【オルクス大迷宮】
それは、全百階層からなると言われている大迷宮である。七大迷宮というこの世界有数の危険地帯の一つで、階層が深くなるにつれ強力な魔物が出現する。にもかかわらず、この迷宮は冒険者や新兵などの訓練に非常に人気がある。それは、階層により魔物の強さが図りやすいからということと、出現の魔物に比べ遥かに良質の魔石を体内に抱えているからだ。
魔石とは、魔物を魔物足らしめる力の核をいう。強力な魔物ほど良質で大きな核を備えている。魔石は軍関係だけでなく、日常生活にも必要な大変需要の高い品であり、高く売れる。
「何か魔石に関してだけ説明短くない?」
「だって僕ら多分換金アイテムとしてしか使わないだろうし……」
という会話もあったがハジメ達はメルド率いる騎士団員複数名と共に、オルクス大迷宮へ挑戦する冒険者達の為の街ホルアドへ到着した。新兵訓練によく使われる王国直営の宿屋があり、そこに泊まる。
「で、僕らは三人部屋か」
「まあまあ、いいじゃねえかハジメ」
「正直知らない奴と同じ部屋で寝るって落ち着かねえしな」
「ウキッ」
そして夜、日本でいう丑三つ時よりは少し早い時間帯。ハジメ、首領パッチ、天の助、猿はハジメ達にあてがわれた部屋でトランプのババ抜きをやっていた。
「あ、僕一抜けだ」
「ハジメてめえ、さてはイカサマしやがったな!?」
(イ、イカ様? どんなお方かしら!?)
「ウキィ?」
ハジメが一番に抜けたので、天の助に難癖を付けられていると突然部屋の扉がノックされた。
「ハジメ、起きてる?」
ノックをしたのは雫だった。ハジメは慌ててドアを開ける。
「どうしたのこんな時間に? 何か連絡事項でも?」
「いいえ。そうじゃなくて、少しあなたと話したかったの。部屋に入ってもいい?」
「うん、いいよ」
「おい、バカやめろ!」
ハジメが雫を部屋に招き入れようとすると、なぜか首領パッチが止めた。何か部屋に入れられない理由があったっけ? と思いながら振り向く。
するとそこには、神々しい光を放ちながら徐々に消えていく猿の姿があった。
「何事!?」
「くっ。あの猿には、ハジケリスト以外の人間に見られると成仏する習性があるんだ!」
「しまった忘れてた!」
「何その習性!? 幽霊なの!?」
「ウキ、ウキィ……」
ハジメ達が慌てている間にも、猿はどんどん薄くなりながら何かを呟いている。
「――――ウッキィ」
そして最期には、その言葉だけを残して完全に消え去った。
「「猿――――――――!!」」
猿の消失に泣き叫ぶ首領パッチと天の助。その光景を見ているハジメは、何も言わずただ佇んでいた。雫も思わずちょっとだけしんみりする。
「「何言ってるかさっぱり分かんねえ!!」」
「ええ―――――――――っ!?」
「良かった僕だけじゃなかったんだ!」
「誰も分かってないじゃないの!!」
今明かされる衝撃の事実に唖然とする雫。一方、ハジメ達は猿が消えた悲しみを乗り越えて、トランプで次は何をするか話し始めた。
「次何する? またババ抜き?」
「ぶっちゃけ飽きたなそれ」
「次はポーカーやろうぜ。勝ったら天の助ボコれるルールで」
「!?」
「それ天の助が勝ったらどうなるの?」
「自分で自分をボコればいいだろ」
「!!?」
どう聞いても天の助に不利なルールが積み上がっていく中、それを見ながら雫は口の中で呟く。
「三人とも余裕ね……」
「まあ、僕はともかくこの二人は歴戦だからね」
「え?」
まさか聞かれているとは思わなかった雫が思わず返事をしてしまう。一方ハジメは、特に気にすることなく話を進める。
「この二人はあのボボボーボ・ボーボボと一緒に旅をして、毛狩り隊と戦っていたからね」
