転生したら妹がブラコン拗らせて独身のアラフォーだった   作:カボチャ自動販売機

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24話 七草家当主と魔王

七草弘一にとって、最も恐ろしいものは?と訊ねられれば答えは一つだ。

 

四葉逢魔。

 

弘一の師にして、元婚約者の兄である人物。弘一の知る限り近接戦闘において最強の魔法師だ。

 

『弘一君は馬鹿だな。見てから動いてるからかわせないんだよ。戦闘中は見ている景色は確認作業、常に考えるのは先の先、そうやって教えてるでしょ』

 

馬鹿はお前だ、と弘一は声を大にして言いたかった。戦闘訓練と称してボコボコにされ、解説、少しの休憩後またボコボコにされ、のループ中、このような逢魔のアドバイスは、理不尽極まりないものであった。弘一は元々武術の心得は殆どない。そんな人間が少し特訓したくらいでその境地に辿り着くわけがないのだ。しかし、四葉逢魔にはそれが分からない。

彼は自身の評価が低すぎる故に、自分に出来ることが、できないわけがないと考える傾向にある。故に、弟子に要求するレベルが結果として高くなるのだ。

 

弘一とて、逢魔が四葉家に冷遇されてきたことは知っている。魔法の才ならば、間違いなく弘一の方が上だろう。但し、それだけなのだ。四葉逢魔という人間はそれ以外に数多の才能を持っている。四葉家という家に生まれなければ、間違いなく稀代の天才としてあらゆる分野で活躍できたはずだ。

実際、彼は既に個人資産で四葉家としての資産を大幅に超える金額を蓄えている。彼が四葉家に留まっているのは、単に妹達のためでしかない。まだまだ魔法師として、自身の魔法を操れているとは言い難い二人にとって四葉家という環境は悪いものではない。そのために、逢魔は冷えきった親子関係でありながらも、未だ家を出ていないのである。

 

そんなシスコンが、妹の婚約者にどのような態度を取るか。その答えは極めて簡単で、訓練と称して日々ボコボコにする。弘一は思った。このままでは死んでしまうと。

しかし、それは七草家としては許されないことである。

 

逢魔から逃げるということは、真夜との婚約を無かったことにするに等しい。弘一と真夜の婚約は逢魔がその気になれば簡単に潰せるのだ。それをしないのは、逢魔が真夜の将来のために、この婚約が有用なものである、と考えているからであり、もしも弘一が逃げ出せば、それは真夜を捨てて逃げたと判断され、逢魔の逆鱗に触れることとなる。如何に七草家とはいえ、四葉逢魔というのは敵対するにはあまりに大き過ぎる存在だった。

 

幸いなことに逢魔が妹達と過ごす時間を少しでも確保するため、弘一が逢魔から訓練を受けるのは、それほど長い時間では無かったのだが、弘一自身はその事を幸運とも何とも思ってはいない。

四葉逢魔という人間は限られた時間の中で最大効率を発揮できる希有な人間だ。修行時間が短かろうが、その分内容が濃くなり、総合的には地獄となる。悪いことに、それで実際弘一の実力は飛躍的に向上した上に、四葉逢魔の弟子という肩書きは大いに役立った。

 

弘一にとっては最も恐るべき魔王であり、最も尊敬すべき師匠であり、最も憧れた英雄だった。

 

だから、逢魔が死んだと聞かされたとき、そんなことはありえないと、心の底から思った。弘一は逢魔が死ぬなど考えてもいなかったし、だからこそ、あの日、逢魔が死んだ少年少女魔法師(マギクラフトチルドレン)交流会で、弘一は襲撃と同時にその場を去ったのだから。

 

『弘一君、Cプランだ。ぼくが相手するから即時撤退、自身の安全を第一優先で行動』

 

 

その指示に疑問は抱かなかった。

もしもの時に備え、逢魔は弘一と真夜に指示を出しており、脱出経路や、それに伴う移動方法、フォーメーションなど事細かに決めて、『プラン』としていた。Cプランとは、敵の狙いが真夜であった場合のプラン。真夜を逢魔が守りながら、弘一は単独で脱出するプランだった。逢魔から指導を受けている弘一は、逢魔は守るものが増える程不利になることは分かっていたし、何より自分がそのデメリットを上回るメリットとして加勢できると自惚れる程馬鹿でもなかった。だから逢魔の指示に従って脱出し、安全と確信出来る場所まで逃走した。

