D.C.Ⅱ 〔2〕   作:消雪

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〔8〕

~学校~

~昼休み:屋上~

 

 

 

俺は人を避けて、屋上へと来ていた。

左手には、さくらさんから貰った帽子を持っている。

 

さくらさんには悪いが、やっぱりこの帽子は返す事にした。

当の本人が、宝箱にしまう程の大切な帽子なのに、俺が帽子を汚してしまったら宝を汚す事になる。

 

 

生活スタイルは、ガサツなだけに家で大切に保管していても、破りそうな気がする。

運が良くても、ホコリまみせにしてしまうだろう。

 

 

 

『………』

 

 

 

しかし、青空がきれいだな……

この所、疲れがたまっていたせいで余計に青く綺麗に感じる。

 

無性に仰向けになって、青空をずっと見ていたい衝動に駆られたので、仰向けになった。

 

 

 

『おお………』

 

 

 

こうして見上げていると、重力が逆転して青空へ落ちないかと妙な錯覚を覚える。

空を見上げていると心が無になる効果がすごい。

 

改めて見ると、本当に果てしないな……

 

生徒もいないし、これからはなるべく屋上で寝転がっていようかな。

頭を抱えていたくだらない問題が、どんどん霞んでいく。

 

 

 

『………』

 

『寝てる?』

 

『えっ』

 

『おはよ』

 

 

 

心を無にして空で浮かんでいるほど我を忘れていたのに、一瞬で現実世界へと戻された。

自分の肉体に心が宿り、思考と疲れが1番最初に感じ始める。

 

屋上のドアは鈍重で、音も大きいはずなのに全く気付かなかった。

小恋だったらまだ良かったが……

 

 

 

『白河、俺に構わないでくれ』

 

『そんな言い方……、本気で嫌われた?』

 

『ああ。昨日会った時、お前も本気で嫌っていただろ?』

 

『………』

 

 

『さっさとどっかに行け』

 

『昨日の話の続きだけど!!』

 

『………』

 

『昨日の話の続きなんだけど』

 

 

 

ゆっくり上半身を起こすと、昼休みの休憩時間を確認した。

まだ時間は残っているが、出来るならさっきの無の時間へと戻りたい。

 

けど白河本人は、何かを話したがっている。

さっきの続きがやれそうにない。

 

 

 

『昨夜の話の続きだけど……』

 

『言っても信用しないだろう』

 

『言ってくれないと分からないよ』

 

『あ……』

 

 

 

一瞬、大慌てになった。

さくらさんに返す帽子が手元にあるか確認した。

 

左手にはまだ白い帽子が握られていた。冷や汗をドっとかいた。

睡眠に近い状態になると、手で握っていたはずの物の感覚を失うので、乗り物で熟睡している時はいつもこうだ。

 

 

 

『何それ?』

 

『帽子だよ』

 

 

 

大きめの帽子なので、畳んでいると何か分からない。

白河に広げて見せた。

 

この学校は帽子は許可されていたのかな、何だかよく解らないが……

 

 

 

『貸して!!』

 

『!!』

 

 

 

白河がいきなり飛び掛かってきて、帽子を力でひったくられた。

俺は破れてしまうと思ったので、わざと力を抜いた。

 

背を向けて、まじまじと帽子を見ている。

反射的に、行動を取り返した。

 

 

 

『何すんだよ。返せ!!』

 

 

 

白河の手の親指を掴んで、破れない様に取り返した。

一体、何なんだ。

 

シリアスと気さくの起伏が激しすぎて、いい加減に嫌になってきた。

今度は、飛び掛かっても対応できるように、油断なく白河を見つめた。

 

 

 

『返してよ!!』

 

『これは俺の帽子だ』

 

『嘘、だってその刺繍……』

 

『刺繍?』

 

 

 

白河は慌てて口をつぐんだが遅かった。

さっきまで、白河が見ていた帽子の内側を見てみる。

 

……白い帽子に、白の糸で「白河ことり」という名前が刺繍されている。

真っ先に分かったとなると、やはりこの子は遠戚にあたるのか……

 

 

 

『正確には貰った物だ。俺にとっても大切な帽子だ』

 