「え!? ボーボボって仲間が居たの!?」
ハジメの言葉に驚く雫。
実の所、マルハーゲ帝国を倒したボボボーボ・ボーボボという男に知名度はあるが、彼に仲間がいたことは一般にはあまり知られていない。
実際に敵対した毛狩り隊や、マルハーゲ帝国の幹部勢ならば知っているかもしれないが、少なくとも一般人なら知らないと思っていいレベルである。
その事に天の助と首領パッチは不満だった。
「クソッ。オレにも知名度があれば今頃――――」
『キャー、天の助様よ――!』
『いつも心太食べてます!』
『ぬグッズも勿論買い占めてますわ!』
『ねは消え失せろおおおおお!!』
「みたいな女性ファンがいた筈!」
「ビックリする位俗ね」
天の助の願望に呆れる雫。一方、首領パッチも自分の願望をさらけ出した。
「そうだ、オレにも知名度があればきっと――――」
『ウホ! ウホウホ!!』
『モゥ~!』
『ホーホケキョ!』
『サラダバー!!』
「みたいな動物ランドを建設することが……」
「最後のは何!? 動物なの!?」
雫は最後の叫びにツッコミを入れつつ、ハジメに気になったことを聞いてみた。
「ところでハジメ。何でボーボボと旅をしていたっていう二人と一緒に暮らしてるの?」
「……そう言えば僕も知らないな」
「何で知らないのよ!?」
知っていなきゃおかしい筈のことを知らないハジメに思わず叫ぶ雫。
一方、首領パッチ達はその言葉を聞いて、白くて長い髭を蓄えながら神妙に話し始めた。
(その髭何なの?)
「いよいよ話す時が来たか……」
「ハジメの血塗られた過去をな……」
「え、そんな危険な感じなの?」
ハジメの疑問を差し置いて、回想のはじまりはじまり。
それはボーボボと共に戦い続け、ピーマン帝国が滅亡してしばらくしてからのことだった。
「毛の王国生き残り襲撃事件?」
「ああ」
ボーボボが突然首領パッチと天の助にそんな話を持ってきた。
要約するとこうだ。
各地に散らばる毛の王国の生き残りが、最近何者かに襲撃を受けている。
ということでお前ら護衛して来い。
「こんな感じだ分かったか――――っ!!」
「分かりましたああああ!!」
「いや、護衛はいいけどよ」
ボーボボに電気アンマされている首領パッチを無視して、天の助は少し質問する。
「護衛って、俺らだけで足りるのか? 毛の王国の生き残りってそんなに少なかったっけ?」
「いや、生き残りの殆どが新・毛の王国の住人なんだ。だからお前らに護衛して欲しいのはそれ以外の内一人だ」
「新・毛の王国って、大丈夫なのか?」
「ビービビ兄も改心したって聞いたし、大丈夫じゃね?」
ビービビ兄。本名ビビビービ・ビービビとは、ボーボボの兄にして毛の王国の滅亡の元凶である。ビービビは毛の王国を我がものとする為に、一度毛の王国を滅ぼして新しく自分の国に造り直した過去がある。
だがボーボボに倒され、その後ツル・ツルリーナ3世に毛玉を奪われ一時的に死亡していたが、ツルリーナ3世が倒されたことで毛玉がビービビの元に戻り蘇生した。
その際、何があったのか不明だが思う所があったらしく、性格が多少穏やかになったそうだ。
「で、頼んでいいか?」
「オレはいいぜ。首領パッチは?」
「とりあえず電気アンマやめろおおおおお!!」
「あ、忘れてた」
こうして首領パッチ達は南雲ハジメの下へやって来た。
そこにいたのは
「やあ、僕の名前はスペースマン。僕と一緒に宇宙の為に戦おう!」
宇宙から来た戦士、スペースマンだった。
スペースマンは宇宙から来た戦士で、悪の銀河皇帝ダークエンペラーを追って地球へやって来た。
