転生したら妹がブラコン拗らせて独身のアラフォーだった   作:カボチャ自動販売機

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二章〈上〉
20話 解放される深夜


四葉深夜と四葉真夜は双子である。それは生まれた瞬間から、兄の愛情は二等分するしかない、と決定されていたということ。

 

別に真夜のことが嫌いなわけではない。

何をするにも常にもう一人いる、という双子の安心感、楽しいことも悲しいことも、何でも共有できる相手、何ものにも代え難い妹という存在は、深夜にとって大切で、自分達に兄が注いでくれている様に、深夜も不器用ながら、姉として真夜を愛していたのである。

 

真夜は二人からの愛を存分に与えられ、すっかり甘えん坊になってしまったが、深夜は可愛くて仕方がなかった。自分と瓜二つの顔で、同じように育ったはずなのに、こんなにも可愛く思えることが不思議なくらいだった。

 

ただ、そんな真夜が時折眩しく感じていた。

素直に甘えることのできる真夜が羨ましかった。撫でてほしければ頭を突き出し、手を繋ぎたければ、手を差し出せる、そんな真夜が。

 

「おいで」

 

嬉しそうに、それこそ犬なら尻尾を千切れそうなくらい振っていそうな、そんな真夜の頭を撫でながら、逢魔がそう言ってくれるのを、深夜は待っているだけだった。

 

「もっと甘えていいのに」

 

「……別に、気分じゃなかっただけ」

 

可愛らしい返答も出来ない。兄に頭を撫でられている瞬間は深夜が最も幸せな時間で、今だってだらしなく綻びそうな顔を必死で固めているというのに、こんな無愛想なことしか言えやしない。

そんなこと、逢魔は全部分かっていて、それで意地悪げな顔で言うのだ。

 

「じゃあ、もう止める?」

 

「……もうちょっとだけ付き合ってあげる」

 

「そっか」

 

撫でている手をがっちり掴んで、そっぽを向く深夜に、逢魔がクスリッと笑うと、そっぽを向いた先の真夜はニヤニヤと笑っている。それが無性に恥ずかしくて、でも撫でてもらいたくて、結局いつも、深夜は必死で不機嫌そうな顔を作り続けた。勿論、口許はむにむにと嬉しそうに動いているわけだが。

 

懐かしい記憶の中にある深夜はいつだって素直になれない不器用な女の子だった。

 

真夜が兄に笑いかけている時、深夜は無関心を装っていた。

真夜が兄に褒められている時、深夜は私も同じことが出来るわ、と思うだけで声には出さなかった。

真夜が兄に甘えている時、深夜は兄が誘ってくれるまでずっともじもじして、兄を盗み見ていた。

 

真夜が羨ましくて、でも、自分はそうはなれないと知っていた。

 

あの日もそうだった。

逢魔との最後の会話となってしまった、少年少女魔法師交流会出発の日。深夜はただ不機嫌だった。数日、兄に会えないことが寂しくて仕方ないくせに、それを言い出せなくて、兄の腕に抱きついて嬉しそうにする真夜を見て、イライラして。

 

「交流会が終わったら、真夜に内緒で二人で遊びに行こうか」

 

兄はそう言ってくれたのに、深夜は不機嫌な顔のまま頷くだけしか出来なかった。

いってらっしゃい、と聞こえたかも分からない一言しか言えなくて――それが最後の会話になってしまった。

 

何万回も後悔した。

あの日をやり直せるなら全てを差し出しても良いとすら思えた。

 

兄の遺体を前にして、何やら真夜に喚き散らした。

ごめんなさい、ごめんなさい、と壊れたように何度も呟いている真夜を前にして、悲しみと怒りと、良く分からない人生最悪な気分を、叩きつけるように吐き出した。

 

何日も何も食べずに死にかけた。

点滴を打たれながらベッドの上でそれも良いかなと思ったとき、ごめんなさいと謝り続ける真夜の姿が浮かんだ。

自分が真夜の立場だったらどうだろうか。目の前で、自分を庇って兄が死んだら。

胃の中に何も入っていないというのに、その場で吐いてしまった。フラッシュバックする傷ついた兄の遺体。もう頭を撫でてもらうことも、褒めてもらうことも、一緒に出掛けることもできない。

 

それは辛くて、悲しくて、寂しくて、それこそ死にたいくらいの絶望だけれども。

 

兄がそうしてくれたように、自分が真夜を守らなくてはと自然とそう思った。

 

 

「……私は真夜のお姉ちゃんなんだから」

 

 

涙を拭った。もう泣かないと決めたから。でも、悲しいものは悲しいのだ。

 

 

「お兄様、真夜は私が守る……だから、だから、これが本当に最後」

 

 

声を押し殺すようにして泣いた。一生分の涙を流すつもりだった。

本当に最後、そう決めたはずだったのに、深夜はそれから一週間以上、涙を流さない日はなかった。

 

「……私は、許せない。お兄様を殺した大漢も、お兄様に守ってもらうしかなかった自分も、何より――お兄様のいないこの世界がっ」

 

逢魔の死から三年。

真夜の心はもうここにはないのだ、と気がついてはいたが何も出来なかった。

真夜を守る。真夜の前では絶対に涙は見せない。常に気丈に強く厳格な姉であり続ける。

そう決めて、行動してきたが、結局真夜の心に空いた穴は大きすぎて、とても埋められてはいない。深夜自身、真夜を守るという覚悟でなんとか蓋をしているだけで、逢魔を失った穴は全く塞がっていなかった。

 

真夜は復讐心だけを募らせていった。それが逆に真夜を支えていた。そしてそんな真夜を守るという使命感が深夜を支えていた。

 

