転生したら妹がブラコン拗らせて独身のアラフォーだった 作:カボチャ自動販売機
響子は羞恥で叫び出しそうな自分をなんとか抑えた。
時刻は0時を回ったくらいだろうか。響子が目覚めると、隣に天使がいた。いや、天使と見紛うばかりの美少女か。
光宣という類い稀な美少年を見慣れている響子であっても、その美貌にはハッとさせられる。
黄金の光の線のように煌めく髪と、真っ白な肌。眠っているが、そこには澄んだ空のように美しく青い瞳が隠れている。
ドロップショルダーのカットソーに、七分丈のデニムという恐ろしくシンプルな服装でありながら、それは彼女の美しさには何の飾りも必要ないのだと、証明するだけであった。
そんな美少女が何故隣で寝ているのか。ここは寝室、そして同性、一緒に寝ていても特に焦るようなことでもないのだが、響子はそこに至るまでの過程を思い出し、悶絶した。
12歳の子供にすがりついて数時間泣いた挙げ句、頭を撫でられ、泣き疲れて眠りそうなところをベッドに誘導され、そして――
「うぅ」
――一人が怖いと手を掴んで一緒に寝てもらった。
藤林響子、人生最大の黒歴史である。毛布を頭まで被り、体を限界まで小さく丸める。もう消えて無くなりたかった。
どうしてあんなに泣いてしまったのか。彼が亡くなってから、一度だって泣けなかったというのに。
優しく頭を撫でられると不思議と次々と言葉が出て来て、どこにこんなに溜め込んでいたのかと、そう思うくらい全てを吐き出した。
悲しさも寂しさも消えて無くなったりはしていない。それでも、今までは、そういう感情に気が付いてすらいなかった。
泥のように蓄積していた感情を吐き出して、頭はすっきりしている。
すっきりしているからこそ、響子の羞恥はとどまる所を知らない。
これからどの面下げて保護者を名乗れるというのか。内心ずっと、あいつギャン泣きして爆睡してたしな、と思われているのかと思うと、ツラ過ぎる。
「――それ、私の性格凄い悪いじゃないですか」
「お、おおおお起きてたの!?」
「そりゃ起きますよ、横で呻いたり、足バタバタさせてるんですから」
恥の上塗りであった。そんな意識はなかったが、考えていることが声に漏れていたし、体も暴れていたらしい。
「別に恥ずかしがらなくても良いと思いますが。悲しければ泣き、楽しければ笑う、健全なことです」
そういう大人の意見をされると、余計に恥ずかしく、自分が子供に思えてくるんですが、と響子は12歳の少女の達観した意見に、何も言えなくなる。
その、青い眠たげな瞳に見詰められると、自分がちっぽけに感じる。
「別に、一回り歳の離れた女の子に頭撫でられてようとも、何時間も泣き続けようとも、一緒に寝て欲しいとせがんでも、それは恥ずかしいことではないのです」
「なんで列挙したの!?絶対恥ずかしいって思ってるわよね!?馬鹿にしてるわよね!?」
「いえいえ、まさか。
夕飯も食べず、泣き続ける貴女を慰め、眠そうな貴女をベッドに誘導すればベッドに引きずり込まれ、貴女が寝るまで頭を撫で続け、貴女が眠ってやっと寝れると思えば、すぐにまた起こされた……としても、恥ずかしいとも、馬鹿だ、とも思っていませんよ」
「怒ってるわよね!?ねぇ、怒ってるのよね!?」
笑顔で話続ける真桜に、響子は涙目だった。記憶が甦るが、確かに真桜の言った通りで、情けないやら、申し訳ないやら、恥ずかしいやらで、響子はもう真桜に詰め寄るしかなかった。
「冗談です。いじめ過ぎましたね」
くすりっと、真桜が笑う。その小悪魔のような笑みが反則的に可愛らしく、響子は硬直した。
「でも、響子さんが嘘を吐いたのがいけないんですよ?」
「嘘?」
首を傾げる響子に、真桜はベッドから移動し、椅子に座り直した。丁度、ベッドに腰かける響子と向かい合わせになる形だ。
「実家が心配して私の元へ貴女を送った、というのは嘘ですね。少なからずそういう理由もあったかもしれませんが、それだけが理由になるとは考えにくい。それに、貴女は人に弱味を見せないようにするタイプです。それが家族なら尚更」
散々弱味という弱味を真桜に見せたばかりではあったが、本来、響子は人に弱いところを見せない、見せたくない、というタイプである。
実際、婚約者が死んだ時、実感が無かったというのもあったが、数日で普段の彼女に表面上は戻っていた。弱い感情を全て心の奥底に沈めて。
「貴女が私の元へ送られたのは、監視として、ですね」