 

その結果、逢魔は死んだ。

 

自分がいたところで変えられたとは思っていない。むしろ状況は悪化した可能性の方が高いだろう。それでも、それでも弘一は考えずにはいられない。

 

あの場で逢魔と共に戦い、そして、二人で拳を突き合わせる、そんな場面を。

 

 

「旦那様、真由美お嬢様と泉美お嬢様がお帰りになられました」

 

 

ドアを叩くノックの音に我に返ると、既に考え事をするには少々長過ぎる時間が過ぎていた。

 

「もうそんな時間か……」

 

急遽ではあるが今日は娘三人と同じ課外活動に参加している生徒が一人、家に来ることになっていた。今はずっと良くなっているものの体調不良で一日寝込んでおり、一人にするのは心配、ということで真由美から連絡があったのだ。

 

深瀬真桜。

驚異的な魔法発動速度を誇る将来有望な魔法師。しかし、ただ優秀なだけではない。弘一はその正体を既に知っていた。

深瀬とは仮の名字であり、本名は真桜=クドウ=シールズ、つまりは九島家の縁者である。

真言は真桜が、九島の名前を隠そうとしていることを知っていながら七草家の当主である弘一には、真桜の家柄を伝えていた。

真桜は、真由美が生徒会長を務めていることからも、少なからず七草の力が及んでいるのは間違いない、と考えていたが、真桜の考えている以上に、七草が学校に及ぼせる影響は大きい。それは実質的に七草弘一こそが学園運営を主導しているからなのだが、そんな学校に真桜を送り込んだ真言の思惑は一つ。

 

七草家とのパイプ作り。

将来的に光宣と婚約するか否かは、現状では確定した未来ではないが、どうなろうとも真桜は九島家の縁者である。さらに言えば、真言が真桜の受け入れを決めた時点では、真桜の実力を把握していなかった。

そのため真言は、真桜を使って次の世代の九島家のために、布石を作るつもりだったのである。

 

真桜の九島の名を隠す行為は、実力を色眼鏡で見て欲しくない、という思春期っぽい理由をでっち上げたものだったが、その程度の理由ならば、弘一には伝えても問題ないと真言が判断した結果だ。

実際、根回し無しで、他家の息のかかった学校に、家の名前を隠して転入させるのは、両家の今後の関係を悪化させかねない行為であるため、こうなることは不思議ではない。実際、弘一に根回しをしていなくては、ここまでスムーズな転入は難しかっただろう。

 

あわよくば真桜を光宣の嫁にしようと企んでいた真言は、体の弱い光宣に代わって、社交を真桜に任せたいと考えている。そのために、まずは十師族の中でも特に社交性に優れた七草と関わりを持たせたかった、というのが、真桜が不本意ながら女子校にぶちこまれた真相である。

 

とはいえ、真言はそのことを真桜には伝えていない。だから真桜は七草家には真桜が九島であることが知られていないと考え行動していたし、実際、七草家でもそのことを知っているのは弘一だけである。真言の要望として、なるべく真桜には九島であることを知っている、というのは伏せてほしいと頼まれていたからだ。

 

それを律儀に守る必要もないのだが、不必要に破るほどのことでもないのは確かだ。そのため、弘一は娘達に伝えていなかったし、真由美や泉美も真桜の話を弘一にはしていなかったため、まさかその真桜が家にまでやって来るとはと、弘一にしてみれば寝耳に水な状況なのである。

 

真桜が意図的に真由美や泉美・香澄と親密になろうとすることは問題ではない。次の世代の魔法師同士で今から繋がりを持つことはむしろ推奨している。ただ、真桜が九島である、ということを隠しているのがこの場合、多少面倒事になるのではないかと思ったのだ。

 

弘一の推測では、真桜は『弘一が真桜が九島であることを知っている』ということを真言から知らされていない。そのために、七草の娘である二人にも自身のことを隠しているのだろう。もし、真言が意図的に知らせていないのだとしたら、それを弘一の口から話してしまうわけにはいかない。しかし、知っていることを知らないと通して、もし真桜が『弘一が真桜が九島であることを知っている』ということを知っていた場合、事態はややこしくなってしまう。

 

弘一が取った行動は、真桜との一対一による対談によってそれを確認する、であった。

 

