転生したら妹がブラコン拗らせて独身のアラフォーだった   作:カボチャ自動販売機

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27話 響子と真桜

七草邸で夕食までご馳走になってしまった。流石は社交の七草と言うべきか、若年者だけで気軽に食事が出来るような部屋が用意されており、そこで泉美ちゃんと真由美さん、帰ってきた香澄ちゃんと食事を楽しんだ。

気絶していて昼食を食べていなかったため、正直夕食はありがたかった。大変美味しかったです。

 

深夜と再会し、その息子に驚いて気絶し、七草邸で弘一君を変態にして、と怒濤の一日であったがまだやらなくてはならないことがある。

 

――響子さんに、私との関係をハッキリ決断してもらうこと。

 

車で家まで送ってもらったのだが、私はそのまま家には帰らず、夜道を歩いていた。

控え目な街灯と、あまり良く見えない星空。暗い夜道を歩いていると考えがまとまる気がした。

 

まだ日本に来てから一月も経っていないのだが、今の生活を悪くないと思っている自分がいる。深夜の治療が目的だったが、その過程で手に入れたものは私にとってかけがえのないものになっているらしかった。

 

新鮮な学校生活に、課外授業、可愛い後輩と先輩、同級生の友達が出来ないことは未だ悩みではあるが、クラスメイトとも最近は交友を深めている。

移動教室を一緒にしたり、放課後や休みの日に遊びへ誘ってくれたりすることも夢ではないはずだ。体育で誰かと組むのに一番最後に露骨に気を使われながら組んでもらうなんてことはもうないはずだ。手を組んでストレッチするのに、そんなビクビクしなくても、私ちゃんと手洗ってるから!うう、早くぼっちを脱したい。

 

楽しいはずの思い出を思い浮かべていたはずなのに、若干凹まされたが、そういう出来事の全てが私にとっては大切で、忘れられない宝物だ。

 

その中に、響子さんもしっかりいるのだ。

 

日本へ来てから一番長い時間を一緒に過ごした。一緒に寝たこともある。夕食は今日まで必ず一緒だった。朝だってなるべく一緒に食べる。

 

私の今持っている服は殆んど響子さんが選んだものだ。服といえば制服姿の写真をいっぱい撮られた。光宣にも送られた、辛い。毎日私服を撮られる。やはり私のセンスは最高ね、と自画自賛しながらパシャパシャする響子さんはもう恒例になっていた。ポーズをとらせるの止めてください、そもそも部屋着は楽させてください。

 

家族のルールも作った。10数個もあるそれは家族チックで密かに気に入ってたりもするが、殆んどが響子さんの私情だったり、私を縛るもので、頭を悩まされた。お小遣い500円は本当酷いと思います。

 

 

そうして考え事をしながら歩いていると、もう家の周りを何周もしていた。時間にして一時間と少しだろう。もういい加減覚悟を決めなくては。

日本での暮らしは楽しい。このまま続けばいいのにと、そんなことすら思ってしまう。

 

でも目的を忘れてはいけない。私は、いや、ぼく(・・)は深夜を治療するために日本へ来た。ならばその障害となるものは排除しなくてはならない。

 

たとえ、この楽しくて、恋しい、夢のような時間が終わってしまうのだとしても。

 

 

 

私が帰宅すると同時に響子さんは玄関にやって来た。いつものように笑顔で、ただいま、と少し子供っぽいくらい大袈裟に言えたなら、どんなに良かっただろうか。

 

私がいつもと違う雰囲気であることを察したのだろう。真剣な眼差しで私を見つめる。

 

「何か話がありそうね」

 

「はい、響子さんには今日この場で選んでもらうことになります。敵対か、友好か」

 

響子さんが後退る。今まで私は響子さんに明確な敵意を向けたことはない。監視者と監視対象、そんな関係でありながら同居人として仲睦まじい生活が成立していたのは、お互いに相手を許容し受け入れていたからだ。踏み込むラインを明確にし、触れてはならない場所を弁えていた。今の私はそれを全て取っ払い、この場にいる。

 

「……私、個人としては友好だけれど、貴女の求めている回答はそうではないのね?」

 

「はい。私としても個人的には響子さんには好意を持っていますが、それはこの場合考慮すべき点ではありませんね」

 

お互いがお互いのことをどう思っているか、それは同居する上では大切なことだが、今私が求めているのは、そうした個人的好意による回答ではない。今の二人の会話によって、好意の前提が破壊されているのだから。

 

「つまりそれは、貴女は九島の陣営ではない、ということになるけれど、そういう解釈でいいのかしら?」

 

お互いに九島である、という前提。それが崩れるのであれば、もうお互いの感情による正否は関係がない。今の私は九島にとって、明確に敵でなくとも、味方ではない状態ということ。

私の質問の意図は至ってシンプル。

 

九島に付くか、私に付くか、だ。

 

「その通りです。但し、私は九島に敵対する意思はありませんし、もし九島として何らかの義務を課す、というのならば、それはしっかり果たします」

 

いかに自分が四葉逢魔の転生後という特殊な状況であっても真桜が九島に生まれたことは正真正銘の事実。その義務は果たす気でいるし、敵対しないのであれば、勿論優遇する。別に私は九島が憎いわけでもないのだから。

 

