D.C.Ⅱ 〔2〕   作:消雪

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◎〔14〕 

ー通学路ー

ー昼ー

 

 

 

由夢と歩いていると、不思議な感覚に陥る。

今までは、ずっと一緒だった。

 

急に近くに来るとくすぐったい様な、どちらかと言うとむずかゆい。

話したい事はいくらでもあったはずだが、どこかスムーズではない。

 

 

 

『なんで農業を始めようとしたのですか?兄さんに合わない気がしますが』

 

『え、ああ。大した理由はない。ただ、一人になりたかっただけだ』

 

『……それって、私たちが原因?』

 

『………』

 

 

 

精神をえぐったのは事実だが、由夢は関係ないと思う。

その時の俺は、白河からも冷たくされたので、音姉だけが原因ではなかった。

 

白い視線を向けた学生らも、その要因になる。

しかも、イラつきの絶頂だったというオマケつきだ。

 

 

けど、謝られては話が続かないので、慌てて話の流れを変えた。

 

 

 

『色々あったのは事実だ。色々な。本当に色々……』

 

『………』

 

『悲しそうにするな。農業もそうだが、自然との触れ合いが気に入ったんだ』

 

『畑作業って事ですか?』

 

 

『農業じゃない。自然だ。目に見えない効用をもたらすんだ。精神が楽になったから、それに惹かれた』

 

『んー、分かんないです』

 

『そりゃそうだ。自分で体験しないと絶対に分からない』

 

『じゃあ今度行こうかな。兄さんの仕事の見学も兼ねて』

 

 

『別に構わないが、周りは何も遊ぶ所はないぞ』

 

『いいもん』

 

 

 

……やっぱ、少し変わったか。

微妙に大人になった様に思える。

 

以前と比べると、今の由夢は落ち着きがある。

 

 

 

『ね、兄さん。なんでお姉ちゃんが兄さんを見る目を変えたか分かる?』

 

『んー、さぁな。白河の説得でも受けたのか』

 

『違うよ。兄さんが必死に畑仕事を頑張っていたからだよ』

 

『そんな事で見る目を変えるのか』

 

 

『一生懸命がんばっている姿は、誠実を思わせるの。私もそうだったし』

 

『………』

 

『兄さんが仕事から帰ってくる時、さくらさんがドアの前で待っているでしょ』

 

『ああ。あそこまで気を使わせて悪いから、止めたんだが……』

 

 

『兄さんがさくらさんに野菜を渡す姿、何度も目に焼き付いている。あの兄さんが毎日頑張っているなぁって』

 

『頑張っているというか……』

 

『誠実な人間が嘘をついたりしないから、何かの誤解だったと思い始めたの』

 

『………』

 

 

 

俺って誠実なのか……

ただ、無我夢中だった。

 

あの時の事を思い出したくなくて、無我夢中だっただけだ。

 

そして、重労働の疲労は思考を鈍らせるからだ。

そうなれば、あの時を思い返す事もしない。

 

由夢はああ言うが、自分が誠実と思った事はない。

 

 

 

『それからが大変だったかも。お姉ちゃんが私のとんでもない誤解だったかも知れない、って何度もね』

 

『……誤解して人に冷たくあたるというのは怖いものだ』

 

『そ、うだね』

 

『……ったく』

 

 

『……お姉ちゃんの事、まだ怒ってる?』

 

『誠実なところを見せられて、そこまでは』

 

『誠実なところ?』

 

『ほら、あの弁当会だよ。最初から仕組まれていたんだろ』

 

 

『ごめんなさい。兄さんの言う通りです……』

 

『別に怒ってはいない。ただ、朝倉さんはそれを良しとせず、素直に言ってくれたからね。誠実の効用、考えさせられるな……』

 

『その……、朝倉さんって何ですか?』

 

『お前のお姉ちゃんだよ』

 

 

『いつも変な呼び方があったじゃないですか』

 

『名前は朝倉でお願いしますって言われただろ』

 

『いつ?』

 

『あの時だよ。覚えてないのか』

 

 

 

