あしからず
オルクス大迷宮八十九層にてエヒトが召喚した神の使徒が、いずれ訪れる魔人族との戦いの為に戦いの腕を磨いている。
現在八十九層にいるのは天之河光輝率いるパーティと檜山大介率いるパーティ、そして永山重呉率いるパーティの三つだ。七十階層位まではメルド達騎士団も一緒にいたのだが、インフレに取り残されたバトル漫画のキャラと同じく置いて行かれ、今では七十階層にある三十階層まで直通でワープできる魔法陣の護衛役となっている。
他の神の使徒たちは、ある者達は戦いに恐怖し引きこもり、ある者達は豊穣の女神に着き従い、ある者は労役に処されたがここでは関係ない。
そして、さっきまでここにいる三パーティで魔物達相手に戦闘を繰り広げていたが、描写が面倒臭いのでカットする。
「ちょっと!?」
投げ遣りすぎる地の文に思わずツッコミを入れる雫。その光景を周りにいる仲間達が訝し気な目で見る中、鈴が諌める為に話しかけてきた。
「まあまあ、落ち着いてよシズシズ」
迷宮の床に敷かれた畳の上にコタツを設置し、中に入って番茶を啜りながら。
「超寛いでる!!」
「雫ちゃん、このお饅頭美味しいよ」
更に横には、コタツの上にある饅頭を食べながら寛ぐ香織の姿が。
「香織まで何してるのよ!?」
「雫ちゃんも食べたら?」
雫のツッコミを無視して、コタツの上にあった饅頭を一つ押し付ける香織。
その饅頭を雫はおずおずと受け取り、しょうがなく食べる。
「本当に美味しいわね……」
「はいお茶」
雫が饅頭を食べ終えたと同じに、今度は鈴が番茶を入れる。それを今度は抵抗も無く飲み終えた直後、光輝が皆に向かって叫んだ。
「よし、皆! 九十層へ行こう!! それと――」
そこで光輝は鈴と香織に向かって、呆れたように言う。
「二人はコタツから出てくれ」
「「はーい」」
光輝の言葉に大人しく従い、コタツから出る二人。
そして役割を失ったコタツは、哀れそのまま置いて行かれる――ということにはならない。
誰も入っていないコタツは、敷いてあるタタミに思念で指示を出し、タタミから人の足を六本生やし、そのまま歩いて光輝達について行く。
「何これ気持ち悪い」
「これが、前衛芸術……!?」
足を生やして動き回るコタツとタタミを目撃し、ちょっと引いている雫とデザインに感心する鈴。
他の皆は特に何も思わないのか、単に関わりたくないのか何も言わず大人しく迷宮を降りていく。
そして九十層。節目ということもあって警戒しつつ進むのだが、あまりにも何も起こらない。
魔物が一匹もいないのだ。それどころか物音一つせず、更にいうならモデルルームも驚くほどに汚れの一つも見つからない。
「魔物界のお盆で帰省でもしてるのかな?」
「魔物にお盆とかないだろ」
鈴の小ボケに軽くツッコむ光輝だが、明らかな異常事態に動揺し緊張し、張りつめている一行にとって、ちょっとした緩みをもたらした。
それからどうしようか、と皆で悩んだが結局、九十層を調べこの異常事態の原因が見つかったら対処してメルド団長の元へ帰還、見つからなくても一旦帰還するということで話は纏まった。
探索を再開し、少しづつ丹念に調べる一行。そして後はここを調べれば九十層を調べ終える、という所でついに今までになかったものが見つかる。
それは床に残る赤い液体。壁の色と同化しているせいで見づらいが、ここまで戦い続けたこの場にいるメンバーは、それが魔物の血だとすぐに判別できた。
「……九十層の魔物を殺しつくせるほど、強力な魔物が居るのか?」
壁の血を見た光輝が思わず、といった具合に呟く。
しかし、その声を永山と雫は否定した。
「いや、強力なのはあってるだろうけど魔物じゃない。魔物は血を掃除したりしないからな」
「そうね。いるのはおそらく、人間よ」
「その通りさ」
雫の言葉を引き継いで、聞き覚えの無いハスキーな男口調の女の声が響く。
光輝達ギョっとしながら戦闘態勢を整えつつ、声のする方へ視線を向けた。
そして視線の先に、足音を響かせながら燃えるような赤い髪をし、耳がわずかに尖り浅黒い肌をした妙の例の女が現れる。
光輝達は驚愕で目を見開く。なぜなら彼女の外見は、実際に見たことは無いもののイシュタル達聖教教会の人間に何度も聞かされてきたのだから。彼らにとっての神敵にして人間族の宿敵。そう――
「……魔人族」
「母上―――――――!!」
誰かが思わず発した呟きと同時に、なぜかコタツが女魔人族に向かって突進する。
「会いたかったですぞ!!」
「ごはぁ!?」
そのままコタツの突進をモロに喰らい、倒れ伏す女魔人族。そのままコタツはオッパイを吸おうと女魔人族の服をずらしにかかった。
ここで解説しておくと、彼女の服装は胸元が露出した黒のライダースーツのような物で、体型がはっきり見える艶めかしいものだ。故に一部の男子生徒は、そんな場合じゃないと分かっていながら前かがみになりかけている。
しかし、そこに待ったがかかった。
「セクハラダメ、ゼッタイ!」
鈴がコタツの足を掴み、そのまま後ろへとぶん投げた。
コタツは成す術もなく飛ばされ、その先には檜山の姿が。
「「ぐばっ!?」」
突然の事態に対処できず、回避できなかったせいで吹き飛ばされる檜山。一方、コタツは当たり所が悪かったのか、ハァハァと息も絶え絶えだ。
その光景を見た鈴は、思わず呟いた。
「酷い、一体誰がこんなことを……?」
「あんただろ!?」
鈴のいっそ清々しさすら覚える棚上げ発言に、思わずツッコんでしまう女魔人族。
それを見た一部のクラスメイト達は、あれ? 人間族と魔人族は和睦できるんじゃないか、という考えを持った。
一方、死にかけのコタツは最期の力を振り絞り、なぜか香織の方へ這いずっていく。
「お師さん……せめて、その胸でぬくもりを……」
コタツが息も絶え絶えの中吐き出した最期の願い。
それに対し、香織は持っていた武器をコタツに振るい、息の根を止めることを返答とした。
(とどめ刺した―――――――――――――!?)
