転生したら妹がブラコン拗らせて独身のアラフォーだった 作:カボチャ自動販売機
学校へ登校して一現目の授業中、私は体調不良を訴え保健室へ向かった。クラスの皆が心配気な視線を向けてくれて、思わず顔が綻びそうになるのを堪えて、体調の悪そうな感じで教室を後にした。
保健室には養護教諭の先生が一人だけ。
「先生、申し訳ないのですがご協力お願いします」
私カスタムの精神干渉系魔法ワン・コマンドを発動。罪もなく戦う意思もない店員さんを魔法で操るというのは不本意とか、前に思った気もするが、一度やったら二度も三度も一緒だ、というより基本的に私は自分本位なので、都合が悪くなったらその辺の自分ルールは即時更新していくスタイルだ。躊躇なく、魔法をかける。
コマンドは、私がベッドに寝ているものとして行動し、決して起こさず、誰もカーテンの中に入れさせない。
これによって、私は保健室にいながら自由行動が可能となった。
私はその足で、清掃業者の準備室へと向かった。お嬢様学校だけあって私の通う学校には生徒による清掃の時間というものは存在しない。生徒の稚拙な掃除が不衛生を招かないようにと、専門の清掃業者がやることになっており、備品の交換、簡単な修理なども清掃業者が一緒に請け負っている。私立校ではこういう業務委託はそれほど珍しくはなく、そうした出入り業者の更衣室兼作業用具保管場所となっている準備室は、部外者が入り込みやすい場所だった。
勿論、身元の確認もしっかり行っているはずだが、あれほどの能力を持つ深夜の諜報員なら難なくスルーできるだろう。
「お待たせしました」
準備室には、既に作業服姿の男が二人いた。私が入ってきたことに何の疑いも持っていない様子を見るに、二人が深夜の遣いで間違いなさそうだ。
私は、その二人の周りをゆっくり回って観察し、仮装行列を発動した。全身作業服の男性の姿だ。今日の通学中に成人男性の仮装行列を作っておき、そこに作業服を着せたのだ。遣いの二人も一瞬の変化に驚いた様で、少しの優越感を感じる。ナイスリアクションをありがとう。
私は二人に付いていく形で校内を歩き、駐車場へ。清掃業者の車へ乗り込んだ。入るときには厳重なチェックのある学校も、帰るときは挨拶一つで終わりだ。難なく車は校門を抜け、十分ほどして辿り着いたのはホテル。そのまま清掃業者としてホテルへと入り、案内されたのは一つの部屋の前だった。
「こちらにお入り下さい」
二人の男達は一言そう言って、役目は終わったとばかりに去っていった。一人取り残された私。目の前のドアを見て、深呼吸する。
ここに深夜がいる。そう思うと緊張してきた。私の四葉逢魔としての記憶が甦ったのは最近のことだが、四葉逢魔が死んでから30年以上が経っている。四葉逢魔であることを明かす気はないが、彼女がどのように成長したのか、その答えがここにあると思うと、どうしたって緊張するものだ。
とはいえ、いつまでもドアの前に立っていたって仕方がない。あの日、もう見ることの出来なくなったはずの彼女の未来を、この目で見れることへの感謝と、期待と、不安。複雑に入り交じった感情のまま、私はドアのインターフォンを押した。
『どうぞ』
中から聞こえてきたのは深夜の声ではない女性の声。深夜は正体不明の人物といきなり一対一で会う不用心ではなかったということか。既に一つ、妹の成長を感じた。
「あなたが真桜=クドウ=シールズさん?」
真っ白な肌を飾るように流れ、後頭部でお団子の様に纏められた、艶やかな黒髪。
蠱惑的なアメジスト色の瞳は高貴で気品があり、右目の下の泣き黒子が妖艶さとなって過剰なアクセントを加える。異性を妖しく惹きつけずにはおけないであろう、大人の可愛らしさが同居した美しさ。正に鮮烈な美貌。
正面に座っている一人の女性。間違いない。彼女こそが深夜だ。込み上げて来る感情はぐっと抑える。今すぐ駆け出して抱き締めたかったが、それは出来ない。
「はい、そうですが……ああ、魔法を解除するのを忘れてましたね」