首領パッチ達はスペースマンと共にダークエンペラーを探し、ついに辿り着く。
しかし
「クッ、強い!」
「これが銀河皇帝の力か……!」
ダークエンペラーに追い詰められていた。彼は、銀河の暗黒パワーを巧みに使いスペースマン達に本領を発揮させなかったのだ。
そしてダークエンペラーは首領パッチにむかってとどめを刺そうと近づく。その瞬間。
「そんなことはさせない! 首領パッチは僕が守る!!」
なんと、スペースマンはダークエンペラーに飛びつき、ドゴォォオオン、という轟音を響かせて自爆してしまった。
余りの光景に思わず目を背ける首領パッチ、けれど。
「ば、馬鹿な……。このダークエンペラーがここまでのダメージを受けるとは……」
ダークエンペラーは生きていた。だが息も絶え絶えだ。首領パッチ達はとどめを刺すべく走り出す。
「ここは退く……。覚えておれスペースマンの仲間どもよ……」
しかし、首領パッチ達が攻撃するよりも先にダークエンペラーは別次元へ逃げてしまった。
最後に残ったのは首領パッチと天の助の二人。
「「うわああああああああああああああああ!!」」
二人はただ、仲間の死に慟哭するのみだった。
「そうしてオレ達はスペースマンの遺志を継いで、別次元に逃げたダークエンペラーを探している」
「そんな悲しい過去があったなんて……」
(スペースマンって誰?)
首領パッチの話を聞いて泣いているハジメと、戸惑っている雫。
すると次の瞬間、外からいきなりナイフが飛んできた。それを首領パッチは指で挟んで受け止める。
「クッ、失敗か!」
その言葉と共に、攻撃の主の気配が遠ざかるのをハジメは感じた。そして首領パッチと天の助は気付く、この声はダークエンペラーの物だと。
「逃がさない。納豆真拳奥義、マメールラーメンブラスト!」
ハジメは納豆ラーメンが入ったどんぶりを振りかぶり、ダークエンペラーに投げつける。そして命中し、ダークエンペラーは爆発した。
「何で!?」
「あいつの身体は、機械だったんだ」
「それの維持の為に、多くの人間を味噌汁に変え喰らい続け来たんだ……」
「だがそれも今日で終わりだ。この僕、南雲ハジメの手でね!」
「いやハジメとどめ以外何の関係もないでしょ!」
「うん」
なぜかしたり顔だったハジメにツッコミを入れる雫。そしてそのツッコミの矛先は、首領パッチと天の助へと向かう。
「というかあなた達の因縁、完全に無関係のハジメに取られてるけどいいの!?」
「「別に……」」
「いいの!?」
「大事なのは真実に向かおうとする意志だ。たとえ仇は討てなくても、討つ気はあったから別にいい。違うかい?」
「あってるか間違ってるかかなり微妙だけどとりあえず腹立つ!!」
突如巻き起こされるツッコミ所のオンパレードに思わず息切れする雫。やがてしばらくすると、息を整えて笑う彼女の姿。
「――ありがとう、ハジメ」
「え?」
そして唐突に告げられた感謝に、ハジメは思わず生返事だった。
「実は不安だったの。初めての迷宮とか、そもそも今こうやって戦争に参加するのは正しかったのかって」
それは今まで誰にも話したことの無い彼女の本音。それをハジメ達は黙って聞いている。
「でもハジメ達見てたらなんか馬鹿らしくなっちゃって。そうよね、結局私達は戦争参加を選んだし、迷宮もやれるだけやらなきゃしょうがないわよね。そう思えたの」
それだけ言って雫は、ハジメ達の部屋から去っていた。
後に残されたのは部屋の主たる馬鹿三人。彼らは同時に一言一句違わない言葉を発した。
「「「結局何しに来たんだ……?」」」
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