ドキリっと響子は思わず飛び上がりそうになった。何とか取り繕おうとするも、やはり真桜の青い瞳は響子を射貫いており、全てを悟られている気がした。
「どうして、そう思うの?」
「玄関にカメラが仕掛けられていました。他には仕掛けられていない様ですが、玄関に仕掛けたのはこの部屋の出入りを監視する意図があるはず」
極自然に、真桜は玄関を通過した。まさか、気が付いていたなど、微塵も感じなかった。それに、他にはカメラがないことにまで気が付いている。
室内にカメラがないのは、女の子のプライベートを撮影し続けるのは悪趣味だ、という響子の考えもあったが、用意する必要性があまりなかった、というのもあった。
「出入りのみを監視するのは、部屋の中は監視する必要がないから。つまり、貴女が監視者、ということです」
「監視する理由がないわ」
誤魔化す意味も無さそうではあったが、響子はこの茶番を続けることにした。真桜の答え合わせに興味があったからだ。
「原因は私の携帯端末でしょう。この携帯端末は私がUSNAから持ち込んだものですが、市販品です。多少知識のある人間なら盗聴や、データの解析は容易い」
真桜の手に握られた携帯端末。本当に何の変哲もない市販品の携帯端末だ。
「一週間前、私が誰に電話したのか、それが分からないから貴女が来た」
九島は真桜の留学を強行した。そのため、真桜の調査も十分では無かった。
本来、留学とは酷く手間がかかる上に、厳重だ。
ハイレベルの魔法師の遺伝子資源や、その国の魔法のノウハウや研究が流出することを危惧する政府により、海外渡航は厳しく管理されている。留学なんて簡単に出来るものではない。
それ故に、真桜の携帯端末の情報も解析している。子供だからと手を抜かず、解析をし、何時に誰とどういう会話をしたか、全て調べている。
九島家の内部にまで招く以上、USNAのスパイである可能性や、何らかの組織に与している可能性を、考慮しないわけにはいかないからだ。
「……私はそういうことを調べるのが得意なの。でも、貴女がどこの誰に電話したのか分からなかった」
『
彼女は、電子・電波魔法による高度なハッキングスキルを得意としており、天才ハッカーとしての側面も持っていた。その彼女が、九島からの依頼で調査しても、真桜がどこの誰に電話をしたのか、分からなかったのである。
電話は極めて短く、また国内同士で行われているものであった。それ故に、九島はこうして監視者を送り込むだけに留めているのだ。
「もうかけることはないですし、私はスパイではありません……と言ったところで何の疑いも晴れないでしょうね」
九島真言は真桜を光宣の婚約者にと考えている。そのためには、どんな小さな疑いであれ真桜にあってはならない。結婚して、実はスパイでした、遺伝子資源がUSNAに渡りました、となっては困るのだ。
だから、監視という点において、最強の能力を持つ響子が派遣された、というわけであった。
「しばらくは監視者と監視対象ということになりそうですが、私は一向に構いませんよ。楽しくやりましょうか」
これ、監視の意味無いんじゃ……。
既に真桜には何から何までバレている。視られていると分かっていて、スパイ行動をする人間はいない。それに、響子は真桜がスパイのために日本へ留学したのではない、と感じていた。しかし、学業のためではなく、何らかの目的があって来たのだと。
響子は監視という任務から、真桜の目的の調査へと切り替えることにした。個人的に興味があるのと、何より、このまま何もかもやられっぱなしでは終われない、という対抗意識もあった。
それに、真桜のことを知りたい、という欲求に響子は逆らわないことにした。
人の心に簡単に入り込んできて、散々かき乱したのだ。
――こっちだって貴女のことを丸裸にしてあげるわ。
そんなことを考えていたのだが。
「まあ、監視者としては優秀なんじゃないですか。片時も私から離れませんでしたからね」
「ちょっと真桜ちゃん!」
真桜について早速分かったことその①。
彼女は優しいが、意地悪だ。
「あ、私もう一回寝ますけど、手、繋ぎます?」
「大丈夫です!」
意地悪気な表情で笑う彼女に、響子はそう言い放つと布団を被って反対を向いてしまった。真桜が、くすりと笑ったのが聞こえて、顔が熱くなる。
――絶対、暴いてやるんだからっ!
響子の負けられない戦いが始まった。
自分のうっかりミスを、ドヤ顔で隠す主人公。女の子に意地悪したくなるタイプです。