「これがハジケリストかい……。聞いてた以上に訳が分かんないね……」
一連の流れを見ていた雫が内心でツッコミを入れ、女魔人族が小さく呟く。幸か不幸か、その呟きは誰にも聞き届けられることは無いまま、彼女は話を進め始めた。
「勇者はあんたでいいんだよね? そのアホみたいにキラキラしてるあんた」
「だったらどうだっていうんだ」
女魔人族のあんまりな言い分に、ぶっきら棒に返す光輝。
「まあ、一応聞くけどさ。あんた、あたしらの側に来る気はないかい?」
「は、はぁ?」
「いわゆる勧誘だよ勧誘。色々優遇してやるから人間族裏切れって言ってんの」
しかし次に女魔人族が発する言葉に、光輝は唖然とするほかなかった。
そんな彼を見て、女魔人族は呆れたように言葉を続け、返答を待つ。
「断る! 人間族を、仲間達を、王国の人々を裏切ったりはしない!!」
そして光輝は女魔人族に対し、一切の迷いを見せること無く否定の言葉を返した。
その返事に大半のクラスメイト達は安心した様子を見せる。彼が裏切るとは誰も思ってなかったが、幼馴染である香織や雫等以外は不安がほんのちょっぴりだけあった。
だがその憂いが無くなかった以上、後は数の暴力で叩きのめすだけだ。
「え?」
「乗るなエース! 戻れ!!」
だが恵里は疑問の声を上げ、鈴は制止を呼びかけた。
彼女達からすれば、そもそもこの女魔人族は九十層の魔物を一人で狩りつくせるほどの強敵であり、絶対何かある。だから戦うにしてもせめて場所位は変えたかったのだ。
しかし、彼女達がどうこう言う前に光輝は独断で勝手に返答してしまい、それも難しくなる。
その思いは、特に何も言いだせなかった雫や永山も同じだ。
恵里と鈴の制止を聞いてか、女魔人族はケラケラと笑いながら再び問う
「ほらほら、お仲間もこう言ってるよ? 仲間も一緒でいいって上は言ってるけど?」
「答えは同「おいよせエース! 立ち止まるな!」だ! 何度言「エース!」も、「乗るなエース! 戻れ!!」ない! ってうるさいな!?」
なおも断ろうとする光輝を止めようと、鈴と香織、それに永山は必死に叫ぶ。が、光輝は止まらなかった。
「いや、叫ぶ対象がエースだからじゃないの?」
雫のツッコミが空しく響くが、誰も聞いていない。
一方、女魔人族は面倒くさそうに頭を掻きながら言う。
「あぁ……もういいや。あんたらの勧誘は別に最優先事項って訳でもないし。じゃあ、死ね」
自身の勧誘に伸るか反るかで揉め始めた勇者達を見て、女魔族は勧誘を諦めた。
そもそもそこまで乗り気でも無かった上、これ以上待ってもグダグダになることはうけ合い。それに固執する理由も無いとくれば、殺しにかかるのは彼女の必然だった。
「ルトス、ハベル、エンキ。餌の時間だよ!」
女魔人族が三つの名前を呼ぶと同時に、戦闘が始まった。
結論から言うなら、光輝達は敗走した。
女魔人族はこの九十層の魔物を操り、光輝達を圧倒したのだ。
彼らも応戦したが、本能に任せて襲ってくるという魔物の弱点を女魔人族がフォローし、なおかつ物量もあったせいで押し込まれるのは時間の問題だった。
それでも敗走という形で逃げ出せたのは、光輝の持つ技能“限界突破„により、彼の能力が女魔人族の想定よりも上回ったことが一つ。
もう一つは、恵里の天職“降霊術師„により倒された魔物が操られ、女魔人族に対し予想だにしない打撃を与えた。
だから逃がした。
勇者達はいまだこの穴倉の中。いずれ追いつける大したことの無い相手に、彼女が怯える理由はどこにもなかった。
だから女魔人族は、悠々自適に、ゆっくりと、勇者たちを追う為に歩きはじめた。
そして女魔人族の手を逃れた光輝達を待っていたのは、また地獄だった。
彼ら以外踏破した事の無い迷宮と魔物。
トータス人が生み出したソドムの穴倉。
悪徳と野心、あとなんか色々をフードプロフェッサーにかけてブチまけた、ここはトータスのゴモラ。
次回「鈴木」
「来週も鈴達と地獄に付き合ってもらう(この予告はフィクションです)」
「今ハジケてる場合じゃ無いけど!?」
「嘘を言うなっ!? の方が良かった?」
「この状況で仲間割れは流石に冗談じゃないわ」
絶体絶命のピンチの中でも変わらない鈴が、雫は少しだけ羨ましくなった。