転生したら妹がブラコン拗らせて独身のアラフォーだった   作:カボチャ自動販売機

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前回、これからシリアスを交えると言ったな、あれは嘘だ。気がついたら今話からシリアスは退場してました……。


30話 新しい関係と響子

藤林響子の人生において、どこがターニングポイントだったのかと問われれば、それは間違いなく真桜との出会いである。この出会いが無かったとしたならば、自分は婚約者の死をきっと何年経っても引きずったままだったのではないかと思う。

真桜の言葉には人の感情を揺さぶる不思議な力がある。それは魔法とかそういうものではなく、より感覚的なカリスマ性とか、風格とか、そういう言葉で表現されるべきもので、全てを委ねてしまいたくなる魔力だ。

 

真桜の言葉のおかげで、響子は婚約者の死を受け入れ、新しい一歩を踏み出すことが出来た。まさかその一歩目で、四葉家と関わることになるとは思いもしなかったのだが。

 

真桜からおおよその事情は聞いている。真桜が『転生』という特異な魔法によって、四葉逢魔の記憶を引き継いでおり(正確には違うが響子はそう理解した)、魔法の過剰使用によって体を冒されている逢魔の妹、四葉深夜を救うため日本へとやってきた。

 

荒唐無稽な話ではあるが、それが本当だとすると色々と説明できてしまうことも多く、何より響子は真桜を今更疑おうとは思っていない。真桜が言うのならそれが真実なのだと、信じられる。

 

真桜が響子に甘えるのはそれが理由だった。

響子にとっては真桜は真桜なのであって、『逢魔が真桜になった』のではなく、『真桜が逢魔だった』というロジックなのだ。真桜を逢魔の二回目としてではなく、逢魔を0回目として考えるようなもの。真桜にとっては、逢魔の事を知りながら、真桜として大切にしてくれる響子の存在は大きい。

実際、響子が真桜の味方になると決めたあの日から、真桜の精神は安定していた。

 

少し前の真桜には、響子も危うさを感じていた。真桜を解き明かしたいという気持ちと、そうすれば自分を安心させてくれたように、真桜も安心させられるのではないだろうかと、そんな気持ちがあったのだ。

最近の真桜が安定しているのが、少なからず自分の影響があるのだと思うと嬉しかった。

 

四葉逢魔という人間について響子が知っていることは、他の魔法界の人間よりは少しだけ多い。それは彼女が魔法研究者であり、『電子の魔女(エレクトロン・ソーサリス)』と呼ばれるほどのハッキング技術を持っているためであるが、それでも尚、知っていることは驚くほどに少なかった。しかし、その少ない情報からだけで、四葉逢魔という人間がどれだけ凄まじい人間だったのか、ということは分かる。

 

「きょ、響子さぁん。戻せなくなってしまいました」

 

その、四葉逢魔の記憶を引き継いでいるはずの真桜は、涙目で響子を見上げていた。

装飾のために、ニットの服の一部にリボンのような紐が編み込まれていたのだが、それがどういう構造になっているのか気になった真桜が解いたものの、元に戻せなくなってしまったらしい。どう戻そうとしたのか不明だがぐちゃぐちゃに編み込まれた紐と、それが体に絡まっている真桜の姿を見れば、もはや一人ではどうにもならない状況になってしまったのは間違いない。

 

「これが本当にあの、四葉逢魔なのかしら……」

 

「あの、居たたまれないのでそんな目で私を見ないでくれませんか……というか早く解放してください」

 

まるでポンコツを見るような響子の目から顔を逸らしつつ、モソモソと芋虫のように動きながら、絡まった紐をなんとか解こうと奮闘する真桜の姿はお世辞にも四葉逢魔のような凄まじい人間には見えない。

 

「着たままやろうとするからそうなるのよ。一回脱げば良かったのに」

 

「そ、その発想はありませんでした……」

 

「真桜ちゃんって、たまに天然よね」

 

真桜のファッションセンスを最早響子は信頼していない。真桜自身も自らを着飾ることにあまり意欲がないため、結果として真桜の服は殆んど全て響子が選んだものだ。今、真桜が悪戦苦闘している服も響子が選んだものであり、届いたものを早速試着させたのだが、気がつけばこの様であった。

