転生したら妹がブラコン拗らせて独身のアラフォーだった   作:カボチャ自動販売機

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日常回ほど文字数が多くなる法則。
今作最長な上に、めちゃくちゃ筆が進んだ……。楽しかった。

真桜と深夜が再会した翌日の話です。


28話 司波深雪は困惑する

司波深雪にとって、母は絶対的存在であった。母親としては欠落している部分もあったが、深雪は母のことを好きで、尊敬もしているが、それとは別の側面として、自身よりも上の絶対強者としてのイメージがあった。病によって弱っていてもそれは変わらず、深雪にとって母の命令は絶対であり、兄を本当の意味で兄と認識し、敬愛している今でも、時折母親に逆らっているのだ、という恐怖はつきまとう。

 

その母が、最近おかしい。

 

 

「穂波、どこ行ってたのよ」

 

「夕食の買い物ですよ」

 

「そんなの届けさせれば良いでしょうに、ほら、ここにいなさい」

 

「駄目です、これからご夕食の準備がありますから」

 

「むぅ、なら私もキッチンに行くわ」

 

そわそわしていると思ったら、どうやら穂波がいないことを気にしていたということらしい。達也が家にいる間は、穂波が買い出しやその他の所用で出掛けることも少なくなく、深雪の記憶では、以前までは特に気にしている様子もなかったはずなのだが、何度も窓の外を見たり、うろうろしたりと、穂波がいない間、深夜は落ち着きなく過ごしていた。

穂波が帰ってくると、ぱっと表情を明るくするが、すぐに引き締める。しかし、穂波がつれない態度を取ると頬を膨らませた。

 

「邪魔になりますから、ここで座ってて下さい」

 

「な、何よそれ主に向かって!」

 

「じゃあキッチンで何か手伝っていただけるんですか?」

 

「味見をするわ」

 

「はい、大人しく座ってて下さいねー」

 

「なんでよっ!」

 

味見をするわ、とドヤ顔で答えたものの、にっこりと笑った穂波に両肩を押さえられて、そのまま座らされてしまう。味見役など実質ただのつまみ食い要員なため当然、邪魔でしかないのだが、深夜はぶーぶーと去っていく穂波に不満を投げ掛け続けた。

 

「あら深雪さん、どうかしたの?まだ夕食には早いわよ?」

 

ここでやっと深夜をじっと見つめる深雪に気がついた深夜が、男ならばすぐに魅了されてしまうであろう大人の色気がある魔性の微笑みを浮かべながら言う。

 

「お母様、随分と穂波さんと、その、親しげですね」

 

「えっ、変なこと聞くのね。もう穂波が守護者になって5年よ?親しくて当然だわ」

 

いやいやいや、絶対おかしい、と深雪は思ったが、心底不思議そうな表情で深夜が言うため、もしや自分の勘違いなのでは、と思ってしまう。自分が意識していなかっただけで、実は前からこんなだったのではないかと。

 

「穂波、私今日はパスタが良いわ」

 

「えー、もう作り始めてますよ。食材も買ってきてますし」

 

「何を作ってるの?」

 

司波家のキッチンはアイランドキッチンだ。深夜と深雪が話しているリビングとは特に仕切られておらず、キッチンの様子が見える。深夜の突然の注文に、穂波は呆れ気味に手に持ったベーコンの塊を掲げた。

すると、深夜は穂波が何を作っているのか気になったのか、それをそのまま言葉にしながら立ち上がる。

 

「キッシュです。今もう生地捏ね始めてるところですね」

 

「チーズは?」

 

「載せますけど」

 

「じゃあ許すわ」

 

キッシュとはフランスの郷土料理。

パイもしくはタルト生地で作った器の中に、卵、生クリームなどの乳製品を混ぜたもの、肉や野菜、魚などの具材を加え焼き上げる料理だ。一般的に焼き上げる前に、チーズをたっぷり載せて蓋をするのであるが、中の具材や作り方が数多ある料理であるため、チーズを使わないものも、多く存在する。深夜としてはチーズがたっぷり載っているのが好みで、そうならばパスタじゃなくても良いかな、という自らの気まぐれを覆しただけで、誰に許しを乞われたわけでもないのだが、大層偉そうに許した。

 

