転生したら妹がブラコン拗らせて独身のアラフォーだった   作:カボチャ自動販売機

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最初に言っておくと、弘一君には本当にすまないと思っている。


26話 弁護士な魔王

「それはどういうことですかっ!?」

 

「わっ」

 

突然、弘一君が、ガバッと勢い良く起き上がったことで、当然ながらその背に乗っていたぼくはひっくり返りそうになった。

なんとか床に手を置いて、その反動で立ち上がり、無様に尻餅をつくことはなかったものの、人が真剣に話しているときに、驚かすのは人としてどうなんだろうか。

 

「おい、人が上に乗ってんの忘れないでくれないかな?」

 

足技で床に這いつくばらせ、そのまま足で頭を踏みながら、笑顔で言う。べぶっ!?と情けない声を上げながら床に沈む様はぼくの溜飲を下げる、気持ちの良いものだった。

 

「普通は人の上には乗らないかと……」

 

「ぼくは反抗的な弟子は嫌いだよ」

 

「すいませんでした」

 

不満そうな顔でぼそりと言ってきたので、笑顔を強めて言い放つ。

弘一君は床に這いつくばったまま即座に頭を下げる。土下座のような姿勢である。別に怒ってはいないが、なんかこう、ぞくぞくするので、このまま続行。

 

「そんな引き釣った顔で言われてもなー、ほら、笑って笑って」

 

靴は脱いでいるため痛くはないだろうが、良い歳した大人がぼくのような少女に踏みつけられて笑っている、というのは自分でやらせておいて、これはないな、とドン引きする光景だった。変なテンションになってしまったが、これは弘一君との師弟の戯れなので別に本気でやっているわけではない。教育である。愛の鞭である。だから楽しんでなんかいないよ。

 

さて、話は変わるのだがぼくは常に眼の力を索敵に使っており、不意打ちに備えている。しかしながら、ぼくもまだ眼の力を十分に使いこなしているとは言いがたい現状、無意識下での索敵では、敵意を感知するのが精一杯だ。そのため完全防音のこの部屋では外の様子を窺い知ることが出来ず――不幸なことに、ノックもなく部屋のドアが開け放たれてしまった。

 

「お父様、そろそろ――えっ?」

 

「えっ?」

 

「えっ?」

 

 

目からハイライトを消して無の表情で固まる真由美さん。

引きつった笑みのままシャワーでも浴びたのかなというくらいに冷や汗を流しながら固まる弘一君とぼく。

 

静寂が数十秒。ぼくは一瞬にして状況を察した。眼の力を意識的に使い、この空間を解析した結果、分かったのであるが。

真由美さんの目の前に広がっている光景を簡単にまとめよう。

 

下級生の女子に土下座のまま頭を踏まれて尚、笑顔で顔を地面につけている父親、である。

 

ぼくは我が身可愛さで、少し自分の体を体を抱くような姿勢で弱々しく、涙目で言った。

 

「やって欲しいとせがまれましたので」

 

これが師匠からの試練だ。

そんなことを思いながら、ぼくは、絶望した顔をしている弘一君から、そっと目を逸らした。

 

 

 

 

「真桜さん、私は貴女の味方よ。だから正直に答えて」

 

真由美さんが真剣な顔で見つめてくる。

応接室――先程まで弘一君と密談していた部屋――での大事故から十数分。弘一君がなんとか絞り出した言い訳シチュエーションはこうだ。

 

私が盛大に転けて、弘一君が支えようとして転倒、弘一君のおかげで転倒を免れたものの、私はその勢いで弘一君の頭を踏んでしまった。本当ならぶちギレものだが、優しい弘一君は笑顔で許した。

 

無理があるよっ!どんな偶然でそんなことが起きるんだよ!踏まれても笑顔って、それは聖人じゃなくて変人だよ!

 

しかし、こうなってしまった原因は完全に私。ここは何とかこの嘘に乗っかりフォローしなくてはならない。このままでは弘一君は、女子中学生に踏まれて喜んでいた変態だと娘に思われてしまう。それはあまりに悲しすぎる!私が作り出した冤罪だ。ここは弁護士資格を持っていた逢魔さんの知識を総動員し、無罪を勝ち取ってみせるっ!

 

「真由美さんのお父様がおっしゃっていたことに間違いございません。先程は混乱してあのようなことを口走ってしまいましたが、大変失礼なことをしてしまいました。後程、私の方から謝罪させて下さい」

 

申し訳なさそうな顔を作りつつ、真由美さんの表情を伺う。真由美さんは哀れむような目で私を見ていた。おやー?