 

「ほら、バンザイして」

 

「うぅ、紐が絡まって動けなくなってしまいました……」

 

「何かマスコットみたいで可愛い」

 

「見てないで助けてくださいよ!地味に苦しいんですから!」

 

真桜とて、形振り構わなければこの絡まった紐を解くことなど雑作もない。しかし、これは響子が真桜に買い与えてくれたもので、そんな服を傷つけたくないという気持ちがあるため、どうにか正攻法で解けやしないかと奮闘した結果、さらに紐が絡まって、上半身を固めたのである。

そんな、涙目をうるうるとさせて、床にうつ伏せで寝ながら見上げてくる真桜は堪らなく愛らしく、響子は暫し、手を出さずそれを眺める。勿論、写真を撮るのも忘れない。

 

「なんで撮るんですか!?」

 

「こんなに可愛いのだから残しておかないと勿体ないでしょ」

 

「止めてくださいよ!?響子さん事あるごとに写真撮ってますけどそろそろ怒りますよ!?」

 

響子の写真フォルダには、真桜の写真が大量に保管されている。それは制服姿であったり、私服姿であったり、寝顔であったり、笑顔であったり。

監視者と監視対象という関係が終わり、協力者という関係になってから、今まで以上に真桜は愛らしい表情を見せてくれるようになった。真桜が心を許してくれているのが分かって、愛しくて仕方がないのだ。だからこうしてカメラのシャッター音がパシャパシャと響くのも仕方がないことなのである。

 

「うぅ、響子さんの写真フォルダがどうなっているのか怖すぎます」

 

「そのうち製本して見せてあげるから」

 

「絶対止めてください!」

 

既に響子は真桜の毎日の私服写真で『真桜ちゃん私服カレンダー』なるものを1年計画で準備しているため、1年後には写真集とカレンダーがキッチリ完成していることだろう。

電子の魔女(エレクトロン・ソーサリス)』藤林響子は写真のレタッチもお手のもの。最近の響子の熱意は完全にこの写真集製作へと向けられていた。プロ仕様のカメラで毎日密着撮影し、プロ並みのレタッチ技術を持つ響子が本気を出せば、その出来は素晴らしいものになることは間違いない。完成したら光宣に送ってあげよう、と真桜にとっては悪魔のようなことを響子が考えていることを真桜は幸いなことに知らなかった。

 

「そろそろ本当に解いて下さいよっ」

 

「はいはい、もうしょうがないわね」

 

渋々と動き出した響子によって、やっと解放された真桜であったが、もう今日のところは再挑戦する元気はなかった。脱ぎ捨てたニットを丁寧に畳んでその上に紐を置く。

 

「真桜ちゃんって着痩せするタイプよね」

 

「まじまじと見ないで下さい!」

 

ニットを脱いでインナー姿の真桜を見つめる響子から身を隠すようにする。見られるのは別に何とも思わないのだが、セクハラ的発言と、じーっと見つめられる視線は耐え難いものがあったらしい。

 

「もう、冗談なのに」

 

膨れている真桜の機嫌は直らない。不機嫌そうな真桜も可愛いと思う重症の響子ではあるが、二人きりでは少々居心地が悪い。ここはお姫様のご機嫌取りに尽力しようと、響子はPCを操作する。すぐ横のプリンターから紙が何枚も印刷されれば、そっぽを向いていた真桜も気になったのか響子に目を向けた。

 

「真桜ちゃんが可愛くおねだりしてくれたら、これ見せてあげる」

 

印刷が完了したらしい紙の束をまとめながら、響子が意地悪な笑みを浮かべながら言う。機嫌を直そうとしている相手に要求を突きつけるという強欲プレイであるが、響子にはそれが通せる自信があった。

 

「それがなんだって言うんですか。私がそう簡単に靡くとでも――」

 

「――日米共同で極秘研究していた後発事象改変理論の研究データ、真桜ちゃん興味ないの?」

 

ピタッと得意げな顔で響子をあしらおうとしていた真桜の表情が固まる。響子は勝ちを確信した。何せ、その顔にはハッキリと「読みたい読みたい読みたい読みたい」と書かれていたのだから。