由夢は懸命に思い出そうとしている。

俺はあれほど、致命的な傷を負ったというのに……

 

恐らく一生忘れる事がない傷となりそうだ。

……ここは反面教師としよう。滅多な事を言うものではないと。

 

 

 

『思い出した。確かに言ってたけど、でも変です。変すぎます』

 

『そう言うな。この際だから、呼び名は正しく呼んだ方がいい』

 

『だって、朝倉さんって……』

 

『じゃあ、代わりに呼んであげてくれ。音姉って』

 

 

『私がそんな事を言っても変でしょ。兄さんが言うから自然なんです』

 

『………』

 

『その呼び方だといつまでも他人行儀です。いつもの呼び方でお願い』

 

『慣れるまで時間がかかりそうだ。こう見えても、あの時は避けたくて一人暮らしを考えたほどだったし』

 

 

『………』

 

『………』

 

 

 

まだ癒えていない……

まだこだわっている。

 

怒っているとか自覚はない。

ただ、あの時の事を思い出すと、傷が疼〔ウズ〕きだす。

 

 

心の傷というのは、自分であっても把握が困難だな。

目に見えないだけあって……

 

 

 

『お願い。お姉ちゃんと仲直りして』

 

『……朝倉さんの気持ちは分かる』

 

『その呼び名だったら、私かお姉ちゃんか分からないです!』

 

『素直に言う事が出来るなら、今は仲直りできない』

 

 

『…、まだ怒っているから?』

 

『さすがにここまで時間が経つと、感情が抜けるよ』

 

『じゃあ、どうしてですか』

 

『解りやすく言えば、心がえぐられた状態だ。簡単に治らない』

 

 

『………』

 

『ごめんな。由夢』

 

 

 

今まで歩いていた帰路をUターンして、由夢と別れる事にした。

今の俺は朝倉姉妹と会うべきではない。

 

……俺の内心にあった事、こんな事を話すんじゃなかった。

 

 

 

『で、でも。もういいじゃないですか』

 

『………』

 

 

 

すぐ俺の後を追いかけて、会話を繋げようとする。

由夢としても、今の状態を終わらせたいのだろう。

 

それは解る。俺もそうしたいんだ……

 

 

 

『お願い』

 

『………』

 

 

 

目に涙をためていたので、思わず歩くのを止めた。

そこまで思い詰めているとなると、このまま立ち去る事だけはできなかった。

 

……この場合、どうすれば。

何か、何でもいい。

 

 

 

『一つ頼みがある』

 

『……何ですか』

 

『音姉と一緒に居てやってほしい。少なくとも今は』

 

『ずっと一緒です』

 

 

『そうじゃなくて、サポート役としての意味だ。今、音姉が頼りにできるのはお前だけだと思う。頼むよ』

 

『………』

 

『今の俺は音姉だけじゃなく、別件で悩みを抱えていてな』

 

『じゃあ相談に乗ります』

 

 

 

この悩みは、お前らが信用しなかった幽霊絡みなんだが。

しかも、心を読むなんて知られたら、ちょっと面倒くさい事になりそうだ。

 

……止めておこう。

 

 

 

『いや、大丈夫だ。それより音姉の方を頼むよ』

 

『………』

 

『大丈夫だって。深刻に考えすぎだ』

 

『じゃあ、今度はいつ話せますか』

 

 

『ああ。そうだな……』

 

『会う事はできないんでしょ』

 

『じゃ、じゃあ、携帯で呼んでくれ。時間が空いていたら、いつでも付き合うよ』

 

『良かった……』

 

 

 

胸を撫でおろすかの様に、安堵している。

意地っ張りな妹だったのに、こんな素直な感情を出すところを見るのは久しぶりだ。

 

記憶で言うと、子供の頃以来だ。

 

 

 

『そんなに寂しかったか。いつもは素直にならないのに』

 

『寂しかったんじゃなくて、今も寂しいんです。お姉ちゃんも』

 

 

 

心の傷が疼くのは事実だが、これ以上悲しませるわけにはいかない。

多少無理があっても会ってやらないといけないな……

 