 

「そうよね、すぐに話すなんて無理よね……ごめんなさい、私が家へ連れてきたばかりに、貴女の心に傷をつけてしまったわ……もう、なんて謝罪したら良いか」

 

涙目で私の頭にそっと手を置いてそう震える声で話す真由美さん。私の言葉は怖くて正直に話せないだけ、ということで処理されてしまったらしい。おい、弘一君!君、娘に微塵も信頼されてないぞ!もう有罪確定してるよ!

裁判官が最初から有罪と決めつけているという最悪の状況、こいつはいくら逢魔さんでも無理ゲーである。

 

もう諦めようかな。そんな気持ちに揺れはしたが、今後の付き合いを考えるとそういうわけにもいかない。弘一君には頼みたいこともあるし、ここはもう少し頑張ってあげますか。まあ、原因は私なんですけど。

 

 

「本当に強要されたりはしていないんですよ。もうすっかり良くなったと思っていたのですが、急にふらついてしまって」

 

「本当に本当?変なこと頼まれたり、されたりしていないのね?」

 

「はい、誓って何も」

 

私が真由美さんの目を見てそう答えて数秒。やっと私の話を受け入れてくれたのか、真由美さんが、はぁーっと大きく息を吐いて、溶けるようにソファで姿勢を崩した。額には僅かに汗が滲んでおり、緊張から体が火照っているのかパタパタと手で仰いでいる。

 

「もう七草家は終わりだと思ったわ」

 

「真由美さんはもう少しお父様を信頼してあげるべきかと」

 

呆れた様な目を向ければ、真由美さんは気まずそうに目を逸らして口を尖らせる。

 

「うぅ、だってあの状況よ?女の子に践まれて笑ってるのよ?変な趣味があって、下から下着覗いて鼻の下伸ばしている様にしか見えないじゃない」

 

思春期の娘に見られてはならない姿だったのは間違いないが、言葉通りの蔑む様な目が、弘一君の疑いがまだ完全に払拭されたわけではないのだと物語っている。

そりゃ中学生の娘からしてみれば、あんな父親の姿は誤解だと言われて割り切れるものじゃない。トラウマものの光景だ。弘一君はまあ別にどうでもいいが、真由美さんには本当に申し訳ないことをしたと思っている。何とか払拭してあげたいが、この様子では難しそうだ。

 

うん、頑張れ弘一君!後は君の娘からの好感度に掛かっているぞ!

そんな感じで丸投げを決め込みたいが、私には弘一君にそこまでの好感度があるようには思えない。尊敬されていないわけではないのだろうが、世間一般的に女子中学生から向けられる感情は父親にとって世知辛いものである。弘一君もそこから外れているようには思えず、だからこそ、この冤罪は本人の力では一生払拭できないだろう。ここで私が頑張らなくては、もうずっと弘一君は娘からの謂れのない冷たい視線を浴び続けなくてはならなくなる。弟子がそんな可哀想な上に、それが私のせいというのは目覚めが悪い。仕方ないので一肌脱ぐとしようか。

 

「私は自分の両親があまり好きではないので、真由美さんにはそうあって欲しくないです」

 

「えっ?」

 

本心からの言葉だ。私は真桜としても逢魔としても、両親とは上手くいっていなかった。

 

逢魔の時は血の繋がりが憎かった時期すらもあった。何をしても、まともに魔法の使えない出来損ないと、疎まれ蔑まれていたからだ。やがて妹達が生まれると、それは無関心へと変わり、父が死んだと分かった時でさえ何の感情も湧かなかった。

 

真桜としての今は、両親が憎いとか、疎まれているとか、そんなことはなく、人並みに感謝もしているが、決して上手くいっているとは言えないだろう。会話も殆んど無かったし、私はそんな愛情を失っていく両親に気が付いていながら、逢魔としての経験が無意識にそうさせたのか、まあそういうものかと納得していた節さえあった。

 

私にとっては家族とは妹だけで、だから人並みの家庭というものには実は少しだけ憧れがあって。

 

穂波さんにも家族とか思ってしまったり、そういうものを求めている自分が実はいたりするのだろう。

 

「家族とは最も最初に結ばれる絆であり、最後の時まで繋がっているべき尊いものだと思います」

 

父、母、子、兄弟。

それは人が生まれたとき最初に出来上がる人間関係でありコミュニティであり、家族だ。生まれてから死ぬまでずっと切れないその縁を大切にできるというのは素晴らしいことなんだと思う。

 

だから私も今世では両親に無関心でいるのは止めようと思っている。無関心のまま放り投げてしまうにはあまりに勿体ない、そう死んで気がついた。

 

何年かかるか分からない。もしかしたら父も母も別の家庭を持つかもしれない。それでも私にとっての両親は変わることなく、そしてリーナにとっての両親も変わることはない。その不変の繋がりを、愛のある尊いものにできたのなら。それはとても幸せなんじゃなかろうかと、思うのだ。