「何故、今なの?正直、私はまだ貴女が何に関わっているのか、何をしようとしているのか、何も分かっていないわよ?」

 

「だからですよ。貴女に知られていないということは、九島にも知られていないということ。貴女を引き込むなら情報が流れる前でなくては意味がないでしょ」

 

「強引すぎるわね。九島か、貴女か、選ぶ以前に情報が少なすぎる。精査するための情報もないのだから選ぶ以前の問題よ。貴女はまだ選択肢を提示できてもいない」

 

そういう結論に至るのは当然だろう。穴だらけの情報と抽象的な表現。

これでは中身の分からない箱を渡されて、くじを引け、と言っているのとさして変わらない。メリットもデメリットも開けてみるまで分からないのでは、交渉において選択肢とは呼べない。

 

情報を開示することはできない。だから私はただメリットを提示する。

 

「では、情報ではなく、明確な報酬ではどうでしょう」

 

「報酬?」

 

「――もし、響子さんが私に付いてくれたなら、光宣の体質を治療しましょう」

 

光宣の体質を知った時から考えていたことだ。根本的な原因も症状も違うが、深夜の治療に用いる魔法を応用して治療できるはすだ。机上の空論ではあるが、深夜の治療によって魔法が完成すれば、そのデータから光宣の治療用魔法を作れる。

自慢ではないが私以外に光宣を治せる者は現れないだろう。

30年前に深夜のためにしていた研究分野について、転生してから少し調べたが、まるで発展していない。秘匿されているだけかもしれないが、秘匿されて研究されている段階では、光宣の治療が上手くいくまでに何年かかるか分かったものではない。

 

つまり、数年以内に光宣を治療できるのは私だけだということ。

 

 

「っ!?そんなこと、出来るはずがないっ」

 

「勿論、100%ではありません。ですが、理論上十分可能です。そして、その方法は現状、私にしか不可能です」

 

最低だと罵るならそれは正しい。謂わばこれは響子さんの情を、良心を、利用する交渉だ。響子さんは光宣を見捨てられない。これまでの生活の中で、私は響子さんが光宣に確かな愛情を持っていることを確信している。それは私がリーナや深夜、真夜に向けるような愛情。

 

姉弟愛。

 

私が最も大切にしているものですら、私は利用しようというのだ。それも、響子さんの選択肢を強制する形で。私にとって『家族』以外の全ては切り捨てられるものだ。それは自分のポリシーやアイデンティティでさえ例外ではない。私は自分を全知全能と傲るほど愚かではないから。だから、一番大切なものを確実に守るために、その他を捨てる覚悟を持つ。

 

「――真桜ちゃんは卑怯ね」

 

響子さんの表情は俯いていて分からない。それでも、もう戻れないところまできてしまったのだということは分かる。全部覚悟していたことだ。私は、響子さんにどう思われようとも、妹のためならば突き進む。

 

「私は、私の守りたい物のためにならどれだけでも切り捨てます。たとえ、貴女の感情を利用するような行為でも平気で――」

 

「違うわよっ、そうではないわ。そうではなくて、だって――」

 

私の言葉を遮るように、響子さんが声を荒げた。怒鳴られて当然だと思っていた私は、響子さんの顔を見て、遮られた言葉の続きが吹き飛んでしまった。怒りの表情、蔑みの表情、軽蔑の表情、そんな顔ばかり想像していたのに、俯いていた顔を上げた響子さんの顔は、酷く悲しそうで、それでいて慈しむようでもあって。

 

「――そんな顔されたら、貴女と敵対なんてできないもの」

 

「えっ?」

 

頬を涙が伝っていた。器用に左目からだけ、止めどなく涙が溢れてくる。気がついてしまうと、もうダメだった。心が乱される。平常でいられなくなる。――涙が止まらなくなる。

 

「そんな泣きそうな顔で、すがるような顔で、精一杯強がっちゃってっ!そんなのずるいでしょ!どうしたって私には無視できないじゃないっ!」

 

がむしゃらに叫ぶ響子さんが、少しずつ私に近づいてきている。距離を詰めさせては駄目だ。私と響子さんはもう今までみたいな関係ではいられないのだから。分かってる、分かっているのにそれでも響子さんの歩みを止められない。この場を一歩も動けない。

 

ぎゅっと、体が抱き締められる。温かくて、柔らかい。

 

「悲しいときは、泣くのが良いんでしょ?私でよければ、何時間でも、何日でも付き合うわよ?」

 

真桜を見てくれている。真桜の側にいてくれる。響子さんは、逢魔ではなく、真桜の、初めて甘えられる人だった。

優しくて非情になりきれない、芯は強いのに、甘過ぎるくらいに情に弱いこの人が、真桜は大好きだったのだ。

 

「もう、戻れませんよ?私は貴女を離しませんよ?」

 

「知らなかったの?私もう、最初に会った日からすっかり真桜ちゃんに捕まっちゃってるのよ?」

 

優しく笑う響子さんは、小さな子供をあやすような、そんな表情で少し恥ずかしかったが、もう少しだけこのままでいたいと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ようこそ響子さん、四葉家(・・・)へ」

 

「へ?」

 

「もう逃げられませんよー?」

 

とびきりの笑顔で言いながら、私は呆ける響子さんの手を、強く握り締めた。

 





響子さん、確保……。
君たち、ここ、玄関なんだよな……。

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