緊張のあまり、仮装行列を解除していなかった。深夜が私に確認してきたのは、私の姿が成人男性のままだったからか。部屋に入った瞬間に攻撃されても文句は言えない失態である。どうやら自分が思っている以上に、私は動揺しているらしい。これは、バレないように気を付けないと。
「失礼しました。私が真桜=クドウ=シールズです」
深夜の両サイドには、それぞれ男女一人ずつが立っていた。女性は20歳過ぎくらいの若い女性、男性の方は私と同い年か少し上くらいの少年だった。女性の方は、目線からして深夜の護衛なのだろうが、少年の方は私に、正確には仮装行列に興味津々なのを隠そうともしていない。少年は護衛、というわけではなさそうだ。そうなると、何らかのユニークな魔法を持っている可能性が高い。精神干渉系魔法なら弾ける自信があるが、嘘を見抜く、思考を読む、などの魔法であるならかなりピンチだ。そんな魔法は見たことがないが、想像が出来る範囲の可能性は常に考慮しておくのが魔法師の鉄則。
魔法というのは、理論に基づいた技術であり、ある程度知識があれば予想の範囲を超える、という事態はそうないのだが、世の中には予想もつかないような特殊な魔法の使い手が存在する。
BS魔法師と呼ばれる彼らは、魔法としての技術化が困難な異能に特化する、他者に真似のできないレベル、もしくは真似ができたとしても技術的に極めて高いレベルを示す特異能力の持ち主だ。
BSの一つ覚えなどと揶揄されることも多いが、私はそうは思わない。その一つが戦いに於いて最も頼れる武器となる。私は百の魔法を使える魔法師よりも、正体不明のBS魔法を持つ魔法師、の方がずっと怖い。
極端な話、目があった相手の心臓を止める、というBS魔法があったとするのなら、それだけで殺されてしまう。
対策が出来ないこと程、怖いものはない。四葉逢魔という三流魔法師がそこそこ戦えていたのは、臆病で、戦闘中あらゆる状況を想定する能力が長けていたからだ。持論だが、想像力のない魔法師は強くなれない。
その点で言うと、相手に能力を想像されないBS魔法師というのは、最も怖い存在と言える。まあ、正直BS魔法にも当たりハズレがあり、ハズレの方が多いわけだが。
警戒するに越したことはない。真桜さんの油断タイムは終わったのだ。
「私の自己紹介は不要かしら?」
「ええ、
深夜の問にそう答えると、深夜の表情がやや変わった。きっと私でなければ気が付かない程度の変化だが確かに変わったのだ。
それに、隣の女性の表情の変化は露骨だった。何か虚を突かれたような、えっ、という感じの表情だ。私の言葉を聞き返すような、その表情の後に、しまった、という内心が顔に出ている。分からないが、何か私が失言か、おかしな行動をしたらしい。
なんだ?この短い時間の間で私は何をやったんだ?
「それは、どういう意図なの?」
深夜が不思議そうな顔で訊ねる。まずい、私は自分の言動の何がおかしかったのか分かっていない。分かっていないことを明かすのは危険だ。先程の話と同じで未知ほど怖いものはない。分からないことを明かしてしまえば、主導権は完全に相手のもの、情報力のない私が取り返すのは厳しい。
「さあ?どういう意図だと思いますか?」
ハッタリだ。どういう意図も何も、何も分かっていない。私が教えてほしいくらいだ。しかし、ここで不敵な態度を取っていれば、相手が勝手に想像する。私にとっての謎は、相手にとっても謎となる。不利を武器に変える交渉術、華麗過ぎる。
「意図などない、ではないですか?」
妖艶に笑いながら、深夜が言う。完全論破である。それでも私は表情を崩さない。こういう腹芸は得意ではないのだが、このままでは不利なままだ。ここは無理矢理にでも話題を変えて主導権を握らなくては。
「――深夜さん、貴女は後数年と経たずに死にます」
唐突な物言いに、しかし深夜は表情を変えなかったが、女性の護衛は顔を強ばらせた。
「唐突ね、でもそれは何の根拠があるというの?」
