中立商業都市フューレン。
高さ二十メートル、長さ二百キロメートルの外壁で囲まれた対立位置の商業都市で、中は四つのエリアに分かれている。様々な手付き関係の施設が集まった中央区、娯楽施設が集まった観光区、職人一杯職人区、最後に商業区。外れた所には闇市的なアレもあるから気を付けてね、という説明を冒険者ギルド:フューレン支部内のカフェで軽食を食べながら聞くハジメ達。話しているのは、案内人と呼ばれる職業の女性だ。そこそこ社会的地位があって信用度も高いんだって。
「後半説明やたらフランクですね!?」
「え、ええと……?」
「気にしないで。メタ的な事情だから」
実際はもっときちんとした説明をしていたが、色んな事情で簡略された案内人、リシーの話。そのことをユエが人知れず同情しつつも、気付けば話題はお勧めの宿についてへ移行していた。ハジメ達が各々が好き勝手に希望を出し、それに応えられそうな宿をリシーはすぐに見つけた。
それから他の区について聞いていると、ハジメ達は不意に強い視線を感じた。その視線の先をたどると、ブタみたいな男がいた。遠目でもわかる良い服を着て、ユエとシアを欲望で滾った瞳で凝視している。
「あ、あの男ひょっとして……」
「ハート様のコスプレ!?」
「いやいやいやいやいやいや!?」
ハジメと天の助の言葉に、シアは首を横に振りながらツッコむ。
そうこうしていると、いつの間にかブタ男がハジメ達の近くまで来ており、ニヤついた目でユエとシアを見やり、シアの首輪を見た後、ハジメを見て傲慢な態度で一方的な要求をした。
「お、おい、ガキ。百万ルタやる。この兎を、わ、渡せ。それとそっちの金髪はわ、私の妾にしてやる。い、一緒に来い」
どもり気味の声で告げて、ブタ男がユエの肩に触れようとする。そして彼女の肩に触れた、はずだったが――
『やめろ! パチ美に手を出すな!!』
「ヤ、ヤっくん……。やめて、その人はきっと貴族よ。迂闊に逆らったら……!!」
『でも、パチ美に手を出されて黙っていられない!!』
「ヤっくん……」
いつの間にかユエと首領パッチが入れ替わっていて、その状態で首領パッチとヤっくんの一人芝居が始まった。
「い、いや、お前はいらない」
「んだコラァ! ヒロイン舐めとったらいてこますぞワレェ!!」
首領パッチを当然の如く拒絶したブタ男に、当の首領パッチは顔面にヘッドバッドを叩きこんで答える。
「やっちまえハジメ!!」
「任せて! 納豆真拳奥義、
続いてハジメが虚空からパック入り納豆を取り出し、そのままブタ男の口から飲み込ませた。
「その納豆を食った者は、己の本心を吐き出さずにはいられないのさ!!」
「これで誰がヒロインかはっきりさせてやるぜ!!」
得意気なハジメと自信満々な首領パッチ。だからこそ、次にブタ男から出てきた台詞は予想外の極みだった。
「二乃!二乃!二乃!二乃ぅぅうううわぁああああああああああああああああああああああん!!! あぁああああ……ああ……あっあっー! あぁああああああ!!! 二乃二乃二乃ぅううぁわぁああああ!!! あぁクンカクンカ! クンカクンカ! スーハースーハー! スーハースーハー! いい匂いだなぁ……くんくん。んはぁっ! 中野二乃たんの桃色ブロンドの髪をクンカクンカしたいお! クンカクンカ!あぁあ!! 間違えた! モフモフしたいお! モフモフ! モフモフ! 髪髪モフモフ! カリカリモフモフ…きゅんきゅんきゅい!! 8巻の二乃たんかわいかったよぅ!! あぁぁああ…あああ…あっあぁああああ!! ふぁぁあああんんっ!! アニメ2期決まって良かったね二乃たん! あぁあああああ! かわいい! 二乃たん! かわいい! あっああぁああ! コミック11巻も発売されて嬉し…いやぁああああああ!!! にゃああああああああん!! ぎゃああああああああ!! ぐあああああああああああ!!! コミックなんて現実じゃない!!!! アニメもよく考えたら……。二 乃 ち ゃ ん は 現実 じ ゃ な い? にゃああああああ――」