台所の上には食材がいくつか置いてある他、ボウルに作りかけの生地が入っていた。穂波の横にやってきて、それを見た深夜が、チーズが無いことに気がついたものの、後から載せることを知って、満足げに、うんうんと頷いた。自分からワガママを言い出したにも関わらず、偉そうな態度で頷く深夜にイラッとした穂波は、それをそのまま口に出す。

 

「なんで上からなんですか」

 

「私が主だから上に決まってるじゃない。ところで、それなら私にも出来そうね、手伝うわよ」

 

穂波に真顔でそう返すと、ボウルを両手で持って、やる気満々の表情を見せる。が、穂波としては深夜が手伝いに入ることで面倒事が増えるのは明白。

 

「えっ、倍時間かかりそうなんで座ってて下さい」

 

「馬鹿にしてるわよねっ!?私だって生地捏ねるくらいできるわよっ!」

 

生地の入ったボウルを大事そうに懐へ隠してしまった深夜に、もうこれは何を言っても無駄だと悟った穂波は深夜の手伝いを受け入れることにした。

 

「分かりましたよ、じゃあ手をしっかり洗ってやってくださいね」

 

「任せなさい」

 

鼻歌でも歌いそうなくらいご機嫌で手を洗い始めた深夜に、まあこれもいいか、と穂波は微笑む。

 

その様子をじっと見ていた深雪は、心で叫んだ。

 

――絶対おかしいですよね!?私、何を見せられてるんでしょうかっ!?、と。

 

下世話な言い方をするならば、ずっと娘の前でイチャイチャしているのである。父と母は基本的に話すことさえ希なので、深雪としてはこれをイチャイチャと言わずして何を言うのか、とすら思うレベルだ。

 

「穂波、何してるの?」

 

「深夜様が食べたいと言っていたのでミネストローネのスープパスタを作ってます。これならキッシュと一緒に食べられますよ」

 

「えー、とか言っていたのに結局作るなんて、穂波ツンデレね」

 

「深夜様にだけは言われたくないんですがっ!?」

 

ベタベタとしながら料理を作っている二人は深雪ですら入り込めない桃色の空間を生成している。深雪は必死に記憶を探ってみるが昨日までは普通だったはずだ。いや、正確には穂波は普通だった、と言うべきか。深雪は朝から学校へ行き、放課後は夜遅くまで習い事があった。夕食の時間が深夜とはズレ、深雪が帰ってきた頃には深夜は既に眠っていたのだ。

ここで深雪は気がついた。いつもなら深夜は深雪が帰ってくるまで寝ていなかった、ということに。深夜は入退院を繰り返しており、家にいないことも多いため、失念していた。

 

しかし、それがこの二人の急激な進展にどのような影響があるのかなど、分かるわけもなく謎は深まるばかりだ。

 

「ほら穂波、捏ね終わったわよ」

 

「では棒で伸ばして型に入れてください」

 

このまま二人のイチャイチャクッキングを見ていると何やら精神が削られていく気がしたため、深雪は戦略的撤退を選択し、リビングを出た。

向かうのは兄の部屋である。つい最近まで兄妹としての会話すらない状態で、未だ、ぎこちない兄妹関係であったが、この状況の理由を達也なら知っているかもしれない。兄の部屋を訪れるのは緊張するが、この混乱から脱するためには勇気を出すべきだと思ったのだ。

 

「お兄様、深雪です。いらっしゃいますか?」

 

『ああ、入って良いよ』

 

ドアの前で深呼吸をして、ノックをすると、中から自然で優しい達也の返事が聞こえた。兄妹のぎこちなさは深雪が一方的に作ってしまっているものだ。達也の口調はもうすっかり、他人口調ではなく愛情に満ちている。気恥ずかしく感じているのは深雪だけだった。

 

深雪は達也を兄として心から敬い、慕っているが、それと同時に、家族として過ごした時間がなかったせいで、素敵な異性としても見てしまうのだ。これは一時的なもので、自分は血を分けた兄に異性を感じるようなアブノーマルな人間ではないし、兄妹として共にある時間を積み重ねていけば、肉親の情、兄妹愛に統合されるに違いないと考えている。

 

しかし、その統合されるまでの間、こうして兄の愛情に満ちた言葉にいちいち恥ずかしがらずにいることは、当面の課題であった。

 

「どうかしたのかい?」

 