 

「後輩からのアドバイスで大変恐縮ではあるのですが、貴女のお父様との思い出を一度振り返って頂きたいのです。その上で貴女に残った感情こそを信じてほしいのです」

 

これでも尚、弘一君が蔑まれるというのなら、それは日頃の行いのせいだ。甘んじて娘から冷遇されるといい。遅かれ早かれそうなっていたよ、うん。

私はもう十分やりきったので、これでダメだったらもう知りません。私も弘一君を変態扱いしたいと思います。無責任だとか、お前のせいだろとか、そんな言葉は聞こえません。

 

私は真由美さんが無言で過去を振り返っている間、そうして言い訳を並べてはこの案件をここで放り投げることを正当化していた。

正直、別に私が困るわけではないし、もう良いかなってそう思うわけです。

 

勿論、何の勝算もなく言ったわけではなく、真由美さんの心理的状況を考えてのことだ。

七草家も家庭としては複雑な部類だ。母親の違う兄弟、魔法という家業、凡そ一般的ではない要素がある。そんな環境の中で今、真由美さんは弘一君に対して、失望した、というニュアンスの感情を抱いている。

それは逆に、失望するだけの好感を抱いていたということだ。

その好感の部分を思い出させることで、失望を打ち消してもらおう、という考えも一応あるのだ。

 

まあそれも、弘一君の好感度が低かったら意味はないので分が悪い賭けなのだが。

判決は今、弘一君のお父さん力にかかっている、というわけだ。

 

 

「――真桜さん、やはりお父様のおっしゃっていたことが正しい……そう思うことにしても良いかしら」

 

 

弘一君、中々良い子育てをしていた様だね。

苦笑いのような照れ笑いのような、そんな顔で言う真由美さんに私は微笑む。

 

「ええ、元々それが真実でしかないのですから、今回のことは不慮の事故、と思っていただいて構いません」

 

何とか師匠として弟子を守り切れたようだ。

 

「じゃあこの話はここまでにして、部屋を移動しましょう。泉美ちゃんが、看病する!と張り切って待っていますから」

 

「もうすっかり良くなりましたので、そこまでしていただかなくても」

 

「ふふ、看病でなくても、泉美ちゃんは首を長くして待っているわよ。泉美ちゃん、すっかり私じゃなくて真桜さんの妹みたい」

 

仮病で看病なんてしてもらったら罪悪感で死んでしまうので断り、そしてあわよくばここで帰ろうと思ったのだが、どうやらまだ七草家でお世話になるしかないらしい。

無意識にだろうが少し拗ねたような表情をしている真由美さんには微笑ましい気持ちになるが、フォローしておくのが大人の対応という奴だろう。

 

「そんな、やはり泉美さんのお姉様は真由美さんにしか務まりませんよ。いつも仲睦まじい様子を羨ましく思っています。私の妹はUSNAに残っておりますので」

 

「そっか、真桜さんにも妹さんがいるものね。泉美ちゃん押し付けちゃ悪いわよね」

 

口ではそんなことを言っているが、頬を赤くして照れている真由美さんが可愛い。貴女が泉美ちゃんのお姉ちゃんとして一番相応しい、という私の気持ちはストレートに伝わったようだ。

ああ、口に出してしまったからかリーナが恋しくなってしまった。まだ別れてからそんなに経っていないというのに。あの黄金色の髪を撫でたり結んだりしたい。お姉ちゃんって甘えられたい。

うう、泉美ちゃん、頼んだら頭撫でさせてくれるかな。

 

「それじゃあ行きましょうか、泉美ちゃんが待ちくたびれてるわよ」

 

私は、真由美さんに促されるまま部屋を出た。途中、応接室のドアの隙間から弘一君が覗いているのが見えたので、グッとサムズアップをしておく。

しっかりフォローしといたぜ、という意味を込めたのだが、何故か弘一君は涙目である。もしや、私も師匠としての信頼がないのだろうか。

ムカついたので、そのまま意味もなくサムズアップをひっくり返して笑顔。弘一君は泣いた。気分が良かった。

 

 

「真桜先輩!随分遅かった様ですが、体調はいかがでしょう?」

 

「ご心配お掛けしました。この通りすっかり良くなったのですが……一つお願いが」

 

 

この後、めちゃくちゃ泉美ちゃんを撫で回した。満足した。

 

真由美さん、そんな羨ましそうな顔されても、流石に先輩は撫でられませんよ?

別にそのもじもじ顔が可愛いから撫でないわけではないのです、礼節をわきまえてのことなのです。

 

 

 

ふぅ、七草邸、最高でした。




過去の謎が謎のままになってしまいましたが、物語に大きく絡んでくる部分ですので今後の展開にご期待ください。

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