「長い!!」
「ぶべらっ!!」
ブタ男突然の長文に対し、思わず殴り飛ばしたユエ。その後ろから便乗するかのようにハジメと天の助の野次が飛んでくる。
「ルイズコピペとか読者の誰も覚えてないんだよ! 下手したら知らないよ!!」
「迂闊に古いネタ使うとな、ネタとして見てもらえずに誤字報告とか喰らうんだぞ!!」
ハジメ達の言葉に加え、元々あまり好かれていなかったのか、空気は段々ハジメ達に味方していく。
ドパンドパンドパン
「「「だからよ、止まるんじゃねえぞ……」」」
しかしその空気を裂くかのように、三発の銃弾がハジメ、ユエ、天の助に希望の花を咲かせる。
発砲したのは首領パッチだった。そしてそのまま首領パッチは、尻餅をついているブタ男を襟首を掴み、静かに問う。
「ここがオレ達の場所なの?」
「……!」
「二乃のパンチラを公式で拝むまでオレは止まらない、止まれない。決めたんだ。あの日に決まったんだ」
「あぁ……」
「ねえ、何人殺せばいい? 後何人殺せばそこに着ける? 教えてくれブタ男……。ブタオ・イツカ!」
「……っ! 放しやがれ!!」
ブタ男は首領パッチに掴まれていた襟首を、一瞬の隙を付き放させ、そのまま壁までノーバウンドで叩きつける。
「ああ分かったよ! 連れてってやるよ! どうせ後戻りは出来ねえんだ。連れてきゃいいんだろ! 途中にどんな地獄が待っていようと……、お前を、お前らを……。私が連れてってやるよ!!」
「ああそうだ。連れてってくれ。次は誰を殺せばいい? 何を壊せばいい?
「何やってんだミカァァァアアアアアアアアア!!」
オルガとミカごっこで盛り上がっている首領パッチに向かって、ハジメが一メートル程の錦鯉を振り回し、首領パッチを地面に伏せさせる。
その後ろでは、ユエ達が雑談に興じていた。
「ところで皆は五○分の花嫁で誰が好き? 私一花」
「私は四葉ちゃんですぅ!」
「オレは五月だな。あの子ならオレのことも美味しく食べてくれるに違いない」
「多分食べないと思うけど……。ハジメは誰が好き?」
ユエ達の雑談の矛先がハジメに向かう。その問いにハジメは迷い無く、錦鯉に首領パッチを食べさせながら答えた。
「僕は、三玖だ!!」
そのまま錦鯉の噛む力は増していき、首領パッチは食いちぎられそうになっていく。その前に、彼は必死になって命乞いを開始していた。
「頼む、殺してくれ! あの貴族なら何度でも殺してくれ! 首を刎ねてそこらに晒してくれたっていい!! だから、ハジケ組の組長であるオレの命だけは!!」
「お前かあああああああああああああああああ!!」
しかし、ハジメは一切命乞いに応じることは無く、そのまま錦鯉の噛む力を上げていく。
そしてその力が最大限になったと同時に、首領パッチは自爆した。
「何で自爆するんですか!?」
「気分でしょ」
ハジメ達は今更首領パッチの自爆程度では動揺の一つもない。だがブタ男は違う。初めてかもしれない通じ合える相手が目の前で死に、彼は悲しみと怒りに打ち震え、叫ぶ。
「レガニド! 来い、そのクソガキを殺せ! な、仲間の仇だ嬲り殺せ!!」
ブタ男の叫びに応え、ギルドの外から歴戦の戦士といった風貌の男が入ってきた。前神筋肉の塊で、腰に長剣を刺すその姿はまさしく強者だ。彼がレガニドである。
「坊ちゃん。流石に殺すのは――」
「煩いやれぇ! 報酬ならいくらでもくれてやる! お、女は傷つけるな! 私のだぁ!」
「分かりましたっと」
レガニドがブタ男から報酬を約束させたと同時に、周囲がレガニドの名を聞いてざわめく。