俺は小指を突き出した。

 

 

 

『約束する』

 

『………』

 

 

 

何も言わず、手を出して指切りをした。

すると、ようやく笑顔を見せてくれている。

 

約束を破る人間ではないので、ようやくこの件も終わると確信したのだろう。

 

 

 

『絶対ですよ』

 

『ああ』

 

『なるべく早く戻ってきて下さいね』

 

『約束するよ』

 

 

 

ー家ー

ーリビングルーム:夜ー

 

 

 

人の心を読めるようになってから、やけに頭痛が起きてしまう。

人の思考は誰にも分からないだけあって、低俗であっても、自分で拒否する事もなく素直である。

 

知りたくもない情報が頭にひっきりなしに入ってきて、うざいの一言だ。

正直、ノイズの方が情報ではないだけマシである。

 

 

 

『………』

 

『どうしました?』

 

 

 

さっきから、さくらさんが訝しげに俺を見ている。

いつも体調が悪いと心配するのに、視線がやたらと厳しい。

 

 

 

『義之君、正直に言って』

 

『は、はい』

 

『その頭痛、もしかしてことりと関係があるの?』

 

『はっきり分からないけど、多分そうです……』

 

 

『もう怒るよ。じゃあ今まで相手の心を読んでいたの?』

 

『目をつむる様にシャットアウトできますが、不意に来るものは読んでしまいます』

 

『じゃあ、私に今まで何も言わなかったのはなんで!?』

 

『ご、ごめんなさい』

 

 

 

唐突に備わった能力に戸惑って、パニックになっていた。

未だに、自分がこの能力を得たのか分からない。その理由さえも。

 

 

 

『いてて……』

 

『それで、頭痛は大丈夫なの』

 

『はい。でも、なんでことりさんの事だと分かったんですか?』

 

『あの子も頭痛持ちだったから。諸刃の能力だったからね』

 

 

 

災難な能力だな……

人には、知らなければ良かったという幸せはあるのに。

 

この後、さくらさんから全て話す事になった。

 

 

……

 

 

その後、俺の体を軽く叩いたり、体温を測ったりと、妙な事をされている。

動揺させない為か、やたらと深呼吸する様に言われる。

 

 

 

『言いにくい事だけど、いい?』

 

『ど、どうぞ』

 

『憑依されていると思う』

 

『……ことりさんが?俺に?なんで?』

 

 

『それは僕にも分からないけど』

 

『くそー、どこまで迷惑かけんだよ!卑劣な悪霊め』

 

『お、落ち着いてよ』

 

『すいません。酷い言葉を……』

 

 

 

思わず、本音が出てしまった。

まさか、まだあの時の事が続いていたとは。

 

あの時、喫茶店で白河が俺に言っていた事は当たっていたようだ。

しかし、もう勘弁してくれと言いたい。

 

 

 

『あの子が意味のない事をしているとは思えない』

 

『だったら、その辺に歩いている奴に憑依すればいいじゃないですか!』

 

『僕もそうだと思うんだけどね……』

 

『す、すいません。けど、なんで俺ばっかり……』

 

 

『あまり深く考えないで。今回のは大した事じゃないと思うよ』

 

『もう、ノイローゼになりそう。どんな問題児だったか知りたいくらいです』

 

『確かに義之君ばかり負担してるけど、もう少し頑張ってあげてよ』

 

『………』

 

 

『貴重な体験していると思って、ね?』

 

『こんな貴重な体験要りません』

 

『……まだ、やってほしい事があるんだと思う。多分、義之君にしか頼めなくて』

 

『なんちゅー人だ。これからはタリキさんと呼んでやる』

 

 

『タリキ?』

 

『他力本願だからです。ちきしょー、なぜ俺ばっかなんだ』

 

『ごめんね。きっと何か理由があるんだと思う』

 

『そう思う事にします』

 

 

 

しかし、もし今回の事が片付いたら、これっきりにしてほしい。

3度、4度と続くのではないかと思うと、ゾッとする。

 

 

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