転生したら妹がブラコン拗らせて独身のアラフォーだった   作:カボチャ自動販売機

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8話 説教する魔王

九島家で過ごすこと一週間。ついに私は関東の中学校へ通うためお引っ越しをすることになった。

 

光宣とはこの一週間で大分仲良くなれたと思う。光宣は私を真桜姉と呼ぶようになったし、敬語も取れた。私も彼を呼び捨てで呼ぶことにし、敬語も使っていない。この関係に伯父さんは最初喜んでいたが、光宣が私を姉と呼ぶことが複雑らしい。そりゃ、光宣が私を姉と思ってしまうと結婚作戦が台無しになってしまうからね。ここは私と光宣の距離が離れることで改善できる、とも考えているようだが。

 

どうやらあの模擬戦以来、光宣の婚約者として私にかなり期待している様で、会話の何気ない所で探りを入れてきている。どうとでも取れるような返答しかしていないが、伯父さんは私と光宣の仲が深まったことでひとまずは良しとしたのだろう。

婚約を仄めかすようなことを言ってはきたが、明確に言われることはなかった。

 

「本当は僕も手伝いに行きたかったんだけど……」

 

「無理してまた体調崩すといけないから、ゆっくり寝てなさい」

 

光宣はこの一週間で三日ほど体調を崩していた。光宣はそれに付き合って部屋にいる私に申し訳なさそうな様子であったが、一緒に部屋で過ごす時間が長くなったことでこうも打ち解けることができたのだろう。

今は調子が良さそうだが、昨日もベッドの上だった。手伝いと言ったって主な荷物は既に送っているし、そんなに量もない。無理して体調を崩したら目も当てられないし、光宣はお留守番となった。

 

「真桜姉、今度は僕が勝つよ」

 

光宣は私に負けたのが相当悔しかったらしく、頻りに再戦を望んでいた。光宣の体調が安定しなかったため、この滞在中の再戦は叶わなかったが、また機会はあるだろう。

彼の成長スピードは著しい。何せ11歳にして既に並の魔法師を凌駕している。体質のハンデはあるが、間違いなくこれからを担う魔法師の一人となる。

私は彼の目標として立ちはだかり続けてやろうと思っているが、怠けているとすぐに抜かれてしまいそうだ。

 

 

「そう簡単には負けないけどね」

 

 

次に光宣と会うのは冬の長期休みになるだろう。お正月には九島家に帰ってくることになっているから、そこで光宣の成長を見れるというわけだ。僅かな期間かもしれないが、この離れている期間にとんでもない成長をとげるであろう。

彼のようなタイプは、自分より上の存在を知ることでぐんと力を増す。本当に楽しみである。

 

「君の成長に期待しているよ」

 

光宣との会話が終わったタイミングでそう激励したのは九島烈。

四葉逢魔が生きていた時代に比べると確かに衰えてはいるが、年齢を重ねたところで魔法師としての技能は衰えるものではない。当時、私は一度だけ彼と戦ったことがあるが、魔法師としての戦闘に共感を覚えたものだ。私が当時考えていた魔法師としての理想型こそが彼だった。

この一週間、何度か顔を合わせた程度で殆ど話すこともなかったが、相変わらずオーラのある人だ。80歳を越えているというのに、あれだけ強者としての品格を保てるのは素直に尊敬する。

魔法師の一時代を築いた偉人であることは間違いないだろう。

 

「はい、ご期待に添えるよう頑張ります」

 

こうして、私は九島家での一週間を終え、新居へと旅立つこととなった。

女子中学校というのはかなり不安ではあるが、私も12年女子をやっている。違和感なく溶け込んでやるよ!

 

きっとこれを空元気と呼ぶのだろう。私は若干空回りした気合いを入れて、九島家を出発した。

 

 

 

 

私、聞いてない。

思わずそう呟くことになったのは、これから住むことになる部屋に着くとそこに一人の女性がいたからだ。

勿論、既に人がいることは承知していた。精神的にはともかく、年齢的には12歳、世間一般の常識として一人暮らしは出来ない年齢だ。そのため九島家が一緒に住んで世話をしてくれる人を派遣してくれたのであるが……。

 

「藤林響子です、今日から一緒に住むことになるのだから気楽にいきましょう。響子、でいいわよ」

 

そこにいたのは20代前半くらいの美人さんだった。

キリッとした目付きと、ハキハキとした話し方、姿勢の良い背筋の伸びた立ち姿。

出来る女秘書のようでもあり、スタイルの良いモデルのよう。

飾り気がなくとも感じられる芯の通った美しさは、その整った容姿だけでなく、彼女の精神性が垣間見える。

 

 

「ちなみに、私は貴女の再従姉妹に当たるわ。光宣君からすると従姉ね」

 

どうやら彼女は伯父さんの末の妹の娘さんの様だ。うん、それを聞いたとき私は口が変な方向に曲がって動かなくなった。それってつまり、本当は光宣の従姉ではなく、異父姉弟ってことじゃん。

本人が知らない場合壮絶なお家騒動に発展する可能性があるため口にはしなかった。ただただ内心でずっと気まずいだけだ。やっぱり知らない方が良いことってあるよね!本当に知りたくなかったよ!

