転生したら妹がブラコン拗らせて独身のアラフォーだった 作:カボチャ自動販売機
四葉逢魔は努力の人だ。
『黄昏の魔王』と恐れられる彼であるが、決して才能があったわけではない。それどころか、魔法力だけならば二流以下だったろう。
逢魔は先天的に魔法演算領域を正体不明の魔法が殆ど占有していたからだ。
しかし、魔法師としての彼は
「お兄様……」
逢魔の死から三年。
四葉真夜は高校生になった。入学した高校の制服を着て、逢魔の墓の前に立つと、それだけで涙が出そうになる。
「真夜、お兄様はきっと涙でなんて喜ばないわ」
真夜の隣には姉である深夜もいた。同じく高校の制服を着て、しかし気丈に振る舞っている。深夜は決めていた。逢魔が死んだと聞かされたあの日に。
真夜を守る。真夜の前では絶対に涙は見せない。常に気丈に強く厳格な姉であり続ける、と。
本当は深夜だって泣きそうだった。
中学生の制服を着て、二人で何日も兄に見せにいっていたのを今でも覚えている。
逢魔は毎日代わり映えのない制服のはずなのに、飽きもせず、大袈裟に褒め千切るのだ。
そうして頭を撫でてくれるのが、とても好きだった。
「……私は、許せない。お兄様を殺した大漢も、お兄様に守ってもらうしかなかった自分も、何より――お兄様のいないこの世界がっ」
真夜の目にあるのは闇だ。深く暗い闇。
言葉には世界に対する確かな怨念と呪詛が混じっている。
「お兄様が死んだのは貴女のせいではなく、襲撃をした大漢のせいだし、その大漢はもう無くなった。これ以上、どうしようというの?」
真夜は何も言わなかった。いや、言えなかったのかもしれない。この悲しみも、憎悪も、怒りも、ぶつけるところはもうどこにもないのだと、真夜だって本当は分かっていたからだろう。
それでも、感情は消えない。
沸き上がるものを抑えられない。
「お兄様はきっと死のその瞬間まで、私達の幸せを願ってくれていたはずよ。お兄様はそういう人だったから」
今でも夢に出るのだ。
血に沈む兄と何も出来ずにただ泣き叫ぶ自分。真夜があの日失ったのは兄だけではない。
「……そうね」
小さく、同意の言葉を返した真夜。本当はそんなこと思ってもいない。
幸せなんて分からない。真夜にとって兄と共にいることが最大の幸せだったのだから。
兄を失ったあの日から、真夜はずっと止まったままだ。独りのままだ。
これからずっと、このままだ。
深夜は真夜の心がここにないことを分かっている。自分がどれだけ姉のように接したところで、兄にはなれない。真夜の心の闇を振り払うことなんて出来やしない。きっと、冷たくて、暗くて、深いところで、独りでいるのだと思う。
それを救えないことが後ろめたくて、深夜は逢魔の墓にこれ以上近づけなかった。
◆
九重八雲の四葉逢魔に対する印象は、四葉という家に生まれたにしては心優しい青年、というものだった。少なくとも
「逢魔は純粋だった。その純粋さが、時折背筋も凍るような冷酷さに変わることがあったよ。彼は水晶のように透明で、氷のように冷たかった」
四葉逢魔は対人戦に特化した魔法師だった。いや、特化せざるを得なかった、というべきだろう。
逢魔は先天的に魔法演算領域を正体不明の魔法が殆ど占有していた。使用できる魔法の規模は自ずと限られてしまうのだ。
「当時、僕と彼は同年代だったからね、何かと比べられたが、僕としてはあんなものとは比べて欲しくなかったね」
実在すら怪しまれているものの、室町時代末期、織田信長、豊臣秀吉、明智光秀、松永久秀ら錚々たる人物達の前で幻術を披露したと記録されている伝説の幻術師。
九重八雲はその再来とも謳われ『今果心』の異名を持つ。
その九重八雲は苦々しそうに続けた。
「僕は一度も彼には勝てなかったよ。今ならば、と思わなくはないが……彼は最強のままこの世を去った。僕はずっと彼の背を追いかけるしかないんだろうね」
師のどこか昔を懐かしむような、そんな出家した世捨て人である八雲の珍しい表情に、
風間は四葉逢魔という人間を直接は知らない。既に逢魔が死んでから20年以上、その当時、まだまだ風間は子供だった。知っているのは、あの伝説、四葉の引き起こした大漢崩壊の引き金となったこと。『黄昏の魔王』の異名を持つこと。妹を庇って致命傷を負った、ということ。
