転生したら妹がブラコン拗らせて独身のアラフォーだった 作:カボチャ自動販売機
世界がひっくり返ったかのように視界が360°回転し、私は床に叩きつけられた。私が受け身を取っていなければ、骨が折れていてもおかしくはない程に手加減はない。いたいけな女の子にやるような行動ではないだろう。そうして床に叩きつけられた私の背には女性が跨がっており、両手を背中で押さえられてしまった。
「痛いですね、いきなり何をするんですか」
「――言葉には気を付けなさい、と私は言ったはず。それに、貴女がお兄様を侮辱するのであれば、私は躊躇なく貴女を殺す、ともね」
深夜の横にいた護衛らしき女性は、私が言葉を発すると同時に私を拘束した。深夜の指示が無かったにもかかわらず、深夜の意思を汲み取って行動したのだ。素晴らしい護衛だ。ぼくが護衛に求めているのはそういう行動。信頼と情、技術以上に、ぼくはそれが護衛には必要だと思っている。彼女にはそれがある。深夜のために尽くし、深夜を守りたい、という意思。
今回の場合、ぼくの発言に深夜が怒りの感情を持つことが分かったのだろう。
「私が逢魔なのですが……まあ、唐突過ぎましたね。順に説明しましょうか」
「その必要はないわ。貴女にもう発言は許さない。その妄言を吐く口を閉じて――寝てなさい」
深夜は魔法を使えない。正確には使うことは命を削ることになる。だから、魔法を
「なっ!?」
魔法を発動させようとした瞬間、彼女は私の背から吹き飛んだ。圧縮した空気が解放され、爆発的な空気が彼女を吹き飛ばしたのだ。原理的には少し違うが、大きい空気砲が目の前で爆発したようなものである。
「このっ!」
女性は即座に立ち上がると、単層の対物障壁を連続的に移動させ、『見えない壁』で私を攻撃する。対象物の座標ではなく、障壁の展開座標を連続的に変更し続けることでこの動く壁を生み出しているのだ。
見えない壁は私の正面、床から天井までピッタリのサイズであり、左と背後は部屋の壁、かわすためには右に抜け出すしかないが、右からは護衛の女性が駆け出してきており、つまり、私に逃げ場はない状況となった。これは、私を囲うというよりも、深夜の元へ私をいかせないための障壁なのだろう。
この障壁自体に私を押し潰す程の威力はなく、彼女自身がこちらへ向かってきていることからも、そう考えるのが自然。護衛故の立ち回りだろう。
しかし――
「消えっ――!?」
そこに、もう私はいない。正確には、本物の私は。
「私が仮装行列を使えることは分かっていたはず。であるならば、私を護衛対象から遠ざけるよりも、貴女が真っ先に護衛対象である深夜の元へ行くべきでした。でないと――この通り、形勢逆転、貴女の護衛対象は人質になってしまいました」
私は深夜の首元から手を回して、後ろ抱きをしていた。座ったままの深夜に、私がそうすると、身長差があるため、私は少し屈む程度で顔の位置が同じ辺りにくる。私のすぐ横に深夜の顔があった。
「達也」
深夜が言うが早いか、少年が私に蹴りを放つ――が。少年の横から発せられた圧縮空気弾によって護衛の女性の元まで吹っ飛んでいく。
「CADも操作していないのにどうしてっ!」
「魔法の発動=CADの操作、という考えは良くないですね。CADは魔法の発動を補助する道具、必須ではありません」
護衛の女性は焦っているのか、声を荒げる。
深夜を助けたいが、この距離に私がいるため手を出せない、と言ったところか。
さあ、どうしますか?人質である
私がそんな風に魔王プレイを楽しんでいると――突如として悪寒が走った。これは魔法的なものではない。所謂第六感の様な、経験からくる、感覚。
その感覚と同時に、少年の目が驚愕に見開かれている。あの少年、私と同系統の異能持ちの可能性が高い。恐らく、私ピンポイントに何らかの魔法を発動したものの、正常に作動しなかったのだろう。どんな魔法かは分からないがこれは危険だ。一度目はこうした不意の魔法も防げるが、タネが分かってしまえば仮装行列を解除する方法はある。例えば彼が私と同系統の異能を持っているのならば、魔法の対象を私ではなく、仮装行列の幻影自体にして、対抗魔法を使えば解除できる。