『……じゃあ、誰にそれを貰ったの?』

 

『さくらさんだ。当時は同級生だったらしい』

 

『そう、なんだ』

 

 

『いきなり飛び掛からないでくれ。じゃあな』

 

『………』

 

 

 

~学校~

~放課後~

 

 

 

『………』

 

 

 

学校内を急ぎ足で歩き、靴箱へと向かう。

 

どうしても邪念が拭えない。拭っても拭っても、考えてはいけない考えになる。

白河を助けない方が、俺自身は良かったのではないのか。

 

 

少なくとも、学校の生活と音姉と由夢との仲は、今も良好を保っただろう。

他の生徒にも、ここまで嫌われる事もなかった。

 

白河に降りかかった強い不運を、俺が引き継いでしまったのか……

それとも、運命を変えたせいで、その清算を受けているのか。

 

 

 

 

『………』

 

 

 

今のままではダメだ。

何とか、頭の中を整理し、元の生活に戻らないといけない。

 

急ぎ足で、家へと向かう。

先にやれる事は音姉と由夢に、あの事実を話そう。

 

 

 

『おっ』

 

 

 

早歩きで生徒を次々と抜かしていると、見慣れた後ろ頭があった。

音姉と由夢だ。

 

一緒に下校するなんて珍しい。いつもは音姉は生徒会の活動だが、今日は休みだろうか。

とりあえず、意を決して話しかけた。

 

 

 

『ゆ、ゆ……』

 

 

 

やけに動揺が収まらない。

上手く声をかける事ができず、名前がスムーズに言えない。

 

自分で思っているより、かなり精神的に参っているのだろうか……

名前を呼んではいないが、二人は俺に気づいた。

 

 

 

『兄、さん……』

 

『………』

 

 

『………』

 

 

 

 

音姉と由夢とは長い付き合いだ。

俺に向けられた視線で、どう思っているのかおおよそ検討が付く。

 

避けられている、蔑んでいる、疑われている……

どれだ、それとも全部か……

 

 

 

『見ちゃダメよ』

 

『………』

 

 

『待ってくれ!!』

 

 

 

悲痛な声で叫んだ。

このままでは、本当に事実を知らないまま嫌われてしまう。

 

疎遠の仲となってしまう。

とにかく、二人の前に立ちはだかり、あの事実を話した。

 

 

 

『お前らも見ただろう。幽霊が危険を知らせていたんだ。俺はそれを察知してあの場に居たんだ』

 

 

『………』

 

『………』

 

 

 

『決して、暴力を振った訳じゃない!!』

 

『……桜内君』

 

『……何』

 

『二度と生徒に手を出さない様に』

 

 

『音姉、話を聞いていたのか!?あれは違うんだ』

 

『私の名前は音姫です。これからは朝倉でお願いします』

 

 

 

そう言うと音姉は早々と立ち去っていった。

由夢は何か言いたそうにしていたが、音姉の後を追った。

 

残された俺は、殆ど放心状態だった。氷の刃でも刺さった様に、内臓が痛んだ。

 

俺に起きたこんな神秘的な事、説明しようがない。

 

現実でしか、現実でしか考えられない俺たちの頭が憎い……

唐突に、神秘的な現象が起きても、どうしようもないじゃないか。

 

あの二人に突き付けられた事実……、完全に嫌われたようだ。

 

 

 

『………』

 

 

 

あの二人にだけは嫌われたくなかった……

心の拠り所にしていた人物を失い、激しい憤りと悲しみに包まれていく。

 

白河に向けていた邪心、邪念が方向を変えて、あの二人へと向けていた。

そこまで嫌うのなら、こっちも嫌ってやる。

 

 

 

~家~

~居間:夜~

 

 

 

『あの学園長室で生活したいって、いきなりどうしたの?』

 

『………』

 

 

 

夕食後、俺はさくらさんと話す事にした。

暫く一人になりたい、休息がほしい、あの二人とは避けたいと。

 

さくらさんはひどく戸惑っている。

こんな事をいきなり切り出されては、無理もない話だが。

 

 

 

『2,3日なら解るけど、ずっと学園長室で生活していると先生や生徒にバレるよ。衣類や食材もそこまで備蓄は効かないし難しいよ』

 