 

「ということは烈さんのお孫さん……そんなご令嬢が、どうして私なんかの世話を?」

 

ここは話題を変えて気まずさからの脱却を図る。実際これは疑問でもあったしね。

 

「あー……うん、これから気兼ねなく暮らすためにも話しておいた方が良いかな」

 

響子さんは、子供に話すようなことじゃないんだけど、と前置きをして話し始めた。

つい、二週間程前に大亜連合による不意討ちの沖縄侵攻があった。これはUSNAにまで届くほどの大事件であったし、三十年前に比べれば安定している世界情勢の中で一石を投じるものだった。実はこの事件があったことで、一時、私の留学が取り止めになりそうになったので、私の記憶にも新しい。実際、日本が勝利した戦いであったとはいえ、大亜連合の報復や、再侵攻がないとは言えない状況、私は何とか祖父を説得し、留学を強行した。大亜連合は大漢も吸収しているらしいから、本当にぼくを殺したり私を邪魔したりと、嫌な連中である。

 

そんな大亜連合による侵攻の防衛に、響子さんの婚約者は参加していたそうだ。そして……死んだ。三ヶ月後に結婚式を控えて。

 

「正直ね、恋とかときめきとか、そういう感情はなくて、ただ漠然とこの人と家族になるんだなって受け入れられる安心感があったのよね」

 

彼は響子さんが中学生の時に親が決めた婚約者で、幼馴染。穏やかで穏和な性格だった。だから防衛大学校に進学する時も、国防軍に入隊する時も、似合わないと思ったが、響子さんは「似合わないから止めたら」と笑ってジョークを飛ばすくらいだった。

 

「魔法師は国家に尽くすのが当たり前、そう教えられてきたし、その価値観が当たり前だった。だから、止めなかった」

 

名門魔法師の家系にはそういう価値観が公然と存在している。その価値観が魔法師を道具として決定付け、自分達自身を奴隷の身分へ落としているのだと、気がつかないから。私はそういう考えは嫌いだ。兵器としての魔法師を否定はしない。力あるものが規制され、縛られるのも当然だと思う。だが、選ぶべきだ。自分自身の手で、その未来を。

だから価値観という刷り込みで、選択肢を一つに狭めることは、私は嫌いなのだ。

 

「それに、彼の選んだ進路は技術士官で、専門は索敵魔法システムだった。前線に出ることはないと高を括っていたの」

 

響子さんがそう思っていたとして、その婚約者がどう思っていたのかは分からない。彼が戦場へ行ったのならば、それは彼が決断したこと。どう考え、何を思い、決断したとして、それが彼自身の選択であったのなら、その死に誰かが口出しをするべきではない。

戦いの場に、自らの意思で参加したのなら、その死は全て自己責任。誰かが背負うものではない。

 

「そんな私を嘲笑うかのように彼は、最初の任地だった沖縄で死んだ」

 

何故、軍人になるのを本気で止めなかったのか、話の流れからして、そう彼女が後悔したことは想像に難くない。

 

「まだ、彼がいなくなったと実感できないの。それで実家でずっと無気力でいた私を心配して貴女のところに派遣されたってこと。私も職場がこっちだからいつまでも実家にいるわけにはいかないけど、一人で暮らさせるのは心配って思われたみたい」

 

彼女は研究者だった。

自身が安全圏にいたことが余計に彼女を苦しめるのかもしれない。

 

「ごめんなさい、いきなり暗い話して。やっぱり話すべきじゃなかった――」

 

「――取り戻せないものに後悔しても、意味はありませんよ」

 

響子さんが目を見開く。

 

それは辛辣と取られても仕方のない言葉であった。

大変だったね、貴女は悪くないよ、そう慰めるのが正しいのかもしれない。しかしそれで、彼女は救われるだろうか。私は違うと思う。死んだ人間に縛られるべきではないと思う。無くなったものは元には戻らない。

それに、それを後悔することは、死んだ彼に対する冒涜だ。

 

「彼は命を賭けたはずです。軍に入ると決めたとき、沖縄で戦闘が始まったとき。それは誰が決めましたか?彼は貴女の操り人形ではないんですよ、自分で考え、自分で決めたんです」

 

彼がどのような志を持って軍に入ったのかは分からない。私は彼のことを殆ど知らないし、その日の状況も分からない。

それでも分かるのは、彼は自分の意思で戦場で戦う道を決め、戦場で死んだ。そこにあるのはただ彼の自己責任。それは誰が背負うものでもないし、それを覆すことは命を賭した彼への冒涜でしかない。

 

「彼が死んだのは、貴女が止めなかったからではない。貴女は後悔することで自分を慰めているだけだ」

 

きっと彼女は強くて弱い。強いから自分なら変えられたと考えてしまう。だから背負う。だから後悔する。だから彼の死を実感できない。

 

でも弱くて、実感してしまうのが怖いから、一人になるのが怖いから、だから自分を責める。

 

そうではないのだ。人が進むために必要なのは。

 

「ただ泣けば良いじゃないですか。泣いて泣いてゆっくりでも歩き出せば良いんです。後悔で立ち止まって、それで彼が戻りますか?戻らないんですよ、失ったものは返らない」

 

響子さんの頭に手を置いた。私は、人の慰め方をこれしか知らない。だから彼女の頭をゆっくり撫でた。

 

「悲しいなら泣きましょう。一人が怖いのなら私がいます。何時間でも、何日でも付き合います。

貴女は貴女の、これからを生きなければいけないんですから」

 

ぐしゃりと、彼女の顔が歪んだ。

本当はきっと分かっていたのだ。後悔しても意味はなく、死んだ彼はもう戻ってこなくて、それを認めたくない自分がいて。

進みたくなかった、進んでもそこに彼はいないから。

 

「こんなに彼が大切だなんて知らなかったっ!一人がこんなにツラいだなんて知らなかったっ!」

 

ずっと心の内にあったのだろう。吐き出してはならないと、蓋をしていた。それが一気に溢れ出す。

響子さんが吐き出す言葉に、私はただ頷いた。

 

「ずっと一緒にいたかった!」

 

やがて、膝を折り、立ったままの私にすがるようにして泣く彼女を、私はただ撫で続けた。




主人公、盛大なブーメラン。あなたの妹さんね……。

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