 

「日米共同の極秘研究なんて、何故そんなものをっ」

 

「真桜ちゃん、私の仕事ちゃんと知らないでしょ?」

 

真桜は響子が魔法研究者であることは知っていたが、具体的にどういう研究をしているのかまでは知らなかった。彼女が電子・電波魔法を得意としていることから、そういった系統のものだろうと漠然と思っていた程度だ。

 

「まあ、確かにこの研究は私の専攻じゃないんだけど、研究者にも派閥争いとかあってね。私の家柄だと名前だけでもって色んな研究に携わることになるのよ」

 

藤林家は、古式魔法の名門家系であり、現当主夫人は九島烈の末の娘である。響子自身も九島烈の孫娘であり、その影響力は大きい。

九島烈は十師族という序列を確立し、約20年前までは世界最強の魔法師の一人と目されていた人物だ。まるで信仰のように彼に憧れや尊敬を抱く魔法師も少なくなく、その孫娘である響子が研究に参加しているだけで、資金調達にまで影響するため、名前だけでも参加して欲しいと懇願されることも少なくないのである。

 

「で、真桜ちゃんこういうの好きでしょ。ちなみに、これって極秘な上に、もう破棄された研究だからきっと世には出ないわよ」

 

響子には四葉逢魔は良く分からないが、真桜のことは少なからず知っている。真桜はここに住み始めてからというものの、魔法の研究資料を読み漁っていた。しかし、一般的に公開されているような資料では、四葉逢魔の記憶を持っている真桜には物足りなかっただろう。

 

そこでこの資料だ。

後発事象改変理論という未知の言葉に、真桜はすっかり興味を引かれたようで、ひらひらと響子が揺らしている資料に釘付けだ。

 

「本当は部外者に見せてはいけないものだし、やっぱり見せるの止めようかなー」

 

「あぅ、どうしたら見せてくれるんですかっ!?」

 

勝った。改めてそう確信した響子の口許が意地悪げに笑う。

 

「お姉ちゃんって呼びながら可愛くおねだりして欲しいなー」

 

響子の提案に、真桜はうぅ、と震えながら暫く葛藤したが、溢れ出る好奇心という欲望には勝てなかったのか、恥ずかしげに顔を俯かせながら言う。

 

「お、お姉ちゃん。資料、見せて欲しいな」

 

上目遣いで、小首を傾げるようにして。隠しきれない羞恥と、精一杯やろうとしている愛らしさの入り交じった絶妙なそのおねだりは響子のハートを容易く撃ち抜いた。

 

「あわっ」

 

我慢できずに真桜に抱きついた響子が、真桜の頬をぷにぷにしたり、頭を撫でたりし始めた。

 

「響子さんっ、資料はっ!?」

 

「そんなの後でも良いでしょ!もう、どうしてこんなに可愛いのかしらっ」

 

結局、真桜が実際に資料を手に取ることが出来たのは小1時間後であり、当初の機嫌を直すという目的は完全に失敗した。

 

 

 

 

 

 

 

 

『お、お姉ちゃん。資料、見せて欲しいな』

 

資料に読み耽っている真桜の横で撮影(・・)した動画データを再生しながら響子が呟く。

 

「これは動画集も作るべきね」

 

隣で悪魔のような計画が進行していることなど知らず、真桜はワクワクしながら文字の羅列を追っていく。ふむふむ、と考え込む様子や、キラキラとした目で新しい理論に興味津々の様子など、百面相を披露している真桜の姿を、響子がこっそり起動させておいたカメラがじーっと見つめ続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、響子さん。Repeat after me(リピートアフターミー)

 

「隠し撮りは犯罪です。反省しています。もうしません」

 

数時間後、カメラの存在がバレて女子中学生に良い大人が正座で説教されるという光景もまた、そのカメラは例外なく収めることになるのだが。




進化した響子さん。ポンコツが露になった真桜。二章後半はこんなコンビが色々やらかす予定ですので、お楽しみに!


※作者名が変わっていますが、元に戻しただけですので同じ人です。

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