転生したら妹がブラコン拗らせて独身のアラフォーだった   作:カボチャ自動販売機

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32話 苦渋の決断と魔王

達也君は、既に正規軍人以上の戦闘スキルを身に付けていると言えるだろう。特に驚かされるのはその思考速度と、視界の広さ。

視界の広さは彼特有の異能によるものだが私よりも使いなれているし、彼の思考力、速度は、戦闘においても冷静さを失わず、咄嗟の判断も中々に素晴らしい。

鍛えれば、世界有数の実力者になることは間違いない、正しく磨けば光る宝石なのだが、如何せん、私とは向いている体術の方向性が違う気がするのだ。

達也君は既に一つの型を完成させており、それを発展させ研ぎ澄ましていく段階であるのだけど、だからこそそこに変に手を加えたりはしたくない。

 

私が女の子でも、逢魔の時同様に体術を使えているのは、逢魔が身に付けた体術がそもそもは護身術、女性でも扱える武術を元にして構成されたものだからだ。逢魔は体質なのかあまり筋力がつかず、力で制する体術を諦めていたため、このような形になったわけだけど、達也君はそうではない。

ここで私が指導をするとなれば、今までと全く違う型を教えることとなり、それは達也君にとっては負担だし、合っているとは思えない。

 

滅多にない才能、私が鍛えたいのは山々なのだけど、それは最善ではなくて、私の中で最善とされている方法がどうしても認めたくなくて。

 

他に何かないかと思考をグルグル巡らせ、悪あがき。

 

「真桜ちゃん、学校間に合うの?」

 

考え事をしていると、他が完全に疎かになるのが私の悪い癖だ。

 

ふと、思考が現実に戻ってくると、出来立てだったベーコンエッグはすっかり冷たくなっていて、サラダも新鮮さを失っている。どうやら私は朝食の途中で思考に没頭し、食事を忘れていたらしい。

 

折角美味しく出来立てで提供された食事を疎かにするなんて、作ってくれた響子さんに対して最低な行為だ。

いくら嬉々としてコスプレ衣装を着せてきたり、隠し撮りしたり、大人として尊敬できない行動が多い響子さんであっても、仕事に行く忙しい朝に態々作ってくれたものを粗末にするようなことは、万死に値する。

 

「ごめんなさい、冷めてしまいましたね」

 

「それは良いのだけど、何か失礼なことを考えていない?」

 

「いいえ?」

 

響子さんの鋭いツッコミに至って平常心で答え、私は食べることに集中した。逢魔の時から食べるのはそんなに早い方では無かったけれど、やはり女の子の食べる速度はより遅い。響子さんが急かした通り、時間は中々にまずいため、急ぎたいのだけど、食事は絶対に残したりしない。

 

「ごちそうさまでした、美味しかったです」

 

「お粗末様。どうする?仕事に行くついでに送っていく?」

 

 

響子さんの乗る自走車で送ってもらえば確かに時間的には余裕だ。とはいえ、そうなんでもかんでも頼っていてはいけないだろう。遅刻するくらいなら恥を忍んで頼りもしたが、今日のところは急げば徒歩でも学校へ間に合う時間だ。

 

私は響子さんの提案を断り、気持ち小走りで学校へと向かった。

家を出るとき、何故か響子さんがにやついているような気がしたけどなんなんだろう?何か良いことでもあったのだろうか。

 

この時、しっかり響子さんのことを考えていれば、あんな悲劇が生まれることは無かったというのに、愚かな私は考えることを止め、学校へと急いでしまった。

 

 

 

 

 

何とか遅刻を免れ、学校へ登校すると、何故か静まり返る教室。私がこんな遅い時間に来たのが珍しかったのかいつもより視線を集めている気がする。

少しだけ不思議に思いながらも、授業が始まってしまうため、席に着き、準備を始める。

 

学力的には既に学習済みの内容ばかりでも、授業を受けるというのは中々に楽しい。授業というプロセスの中にある工夫や、意図を読み解くのだ。限られた時間の中で、どれだけ効率的に、何を学ばせるか、教育者の努力と研究が窺える。

私も実際に授業を受けることで、教える者、つまりは師としてのレベルが格段に上がったように感じる。

 

そうなれば、試してみたいのが人の性。

鈍りに鈍っていたし、久しぶりに弘一君と修行でもしよう。ぼくとマンツーマンでワクワクウキウキのレッスンだ。ぼくが納得出来るまでしっかり鍛えてあげるからね。きっと泣いて喜ぶぞ。

それはそれは楽しいトレーニングメニューを考えつつ、授業もしっかり受け、私はいつも通り、何の滞りもなく過ごし、放課後となった。

 

