転生したら妹がブラコン拗らせて独身のアラフォーだった 作:カボチャ自動販売機
間話 新しい関係とリーナ
上の人に連絡して許可を貰っている。アビーはそう言ってリーナを実験室へと連れていったが、実のところ許可など取っていなかった。にもかかわらず、事故と言われても仕方がない規模の実験を学生のリーナに協力させて行ってしまったのだから大目玉である。今のリーナは正式にテスト魔法師として、CPBM研究室に入ることになったものの、アビーは暫く実験を許可して貰えそうにないため、やることは無さそうだった。アビーの研究室で二人ポツンと座って何をするでもなくだらけ切っている。
「実験がしたい……」
「アビーが適当なことするからじゃない。自業自得」
リーナが正式にテスト魔法師としてCPBM研究室に来てから数日が経ち、アビーのフランクさもあって、リーナは敬語も止めて友達のようにアビーに接していた。アビーとしても研究所内では数少ないティーンエイジャーのリーナは仕事仲間というより友達の方が近い関係に感じているため、二人の関係性は少し歳の離れた友人ということで落ち着いているのだろう。
「実験が出来なきゃ何もすることが無いんだよ。暫く活動を自粛しろとか言われて、他の研究員は皆他の研究室に駆り出されているし」
「もしかしたらそのまま帰ってこないんじゃない?リーダーがこれだもの」
テーブルにペタッとへばりついて文句を垂れ流しているアビーに、リーナがマカロンを口にしながら辛辣な言葉を浴びせる。
「ここほど環境の良い研究室は無いよ。何せ美少女が二人もいる」
「アビーは美少女というより美少年じゃない?」
アビーは美形ではあるが美少女というより美少年の方がしっくりきてしまう中性的な顔立ちをしていた。本人もそれを分かっていて、服装も女性的なものではなくユニセックスなものを好むし、髪型も赤毛のショートヘアーだ。
「止めてくれ、最近、ここの職員に本気で告白されて疲弊しているんだ。自棄に優しいな、とは思っていたんだけど……」
どうやらアビーは研究所の同僚である女研究員に告白をされたばかりであったらしく苦い顔をした。女子なのに女子からガチ告白され、今まで研究一筋だった女研究員の初恋、なんて重いものを背負わされるのは、この歳で研究室のリーダーという大任を務めているアビーにも辛過ぎた。
「アビー格好いいから、仕方ないんじゃない?」
好みの味を見つけたのか、積まれたマカロンを崩し、特定のマカロンだけを収集しているリーナが適当に言った。
「私はリーナなら歓迎なんだけど」
「そういうの分からないからいいや」
アビーが蕩けるような笑みでウィンクしながら囁いたが、リーナはマカロンに夢中だ。まだまだ花より団子であるらしい。
「つれないなー」
はむはむと擬音が付きそうな程に頬を膨らませてマカロンを食べているリーナは全くアビーを気にした様子がない。アビーは仕方なく、タブレット端末を操作して、魔法研究の資料を開いた。
「ダメだ。読んでると実験したくなる」
ものの数分で再びペタンとテーブルに突っ伏したアビー。お気に入りのマカロンを粗方食べ終えたリーナが、放り出されたタブレットを見る。
「随分古い論文ね……30年以上前の」
魔法の歴史は未だ100年程度の浅いものだ。まだまだ発展途上の分野であり、30年以上前ともなればその技術は遥かに劣る。アビーのような最先端の魔法研究者には必要のない代物にも見えた。
「前に私の研究内容を説明したと思うけど、その要となっている理論、FAE理論の原型となった論文がそれだよ」
FAE理論、日本では後発事象改変理論と呼ばれているそれは未だ実用化されていない机上の空論だ。日本では既に破棄された研究であり、数多の研究者が匙を投げた難題だ。
FAE理論は魔法で改変された結果として生じる事象は、本来無いはずの事象である故に、改変直後は物理法則が作用するには極めて短いタイムラグが存在するという前提の下、その物理法則が作用する前に新たな事象を定義できれば、物理法則に抗うことなく定義を加えることができるのではないか、という仮説。
以前、リーナが実験施設で手にした『ブリオネイク』は最終的にこの理論の証明と実用化、という2つの目的のために作られた兵器だ。
「日米共同で極秘研究していた中で唱えられた仮説なんだが、実はそれよりずっと前にそれに酷似した理論を提唱している人物がいたのさ」
アビーはリーナからタブレットを受け取ると、指でスライドさせ画面を切り替えて、トントンと、その一部を叩いた。そこには英語で論文の作成者の名が書かれていた。
「――四葉逢魔。日本の魔法研究者だ」
聞いたことのない名前であったが、四葉という姓には見覚えがあった。
「いや、彼を研究者、とカテゴリーする者はあまりいないか。彼の名前は経営者や、魔法師としての方がずっと有名だからね」
リーナの困惑顔を四葉逢魔を知らないからだ、と理解したアビーが苦笑い気味に言うが、それは見当違いだった。
「四葉って、前にお姉ちゃんが凄い調べてた気がする。確か、留学するって言い出す少し前」
真桜とリーナはそれぞれ自分の部屋を持っていたが、二人は殆どの時間を一緒に過ごしていた。真桜が四葉について調べ始めたのは当然ながら、事故で入院した時期と重なるため、リーナは片時も離れず側にいたのだ。真桜が何を調べているのかも横目で見ていた。
「お姉さんも四葉逢魔のファンなんじゃないか?それで日本で学びたいと思ったのかもしれないな!」