「四葉逢魔の研究ですよ。貴女が知っていたかは分かりませんが、四葉逢魔は貴女の精神構造干渉魔法による身体的不調の可能性とその治療について研究していました」
「知っていたわよ、お兄様からは魔法の使用を禁止されていたもの。その危険性も当然知らされていたし、お兄様がもしものための研究をしていたのも何となく分かっていた」
私は真夜と深夜に隠し事をしない兄だった。特に深夜は、私が小さなことでも話さないでいると機嫌が悪くなる娘だった。兄のことをなんでも知りたいとでも言うようなその態度は可愛らしく、彼女のツンデレに悶えたりしたものだ。素直には聞けず、どうにか聞き出そうとするその頑張りが、愛らしくて仕方がなかった。
「では何故、貴女は魔法を使ったのです?貴女の魔法は過剰に使用しなければそうまで体調を崩すことは無かったはず。そうまでした理由はなんなのですか?」
「ただ便利だったから使っただけよ。私にしか出来ないことを、私がやっただけのこと」
深夜は
彼女は馬鹿ではない。自身の体が悪くなっていることにも気がついたはず。それでも使い続け、いよいよ魔法師としてまともに活動することすら出来なくなった。そこがずっと疑問だったのだ。
「兄と約束をしていたのに?」
「
それは、ぼくにあまりに刺さる言葉だった。その場で崩れ落ちそうになる。
ぼくが破った約束。ぼくが吐いた大きな嘘。
四葉逢魔の死んだ、
家を出るときも、彼女はぼくの行ってきますに返事をしようとはしなかった。だからぼくは言ったのだ。深夜の頭に手を置いて。
『交流会が終わったら、真夜に内緒で二人で遊びに行こうか』
深夜は不機嫌そうな態度を崩そうとはしなかったが、こくりと頷いた。ぼくは頭に置いたままの手を何度かポンポンとして、行ってきます、と深夜に背を向ける。
いってらっしゃい、と小さな声で深夜が言ったのが、不思議なくらいきちんと聞こえた。そしてそれが、深夜との最後の会話となってしまった。
ぼくは交流会で死んで、深夜との約束を果たせなかった。深夜に嘘を吐いてしまった。
四葉逢魔としての人生に後悔はなかったが、その事は死の瞬間まで気がかりだった。
四葉逢魔というのはもう終わった人間。彼女達の人生に、もう深く関わるべきではない?彼女達には彼女達の人生があって、兄として死人が余計な手を加えてしまうのは傲慢?
そうではなかった。ぼくは、ぼくが満足していただけだったのだ。ぼくが、彼女達に遺してしまったものが、今の彼女を作った。彼女を殺そうとしている。
ぼくだけが満足して、四葉逢魔を終わったものにして、それで真桜として生きようとしていた。四葉逢魔はまだ終わっていなかったというのに。
「貴女はもういない兄にまだ囚われているのですね」
「――言葉には気を付けなさい。貴女が私を治せるとしても、貴女がお兄様を侮辱するのであれば、私は躊躇なく貴女を殺すわ」
激昂。態度こそ冷静であったが、込められた怒気はそう称するに相応しい程に強い。
しかし違う。殺すべきは
「
人生に満足して後悔なく死んだ四葉逢魔という人間のために、一人の人生を上書きしてまで、転生なんてするくらいなら、四葉逢魔の記憶など一生封印して欲しかったとも思った。
けど違ったのだ。魔法演算領域を占拠していたのが転生魔法であったから転生したのではない。
やり残したことをやり遂げるために、ぼくは転生した。30年も遅刻したけど、ぼくにはやらなくちゃいけないことがある。
「貴女、急に何を言っているの?」
「簡単な話です。簡潔に言いますと――」
突然の変化に困惑の表情を隠せない深夜。
当初のプランは既に崩れている。もうぼくはぼくであることを、止められない。止めるわけにはいかない。
終わってなどいないのだ。
――ぼくが転生したのは、きっとぼくを殺すためなのだから。
「――ぼくが四葉逢魔だ」
四葉逢魔を殺し、終わらせなくては、真桜=クドウ=シールズにはなれない。
逢魔が死んで、初めて真桜は真桜になれる。
深夜に再会し、自身の考えを改める真桜。
ここまでがプロローグ的なお話になりますので、次話から、アクセル全開です。