教室で授業を受け、休み時間は誰とも話さずトイレ休憩だけ、お昼は食堂でひっそりと、移動教室は最後尾を付いていく。

 

…………うん、何の滞りもない、至っていつも通りの日常だった。悲しくなんてない。

 

 

「ま、ままま真桜先輩!なんて可愛らしい!」

 

「ありがとうございます?」

 

放課後。

魔法教育実習のため、訓練施設に到着すると、泉美ちゃんが飛んできて、私の目前にまで顔を近づけて褒めちぎった。頬は赤く、走ってきたからか息も荒い。私は何のことか分からなかったけど首を傾げながら、とりあえずお礼を言っておく。

 

「大変愛らしいとは思いますが、未来永劫語り継ぐべき可憐さだとは思いますが、突然どうされたのですか?」

 

「どう、とは?」

 

昨日は達也君との訓練のためお休みしていたけど、1日でそんなに違いが出るものだろうか。泉美ちゃんは先輩を立ててくれているのか、ことあるごとに、可愛いやら、美しいやらと、私を褒めてくれるのだけど、今日のこれはいつもとは勢いが違う。

お気に入りのお菓子に新しい味が追加されてとても美味しそう、というような、大好きな映画の続編が発表されてワクワクが止まらない、というようなそんな感じ。

 

「その髪型です!幼げで愛らしいツインテールですよ」

 

ツインテール。

それはリーナのお気に入りの髪型で、私が毎日のようにやってあげていた馴染み深いもの。双子故に髪型は被らないように何となく意識していたのもあるが、そもそも、そういう可愛らしい髪型は避けてきたため、リーナのワガママで数度やったくらいで、誰かにお披露目なんてしたことはなく。

 

頭の横に手をやると、ふわっとした金色の塊。うん、私、ツインテールだ。

 

「な、なんですかこれ!?」

 

リーナのようにクルクルと巻かれてこそいないものの、しっかりと青色のリボンで結ばれている。当然ながら私はやっていない。最近長くなってきたものの、精々運動する時に後ろで纏めるくらいで、髪型のアレンジなんてやらないのが私だ。

 

「可愛いから良いと思うけれど」

 

仲良くなれたということなのか、最初に比べてかなり気安くなった真由美さんが、困惑する私のツインテールをふわふわと手で弄ぶ。

 

やった覚えがない髪型。私が自分でやっていない以上、犯人は一人しかいない。同居人である響子さんである。道理でにやついてると思ったよ!私が意識を飛ばして考え事をしている内に髪型を勝手にツインテールにしたな!?

自分でもどうかと思うのだけど、最早、響子さんは完全に身内、信頼できる相手であるため、私の警戒に一切引っ掛からなかったのだ。流石にツインテールにされるくらい髪弄られてたら気がつこうよ私!そして響子さんはそんなことしている前に私を現実に戻してください!そうすればあんなに急いで朝ごはんを食べる必要もなかったじゃないですか!

 

まあ、そもそもは食事中に考え事をしていた私が悪いのだけどね!というより今の今まで気がつかないとかおかしくない!?そんなに私って虚無の心で学校生活過ごしてるの!?悲しいを通り越して恐怖だよ!

 

「似合ってますよ?」

 

狼狽える私に、香澄ちゃんが不思議そうに褒めてくれた。三姉妹に褒められて、どうやらこの髪型もそう悪くはないらしい、ということは分かったのだけれど、そうだとしても気恥ずかしさは否めない。

どうしても、ツインテールという髪型はリーナのイメージがあって、こう妹の真似をしているというか、コスプレをしているというか、そんな感覚があるから褒められれば褒められる程恥ずかしいばかりだ。泣きたい。

 

それから、会長命令、という本来何の権限も強制力もない謎の命令により、私はツインテールを解除することを許されず、そのまま実習に参加し、実習後にツーショットで写真が撮りたいという泉美ちゃんのお願い攻撃に屈して(どうせ響子さんにも撮られているだろうし)写真を撮っていると、何故かその後ろに行列が出来ていて、私との写真撮影会になっていた。あまりの状況に断りきれず、とんだ晒し者である。誰にも見せません!とか、私だけの宝物にします!と言ってくれたのだけが救いだった。皆、信じてるからね?

