~学校~
~昼休み:屋上~
俺は人を避けて、屋上へと来ていた。
左手には、さくらさんから貰った帽子を持っている。
さくらさんには悪いが、やっぱりこの帽子は返す事にした。
当の本人が、宝箱にしまう程の大切な帽子なのに、俺が帽子を汚してしまったら宝を汚す事になる。
生活スタイルは、ガサツなだけに家で大切に保管していても、破りそうな気がする。
運が良くても、ホコリまみせにしてしまうだろう。
『………』
しかし、青空がきれいだな……
この所、疲れがたまっていたせいで余計に青く綺麗に感じる。
無性に仰向けになって、青空をずっと見ていたい衝動に駆られたので、仰向けになった。
『おお………』
こうして見上げていると、重力が逆転して青空へ落ちないかと妙な錯覚を覚える。
空を見上げていると心が無になる効果がすごい。
改めて見ると、本当に果てしないな……
生徒もいないし、これからはなるべく屋上で寝転がっていようかな。
頭を抱えていたくだらない問題が、どんどん霞んでいく。
『………』
『寝てる?』
『えっ』
『おはよ』
心を無にして空で浮かんでいるほど我を忘れていたのに、一瞬で現実世界へと戻された。
自分の肉体に心が宿り、思考と疲れが1番最初に感じ始める。
屋上のドアは鈍重で、音も大きいはずなのに全く気付かなかった。
小恋だったらまだ良かったが……
『白河、俺に構わないでくれ』
『そんな言い方……、本気で嫌われた?』
『ああ。昨日会った時、お前も本気で嫌っていただろ?』
『………』
『さっさとどっかに行け』
『昨日の話の続きだけど!!』
『………』
『昨日の話の続きなんだけど』
ゆっくり上半身を起こすと、昼休みの休憩時間を確認した。
まだ時間は残っているが、出来るならさっきの無の時間へと戻りたい。
けど白河本人は、何かを話したがっている。
さっきの続きがやれそうにない。
『昨夜の話の続きだけど……』
『言っても信用しないだろう』
『言ってくれないと分からないよ』
『あ……』
一瞬、大慌てになった。
さくらさんに返す帽子が手元にあるか確認した。
左手にはまだ白い帽子が握られていた。冷や汗をドっとかいた。
睡眠に近い状態になると、手で握っていたはずの物の感覚を失うので、乗り物で熟睡している時はいつもこうだ。
『何それ?』
『帽子だよ』
大きめの帽子なので、畳んでいると何か分からない。
白河に広げて見せた。
この学校は帽子は許可されていたのかな、何だかよく解らないが……
『貸して!!』
『!!』
白河がいきなり飛び掛かってきて、帽子を力でひったくられた。
俺は破れてしまうと思ったので、わざと力を抜いた。
背を向けて、まじまじと帽子を見ている。
反射的に、行動を取り返した。
『何すんだよ。返せ!!』
白河の手の親指を掴んで、破れない様に取り返した。
一体、何なんだ。
シリアスと気さくの起伏が激しすぎて、いい加減に嫌になってきた。
今度は、飛び掛かっても対応できるように、油断なく白河を見つめた。
『返してよ!!』
『これは俺の帽子だ』
『嘘、だってその刺繍……』
『刺繍?』
白河は慌てて口をつぐんだが遅かった。
さっきまで、白河が見ていた帽子の内側を見てみる。
……白い帽子に、白の糸で「白河ことり」という名前が刺繍されている。
真っ先に分かったとなると、やはりこの子は遠戚にあたるのか……
『正確には貰った物だ。俺にとっても大切な帽子だ』
『……じゃあ、誰にそれを貰ったの?』
『さくらさんだ。当時は同級生だったらしい』
『そう、なんだ』
『いきなり飛び掛からないでくれ。じゃあな』
『………』
~学校~
~放課後~
『………』
学校内を急ぎ足で歩き、靴箱へと向かう。
どうしても邪念が拭えない。拭っても拭っても、考えてはいけない考えになる。
白河を助けない方が、俺自身は良かったのではないのか。
少なくとも、学校の生活と音姉と由夢との仲は、今も良好を保っただろう。
他の生徒にも、ここまで嫌われる事もなかった。
白河に降りかかった強い不運を、俺が引き継いでしまったのか……
それとも、運命を変えたせいで、その清算を受けているのか。
『………』
今のままではダメだ。
何とか、頭の中を整理し、元の生活に戻らないといけない。
急ぎ足で、家へと向かう。
先にやれる事は音姉と由夢に、あの事実を話そう。
『おっ』
早歩きで生徒を次々と抜かしていると、見慣れた後ろ頭があった。
音姉と由夢だ。
一緒に下校するなんて珍しい。いつもは音姉は生徒会の活動だが、今日は休みだろうか。
とりあえず、意を決して話しかけた。
『ゆ、ゆ……』
やけに動揺が収まらない。
上手く声をかける事ができず、名前がスムーズに言えない。
自分で思っているより、かなり精神的に参っているのだろうか……
名前を呼んではいないが、二人は俺に気づいた。
『兄、さん……』
『………』
『………』
音姉と由夢とは長い付き合いだ。
俺に向けられた視線で、どう思っているのかおおよそ検討が付く。
避けられている、蔑んでいる、疑われている……
どれだ、それとも全部か……
『見ちゃダメよ』
『………』
『待ってくれ!!』
悲痛な声で叫んだ。
このままでは、本当に事実を知らないまま嫌われてしまう。