「ただ、僕はどうしてか逢魔が死んだ、とは思えないんだよね」
「まさか、彼の死が偽装であったと?」
「いや、僕も葬儀には参加したし、その遺体も確認してる。彼は確かに死んだ。あの日、あの場所でね」
つい最近まで、インドシナ半島南進を目論む大亜細亜連合相手にベトナム軍が繰り広げていたゲリラ戦に参加していた風間には、大漢崩壊の引き金となった事件は記憶に新しかった。
「言葉遊びですか?」
「違うよ、僕の直感という奴さ。僕もあまり信用はしていないよ」
風間は時折こうして出ることのある八雲の理解できない言動にため息を吐いた。
やはり世捨て人の『今果心』の感性には一般人ではついていけない、ということか。
「俺は事件の詳細までは知りませんが、師匠がそこまで評価する相手が、大漢の襲撃犯程度に殺されたのですか?」
「彼が一人なら、襲撃犯なんて何百人いても返り討ちだったろうけど、彼は守ることに関しては極端に苦手だった。彼は魔法のキャパシティが小さく、大規模な魔法は使えなかったから、妹への攻撃をどうしても防げない状況になってしまったんだろう」
「妹……四葉真夜ですか」
四葉家。
その半分程の人員を失ったものの、一族だけで大漢という国を崩壊にまで追い込んだ『
今は日本政府に従っている形だが、もし彼らが地下に潜りテロリストと化したなら、四回目の世界大戦の引き金が引かれると言う者までいる。魔法というものの一面を、そうまで狂的に突き詰めた集団として、四葉家は尊敬されるのではなく、ただ恐怖されているのだ。
その四葉家の中でも四葉真夜は世界に名を轟かせる有名人だった。
「当代における世界最強の魔法師の一人と目されている『極東の魔王』も、当時は12歳の子供だった。彼女を守るために彼は命を投げ出したんだよ」
八雲は逢魔から妹の自慢話をされていたため、妙に真夜に詳しい。だから知っていた。
12歳とはいえ、当時、世界最強の魔法師の一人と目されていた九島烈の教えを受けていたこともある真夜の魔法力は既に並の魔法師を軽く凌駕していただろうことを。
しかし、経験が足りなかった。咄嗟の判断力に欠けていた。
八雲は四葉真夜が幾度となく自分と同じことを考えたに違いないと思っている。
――今の私なら、と。
「逢魔を目の前で失った彼女は、果たして何を思ったか。何を思っているのか。怒りをぶつけるべき大漢も滅びた今、その矛先はどこに向かっているのか……」
また言葉遊びだ。
答えが返ってくることなど、期待していないのだろう。八雲は風間が答える間もなく、勝手に話し始めた。
「彼女は、逢魔が残した闇そのものだ」
闇。
それは四葉に付き纏うイメージでもある。
大漢崩壊と呼ばれるあの復讐劇から
『兵器として開発された魔法師』の伝統を、最も忠実に守り続けている一族、取り憑かれたように自らの性能アップに邁進し、ただその魔法力のみによって十師族のトップに君臨する最強の一族。
雛鳥であろうと卵であろうと、魔法師の世界に生きる者にとっては、四葉家という存在は絶対的畏怖の対象であるからだ。
「僕はいつか彼女が世界さえも破壊してしまうのではないかと、そんな気さえしているよ」
八雲は葬儀で見た四葉真夜の顔が忘れられない。彼女の深淵のような瞳に、八雲が感じたのは怨念とすら言える深い心の底からの闇。12歳の少女が既に世界というものに絶望し、恨んでいる。深淵にあったのは情念の炎。それは狂気だった。
その狂気が八雲にはこの上なく恐ろしいものに感じた。その狂気が、怨念が、本当に世界を焼き尽くし、滅ぼしてしまうのではないかと、そう思えてならなかった。
「次代の四葉家当主は恐らく彼女だ。僕にはそれがこの上なく恐ろしいね」
この時、八雲はまだ知らなかった。
真夜の狂気が魔法の理すらも覆し、この世に世界の破壊者となるべくして、
彼が、その少年のことを知るのは、まだ少し先のことであった。
そして、遠く離れた異国の地に、再び黄昏が訪れようとしていることも。
次話、やっと転生です。