「はい。あの、お母様と穂波さんが……」

 

「ああ、そのことか」

 

深雪が途中まで言葉を紡ぐと、もう達也は納得したとも、呆れたとも取れる、複雑な表情を浮かべた。

 

「気にしなくても悪いことじゃない。沖縄での出来事で俺達の関係が変わったように、お二人も変わられた、ということだ。母さんの病状も良くなってきているし、このままで良いじゃないか。二人には二人の関係性があるんだよ」

 

深雪が聞きたかったのは、関係が変わったかどうかではなく、その変わった方向性についてなのだが、いくらぎこちない兄妹とはいえ、達也が誤魔化そうとしているのは分かる。いつも冷静な達也が冷や汗すら浮かべているのを見るに、複雑な事情があるのかもしれない。

そう、例えば二人のあのイチャイチャぶりから見るに――

 

「分かりました。確かにお二人は楽しそうですし、幸せならそれに越したことはありませんね。二人の関係性(・・・・・・)がどんなものであれ娘として受け入れることにします」

 

覚悟を決めたように、神妙な顔で言う深雪。

深雪が何か勘違いをしているような気もするが、これ以上突っ込まれるよりマシだ、と判断した達也は意味ありげに頷く。

 

四葉逢魔が転生して女の子になっていて、その逢魔と再会できたことで、深夜は張り詰めることを止めた。

つまり、実際は、今までが格好つけていただけで、深夜は今の状態が素なのである。

 

穂波は命の危機から生還したことで、何やら目覚めてしまっている気がしないでもないが、二人にあった変化を深雪に逐一説明する気は、達也にはなかった。

 

そこでふと、達也は逢魔に言われたことを思い出した。良い機会だ、と深雪に聞いてみることにする。いや、聞いてみることにしてしまった(・・・・・・)

 

「ところで深雪」

 

「はい、なんでしょうか?」

 

やや首を傾げながら訊ねる深雪に、達也は極自然な声色で言った。

 

「スリーサイズを教えてくれないか?」

 

「は?……あ、申し訳ございません、今何と?」

 

「スリーサイズを教えてくれないか?」

 

あまりに自然に達也が聞くため、一瞬自分が理解できていないのか、聞き取れていないのかと、聞き返してみるが、達也から発されたのは、一語一句違わず同じで、深雪が聞いた通りの意味である。理解が出来ない。唖然と呆ける深雪に、達也はふむ、とばかりに頷くと、再び口を開く。

 

「ああ、スリーサイズというのは、バスト・ウエスト・ヒップの3部分の寸法のことで――」

 

「それは分かりますが、何故お兄様が私のスリーサイズを知りたがるのですっ!?」

 

言葉の意味は理解できている。理解できているからこそ、事態は深刻なのである。達也が真顔なのが恐怖でしかなかった。

 

「兄なら妹のスリーサイズくらいは熟知しておくべきと、ある人に言われてな」

 

「どこの変態ですかそれは!?そんな常識はありませんっ!」

 

――どこのもなにも、お前の伯父なんだが、と達也は思いはしたが、それはまだ深雪には開示していない情報であり、口に出すことは出来ない。

 

「女性のスリーサイズなんて何があっても聞いてはいけませんよ!」

 

烈火の如く怒る深雪に、どうやらこれは駄目なんだなと達也は理解した。その感心したような達也の態度に深雪はため息を吐く。訊ねたのが深雪だったから良かったものの、他の女性だったら大惨事になっていた。いきなりこんなことを訊ねれば、変態の烙印を押されてもおかしくはない。

今まで何事にも動じず、冷静で、弱点などないと思っていた兄だが、些か天然なところがあるらしい。完璧だと思ってた兄のイメージが変わる。それは奇しくも兄妹のぎこちなさを拭える良い転機となった。

 

「しかしそうなると、兄とは妹のスリーサイズくらいは熟知しておくべき、という言葉の意図が分からないな」

 

「お兄様、何を真剣に考えているんですか、考えるだけ時間の無駄です」

 

考え込んでいる達也の思考をため息交じりの深雪が止める。元々興味本位で考えてみただけのこと。妹の意見に、達也はそういうものか、と呟きながら考えることを止めた。

兄とは妹のスリーサイズくらいは熟知しておくべき、と真桜が達也に伝えた意図としては、妹のサイズを知っていないと贈り物の一つも出来ないよ、という意味だったのだが、そこまでの説明をせず、勢いで中途半端に達也に伝え、それを達也が鵜呑みにしていたのである。