疎遠の仲となってしまう。
とにかく、二人の前に立ちはだかり、あの事実を話した。
『お前らも見ただろう。幽霊が危険を知らせていたんだ。俺はそれを察知してあの場に居たんだ』
『………』
『………』
『決して、暴力を振った訳じゃない!!』
『……桜内君』
『……何』
『二度と生徒に手を出さない様に』
『音姉、話を聞いていたのか!?あれは違うんだ』
『私の名前は音姫です。これからは朝倉でお願いします』
そう言うと音姉は早々と立ち去っていった。
由夢は何か言いたそうにしていたが、音姉の後を追った。
残された俺は、殆ど放心状態だった。氷の刃でも刺さった様に、内臓が痛んだ。
俺に起きたこんな神秘的な事、説明しようがない。
現実でしか、現実でしか考えられない俺たちの頭が憎い……
唐突に、神秘的な現象が起きても、どうしようもないじゃないか。
あの二人に突き付けられた事実……、完全に嫌われたようだ。
『………』
あの二人にだけは嫌われたくなかった……
心の拠り所にしていた人物を失い、激しい憤りと悲しみに包まれていく。
白河に向けていた邪心、邪念が方向を変えて、あの二人へと向けていた。
そこまで嫌うのなら、こっちも嫌ってやる。
~家~
~居間:夜~
『あの学園長室で生活したいって、いきなりどうしたの?』
『………』
夕食後、俺はさくらさんと話す事にした。
暫く一人になりたい、休息がほしい、あの二人とは避けたいと。
さくらさんはひどく戸惑っている。
こんな事をいきなり切り出されては、無理もない話だが。
『2,3日なら解るけど、ずっと学園長室で生活していると先生や生徒にバレるよ。衣類や食材もそこまで備蓄は効かないし難しいよ』
『だったら、桜公園で寝泊まりします』
『お、落ち着いて。先ず何があったのか教えて』
『………』
……
…
『短い期間に色々面倒ごとに巻き込まれて、義之君の弱っている所に、二人にトドメを刺された感じだね』
『……あの幽霊が憎いです。憎い、憎い』
何度も畳を拳で叩きつける。
更に、畳に拳を強くこすり付け、皮膚を破る。
その怒り方は尋常ではないと悟ったのか、何とか対案を出そうとする。
『ど、どうかな。二週間ほど旅行に行って学校生活から離れるとか。学校側は上手くやっておくから』
『………』
『……もう、考え直す事は無理?』
『……はい』
『……知り合いにアパートの空きがあるか聞いてみる。けど清掃業と農業を少しやってもらうよ』
『分かりました』
『義之君が去るのはすごく寂しいけど、もうどうしようもないか……』
『本当にすいません』
感情的になっている俺の片隅に残っていたのは、現実と非現実という言葉だった。
現実社会に、幽霊という非現実が現れた。
その非現実が誰にでも現れるわけでもなければ、証明もできない。
今まで現実社会があるのだから、いきなり非現実的な事を言っても誰も理解させる事はできない。
あの二人が、現実に起きた事で判断し、俺を避けるのも仕方ないのではないか……
奇妙な事に関わり過ぎて、運命を変えてしまった自分への報いの様に思えてきた。
それが、例えいい事であっても……
~スーパーマーケット~
~朝~
『もう少し大きめの段ボール箱はありますか?』
『すいません、今はここに置いている分だけです』
スーパーの袋入れの台には、大抵不要な段ボールを置いてくれている。
衣類は段ボール箱に入れた方が、手軽に運びやすいので朝一番で探していた。
3つも要らないと思うが、少し余分に貰っておこう。
家に置いていれば、何かに使えるだろう。
しかし、朝一に来たと言っても卵の安売りがあったせいで、今もレジには客で大行列だ。
まだまだ客はこれから増えるから、レジの人は大変そうだ……
~家~
自分の家に着くと、軽く毒づいた。
タイミング悪く、出くわしてしまった。
純一さんと、もう名前で呼ぶ事の無い二人……
ビニール袋からネギや食パン、卵などが見える。
スーパーでの買い物の帰りのようだ。
俺の手には、今も段ボール箱があるので、このまま帰ると何かを感づいてしまう。
歩くスピードを遅めにしたが、彼らの視界に入ってしまったので、中々家に入ろうとしない。
已む無く、家へと歩いた。
せめて、純一さんだけになる事を願ったが、あの二人も家の中へと入ろうとしなかった。
『…、おはようございます』
『ああ、おはよう』
『あれから、あれはどうですか?』
『そうだね、もう出る事はないと思うよ。二度とね』
何気なく軽く会話をしたが、純一さんが何かに感づいたようだ。
違和感を感じ取った様だが、すぐにまた柔和な顔つきに戻る。
今度は俺ではなく後ろにいた……、朝倉姉妹に声をかけている。
『二人共、今日は義之君に挨拶をしないのかい?』
『………』
『………』
互いに目を伏せながら、沈黙が続いている。
俺は間髪入れず、自分の家へと逃げ帰った。
自分の部屋に入ると、音楽を聴いて気分を落ち着ける事にした。
朝から嫌な事を考えたくない……
暫くベッドに仰向けで寝ていると、隣で話声が聞こえてくる。
『………』
まだ、家の中に入っていないのか……
ボリュームを少し上げて、ボンヤリと天井を見つめていた。
この、ボンヤリした時間が今はもっと欲しい。
思考の働いていない自分が……