて』

 

 

『……いつの間にか草食系男子になっちゃって』

 

『いいんです。野菜が一番美味しいんですから』

 

 

 

小恋、高坂先輩、勢いに乗じて音姉の弁当も食べさせてもらった。

味付けは絶妙で、すごく美味しい。

 

しかし、野菜だけはどうも違うという感覚に陥る。

水っぽくて味が薄い。そして栄養を感じない。

 

 

本当の野菜はこれじゃないという感じが湧き出る。

 

 

……

 

 

 

最後、ようやく俺の弁当か。

ちょっとしたドキドキ感が起きる。

 

皆、俺の弁当に手を付けているがどうだろう。

ついつい音姉や由夢、小恋の表情を見てしまう。

 

 

 

『………』

 

『………』

 

 

 

野菜に手を付けてから真顔になっていたので、笑うのを堪えた。

俺と同じ様に、自分の知っている野菜と違うと思ったのかも知れない。

 

野菜の味の濃さ、香り、食感といったものまで楽しめるのが、収穫したばかりの野菜の特権だ。

所詮、味付けを駆使した所で、自然の恵みには勝てない。

 

 

由夢も小恋も、一つ一つの野菜の味をしっかり噛みながら食べている。

何も言わず、先輩まで食べ始めた。

 

高坂先輩が一心不乱で味見していると、こちらを見た。

 

 

 

『これ、どこで買ってきたの?』

 

『買ったのではなく、自分で作っているんです』

 

『作っ、た?』

 

『土日は農作業をしていて、それで……』

 

 

『ええっ。そうなの!』

 

『はい』

 

『し、知らなかった……』

 

『収穫したばかりの野菜を堪能してください』

 

 

 

料理の味付けや組み合わせで勝てるものではない。素材が違い過ぎる。

 

たかが野菜がこんなに美味しいものとは思わなかった。

 

義之に頼んだら野菜を売ってもらえるかな。

 

全部、新鮮な野菜を使っている……

困った事になった。これで音姉を勝たせたら、弟君が訝しむかも知れない。

 

 

 

心を読んでいると、それぞれ色々と考え込んで食べている様だ。

だが弁当の残りも無くなり、一先ず後片付けをする事になった。

 

 

 

……

 

 

 

洗い物も終え、あとは結果発表を残すのみとなった。

が、高坂先輩がしきりに頭を抱えている。

 

俺の野菜が飛び抜けていた為、音姉の弁当がそれを上回る要素がなく、採点を厳しくさせていた。

しかし、俺の中では新鮮な野菜を堪能してもらえたし、勝敗はどうでもよかった。

 

 

 

『時間かかりそうですか』

 

『いや、すぐに終わるから待ってて』

 

 

 

俺が想定外の弁当を出したので、予定が狂ったようだ。

 

音姉の弁当をどう際立たせるか。俺の弁当をどう過小評価するか。

そこが難航しそうでならない。

 

人為的な行動は、裏目が出るものだなとつくづく思う。

 

 

この4ヵ月、自分なりに成長した事を、ここにきて実感していた。

 

少し前、白河を助けた事を暴力とされ、嫌われてしまった。

だが、その理不尽で苦しかった時間を、成長の時間へと変えていた。

 

その自分自身に、少し好きになれた。

 

 

 

『まゆき』

 

『何?』

 

『誰が一番か決まってるよ。ね、弟君』

 

 

『………』

 

 

 

いいのか……

本来なら、ここで音姉を勝たせるはずだが……

 

 

 

『これ以上、弟君に後れを取るわけにはいかないし』

 

『けど、採点しないと分からないと思うぞ』

 

『いいの。どうせ私が勝つ予定なんだし』

 

 

 

由夢も高坂先輩も、目を大きく開いて音姉を見ていた。

その表情には、言ってしまったと書いているかの様だ。

 

しかし、小恋は何の事か分からず、俺と音姉を交互に見ていた。

2人が音姉に得点を与えたら、必然的に勝敗が決まる。

 

この弁当会、小恋には何も言わなかったようだ。

音姉は観念したかの様に、俺の方を見た。

 

 

 

『朝倉さんが、勝つ予定?』

 

『ごめん、ごめんね。実はこの催しは……、その……』

 

『最初から何となく気づいてた。気にするな』

 

『そうなの』

 

 

 

元々、何の為のイベントか知った上で参加した訳だし。

久しぶりに対面して、良かったとも思えた。

 

 

 

『ごめんね』

 

『気にしてないよ』

 

 

 

遠回りになってもズルい手を好まず、誠実な方を選ぶ。

……だから、俺は音姉を嫌いになれないのだろう。

 

やっぱり音姉はいい人なんだなと思った。

 

 

 

『けど、いいのか。黙ってれば分からなかったのかも知れないのに』

 

『そういう問題じゃない。確かに仲直りが出来るなら何でもすると思ったけど、それだと自分自身に納得がいかないから』

 

『そうか……』

 

 

 

あまりに意外な展開になったものだ。

俺としては、どの様に音姉を勝たせるのか見てみたかったが。

 

高坂先輩も由夢も一言も発しようとせず、黙って俺と音姉のやり取りを見守っている。

俺に何もかも知られては話しづらいだろう。

 

 

 

『そろそろ帰るよ。色々と気まずいだろ』

 

『何も気まずくないよ。一緒に居てくれても』

 

『とにかく、俺は帰るよ。残りの時間は皆でやってくれ』

 

『……今日はありがと。久しぶりに話せて良かった』

 

 

 

ー廊下ー

 

 

 

そのまま家庭科室に出ると、由夢が慌てた様子で追いかけて来た。

そういえば、洗い終えたタッパーを乾かしたままだった。

 

 

 

『兄さん』

 

『すまん。乾かしたままだったな』

 

『あ……、それもあるけど、今いい?』

 

『いいよ。何だ?』

 

 

『じゃあ帰ろ』

 

『………』

 

『どうしたの?早く帰ろ』

 

『了解』

 

 

 

由夢から誘ってくるなんて珍しい事もあるものだ。

ま、お兄ちゃんとして話を聞いてやるか。

 

……朝倉家とは、本当に遠い存在になったものだ。

顔を見る回数を数えなくなったのは、久しぶりだ。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。