~畑~
~夕方~
『ナスは四方4カ所に肥料をあげてね。それから、水が足りてないので水やりもやっておいて』
『分かりました』
『あと、倉庫から支柱を持ってきて』
『はい』
返事を終えると、額の汗をタオルで拭う。
正直、農業がこれほどの重労働とは思わなかった。
腰にくる、足にくる、体力は体の芯から奪われる。
いつも仕事の終わりは、汗だくになってクタクタになっている。足腰が立たない位に疲れる時もある。
この重労働を老夫婦がやっているとは、驚きだ……
話しによると、最近では異常気象で、農作物が思った様に収穫ができないらしい。
台風が来た訳でもないのに、いきなり強風が吹くと、大抵は対応が遅れて作物が落ちてしまうようだ。
『いてて……』
腰だけはいつまで経っても慣れないな……
絶対に、自分で臨時休憩を取らないと痛めそうだ。
最初に比べると、筋肉痛はだいぶと収まった。
当初は、腰から足の下まで、悲鳴をあげるような筋肉痛で地獄だった。
トイレで大を足すにも、足が痛くて中々座れないくらいの激痛だった。
虫が苦手な俺も、これだけ疲労がたまればクモだろうが、ミミズだろうが、何ともなくなってくる。
しかし、こうやって何かに勤しんでいると大概は思考が鈍くなるものだ。
殆ど学校の事を考える時間などない。
『………』
……最後にあの姉妹を見た後、音楽を聴いている途中に純一さんがやってきた。
すぐに話し合いになり、俺の一人住まいを止めようとした。
感情と勢いで行動しているだけで、実際には何の解決にもならないと言われた。
空き巣や防犯の事もあるし、何よりさくらさんが寂しがるから、絶対に家に居る様に説得を受けた。
純一さんには逆らえず、アパートの話は無くなり、2週間ほど学業から農業に時間を費やす事となった。
帰宅時はいつも夜の8時と遅くなるが、農家の方はアルバイトという事で、交通費も給料も出すと言ってくれた。
予想もしなかった好条件が付いたから喜んで承諾した。
早朝から夕方まで、家や学校の離れで生活している。
さくらさんと純一さん以外、俺がこんな離れで生活している事は知らない。
生徒もよほどの理由がない限り、田園地帯が広がるこの場所まで来ない。
と言うより、遊ぶ所が全く無いので、進んで来る事はないだろう。
『………』
もう一度、畑の農作物を見渡してみる。
自然と触れ合う大事さ……、何だかわかる気がする。
……
…
~家~
~玄関:夜~
『ただいまー』
『おかえり、その野菜また貰ったの?』
『ええ。農家の人に』
『義之君にとっても、いい方向に向かっている様で何よりだよ』
おっちゃんに貰った野菜は、スーパーで売っている様なきれいな野菜でもないし、形も整っていない。
しかし、新鮮な野菜を食べる事ができるので、形や少しくらいの虫食いがあっても、全く問題にならない。
料理の時、包丁で虫食いの部分を切り取ればいいだけだ。
更には、食費代の節約が効くので、さくらさんにとっても家計が大助かりのようだ。
~食卓~
既に夕ご飯を置かれてあったが、先に冷蔵庫からポカリを出して水分補給にした。
肉体労働は腹も減るが、喉はひどく乾く。
『お疲れ様。いつも美味しい野菜ばかりで嬉しいね』
『ですね。高級食材の山芋まで貰えるとは思いませんでした』
『明日も行くの?』
『天気予報では雨が強くなると言ってたので、畑が使えなさそうだけどどうでしょうね』
他愛の無い話をしながら、夕ご飯を取る。
昨日、収穫したばかりのトマトを口にすると、違った美味しさを実感する。
取ったばかりなので、新鮮さの先入観ばかりが頭にきてしまう。
野菜の味の濃さ、新鮮さ、美味しさがスーパーで売っている物と違う。
料理した野菜が、味を自己主張している。そんな感じだ。
1,2,3,4……、10日目か。
あんまり考えたくはないけど、また学校に行かないとな……
『多忙で考えた事がなかったですが、学校はどうなってます?』
『ん、普通だよ』
『その、俺の事です。いきなり10日も連続で休んでいるから、何か言われてるかなって』
『……登校拒否とか噂されてるかな』
『登校拒否。いい響きですね』
『どこが?月島さんと白河さんが心配してたよ。学校に行ったら、ちゃんと声をかけてあげてね』
『は、はい』
『そうだ、白河さんと言えば……』
『なんです?』
『体育館で全校集会の時に……、あ、でも言っていいのかな』
『気になるじゃないですか。その時に何かあったんですか?』
『先生がマイクで話している時に、いきなり壇上に上がって、先生のマイクをひったくって……』
『し、白河が?』
『うん』
『ははは、すげえ。俺も見たかったな』
『あんまり笑わないでよ。これは義之君の事だよ』
『……俺?』
『そうだよー』
話しによると、全校生徒の前で、実際に起きた転倒事件の真相を言い出したようだ。
暴力行為で引っ張ったのではなく、危険だから場所を変えようとしていただけだと。
けど、どうやってその場所が危険だと分かったのか?という話になる。
その核心の部分で説明ができない。
実際には、幽霊の知らせを直感で当てたが……
しかし、そんな話を誰が信用するだろう。
オカルト〔非論理〕の話になってしまい、余計に誰も聞いてくれなくなる。
気持ちは有難いが、こうなってしまった以上、今後は誠意の行動を尽くすしかないと思っている。
『やっぱり、良い行動は報われるんだよ。今がそうじゃない』
『うーん、どうでしょうね』
