~家~
~夕方~
授業を終えて帰宅すると、ドアの前で見慣れた後ろ姿が目に入った。
どうやら、旅行から帰ってきたようだ。
出迎える事もせず、ちょっと申し訳ない気がする……
『さくらさん、お帰りなさい』
『あっ、義之君。ただいまー』
『何だかぎこちないですよ。入んないんですか?』
『その……、カギを家の中に忘れちゃってて』
『なんだ。携帯で呼んでくれたらいいのに』
『そうはいかないよ。大事なお勉強中なんだし』
俺はすぐにポケットからカギを取り出して、家のドアを開けた。
真っ先にバッグを置きたいはずだし、旅行疲れも多少はあるはずだ。
旅行先の話も聞いてみたい。
『何か変わった事はなかった?』
『………』
『ん、何かあったの?』
『いや、特には』
『そっかそっか。お土産もあるしお茶にしようよ』
『ですね。自分も制服をハンガーに掛けてきます』
幽霊の件は、何だか言い淀んでしまった。
今更、そんな事を言って何になるのか?という思いでいっぱいになった。
しかし、制服を掛けているのも本当に今の内だな。
最近になって、時間の経過がやたらと早く感じる様になった。
『………』
社会人になり、この制服がもしスーツや工場の作業着になると、一気に老け込む様に思えてならない。
上からどやされ、ヘコヘコして、機嫌を損ねない様に配慮して、人間関係をひたすら耐え忍んで……
そんな生活が40年、50年と続くのだ。
~居間~
くだらない考えは止めにして、さくらさんの居る居間へと向かった。
自分に気づくと、一気に笑顔を満面に見せてくれる。
俺はいつも照れ臭くなり、顔を下にしてスマイルを隠してしまう。
それを、さくらさんは楽しんでやっている気もする。
『それで、何があったのかな?』
『何がって?』
『僕の留守中だよ』
『特に何もないですよ』
『じゃあ、特にじゃない出来事を聞かせて』
『……音姉と由夢が神秘体験した位かな』
『神秘、体験?何それ?』
『俺は見なかったけど、二人共家の中で幽霊を見たんですよ』
『そ、それは怖いなー。お隣だしね』
『昨日は俺があっちで寝てたけど、何にもなかったですよ』
『また勝手に危ない事してー』
『そんなジト目で見ないで下さい。怖いです』
一応、かいつまんで話す事にした。
説明している俺ですら、真実味の無い事ばかり話している。
そもそも、俺は実際に幽霊を見た訳ではないので、どこにも具体性がない。
こうして話をしていると、時間はあっという間に過ぎるもので夕飯の支度をしないといけない。
まだ純一さんにお帰りの挨拶をしていなかったので、夕ご飯を作る前に会いに行く事にした。
~朝倉家~
ドアをノックして、自分の名前を言いながらドアを開けた。
玄関の電話を使っていたようだ。
純一さんはいつもの様に愛想よく接している。
『やあ、義之君か』
『おかえりなさい。旅行はどうでした?』
『うん、楽しかったよ』
『……でも、少しお疲れですね』
『そんな事はない。疲れてはいないよ』
『そうですか』
俺は苦笑いして誤魔化した。
純一さんは割かし多弁な方で、普段は向こうからどんどん話題を振ってくれる。
レスポンスがあまりに少なかったので、それが疲労だと感じた。
どっちにしろ、自分は長居せず夕飯の支度に戻った方が良さそうな気がした。
『夕ご飯の支度があるので、自分はこれで失礼しますね』
『そうだね。またいつでも来なさい』
『そういえば、音姉と由夢は?』
『二人共スーパーへ買い物に出かけたよ。栄養のある物を作るとか言ってな』
『……食材を切らしていたみたいですね』
『そのようだ。おっと、じゃあまたね』
俺は自分の家に入る前に、少し引っかかった事を考えていた。
食材を切らしていたみたい、と言うつもりはなかった。
自分が風邪を引くと、音姉はいつも栄養のある物を作って治すと言う事が多かった。
純一さんは風邪ではないが、やはり疲労があったのではなかったのか。
最初の話しぶりからして、疲れを感じ取られたくないと思えたから、俺はその話題に触れるのは避けた。
~桜内家~
『おかえりー。早かったね。まだ10分も経ってないよ』
『ええ。純一さん疲れている様に見えたので、早く切り上げました』
『疲れてた?』
『本人は疲れていないと否定してましたけど』
『じゃあ義之君は何で疲れていると思うの?』
『音姉が栄養のある物を作ると言って、スーパーへ行ったから』
『そっか。ちょっと私も見に行ってくるね』
『ええ、その間に夕ご飯を作っておきます』
旅行疲れが一気に来たのだろうか。
少なからず、そういう話はよくある事だ。
明日も挨拶しに行って、どんな様子か見ておこう。
……
…
魚をオーブンで焼いている間に、ジャガイモをクシが通るまでほぐして、塩と胡椒をまぶし、形を崩す。
ハム、ニンジンを細かく切って、崩れたジャガイモの中に入れ、マヨネーズを入れてかき混ぜ、ポテトサラダが完成。
焼けた魚も取りだして、皿に移す。
冷蔵庫から漬け物を食卓に置き、夕ご飯は既に完成していた。
もういつでも食べれる状態だが、さくらさん遅いな……
ちょっと心配になったので、出来立てのご飯には食卓カバーをして朝倉家へと向かった。
玄関で靴を履いていると、さくらさんが戻ってきた。
俺を見ると無理に愛想笑いしていて、その様子があまり良くない事があった様にしか思えない。
『遅くなってごめん』
『それはいいんです。どうでした?』
『ちょっとあれかな』
『それじゃあ分かりませんよ。風邪か何かですか?』
『夜、空けておいてくれる?』
『……わかりました』
『ごめんね。帰ってきたばかりで』
『全く気にする必要ないですよ。ご飯をしっかり食って元気を取り戻してください』
レンジで温めなおして、再度食卓に乗せる。
何があったか聞きたかったが、さくらさんは話そうとせず旅行先の話へと話題が変わる。
ただ、旅行から家に帰るまでは元気だったようだ。
では、純一さんは家に帰ってから……
『………』
バカな、それはないはずだ。
なぜ俺だけ、幽霊が姿を見せなかったという話になる。
幾ら頭で考えても、夏の怪談の様になってリアル感がない。
自分の考えがバカみたいになるので、考えるのを止めた。
何か別の問題でも起きたのかも知れない。