アビーが嬉しそうに言う。そこからアビーの口は止まらなかった。
「四葉逢魔はね、私の最も尊敬するクレイジーな魔法研究者なんだ!彼の論文はその殆どが近年になってやっとその正確性が判明したり、未だ分からないことばかりだったり、実に興味深いんだよ。あまりに突出した異端でマルチな才能から、一部の魔法研究者にはこう呼ばれているのさ。『魔法界のダヴィンチ』ってね」
アビーの目が爛々と輝いており、それは正しく憧れの人を語っている様で、リーナは一部の魔法研究者って絶対アビーも含まれているんだろうな、と確信した。
アビー自身も自分の反応がファンのそれであると分かったのか、少し恥ずかしげに、それを誤魔化すように慌てて捲し立てる。
「確か、君のところのショーグンとも三十年前に一度戦って勝っているはずだよ。十代で既にショーグンから最強と認められていたんだ」
「三十年前って、ショーグンの全盛期じゃない」
「そうさ。そのショーグン相手に勝利する程、魔法師としても卓越していたんだ」
アビーは再び自分がヒートアップしてしまいそうなことに気がついたのか、仕切り直すように椅子へ座り直した。
「20歳の若さで非業の死を遂げたことからもファンの間じゃ伝説だよ」
リーナはショーグンこと、九島烈には会ったことが無かったが、自分のクドウの名が海外でも通じるのは、それだけ九島烈が鮮烈な記憶として未だにUSNAに残っているが故なのだ。勿論、リーナも母親からその活躍は伝え聞いてる。
「四葉家は秘密主義だからね、私は絶対に四葉家が秘匿している研究成果があると睨んでいるんだ。死ぬまでに一度は見てみたいんだが……」
USNAの一研究員でしかないアビーに四葉家とのコネクションなどあるはずもなく、今後もその機会はありそうに無かった。アビーとしては四葉家が満を持して発表してくるのを指を咥えて待っているしかない。
「お姉ちゃんに訊いてみる?日本にいるし、九島の本家にお世話になっているみたいだからもしかしたら何とかなるかも」
リーナはあまり四葉の秘密主義を分かっていないため気軽に言うが、アビーは難しそうな顔をしている。今まで幾多の名のある魔法研究者が四葉家に懇願しても公開されることは無かったのだ。四葉逢魔も一人でしか研究を行わない徹底振りだった。いくら同じ十師族の九島家と言えどその強硬姿勢を崩せるとは思えなかった。
「一応お姉ちゃんには連絡してみる」
「まあ、期待しないで待っておくよ」
アビーの、まあ無理だろうけど、という顔が気に障ったのか、リーナが頬を膨らませてムスッとしている。
「私のお姉ちゃんは凄いんだから!」
「いくら凄くても子供にどうこうできる問題じゃないのさ。もし万が一そんなことが起きたならリーナの言うことをなんでも聞いてあげるよ」
「ふーん!じゃあ、あの魔法少女の衣裳着てもらうから!」
リーナが指差した先には、アビーの私物である魔法少女フィギュアが飾られており、フリフリのピンクの衣裳に身を包んだ幼女の姿は可愛らしいが、あの衣裳を美少年的な顔立ちのアビーが着るとなると話は変わってくる。普段から可愛らしい服を避けがちなアビーには強烈な罰ゲームであることは間違いないだろう。
「いいよ、どうせ無理だしね」
余裕そうなアビーの姿を尻目に、リーナは携帯端末に文字を打ち込み始めた。日本とUSNAの時差を考えると、今の時間では真桜は寝ているかもしれないとも思ったが、別に返事はすぐに返ってこなくてもいいのだ。
「アビーの魔法少女姿、しっかり写真に収めてやるんだから!」
「はは、写真でも動画でも好きに撮ればいいさ。本当に四葉逢魔の研究資料を見れるのなら安いものだからね」
強気なアビーであったが、この数日後、真桜からの返信をリーナにどや顔で見せられ、顎が外れてしまったのではないかというくらいにぽっかりと口を開けて固まることになる。
『ものによるけど、大体のものは直接こっちへ来てもらえれば見せてあげられるよ。電子的に送信したりするのはセキュリティ的にNGなんだ、ごめんね』
文面的にそれは、四葉逢魔の研究資料を開示できるよ、ということに他ならない。
「ど、どどどどういうことなんだ!日本の魔法研究者500人以上の署名があっても開示されなかったんだぞ!」
「でもお姉ちゃんは見せられるって言ってるわ」
「う、嘘だ!嘘を吐いているんだ!」
アビーが感情に任せてそんなことを言ってしまえば、リーナの頬がぷくーっと膨らむ。
「私、もう怒ったから!そこまで言うならもう魔法少女の衣裳くらいじゃ許さないんだから!」
「ああ良いとも!どんなコスプレ衣裳でも持ってくると良いよ!どうせ私は着ることにはならないからね!」
売り言葉に買い言葉であったが、アビーはこの時に何としてでも罰ゲームを撤回してもらうべきだったのだ。
さらに数日後、アビーの目の前にはリーナが真桜に頼んでいた『とりあえず開示できる証拠になりそうなもの』ということで送信しても問題ないと判断された四葉逢魔の実験レポートと、目が痛くなりそうなくらい派手なピンク色でフリフリの魔法少女服やら、やたらとスカート丈が短いメイド服やらの衣裳が積まれていた。
カシャカシャと楽しそうに撮影の練習をしているリーナの手元のカメラには、涙目のアビーの姿がブレブレで写っていた。
間章の方も本編と交わっていきつつ、次話から二章〈下〉ということになりますので、よろしくお願いします。