歪な姉妹関係。それでも深夜は姉であろうとした。真夜、つまりは四葉のために、どんなミッションでもこなした。体がおかしくなってきていることに気がついても、構わずに続けた。

 

このままだと、後十年生きられるかすら怪しい。そう感じたとき、ふと昔のことを思い出した。

 

『二人が結婚して、子供が出来て、お母さんになったら、ぼくはもうお兄ちゃん卒業かな。だってそうなったら二人とも一人前だ。守られる側じゃなくて守る側になるんだから。勿論、ぼくはいつまでも二人を守るけどね』

 

兄がそんなことを言っていたのだ。結局その後、「あ、でも結婚相手は、ぼくよりも強くて、経済力があって、ぼくより二人を愛していて、包容力がないと許さないからね?じゃないとぼく全力で相手の男殴り飛ばしちゃうから」と言い出し、二人して、そんなの絶対無理じゃん!となったのだ。

 

 

結婚してみよう。

 

 

深夜は唐突に思った。もしかしたら兄が殴りに来るんじゃないかとそんなありもしない妄想も多少あったが、兄に認めてもらえる手段があったのだと思うと、もうそうするしかないと、深夜は即座に決めたのだ。

 

結婚した時には何も思わなかったが、子供が生まれたとき、兄が死んでから一度も感じたことのなかった感情が深夜に湧いた。それは幸福だった。幸せ、というものを随分久しぶりに感じた。

大きくなっていくお腹を撫でている時、名前を考えているとき、小さな新しい命をその手で抱き上げた時。

 

『ぼくは二人が生まれた瞬間、今までで一番感動して、嬉しくて、絶対二人に尊敬される兄になろうって決めたんだよ』

 

兄の、その時の気持ちが分かる。兄が側にいる気がする。深夜に、守りたいものが増えた。それがどうしてか、無性に嬉しくて、幸せだった。何でも、やれる気がした。

 

深夜はこうして、姉となり、妻となり、母となったが、それでもどこかでずっと12歳の女の子が居座っている。

真夜が羨ましくて、でもそうなれない不器用な女の子が。

 

「お兄様……なの?」

 

「うん。やっと言えるね――ただいま」

 

 

兄が帰ってくる。そのシチュエーションはもう何度も夢に見た。真夜と二人で一日中玄関で待ち続けたことも一度や二度ではない。その度に現実に打ちのめされてきた。なのに、目の前には、そのありえもしない出来事が展開されていた。

 

深夜が最後に逢魔を見送った四葉家の星の見える別館ではなく、兄は何故か女の子で、子供だけれども。

 

確かに帰ってきたのだ。

四葉逢魔は帰ってきた。

 

 

「おかえりなさいっ!」

 

 

もう二度と言えないと思っていた。その言葉を言った瞬間、深夜の中に居座っていた12歳の女の子が弾けた。飛び付くようにして逢魔に抱き付く。小さくて、柔らかい、昔とは全然違う感触だ。でも、昔と同じように不思議なくらい温かくて、溶けてしまいそうなくらい心地良い。

 

頭を撫でられる。

 

 

「私ね、頑張ったわ。真夜の前ではね、絶対泣かないって決めてたの」

 

「うん」

 

 

自分でも何を言っているのか良く分からない。ただ溢れてしまったものはもう止まりそうになかった。

 

 

「悲しくて寂しくて夜が長くて、でも、私、お姉ちゃんだから、だからっ」

 

「うん」

 

甦る日々は決して良いことばかりではなかった。辛くて厳しくて、何度も泣きそうになったけれど、それでも自分なりに必死でやってきた。兄が命を賭けて守ったものを、真夜を絶対に守る。

その使命は重すぎた。兄が命を賭けなくては守れなかったもの、それを守るために深夜も命を削り続けた。その代償は当たり前だと思っていたし、そうしてでも守りたいと思えた。

 

姉として、生きてきた。

 

 

「もう、良いかな……っ!」

 

 

姉から妹に戻っていく。

 

本当はずっとこうしたかった。

もう一度抱き締めて、撫でてもらえるなら、そう考えない日はなかった。

 

本当はずっと怖かった。

守るものが増えていく度、体が蝕まれていく度、もうそこに死が見えてくると、どうしようもなく怖かった。ただ強がっていただけ。本当の深夜はもうずっと12歳の時から止まったままだったから。

 

それでもずっと姉でいようとした。母でいようとした。涙は堪えて、恐怖は出さず、強く厳格に。なのに――

 

 

「いいよ、ぼくが全部なんとかするから」

 

 

――堪えていたのに、涙はもう止まらない。

30年分の涙が、後悔が、恐怖が、全部流れていく。

 

「大丈夫、ぼくがいるよ」

 

安心する。あんなに怖かったのに、もう死は全く見えない。もう大丈夫なのだ、と根拠もなく思えた。

ずっとこうしていたい。

 

そう思ったとき、ふと深夜の中に冷静な自分がいることに気がついた。そのもう一人の自分が囁くのだ。

 

 

今、兄の存在を知るのは自分だけ。

 

それは、深夜が望んでいたシチュエーションだった。兄を一人占め出来る絶好のチャンス。

ずっと二等分だった愛情を全て受け取れる千載一遇のチャンス。

 

今の深夜は姉であることよりも、妹でありたいのだ。

 

 

――真夜、少しだけ、私が一人占めさせてもらうわね

 

 

深夜のお兄様一人占め計画がこうして動き出そうとしていた。




実は現状三等分になっているという事実をこの時の深夜はまだ知らない……。

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