 

さて、そんなこんなで、七草姉妹からの褒め攻撃やら、写真撮影会やらで、ボコボコにされた私は、誰かをボコボコにすることで、この何かを失ったかのような喪失感を発散しようと弘一君を呼び出したものの、どうしても外せない用事があるということで断られてしまった。

うんうん、忙しいなら仕方ないね、きっと尊敬してやまない師匠からの誘いを泣く泣く断るほど火急で重要な用事があったに違いない。可哀想なので今度こっそりサプライズで襲ってやろう。泣いて喜ぶぞ。

 

「というわけで、相手がいなくなってしまったので達也君に来てもらったというわけです」

 

「生け贄じゃないですか」

 

課外授業の後にトレーニングとなると家の門限的に厳しいのであらかじめ響子さんに連絡をしてある。響子さんも仕事で遅くなるらしく、帰りに迎えに来てくれるのだ。凡そ二時間ほどはたっぷりトレーニングが出来る。それを伝えると、あまり表情に変化のない達也君なのに、すごろくのゴール手前でスタートに戻されて全財産失ったみたいな顔になった。あれ?

 

「えっ、嫌なんですか?」

 

「…………光栄ですよ」

 

満面の笑顔で問いかけると達也君はたっぷり間を取ってからそう答えた。嫌なのかと思ったけど、やはり、私の勘違いだったらしい。

 

「それでは今日は二時間ほどお相手お願いします」

 

学校でメニューを考える時間はたっぷりあったので二時間いっぱいいっぱい使って最高のトレーニングにしましょう。

 

 

 

 

 

 

 

「あ、響子さん。お仕事お疲れ様です」

 

「……ねえ真桜ちゃん、もしかしてそこでボロ雑巾みたいになってるのが達也君?」

 

二時間くらいして、響子さんが迎えに来て早々、顔を引きつらせて達也君を指差した。

 

私が満面の笑みで頷くと、うわぁ……と心底気の毒そうな声で小さく呟く響子さん。確かにこの姿だけ見るとそういう反応になってしまうかもしれないけど、達也君は疲れきっているだけで、きっと喜んでいるから問題はない。今日のトレーニングだけで達也君は一段も二段も強くなったし、本当は跳ね回って喜びたいくらいだと思う。

 

「そうですよね、達也君。トレーニング出来て嬉しいですよね?」

 

「………………はい」

 

私の勘違いだと申し訳ないので、一応、達也君に訊ねてみたけど、やはり嬉しいようだ。ほらね、とばかりに響子さんを見れば、響子さんは「え、ええ、そうね、確かに返事してるわね、返事は(・・・)」と納得した様子。

 

いやー、とても清々しい気分だ。

最早、朝から散々人を弄んでくれた響子さんに怒る気もさらさら無くなっている。 私は気分爽快、達也君は強くなって、響子さんは怒られない。正に誰も損しない素晴らしいサイクル。

 

今後も定期的に達也君にはトレーニング相手をお願いしようと思う。それを達也君に伝えると、達也君はラスボスが強化変身を残していた時みたいな顔をし、響子さんは静かに目を瞑った。

 

ふむ、この反応、やはり達也君も気がついていたか。

 

 

「どうやら気がついていたようですね。今日のトレーニングで確信しましたが、私の技術はあまり達也君には合わないようです」

 

達也君の既にある程度出来上がっている体術と、私の体術とでは方向性がまるで違う。私も達也君は今のままの体術が合っていると思うし、この方向で伸ばしていくのが最適解なのは間違いない。それを今日、確信した。

 

「私は、貴方の師としては残念ながら最善とは言えそうにありません」

 

正確には、私よりも、達也君に合う体術使いを私が知っている、というだけだ。

達也君の将来のためにもここは私が大人になるところだろう。この才能を私の手で育て上げたいという欲望はあるがぐっと我慢だ。体術以外の面で教えられることは色々ある。自慢ではないけど、これでもちょっとばかり魔法には詳しい方だ。いや、知識はあっても自分では使えなかった魔法の方が多かった頭でっかちだったし、本当に自慢じゃないのだけど。

 

「では、今後のトレーニングは?」

 

何やら達也君が、ラスボスが強化変身を残していたものの、頼もしい増援が遅れてやってきた、みたいな顔をしている。どういう感情なのか読み取れないが、トレーニングが無くなってしまうのが嫌なのだろう。安心してほしい、私はそんなに薄情ではない。

 

「今後も定期的にやっていきましょう。達也君の成長は私も確認したいですし」

 

遅れてやってきた援軍がワンパンでやられたみたいな顔をしているけど、私に師匠になってもらいたかったんだろうか。嬉しい限りだが、ここは達也君のために心を鬼にする。

 

認めたくはないが、体術において、私よりも達也君に適した指導が出来る男を私は知っているのだ。朝からずっと考えてはいたが、決めた。

 

甚だ不本意だけど仕方あるまい。

あいつ(・・・)に達也君を任せるとしよう。

 

私が知る中で最も優れた体術使いにして、私が理想とする魔法師の一つの完成形でもあった男。

 

果心居士の再来、『今果心』の異名を持つ、忍術使い――九重八雲に。




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