魔王プレイとか言って油断してると、危ない。
「……穂波、動作の中に魔法を発動する結印を混ぜる技術よ」
深夜がどこか固い表情で、そう伝える。これは人質となっていることでの緊張ではない。何が起きているのか理解できない、未来を全く予測できない、不安からか。
「それはまさか!」
「ええ、お兄様が得意とし、魔法演算領域を占拠されて尚、最強まで上り詰めることが出来た理由の一つよ」
「ですが、その方法は魔法の発動まで時間がかかりますし、結印なんてそんな様子全く――」
護衛の女性――恐らく穂波さんという名前だろう――の言葉を遮って、ぼくは話し始めた。こうした方が手っ取り早く信じてもらえそうだ。
「全ての動作ですよ。ありとあらゆる動作を結印として認識し、さらに魔法発動の寸前で止めておくことで、瞬時に発動できます。基本的にメリットはあまりないので、おすすめはしませんが」
魔法演算領域を占拠されていたことで、まともに魔法が使えなかった
「さて、これで信じて頂けましたかね。自慢になりますが、これが出来るのは
メリットとして、魔法の発動を悟られにくい、CADなしで使えるなどがあるが、修得が面倒で、ぼくが死ぬ間際まで研究していた方法が完成していれば、その方法の方が楽なので、
「貴女、その技術をどこで?」
「だからぼくが逢魔なんだけど……」
深夜とぼくしか知らないような話をしてみるか。ただ一番面倒なパターンが、逢魔が生きていて、ぼくが逢魔から技術やエピソードを教え込まれているのではないか、と疑われるパターン。こうなってしまうと、証明することは難しい。逢魔の頃に出来たことでも、今の体では出来なかったりするから、一度疑われると完全に払拭するのは大変だ。
どうなるか分からないが、とりあえず話すだけ話してみよう。少なくとも、逢魔の関係者と分かれば、敵対されることはないだろう。
そう結論付けた丁度その時、深夜が俯いたまま話し始めた。
「お兄様には癖があるのよ」
深夜の声は震えていた。怯えているわけではない。感極まった様に、熱のある言葉だった。
「焦ったり、考え事をしているとき、必ず耳を触るの――今の貴女のように」
ぼくは、指摘され、無意識に耳を触っていた手を見た。昔からの癖だ。転生したって人格が同じだからか、やってしまうもの。その気が無かったがために、一応は人質であった深夜から片手を離して触ってしまっていたらしい。良くぼくが考え事をしているとき、妹達が真似していた。あまり良いことではないので、真似しないように言ってはいたが、妹達はそれも面白い様で、ついぞ止めることはなかった。
そんな癖だから、深夜はそれを見て、その動作に四葉逢魔を感じたのだろうか。
「お兄様……なの?」
呟くように言いながら、顔を上げた深夜の目は潤んでいた。
あの日、ぼくが死んだ日。泣いている真夜に、その涙を拭って、大丈夫だよって頭を撫でてやりたいと、ずっと思っていた。
深夜だって、辛かっただろう。ぼくは約束を守れなかった。ただ一言、ただいまと言ってやることが出来なかった。
深夜は妹想いだから、強い姉でいようとして、きっと誰にも涙を見せられなかっただろう。悲しいと、辛いと、言うことは出来なかっただろう。誰も涙を拭ってくれる人なんていなかっただろう。
あの日の約束を、果たせたなんて思わない。許さないと言われれば、許してくれるまで謝る。
だから、今だけは、君の涙をぼくに拭わせて欲しい。
「うん。やっと言えるね――ただいま」
30年振りのただいまは、四葉家の星の見えるぼくの別館ではないけれど。
身長もすっかり深夜の方が大きくて、年齢すらも追い越されてしまったけれど。
「おかえりなさいっ!」
涙を浮かべてそう言った深夜が、ぼくには昔のままの12歳の深夜に見えた。
ついに再会。一応、癖の伏線とかこっそり前に張ってました。
さて、物語も新展開に入っていきます。
そして何故か空気になる達也。セリフさえない……。