 

ちなみに逢魔は生前、妹二人のスリーサイズを完璧に把握していたため、深雪の理論で言うと、完全に変態である。そして、世間一般的にも彼のようなものを犯罪者予備軍と言う。

 

「そろそろ夕食が出来上がる頃かな。お皿を並べるくらいは手伝うとしようか」

 

「……お母様が手伝っているので、もしかするともう少し時間がかかるかもしれません」

 

達也が時計を見ながら立ち上がると、深雪が思い出したかのように待ったをかけた。深雪は嗜み程度には料理もやっているため、今日の献立でどれくらいの調理時間が掛かるのか、おおよそ判断できるが、それは手際の良い穂波が一人でやった場合である。まともに包丁も握ったことのない深夜が加わったことで、どう変動するのか。

あのイチャつきぶりだと時間がかかりそうだ、と深雪は達也を止めたのである。

 

すると、それとほぼ同時に、キッチンの方から穂波の大きな声が聞こえてきた。

 

「あーっ!深夜様、生地、穴だらけじゃないですか!」

 

「フォークで穴を空けるって言ったじゃないの!」

 

「空気穴を空けるんですよ!こんな馬鹿みたいに大きな穴空けちゃって」

 

「ば、馬鹿!?言うに事欠いて馬鹿ですって!?」

 

「そうじゃないですか!なんですかこれ、新型のドーナッツでも作ろうとしたんですか!」

 

穂波のあんまりな言いように、深夜は顔を真っ赤にして、言い返す。それは後先考えていない、売り言葉に買い言葉の、勢い任せの発言だった。

 

「そこまで言うならもう穂波の手は借りないわ!私一人でこのキッシュを完成させるわよ!」

 

「へー!とても出来るとは思いませんけどね!」

 

「見てなさい!そんな減らず口すぐに叩けなくなるわよ!」

 

深雪達にはこの殺伐としている様でただじゃれあっているだけの調理風景は見えていないが、聞こえてくる声は、喧嘩をしているのに、どことなく楽しげな雰囲気を感じられる。

 

「これは……まだ掛かりそうだ。深雪、お茶にしようか」

 

「でしたら私が淹れて参りますね」

 

達也と深雪は急遽、二人だけのお茶会を開催することになり、夕食が完成したのは二時間後。

生地は上手く形にならず、オーブンをまともに使うことも出来ず、結局、穂波に泣きついた深夜と、嗜虐心が目覚めている穂波が意地悪をしたりして、イチャイチャとしながら作っていたために、これだけの時間がかかってしまったのである。

 

「どう深雪さん、このキッシュ、私が作ったのよ」

 

「後半殆ど私ですけどね、まさかあれだけ大口を叩いてオーブンすら使えないなんて」

 

「穂波、余計なことは言わなくていいのよ!」

 

調理風景の一部始終を見ていた上に、声が筒抜けだったために、穂波が殆どやっていたことは深雪も分かっていたが、深夜があまりにも自信満々で言い放つため、苦笑い気味に美味しいです、と返した。勿論、穂波の指摘は聞こえない振りである。

 

「明日の夕食は私にでも出来るものにしましょう」

 

「えっ、明日の夕食はインスタントにするんですか!?」

 

「穂波、私怒るわよっ!?」

 

こんなに賑やかな食事は初めてだ、と深雪は騒がしく言い合っている二人と、黙々と食事を進めている達也を眺めながら、微笑む。

 

――こういうのも悪くないですね

 

深雪はどこか暖かいこの空間が、家族というものなのだと、まだ理解していなかったが、ただ何となく、明日もこうなれば良いなと思いながら、母の自称手作りキッシュを口に運んだ。




家族……ん?龍朗?知らない子ですね。





――22話にて深夜と穂波がイチャイチャしている際の雑談――

( • ̀ω•́ ) 真桜「達也君、妹がいるんだ?じゃあぼくからアドバイス。兄なら妹のスリーサイズくらいは熟知しておくべきだよ。ぼくに言わせれば、これが出来ない兄は一流じゃないね」

(゜ー゜)達也「はあ」

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