真桜が本当に実力を色眼鏡で見て欲しくないという理由で九島の姓を隠すのであれば、娘達にさえ知られなければ問題はない。もしそうでないのだとしても、弘一が事実を知っているのには一定の理由がある。最善策は、真桜に一対一の場で、弘一が九島のことを知っているのだと明かすことだと判断したのだ。

 

それは、奇しくも真桜にとって願ってもないチャンスなのだから、事はスムーズに進んだ。

いや、進んでしまった、というべきか。

 

「あっさり組敷かれてしまうとは情けない、これは少々鍛え直さなくてはですね」

 

娘達に断って、真桜と二人になった弘一は、軽く挨拶程度の話をして、本題である『真桜が九島であることを知っている』という事実を伝えたのであるが、それに対する真桜の反応は弘一の想定していたどれとも違った。

即ち、手首を取って、音もなく弘一を地面に叩きつけたのである。痛みはない。真桜の卓越した技術によって、ふわりと転がされるように伏したからだ。手首を完全に押さえられ、体重をかけられれば大の大人でも容易には振り払えない。

弘一はそのことを重々承知していた上に、全身が驚きに支配され、身動ぎ一つせず、ゆっくり確かめるように、言葉を紡ぎ出す。

 

 

「何故……何故、君がこの技を……?」

 

 

不幸なことに、弘一はこの技を優に数百回は食らっていた。その経験から技の特徴を理解している弘一が知る限り、こんなことが出来るのはただ一人であり、この技はその一人が生み出したもの。

他の誰にも出来るわけがない。

 

掴み払う動作と同時に魔法を発動させ、音もなく相手を昏倒に追い込む卓越した神業なのだから。

 

「私が生み出したのですから、私が使えないというのはおかしな話ではないですか?」

 

「この技は四葉逢魔、黄昏の魔王が生み出した技の一つだ。この私が、それを間違えるわけがない」

 

真桜が逢魔と全く同じ様な技を生み出す可能性は決して0ではない。逢魔の技でさえ、本来、達人とされるような武道に生涯を懸けた人間が至る技を、魔法によって再現しているに過ぎない。その原理、動作は気の遠くなるほど昔から存在するものだ。しかし、それを極自然に行えるのは逢魔をおいて他にはいない。何故ならこの技術には、CADの操作を挟まずに、動作の中に魔法の発動コマンドを含ませるという到底現代の魔法師には無縁の技術が必要なのだから。

この技術を、これ程の精度で、素早く、どの動作に含まれていたのかすら悟られずに行えるのは、世界広しといえども、四葉逢魔しか考えられない。

 

つまり、どれ程武道の才があろうと、どれ程魔法の才があろうと、この技には至らない。

これは、神に愛されながら、魔法の才だけを与えられなかった四葉逢魔だからこその技なのだから。

 

その技を真桜が使えるとするならば、それは四葉逢魔本人から指導を受けた、という以外には考えられない。しかしそれはありえないことで。

 

弘一が思考を巡らせるのを、真桜は面白そうに見下ろしていたが、時間をかけるつもりはないのだろう。あっさり言い放った。

 

 

「そうですよ、この技を生み出したのは紛れもなく、四葉さん家の逢魔君で間違いないです」

 

「ならば君の言っていることは矛盾――」

 

この時点で、弘一に一切の落ち度はない。

何の前触れもなくもたらされた状況下で、むしろ良く考えていた方であろう。だから、弘一の考える予測の中にそんなことはまずなかったことであるし、何より弘一にとって、四葉逢魔という人間は最も恐るべき魔王であり、最も尊敬すべき師匠であり、最も憧れた英雄であるのだから。

 

故に――

 

 

「ですから――私が四葉逢魔だと言っているんですよ」

 

 

――俺の師匠がこんなに可愛いわけがない、とそんなラノベみたいなことを考えてしまったことも致し方ないのだろう。

 

くすくすと唖然とした顔の弘一を、相変わらず見下ろしながら、悪戯に成功した小悪魔のような笑みを浮かべている真桜は、それほどまでに、可愛らしかったのだから。




逢魔の過去とか話のテンポ的にあまり入れられないけど、めっちゃ書くの楽しいというジレンマ。まあ妹可愛がったり、弟子可愛がったり(物理)するだけなんですけどね!

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