「レガニドって、“黒„のレガニドか?」
「“暴風„のアボガド!? 何であんな奴の護衛を……」
「“金好き„のコトコトだろ? 金目当てに決まってる」
「おい。なんか名前がおかしいぞ」
レガニドは周囲が自分の名前を間違えていることに律儀なツッコミを入れつつ、ハジメに向かって拳を構える。それに負けじとハジメも構えたところで、
「待って。ここはシアに任せる」
「え、私ですか!?」
ユエが制止した。しかもシアに任せると言い出し、当人も予測していなかったのか驚いてユエの方を見る。
「大丈夫、あなたは強い。私が保証する。アレ位なら余裕」
「ユエさんがそうまで言うなら……」
「ガッハハハハ、嬢ちゃんが俺相手に余裕だって? 中々笑わせてくれるじゃねえの。何だ? 夜の相手ならって意味――」
「ですぅ!!」
どう見ても華奢な、しかも弱いという認識が広がっている兎人族が自分の相手をすると聞いて、あからさまに馬鹿にするレガニド。
しかし、そんな傲慢はシアの前では隙でしかない。
シアはレガニドが対処できない速さで拳を一発叩き込み、そのまま
「ですですですですですですですですですですですですですですですですですですですですですですですですですですですですですですですですですですですです、でぇぇすぅ!!」
「「ぐばああああああああああああああ!!」」
拳の連打をモロに喰らったレガニドは、ブタ男を巻き込んで吹き飛ばされ、そのまま二人とも地に伏せて気を失った。
そんな二人を見て、天の助はビシっと決め台詞。
「
「「テメー何もしてねーだろ!!」」
「ぎゃあ!」
何もしてないのに決め台詞だけ言い放った天の助は、ハジメと首領パッチのダブルキックで撃退された。
その後、騒ぎを聞きつけたギルドのお偉いさん、ドット秘書長が事情聴取にやって来た。
当初はブタ男達が目覚めるまでフューレンに滞在させられそうになったが、キャサリンから貰った手紙を見せると、手紙がキャサリン本人の物か確認した後、このギルドの支部長イルワ・チャングがやってきた。
キャサリンは過去に色々あったらしく、身分の証明とハジメ達は問題の無い人物の証明となったが、その代わりに一つ依頼を受けることになった。
以下が依頼の内容である。
北の山脈地帯で魔物の群れの目撃例が寄せられ、ギルドに調査依頼が出たよ。
その調査依頼に、伯爵家の三男ウィル・クデタという人物を臨時パーティーに入れて受けたよ。
でも臨時パーティーが行方不明になっちゃった。伯爵家でも探すけど、ギルドでも探して頂戴という捜索願が出たよ。
北の山脈地帯は危険っぽいから、相応の実力がある君達に受けて欲しいけど、いいかな?
「「「いいともー!」」」
「よし、契約成立だ」
「あっさり決まっちゃいましたね!?」
「勿論返礼はたっぷりするよ。いざとなったら私が君達の後ろ盾になるし、冒険者ランクを一気に“黒„へ引き上げよう」
「……それに一つ条件を追加したい」
「何かな?」
特に問題なく進む話にユエがちょっと歯止めをかける。イルワは疑問にこそ思えど、不利益にはならないだろうとユエの話を聞く姿勢を見せる。
「大したことは無い。私とシアのステータスプレートを発行して欲しい」
「……それ位なら、別に依頼とは関係なしに作っても構わないが?」
「はっきり言う。私とシアのステータスが世に出ると、教会に睨まれるかもしれない。だから黙ってて欲しい」
「……成程。そういうことなら構わない。その条件も受け入れよう」
「助かる」
その後、支度金や北の山脈の麓にある湖畔の町への紹介状。九段の冒険者達が引き受けた調査依頼の資料を受け取り、ハジメ達は出て行った。
こうして、ハジメ達は目的地とは違う北の山脈地帯を目指すことになった。
そこで待ち受けるものを、彼らはまだ知らない。