『見えない作用はやっぱりあるんだよ。絶対だから』
『そう、ですね』
『義之君は「徳のある人」って聞いた事がある?』
『いえ、全然分からないです』
『儲けなど目に見えることだけでなく、思わぬ恵みや恩恵を受ける事だよ。正しい行いや、努力によって得られるんだよ。今の義之君はそれだと思う』
『この世は自分だけの計算や理屈だけが全てではないんですね』
……何だか、一種の真実の様に思えた。
自分も農業に携わる時、単に農作業があるだけとしか思わなかった。
野菜は貰える、野菜の作り方を教えてくれる、給料も交通費も出すというメリットの大きな場に巡り合えた。
学校から離れたという事で、心の状態も安定してきている。
農作業は確かにキツかったが、その時間は煩わしさからずっと逃れていた。
そう、本当にプラスの大きな事ばかりだった。
『あっちの方は聞かないの?』
『あっちって?』
『ほら、お隣の……』
『おと……、あの姉妹から絶交されたんです。どうせ俺が白河を怪我させたとしか見ていないでしょう』
『義之君が農業している間、何度もどこで何をしているのか聞かれたよ』
『………』
『嫌いだと言われても、そう簡単に嫌いになれないもんだよ』
『俺は嫌いになったんです』
『でもいい子たちだって分かるでしょ』
『……その話は止めにして下さい』
『義之君……』
『俺が辛辣なのは分かります。けど今は……』
せっかく農業に勤しんで、何も考えずエネルギーを抜いてきたのに……
これだと、また負のエネルギーが蓄積されてしまう。
~家~
~次の日:朝~
『休みになったか……』
天気予報が当たり、雨になった……
このシトシト雨とドンヨリ雲だと、今日は一日中雨かも知れない。
それだけ雨が降ると、一日や二日で畑から水が引くか分からない。
しかも、週間天気予報では、はっきりしない天気が続くようだ。
……土曜日だし、久しぶりに羽を伸ばすか。
~商店街~
~ホームセンター~
『こんな所で会うとは、散歩してんのー』
『そうです。商店街でブラブラしてました』
農家のおっちゃんとおばちゃん。
俺がプランターで使う培養土の値段を見てたら、偶然出会ってしまった。
まさか、商店街で出会うとは思いもしなかった。
老夫婦にとって、俺はタイミング良く現れたようだ。
購入した気石灰と堆肥の袋を車に詰め込んでほしい、と頼まれた。
1袋が約20キロあるので、年を取った人が持って運ぶには厳しい。
だが今まで、野菜を貰ってきたので、これ位の手伝いでは足りないとすら思った。
『また、学校へ行くんだよ』
『…、はい』
『助かったわ。またなー』
『いえいえいえ、こちらこそ野菜を貰ってるので全然』
慌てて言葉を返した。
老夫婦が車に乗って遠ざかるのを待つと、当初の目的だった散歩をする事にした。
傘をさす前に、ある人物が目に入った。
……白河だ。
会う理由も無いので体を反転させて、散歩の続きをする事にした。
『あー、酷いなもう。心配してたのに』
『すまん、色々考え事してた』
『……だいぶと日焼けしてない?どこかへ行ってたの?』
『……畑へ』
『畑?』
『このホームセンターで話すのも迷惑になるし、また学校で……』
『そこ、そこ。喫茶店入ろ。すぐに戻るから先に入ってて』
『………』
見送ると、近くのアパレルショップに入っていった。
雨の中だというのに、その店だけ女性の出入りが多い様に見える。
バーゲンセールでもあったのかな。
……貧乏学生にとっては、逃せない機会ではある。
言われた通り、喫茶店へと足を運んだ。
久しぶりに喫茶店のコーヒーを堪能する事にした。
~喫茶店~
『22分……』
女の買い物は長いというが……
ここまで待った俺も俺というか……
今まで白河に冷たく当たっていたので、少しくらい気を長くして待ってあげようと思っていた。
しかし、ここまで待たされるとげんなりする。
バーゲンセールだったので、まだまだ服を見足りないのか、レジが混雑しているのか。
……もう少し気を長くして待ってあげよう。30分をタイムリミットにして読書でもしていよう。
……
…
『33分……』
喫茶店の雑誌を元に戻して、会計を済ませる事にした。
さすがに、限度がある。テーブルの上にある呼び鈴に手を伸ばした。
突然、喫茶店のドアが乱暴に開かれる。
その正体が嫌でも分かるので、呼び鈴から手を離した。
ウエイターもお客も、何事だと視線を離さない。
『……あはは』
『あはは、じゃない!!何分待たせる気だよ』
『いつもの調子で服を見てたら、時間を忘れちゃって……』
『………』
『怒ってるよね。ごめんなさい』
『……アイスコーヒー』
『えっ?』
『奢ってくれるなら水に流すよ』
喫茶店の伝票をヒラヒラさせて、白河に見せる。
不服そうだったが、すぐにいつもの調子に戻る。
服に付いた雨を軽く払った後、イスに座った。
隣のイスに置いたビニール袋は、購入した思われる服がある。
『ちゃっかりしてるなー。まぁいいや、てっきり怒らせてしまったと思ってたし』
『もう帰ろかなと思っただけだよ』
『30分?』
『33分』
『もう忘れよっか。さーて、何を頼むかな』
『………』
この話題に触れるのは良くないと思ったのか、慌ててメニューに目を通す。
さっきからランチばかり見ていて、ドリンクを選ぼうとしない。
飯抜きで来てたのかな。
窓に目をやると、雨は小降りにはなっているが止む気配はない。
何とか、天候が安定してほしいが……