『だったら、桜公園で寝泊まりします』

 

『お、落ち着いて。先ず何があったのか教えて』

 

『………』

 

 

……

 

 

 

『短い期間に色々面倒ごとに巻き込まれて、義之君の弱っている所に、二人にトドメを刺された感じだね』

 

『……あの幽霊が憎いです。憎い、憎い』

 

 

 

何度も畳を拳で叩きつける。

更に、畳に拳を強くこすり付け、皮膚を破る。

 

その怒り方は尋常ではないと悟ったのか、何とか対案を出そうとする。

 

 

 

『ど、どうかな。二週間ほど旅行に行って学校生活から離れるとか。学校側は上手くやっておくから』

 

『………』

 

『……もう、考え直す事は無理?』

 

『……はい』

 

 

『……知り合いにアパートの空きがあるか聞いてみる。けど清掃業と農業を少しやってもらうよ』

 

『分かりました』

 

『義之君が去るのはすごく寂しいけど、もうどうしようもないか……』

 

『本当にすいません』

 

 

 

感情的になっている俺の片隅に残っていたのは、現実と非現実という言葉だった。

現実社会に、幽霊という非現実が現れた。

 

その非現実が誰にでも現れるわけでもなければ、証明もできない。

 

今まで現実社会があるのだから、いきなり非現実的な事を言っても誰も理解させる事はできない。

あの二人が、現実に起きた事で判断し、俺を避けるのも仕方ないのではないか……

 

奇妙な事に関わり過ぎて、運命を変えてしまった自分への報いの様に思えてきた。

それが、例えいい事であっても……

 

 

 

~スーパーマーケット~

~朝~

 

 

 

『もう少し大きめの段ボール箱はありますか?』

 

『すいません、今はここに置いている分だけです』

 

 

 

スーパーの袋入れの台には、大抵不要な段ボールを置いてくれている。

衣類は段ボール箱に入れた方が、手軽に運びやすいので朝一番で探していた。

 

3つも要らないと思うが、少し余分に貰っておこう。

家に置いていれば、何かに使えるだろう。

 

しかし、朝一に来たと言っても卵の安売りがあったせいで、今もレジには客で大行列だ。

まだまだ客はこれから増えるから、レジの人は大変そうだ……

 

 

 

~家~

 

 

 

自分の家に着くと、軽く毒づいた。

タイミング悪く、出くわしてしまった。

 

純一さんと、もう名前で呼ぶ事の無い二人……

 

ビニール袋からネギや食パン、卵などが見える。

スーパーでの買い物の帰りのようだ。

 

俺の手には、今も段ボール箱があるので、このまま帰ると何かを感づいてしまう。

歩くスピードを遅めにしたが、彼らの視界に入ってしまったので、中々家に入ろうとしない。

 

已む無く、家へと歩いた。

せめて、純一さんだけになる事を願ったが、あの二人も家の中へと入ろうとしなかった。

 

 

 

『…、おはようございます』

 

『ああ、おはよう』

 

『あれから、あれはどうですか?』

 

『そうだね、もう出る事はないと思うよ。二度とね』

 

 

 

何気なく軽く会話をしたが、純一さんが何かに感づいたようだ。

違和感を感じ取った様だが、すぐにまた柔和な顔つきに戻る。

 

今度は俺ではなく後ろにいた……、朝倉姉妹に声をかけている。

 

 

 

『二人共、今日は義之君に挨拶をしないのかい?』

 

 

『………』

 

『………』

 

 

 

互いに目を伏せながら、沈黙が続いている。

俺は間髪入れず、自分の家へと逃げ帰った。

 

自分の部屋に入ると、音楽を聴いて気分を落ち着ける事にした。

朝から嫌な事を考えたくない……

 

 

暫くベッドに仰向けで寝ていると、隣で話声が聞こえてくる。

 

 

 

『………』

 

 

 

まだ、家の中に入っていないのか……

ボリュームを少し上げて、ボンヤリと天井を見つめていた。

 

この、ボンヤリした時間が今はもっと欲しい。

思考の働いていない自分が……

 

 

 

 

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